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背に
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8月30日  (太陰太陽暦7月11日) 日曜日  曇り 

昨日は最悪のコンデェイション。
依然として食欲は、まったくなし。
また無理に口に入れてもすべてマズくて食えたものではない。
昨日書いた星野さんは美味しいという言葉を数回繰り返したが、
わが家の食いものは、美味しかったためしがない。
料理とはいえないが美味しいのは
「焼いた発芽玄米、大豆、ゴマ、豆腐」ぐらいなもの。
これはただの素材だけだが。

多分まずいから、ますます食欲が減退するのだと思うのだが・・・・・・。
星野さんは
「食欲がなければ食事療法はできない」
「ガンでない人が食べても美味しいものでなければ、・・・・」と言っていたが・・・・・・・・・・・
そのためマスマス痩せてきてしまって、
もしかしたら、60キロに手が届くのではないかとさえ思う。(ガン発見当時は72キロだった、そして今日で40日目)

早朝の4時頃、急に腹痛、いや激痛。
トイレでしばらく腰を曲げてこらえる。
そしたら、ウンコがでるし、小便もでるし・・・・・・・・・・・・
30分ぐらいでおさまったが・・・・・・・・
なんか、本丸が攻撃されているような・・・・・・・・・。

夕方、大阪から優子さんが家族できた。
夜は泊まってくれた。

あいかわらず食欲はない。
「焼いた発芽玄米(30グラム)、大豆(50粒)、ゴマ(4グラム)、そして豆腐(ちいさいの4切れ程度)、これが1食分」でのカロリー摂取になっているので、これでなんとか多少だが生きて居られるのかも。

試みに、夕食を普通食にしてみた(焼き鮎、白米ごはん、その他)。塩分は普通の醤油をかけてみた。はじめは美味しいと感じていたが・・・・・・・・・・、だが、突然食欲がなくなり、半分食べ残してしまう。

マズいからではなくてすべての食事を拒絶するような病状にまでなってしまったのだろうか。
なんか嫌な予感がする。

8月28日  (太陰太陽暦7月9日) 金曜日  晴れ

25、26、27日はとてもパソコンに向かえるような体調ではなく、
特に、ぜんぜん食欲がなく、
食べている時は「マズく」、食べたあとは「食べなきゃよかった」という感じで、身体がふらふら。

今日は病院へ行って、2回目の抗ガン剤投与の日なのに、・・・・・・・・・
朝食のニンジンジュースを1時間後には吐き出してしまい、それからというものは胸がむかむか・・・・・・。
それでも予約日だし、1回目の抗ガン剤の効果について結果を聞けるので、なんとか吐き気を我慢しながら行ってみたが、・・・・・・・・。

検査のための血液検査。それから外来診察。
だが、「すこしはよくなったみたいですよ」程度の改善で、ガッカリ。
またボクの体調があまりにも思わしくないので、抗ガン剤は延期することになった。しかし、塩分の点滴でなんとか元気を取り戻し、帰りはなんとかいい気分で帰ることができた。

ここ1週間ゲルソン食事療法で減塩してきているのに、
病院で一気にナトリウムの点滴で元気に!!
というか、せっかくの減塩努力が水泡に帰したり・・・・・・・・・
この矛盾がなんとかならないものだろうか。
ゲルソン食事療法の医師に聞いてみなければと思う。

日本ではじめて「ゲルソン食事療法」で14年間生きて、仕事を続けている福島の星野医師のDVDを見た。
氏は福島医大の精神科医師、42歳で大腸がん、転移で肝臓ガンに、という今のボクとまったく同じパターンのガン。大腸がんが「抗ガン剤ではダメ」との医師の間の常識で、ガン発見後、わずか3ヶ月で病院でのガン治療をやめて、独学でゲルソン食事療法を勉強してその療法に取り組んだ。そしてその間いちどの授業、学会、などを欠席せずに、14年間を無事に生き延びて、いまはガン発見以前と?治用に元気。

8月24日  (太陰太陽暦7月5日) 月曜日  晴れ

気分がいいので、布団からでて、パソコンにむかう。
だが、1時間ごとに1時間は寝て休憩。

気楽に、ゲルソン食事療法の美味しい料理法など考えて、メモ。
だが「塩分」を抜くということは
「どんな美味しいものも美味しくならない」ものだと!!!
いろいろのベジタリアン料理本もみたが、
どんなに美味しく見える料理も塩分を除くと、ダメ!!!!

単品を焼いたり、茹でたりして、混ぜないで、調味をふりかけて・・・・・・・・
しかないな・・・・・・・・・・・・
最大の問題は調味料だ。

ゲルソン食事療法だと食べてはいけないものが少なからずある。
いいのは、というかお勧めの食材は。
野菜はすべていい感じ。
果実もいいみたい。
野菜
ニンジン、菜っ葉、タマネギ、ニンニク、ショウガ、キュウリ、トマト、インゲン、ネギ、キャベツ、タケノコ、ニラ、サヤエンドウ、
豆類
小豆、ササゲ、大福豆、大豆
根菜類
ジャガイモ、ヤマイモ、ゴボウ、レンコン、ダイコン
果実
リンゴ、・・・・・・・・・・・・
穀物
玄米、グルテン、五穀、小麦の皮入りの粉
キノコ類
シイタケ(これ以外のキノコについては言及されていない)
調味料
無塩醤油、レモン、亜麻仁油、パセリ、

コンニャク、
美味しくしてくれる調味料があれば、美味しく作れるが・・・・・・・・・・

糖尿病食にも共通するらしい???????????

8月23日  (太陰太陽暦7月4日) 日曜日  晴れ

長男が東京へ帰った。トレバーさん夫妻はまだまだ滞在してくれる。
鈴さんがきて、今日も畑の仕事をやってくれた。
ナス、シシトウ、インゲン、トウガラシ、ズッキーニがあった場所の草刈り、
またネットもはずしてくれたし、
サツマイモ周辺の草も刈ってもらえて、草に隠れていたイモ苗が顔をだした。
さらに田んぼの畦の草も。
これで雨がまあまあ程度なら、2週間以上はもちそう。
こういう仕事をボクの代わりになってやってくれるのは、
「百万遍の頑張れ」よりもうれしい。

10時からアメニテイセンターで行われていた
「NPO法人げんき山川ネットワーク」主催の
「サイエンス・フェステイバル」へ2家族の子連れて出かける。

金魚すくい、各種ロボット、計量飛行機、段ボール細工、野菜の茎からあがる色素の動き、紙すき、など約20種類の科学実験を子供たちに披露、そして体験も。
わが家の孫に限っていえば「ものすごく喜んでいくれたし、参加人数が少なかった(インフルエンザの流行で学校が外出自粛した)のが幸いして、心行くまで体験できてよかった!」と。
2家族とも全ブースをまわったという。

また、全ブースを巡回して担当者への挨拶、さらに勤務でさんざん迷惑をかけてしまっているアメニテイセンター、NPO法人げんき山川ネットワーク役員・スタッフに「申し訳ない」の挨拶も。

11頃だったか、胸が急に締め付けられるようになり、
知子にモルヒネ含む座薬を挿入してもらったが、
痛みが始まってからのせいか、軽かったが締め付けは軽くならなかった。
だが少しのあいだ、休んだことで、なんとか午後2時過ぎまで耐えることができた。
やはり、すこしづつ訓練してから、だんだん運動量をふやすべきだったような気がする。といっても館内を歩いただけなんだが・・・・・・・・・

帰宅しすぐに横になると、疲れの実感ができて来た。

 DR吉田がきてきれたので、生と死をめぐる話を聞いてみた。

8月22日  (太陰太陽暦7月3日) 土曜日  晴れ 

13日に投与した抗ガン剤の結果を確かめるために、
血液検査、造影剤入れてのCT検査。結果についてはまだよくわからないと。

ボクが家で実行している塩分抜き食事の効果が出過ぎのようで、NA不足を指摘された。やはり適量の塩分は摂取しないといけないと。めまいがしてふらふらし危険だという。
投与から約1週間は副作用がひどくて、
まいにち「生と死」を考えてしまう「異常な精神状態」

昨日からやっと副作用が終わった感じ。だが28日に2回目の投与がある。

家に帰ると、DR山さん、貞光の正さん、登山仲間の充さん、おなじみの加代ちゃんが見舞いにきてくれていた。


今日
先日あぜ道の草刈りをしてくれた鈴さんがきてくれて、長男といっしょにゴマの収穫をしてハウスに掛け干ししてくれた。
また田んぼの稲よりも高く聳えているヒエは農家の恥。これも全部抜いてくれて、ほんとうにホットいている。

副作用は終わりはしたが、本物の肝臓からなのか?胸の下あたりにひどい激痛が走る。これはモルヒネ入りの痛み止めでなとかしているのでおさまってはいる。今日は「起こるかな」というタイミングで座薬の差し込みをしてもらっいるせいか、痛みはなく、快調な一日。

8月20日  (太陰太陽暦7月1日) 木曜日  晴れ 曇り

朝の4時頃、猛烈に肝臓が痛みだし、・・・・・・・・モルヒネ入りの座薬で20分後ぐらいにおさまった・・・・・・・・
これは副作用ではなさそう。

昼間は座薬のおかげで、気分は悪くない。
3時頃に効き目が切れそうになったので、普通の座薬を挿入。
まあ、痛み止めのおかげで、まあまあ吐き気なしの一日。

夕方、往診してもらって点滴。
5時頃には赤星さんがきてくれて、ぼうぼうになってしまった畑の草を刈ってくれた。本当に嬉しかった。
ゴマの取り入れをしないといけない状況。明日はなんとかして、農作業にトライしてみないといけないかな???

肌が急激におじいさんみたいになってしまったみたい。つやつやピンピンの肌に小さなシワができてしまった。ゆっくりなら目立たないのだが、急なので、自分での驚くほど。

ガンに関しては心の動きは書かないように心がけている。絶えず生と死を考えてしまっているので、ここではとても書けない。当分は痛み止めとの二人三脚でないと生きられないみたいだ。

8月19日  (太陰太陽暦6月29日) 水曜日  晴れ

やっとパソコンの前に向かうことができた。
16日に退院してきたが、抗ガン剤の副作用がひどくて、ものは食えない、我慢して食えば気分が悪くなったり、吐いたり、・・・・・・・・・・・。そうでない時も常時吐き気を催していて、最悪の日々。何度もこんなことが続くなら、抗ガン剤などやめて、死んでしまったほうがいいと何度思ったことか。

やっと今日になって、吐き気も小康ぎみになり、なんとか机に迎えるようになった。最強の座薬らしい。

10日
先日、抗ガン剤投与に必要な手術を左の腕にしてもらったが、その抜糸。
危険だと言われていたカルシウム過多が、ようやく解消したとのこと。昨日よりも体調はすこしはマシ。ひろゆき、かずし、まりちゃんがきてくれた。

11日
担当DRが来て、15日に第一回目の抗ガン剤投与を行うとのこと。
心臓の新エコーで、当面は異常なし。骨シンチでの検査では骨への転移はないと。
夕方、再び担当DRがきて「残された日々をできるだけ家族との時間を大切に過ごしたほうがいいと考えますので、土曜日か、日曜には退院したほうがいいと思います」と。

この一言で、自分の寿命を考えてしまった。あと3ヶ月だろうか、5ヶ月だろうか、と。また前後のDRの言動から、多分5ヶ月かな・・・・・・・・・・?と。しかし、これは何らの治療行為をしない場合でのこと。治療をするならば、勿論延命はできるわけだが。
いままでは、オレはガンだ、4?5ヶ月でもうこの世とはおさらばだ、などと半分冗談で言っていたが、この言葉を境に「生きる」「死ぬ」「残された人生」など深刻に考えるようになってしまった。そしてがらりと人が変わったように「ひどい泣き虫」になってしまった。

12日
夜中から強い吐き気。抗ガン剤をまだしてないのに。
明日の抗ガン剤の説明が簡単にしてくれた。
大腸からの転移で肝臓ガンになっているので、薬は大腸を対称にしたもので、「エルプラット」といい、フルオロウラシル(5?FU)とレポホリナート(l ーLV)と併用して使用するものだとのこと。
一日中、吐き気に悩まされる。
見舞いにまゆみ、やすこ、いっちゃん、が来てくれた。

13日
抗ガン剤の投与。投与に先立って、吐き気止めを注入してくれたので、投与中はなんでもなかった。

14日
今日も一日中点滴での投与継続。夕方から、吐き気止めの薬の効果が薄れたのか、気分がわるくなり、吐き気を催す。

15日
今日あたりから副作用がきつくなるからと、抗ガン剤の副作用にだけ効果があるという薬をだしてくれた。
痛み止め、吐き気止め、そしてもう一つの、抗ガン剤の副作用にだけ効果があるという薬を同時に併用してもダメ!!
食欲無し、無理して食べると、吐き気を催し、たべなきゃ良かったと後悔し。

こんなに苦しくしんどいと、目の前に終着駅がちらほら・・・・・・・・・・
だが、生きなきゃ、と思いつつ、薗原からの帚木のように消えて欲しいとも思う。
こんなことしてまで、いくばくかの寿命を延ばしてどうなんだろうかとか、いやこの程度でくじけてはいけないと考えたり、メトロノームの振り子のような思いが脳の中を往復している。

夜の9時まえにやっと、投与が終了。
その直後に、泥水のようなゲロが激しく口から飛び出す。それからというものは一晩中、吐き気に悩む。

16日
「残された時間を家族とともに・・・・・・・・・・」との言葉どおり、午前中に退院。
家に帰ってきても、一日中吐き気で悩む。もうどんな薬も効かなくなっていた。
食事は家に帰ってもできず。

17日
一日中吐き気、嘔吐。
昼過ぎに上勝から柴田夫妻が見舞いに。彼とはもう何年ぶりだろうか。
来客中は吐き気を忘れてご機嫌なのだが、帰ってしまうと、また吐き気でゲーゲー。

18日
朝からすこし、体調がよさそうなので、パソコンにむかってみた。だが、またまた吐き気で、寝床へ。

吐き気というのは、
一日中胸が圧迫されるような感じで。その気になればすぐに洗面器に顔をつっこめるような状態だが、食べていないので、でるものがなく、白いタンの固まりのようなものとか、たまに黄色い胆汁がでる。胸がむかむかしているために、気分は一日中最低。

家で食事を作ってはもらうが、ガン対策の「塩分ぬき」なので、まずくてとても食べられたものではない。



そして今日、19日、強烈な座薬のために吐き気はなく、こうしてパソコンに向かえた。
出版予定の本の原稿・ゲラ校正を明日送らなければならないので、ほんとうに座薬のおかげ・・・・・・・・・・・・。

吐き気がないと美味しくはないが、なんとか食べられるのでいい。
玄米餅(うるちの)一切れ、ジャガイモ(S)2個、ナシ4片、ベリーAブドウ粒を5粒。

8月10日  (太陰太陽暦6月20日) 月曜日  朝大雨のち曇り

二つの台風に挟まれた西日本。猛烈な風雨にもてあそばれたかのように、町の木々の打ちのめされ、コンクリートの道路は浅い川と化していた。多分わが家の田んぼからも水が下段の田んぼへ溢れているのではないかと・・・・・・・・・・

あの悪夢のような苦しみはどこへやら、ここ数日、連続して快調で小康状態。一安心というところか。

8月9日

長男は東京へ、貴チャンと3人の孫は今治へ。知子とさくら、あすかが残った。今月イッパイいるという。
せっかくの夏休みが、病気のために、だいぶ犠牲にさせてしまって、ほんとうにすまなく思う。
ぼくからみると、あわただしいガン騒ぎをおおいに助けてもらって、助かったが。
病気のおかげで、子等全員に会えたし、またたくさんのお見舞いという形で会えて、病気に感謝もしている。

阿南高専のいっちゃんがユズのアロマ(精油)をもってきてくれた。
今日も快調。

知子の友人・キャロルがきた。祖谷の「ちいおり」を見たいという。
仁木さん、一志さんが見舞いできてくれた。

8月8日

今日も気分がいい。
ヒル頃、地元から愛ちゃん、真弓ちゃんがきてくれた。
旦那さんが釣った鮎を早朝から七輪でことこと煮こんだという、愛ちゃんちの名物料理・「鮎とうふ」わざわざ作って、冷めないように保温までして「温かいさしいれ」にはおもわず「グッ」ときた。
入院中にこんな贅沢をしてしまうなんて、バチがあたりそう。

二人が帰ったあと、るんちゃん、T典子ちゃんがきてくれた。
地元の英語の純子一家もきてくれた。
一日中、にぎやかな病室で楽しい一日。

この日の朝、地元の人たち10人ほどが、見舞いをもって、きてくれたとか。

10数年前から読んでいた「ゲルソン・ガン食事療法全書」を、国内で実践した「福島医大精神科教授の体験記」を長男が買ってもってきてくれた。
読んでから約20年になるが、まさか自分がガンに罹り、しかも外科的治療不可能な第4ステージで発見されたなんて。当時は単なる教養の一つとして、他人事のように思っていたのに。

月7日

心臓のエコー受ける。今までに受けたことがないような巨大ですごい高性能機械。傾向まで予言するみたい。
骨シンチ、という検査をうける。全身の骨の映像を映し、どの部分からカルシウムが溶け出しているか、ガンがあるかを調べるのだそうだ。骨にまで転移していたら、とおもうと、こわい。

典子ちゃん、裕子ちゃんが見舞いにきてくれた。

胸部、腹部のレントゲン検査も受けているので、点滴の薬品、日に2回の痛い抗生物質という筋肉注射等の検査が続いているので、「このような検査が、これから予定している抗ガン剤投与にどんな関係があるのか分かりやすく説明してほしい」とお願いする。しかも検査のたびにでる数値は抗ガン剤説明書きの「副作用、体質的に不向き」というデータばかり、このようなことならば、抗ガン剤は必要ないのではないかとか」
ボクには「狭心症・心臓血管にステンとがはいっている、高血圧症」などの持病があって、「あまり抗ガン剤は向かないように書いてあり」

すぐに担当の木村医師が説明に来てくれた。(丁寧語省略)
「これから、がんをなおすために抗ガン剤の投与を受けるようになっているが、全体との関係や、それぞれの必要性について教えてほしい」
やはり上に立つ医師はすべてを心得ていて、大所高所からの系統だった説明をしてくれて、納得。たくさんの質問も交えたために1時間ぐらい話してくれただろうか。
逆にこういう質問をしたために、喜んでもらえたようだ。
こんなことを聞く人はまずいないと。

説明が終わってまもなく、見舞いで山先生、道先生が個人的にきてくれて、この話の続きをしてもらった。ボクのほうから、説明の概要をはなしてから。

二人とも消化器内科ではないが、実によく、門外漢にもわかるように説明してくれて、ほんとう納得。
以後、インフォームドコンセントの話になり、どんなに詳しく書いて説明してもわかってくれる患者はいない、また数分後にはみんなゴミ箱へ。
だから患者に説明してもムダでは、と思うこともあるとか。だからボクのようによく話を聞いてくれるひとはありがたい存在だとか。

8月6日

造影剤使用してのCT撮影。点滴に利尿剤が入れているせいか、(危機的状態にまでカルシウムの数値が上がってしまい。4日に緊急入院した理由)間断なく小便がでる。
だがウンコがでない。便秘らしく浣腸をお願いしたら、「デタ!」以後なにごともなかったかのように快便の日々。大、小がよくでると、これも日々快調の原因!
麻里ちゃん、加代ちゃん、きよし、いっちゃん、道先生が励ましにきてくれて、うれしい一日。

8月5日 (太陰太陽暦6月15日) 水曜日  曇り

点滴は昨日夕方から、連続して夕方5時現在まだなお継続中。夕べの点滴のせいだとおもうが、朝、昼とも普通食で食欲回復。腹部・胸部のエックス線。心電図2回。
夕方、さらら編集部の典子さんが来てくれた。

8月4日 火曜日

ポートの確認のため、病院へ。
3日分の抗生剤。
勧められていたガン新薬(詳しくはネットで)新薬のアバスチンはやらないことにした。心臓にステン入ってるし、高血圧の薬常、などで。

血液検査でカルシウムが異常に高くなっているとのこと。3日間もの食欲不振からの欠食は良くないとすぐに入院してカルシウムを排泄しないと抗ガン剤が使えないと、大量の点滴を始めると。そしてまた緊急入院。

8月3日 月曜日

中心静脈ポートの埋め込みで、徳大へ。
研修医2人と医師の3人組での執刀。
左手の普通採血する腕の内側に100円玉サイズの金属と同サイズのプラスチックのような円盤を埋め込む手術。中心静脈は腕の真ん中にあるので、そこに到達距離が長いので出血が多い。そこから心臓までの長いカテーテルを差し込み、円盤に皮膚の蓋をして、縫合しておしまい。
麻酔はするが、麻酔針が太いのか痛い。
一時的に血圧が2桁(入院してからは、130前後、以前は150前後)に下がり、脈拍は36(20歳台から50前後)にもなり、急遽処置されて、1時間後に3桁に、49になったの、一安心。
夕方帰宅

8月2日 (太陰太陽暦6月12日) 日曜日  晴れ 曇り

孫たちの明るい元気な声を聞いているだけで、自分の身体が元気になってきたみたいな感じ。
昨夜の食事もほとんど食べられなかったが、
土産でもってきてくれた関東のもつ焼き・レバー塩を2本食べたら、
食後の拒絶反応もなく、・・・・・・・・・
そして今日は気分がいい。
だが、夜中の2時頃だろうか、
急に右肩が痛くなり、湿布をはったり、その内に肝臓にも痛みがきて、
痛み止めを服用して、やっと30分後に収まった。
この痛みは何が原因か分からないが・・・・・・・・
まさか転移による痛みではないとおもうが・・・・・・・・

今朝も食欲無し。食パンに換算して半分位、ミニトマト3個、豆腐4切れで満腹、
9時過ぎにコーヒー一杯、10時過ぎにニンジンジュース200CC
いつも起こる気分の悪さが今日だけはでてこない。
子供たちがきてくれたからか、
レバー塩を2本(1本に3片ついている)食べたからだろうか、

朝食から、なぜか食欲がある。先日のミョウガ寿司を食べて、気がついたが、流動食では噛まないから唾液が分泌されるが、噛めば唾液がでて、消化もよくなり、食欲もでてくるということを発見。
そしてその教訓を確かめるために、
昼ご飯はアジの刺身をすこしつけてもらって、普通のご飯にしたら、またまた食欲が増進せされたではないが!
ガンだから、流動食はますます食欲減退するものということを発見。
夕食からは流動食は辞めようと思う


小百合さんと田崎さんがきてくれた。ミョウガとピーマンをたくさんもってきてくれた。

8月1日 (太陰太陽暦6月11日) 土曜日  曇り

ヒル頃、充さん恭子さん、麻理子さんがきてくれた。
だが、胸がムカムカして、気分が優れず、布団から立ち上がるのが・・・・・・・・、だから寝たままで失礼してしまった。午後1度嘔吐があったが、胃袋カラッポで、なにもでない。こういうゲロはほんとうに苦しい。

夕方遅く、長男一家がやってきた。