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10月30日
埼玉在住の妹の旦那が、神戸で行われる学会参加途中に寄ってくれた。
彼はリハビリの専門家で今はどこかで校長してる。
だから、どのように運動をしたらいいかを聞き、たいへん勉強になった。
午後2時頃神戸へむかった。午後、みどりさんがきて「早く、HPの日記を書いてよ。ダメなら代わってキーを打ってあげるから」
24日から更新してないのだから、もっともだが。4時頃から日記を書く。6時になってしまった。
10月29日
花巻東の菊池投手をなんとわが西武ライオンズが取得!!!!!!
思わず万歳を叫んでしまう。
一日中ウキウキ。
東京行きの高速バスで夜帰っていった。はなやいだ3人もの女性が居なくなると、急に淋しくなる。
10月28日
午前中、ボクが副理事長をしているNPO法人げんき山川ネットワークの理事長がきた。
みどりさんが、3女性とともに、田中さんに案内してもらって、美郷へ水汲みにいってくれた。
7、8年ぶりに猪熊さんがきた。彼はボクのガンを知らなかった。おしゃべりの彼は自分の言いたいことだけしゃべって帰った。
10月27日
リハビリで足、腕の運動を続けているが、どうも自己流ではダメののようがしてきた。しかしやらないよりもいいと思って続けている。
10月26日
夕べは一晩中雨。午前中にはあがり、さぞ畑は大喜び。
9日の脳貧血で倒れて以来寝たきりになった。約2週間だったが、尿をもよおして
ベットのへりに座るの大変。排尿後立ち上がることが難儀。やっと2本足で立ち上がり歩こうとしたら、まったく足が動かない。一歩たりとも歩けない。大便も食事の量が少ないので、排便は4日に1回だが、便秘でなかなか出ないの、いつも浣腸の世話になるしまつ。
夕方、かみさんが昔勤務していた仲間の60歳台の女性3人がやってきた。3泊もして畑仕事してりてるとか。そしてダイズの葉むしり、庭の草取り、その他沢山の畑作業をしてくれて、ほんとうに助かった。
10月25日
リンゴの絞り汁が、ガン治療にいいというので、スーパーで買ったら甘いだけでボクには向かないと、言ったらみどりさんが、さっそく故郷の秋田から酸味のある国光をもってきてくれた。ありがたいかぎりだ。
幸子さんがCDの相田みつお講演全集をもってきて貸してくれた。そして長い時間足の指マッサージをしてくた。みんなありがたい人たちばかり。
10月24日
阿南高専で先生してる先生がきょうも見舞いに来てくれた。しばしば来てるのでほんとうに嬉しい。誰が来てくれると慰めになる。
昼頃なったら、京都に住んでいるかみさん妹ときよしくんがきてくれた。
明石在住で60歳ぐらいの古屋敷とかいう男性がアポもなしに突然きた。商売をしていてだまされ家も屋敷も失ってしまい、またいったん離婚した元妻も子ずれでやってきて、これかららの暮らしをどどうするか迷っていたが、ニワトリを飼って卵の販売をしようと考えているのだが..........
鹿児島にいる友人から、適したと土地があるがとの情報をもらったの、これから行こうと考えているが、卵はどうでしょうかね。と。1時間ほど話して帰って行った。
10月23日
10月初めに新刊本ができて、すでに関東地方を中心として全国の書店に並んでいます。
タイトルは「ぼくは農家になった」。文庫で590円。もし、書店になかったら、0883?42?6421」に電話くださば送料無料でお送りいたします。もしかしたら、四国本屋さんにはまわってこない可能性もあるようです。
以前売れたて、たくさん売れた本が、後に文庫化されて刊行されるということは、たいへん名誉なことで、出版点数もかみされるが、「作家を名乗れるよ」」と別の知り合いの編集者からいわれた。
これで10冊目だ。
一部の修正、削除、追加した。また、後書きには、全精力つくし、
(1)10年前と現在と現場の農業情勢が変わったのか?
(2)派遣切りの人たちを「新規就農」へとの盛んなプロパガンダが展開されたが、
(3)派遣やパート賃金よりもはるかに低い初期就農の稼ぎしかできず、先行投資が必要。この状況はなに一つ変わっていない。そんなことから説き起こしたものである。
ぜひ御購読してくだされば幸いです雨がまったく降らないので、畑は土漠のようらしい。
エダマメが残り少なくなり、ダイズにして最後に収穫してくれるというかみさんの負担が減りよかった。
恵子さんがミソ入れのパックと、干しシイタケを買ってきてくれた。かみさんがボクから離れられない状況のために、いつも恵子さんが代わりになってお使いなどをしてくれので、ほんとうありがたい。
午後清拭をしてくれた。
21日には不調だったが、22日以後また元気になり、今日は調子がいい。良くなっていくのが自分でもわかるほどだ。
10月22日
山川川田八幡神社のお祭り。時々かすかに音が聞こえてくる。
純子さん、小百合さん、一志さんが見舞いに、仁木さんは、遠方なのに、お願いしておいた、ニワトリを持ってきてくれた。
2時頃、今月初め文庫は発売されたことに関して、徳島新聞記者の人が取材にきた。農業ってなに?、文庫版ってなに?も知らない今年入社したばかりの記者。
取材の内容が小学生のようで、しだいに嫌気がさす。しかもあまり読者のいない夕刊!
記事が書かれたのか、書けなかったのかにも関心はない。
10月22日
山川川田八幡神社のお祭り。時々かすかに音が聞こえてくる。
純子さん、小百合さん、一志さんが見舞いに、仁木さんは、遠方なのに、お願いしておいた、ニワトリを持ってきてくれた。
2時頃、今月初め文庫は発売されたことに関して、徳島新聞記者の人が取材にきた。農業ってなに?、文庫版ってなに?も知らない今年入社したばかりの記者。
取材の内容が小学生のようで、しだいに嫌気がさす。しかもあまり読者のいない夕刊!
記事が書かれたのか、書けなかったのかにも関心はない。
10月20日
近藤さんとみどりさんが、見舞いみきてくてた。やはり帰りにエダマメを持っていってもらった。
午後に、介護センターからきて全身を石けんを使わずに濡れ拭いでふいてもらい清々しくなった。昼食の時、急に具合が悪くなってしまった。食事中に車によったようになってしまった。以後、
昨日までは体調がよかったが、急に具合が悪くなってしまった。食事中に車に酔ったようになってしまった。車に酔う体質なので、若い頃からこういうことがあったが、・・・・・・・・・・・・・。
夕食を含めて、以後まったく食欲はない。夕方、小百合さんがきてくれた。
快晴、気温が高く、暑い。
10月19日
一日の行程のこと。
7時 食事 (玄米をよく噛むので1時間)
赤外線照射 (1時間)
ビワの葉っぱに熱いコンニャクをのせてシップ。(40分)
寝たきりリハビリ。足と腕が弱ってしまっているので、腕は750グラムの鉄アレーで、足は足上げその他。(約20?30分までやれるようになっている)
11時過ぎにはもう昼食。
だから、午前中はこれでイッパイ。
2時頃ケアマネージャーのNさんが、介護会社の代表の人を伴ってやってきた。認定は(1)で最低レベルなので、身体を清拭をしてもらうだけで週2回だけ。明日から来てくれるという。
幸子さんがエダマメ取にきてくれた。
10月18日
なにしろ寝たきりなので、食事も食べさせてもらっていたが、今日からは腰から半分ベットを起こしテーブルを目の前におき、自分んで食べることにしたら「なんとか腰もたれがあれば上半身を立てることができる』ではないか。
午前中に加容子さん、恭子さんがきてくれた。
エダマメまだまだ残っているが、わずかになったので、かみさんが「時期になったら、自分が大豆収穫するから、これまでにしよう」と、云ってくれた。
10月17日
今まだマズいと思っていた、食事に馴らされたのか、そうでもなくなった。
エダマメが食べごろだが、ボクは食べられないし、今年は収穫は断念するつもりなので、友人たちに連絡して、もぎりにくるようお願いしている。
恵子さん、きよし君がきてもぎってくれた。特にきよし君には大量にもぎってもらい、洗い、茹でまでやって小分けして、数人にお配り。
5日ぶりい太く、固い大便がでた。大腸ガンからの出血も止まったらしい。なんとなく嬉しくなってきた。
10月16日
益子さん、みどりさんきて、雑談しながら足のマッサージをしてくれた。
昼過ぎに田中さん夫妻が来て、美味しいという「美郷の水」を山から、汲んで来てくれた。ありがたい。
夕方、糖尿病専門のDR・Yが寄ってくれて、いい話をしてくれた。
1)腰まで浸かるお風呂は良くない。
2)1日700ccの尿が腎臓を通過しないと、腎臓に障害がおこる。700出せる 水分を飲まなければならない。
3)なにか事をしたり、行動したら、必ず短時間でも休まなければならない。
すべて、身体の構造や役割、現象を説明しながらだったので、納得し明日から実行することにした。
帰宅間際に、心電図のケイタイ具で測ってくれた。
また氏は医学会の動き等もも詳しく、ボクが今やっている食事療法にも理解を示してしてくれていた。幅広い知識を備えたDRだ。
こんなにおおくの人たちに支えられている自分は「なんとしわせな人間だろう」とつくずく思う。
10月15日
かみさんが、阿波自動車学校へ訓練で早朝に出かけたので、かわりに恵子さん、さっちゃん、みどりさんが来て、毎日のケアをやってくれた。
今日も寝たきりだ。
現在は「食べて体力をつけることが、先決だ」と少しでも多く食べないと、と思っていたが先生が「今は体力よりも、血液を増やす食事が中心なんですよ」と。血液が増えてくれば、体力もついてくるようだ。
ついでに、寝てる10畳間の網戸、ガラス戸まで洗ってくれた。ほんとうにありがたかった。
10月13日
この5日間は大変だった。これまでは順調に回復してきていたので、安心していた。
ところが、9日の朝、腰までの湯につかり、身体を洗ってか、トイレに入ったら、突然頭がクラクラ、めがくらみ、かみさんを奇声を上げて呼んだら、意識が朦朧としてしまった。脳貧血だという。思うように自分の意思では手も足も動かなくなった。ひん死の状態だった、いう。トイレから引きずり出し、懸命な蘇生術を施してくれて、やっと生き返った。
11日には風呂には入らなかったが、トイレでまた意識を失った。
この2回の脳貧血で立ち上がり、歩行ができなくなってしまい、現在では尿瓶のお世話になりほとんど寝たきり状態。また、逆戻りだ。
近所の人たちからも、家の掃除(みどりさん)障子の破れ部分の修理、番茶に入れるショウガなどタップリとお見舞いをいただいた。
栄養のある食事をして、早く立ったり歩いたりできる方へ向かいたい 。
だから、まったくパソコンをさわることさえできなかった。本も読めない、終日、テープやCDばかり聞くばかり。
10月8日 ( 太陰太陽暦8月) 木曜日
台風は全く来なかった。幸運だった。早朝、井内夫妻がきてくれて、昨日動かしたものを。整理してくれた。ほんとうに、よく気がつく人たちだ、感謝、感謝。
日付などがメチャくちゃになってしまった。太陰太陽暦の日付も目ロメロ。ためて書いているからだが。ゴメン。だが記事の順番はいいんだよ。
静かな1日。
ガンの宣告を受けてからの思い出して、かき出してみたが、自分の心境の変化がわかって、すごく、良い。
10月7日 ( 太陰太陽暦8月) 水曜日
猛な18号台風がきていて、四国を直撃だとの予報。井内さんにきてもらい、スダレ、雨戸、倉庫周辺の片付けなど、全部やってくれた。
田中さんからも手伝いしますとの電話。
昼頃、郷司さんがきて役場から、土嚢を20個も借りて、倉庫入り口に並べてくれた。
昨日から、よく腹がすく。毎食固形物は食べてないのだから、あたりまえだが。
10月5日 ( 太陰太陽暦8月15日) 日曜日
なんだか、下半身が、非常に軽くなった。自分の身体ではないくらい軽い。
夕べの赤外線かもしれない。
ビワの葉の温熱湿布に。身体が軽い。
釣りで世話になっている田中さん夫妻が、見舞いにきてくれた。
遠方からミネラル水など買わなくても、美郷の山奥に出ているという。彼はもう5、6年前から使っているという。このあたりの水道は勿論井戸水ともまったく違い、長期に常温保存しても腐らないといいう。教えてもらうことにした。
また、カムカム鍋についても、以前買ったものがあるので、探して持ってきますとか。ありがたい、ありがたい。
午後はドライブを兼ねて買いものへ。寝巻き等。
10月4日 ( 太陰太陽暦8月14日) 土曜日 気分のいい晴れ
きよし君には朝早くから、部落の共同作業で道路の草取り。ボクの代わりに出てもらった。部落の人からは、病気だから欠席でいいよ、と云われていたが。
9時半頃から、鶏小屋に積み上げておいた堆肥を畑に移す作業。途中、小野さんがきて「稲刈り」の手伝いをすることになり、田んぼへ行った。
残っていたウルチのコメ、約1反を機械の頻繁な故障を乗り越えてやったので、暗くなった、8時頃、やっとすべて終わることができたという。小野さんも大変だったが、こんな作業をした経験がないきよし君は、もしかして「農業はこりごり」ではなかったか、心配だ。それにしてもあんな大変な仕事を、よく最後までやってくれた。感謝。そして夜の9時頃駅まで自転車、電車で佐古まで帰った。
ガン治療には「ヒーリング曲」を聞くといいと、2枚ものCDを借りていた。
だが、やはり自分選んだ曲もいいのではないかと、持っていたクラッシック曲も選んでみた。
その他、いろいろ沢山提案していただいた。
今日からはサトイモ湿布を中断して、ビワの葉のコンニャク湿布をすることになった。
市販のビタミン・シナールは添加物が多いので、飲まないほうがいいと。
10月3日 (太陰太陽暦8月14日) 土曜日 晴れ
夕べは大雨。
遠方なのに、祖父江さんが休日を利用して、ボランテア畑の草刈りにきてくれた、大変助かった。
午前中に、ひさしぶりに、半身浴をした、気分良好。ひげも剃った。
いつもの恵子さんが、ユウヤクを使わない磁器の器をもってきてくれた。鉛などがはいってないそうだ。
昼に大雨で田んぼに水が溜まっていて、稲刈りができないとぼやきながらお昼にきてくれたので、皆で楽しく、スパゲッテイを。
明日は晴れそうなので、できそうだ、と。
夕方きよしくんがきた、今晩泊まってくれて、明日は農作業をしてくれるとか。
10月2日(太陰太陽暦8月13日) 金曜日 雨
夕べは3日分の不眠を解消できるほど、よく眠れた。すっかり元気になった。
10時半に、介護の申請にしたがって、調査員がきて、いろいろ説明・聴取をしてくれた。
はたしてOKになるかどうか分からないが、「やって欲しいこと」だけを申し上げた。
なんとなく、できそうな雰囲気。
午後は眼鏡屋さんへ、眼鏡の修正に。
10月1日(太陰太陽暦8月12日) 木曜日 曇り
珍しく、来訪者、見舞いの電話もなく、本当に静かな一日。保冷庫にお米が詰まってしまったので、藍住のコウナンへ。保冷の必要の無いものをいれるための、小さな倉庫みたいなものを買いにいった。
わずか11800円で売っていた。
夕方に手伝いにきてくれていた、信子さんが帰った。
3日続けて睡眠時間が2ー3時間だったので、本当に疲れた。
不眠などに神経を使う必要はない、明日もあるし、明後日もあるから、いつか疲れて眠れると信子さんは云っていたっけ。
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