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7月31日 (太陰太陽暦6月10日) 金曜日  曇り

ガンとわかって13日目。
しかも全身への転移で外科的治療不可で抗ガン剤でしか治療はできないと宣告された。

30日
初めて痛み止めの世話になるような肝臓の痛み、朝に座薬、夕方には飲みくすり。

さくら農園の裕次さんがきてくれて、
3ー4時間も話あいてになってくれて、気分爽快。
だれかと、しゃべっていると時がいちばんの過ごし方みたいだ。でも二人とも百姓だったからかも。
そして願い事も受け入れてくれて、本当に安心。
それは稲刈り。

徳大の医師から「月曜日3時にきてください。中心静脈ポートを埋め込みますから」との電話。(抗ガン剤、栄養剤などの点滴は医師がやるのではなく、患者自身がやることになっているので、苦痛や針刺しの失敗をしないために皮下に埋め込むプラ?そのようなものらしい)

川島の釣りの先生が情報を聞いて、驚いて飛んで来てくれた。
釣りに行こうよ、と誘ってくれた。

夕方にはパソコンの先生がきて、
まだ硬直していない鮎を2匹もってきてくれた。
先日のミョウガ寿司も食べ過ぎるほど食べてしまったが、2匹とも食べてしまった!!
「日常の食事には食欲不信で食べられないが、好きなものは必要以上に食欲が湧いてくる」
ボクの胃袋が食いものを選択するなんてケシカラン。
ガンにいい食いものを拒んで、いまいちのものを好んでいるのだから。
いまは盛んに焼き肉とトンカツを求めている。

抗ガン剤 
1)オキサリプラチ
5?FU
ロイコボリン
   2時間  2週間に1回 48時間

2)イリレテカン
5?FU
ロイコボリン
   1時間半  2週間に1回 48時間
副作用  嘔吐、便秘、下痢、口内炎、脱毛。消化管障害、

学内で検討して、アバスチン(新薬・一点集中でガンに栄養を送らないようにする。)を考慮。

7月29日 (太陰太陽暦6月8日) 水曜日  曇り

27日
1時過ぎに病院へ帰ってきた。夕食はまた、お粥と刻み野菜のまずい味付け。
夜になって初めての女性医師が「明日、昼過ぎに、検査の結果とか、これからの方針を説明します」と。意外と早い。今週の後半だったのに。

28日
朝食はあまりにもひどい食事。
せっかく一時帰宅して、訪問者からエネルギーをもらって、元気に戻ったのに、食事で、すっかり萎えてしまう。

昼食、もう書きたくなくなった。あまりにもひどい。あるいはボクのほうの食味がそうなったのか。

1時に検査結果の説明があるというので、かみさんもきた。
大腸ガン、大腸から転移した肝臓ガン(手術ではどうしようもないほど全体に転移)
大腸から比較的はなれた肝臓に転移しているということは、すでに全身が侵されていると判断、
進行はステージ4だとのこと。末期に近い。
大腸ガンの手術をしてから抗ガン剤治療に移るか、人工肛門をつけてから(大腸は近いうちにガンの成長で塞がる)抗ガン剤治療にするか、・・・・・・・・
または抗ガン剤をやって、うまく効いてくると、ガンが縮小して人工肛門は必要なくなるかもしれないし・・・・・・・とか。
徳島日赤は遠すぎるので近くの病院へ転院したほうがいい
明日のうちに結論を出して欲しい、とのこと。

K医師(別の病院の医師)に相談したら、徳大がいいと勧めてくれて、M先生を紹介してくれ、明後日に診断してくれる、というので、
徳島日赤には明日の退院を告げた。

K医師とY医師に用談した結果、徳大病院へ行くことにして、徳島日赤の了解をえた。そして明日退院の手続きをすることに。
29日午前中に退院。
夕方には多くの方々が見舞いで来てくれて、すごく励まされてしまった。

7月26日 (太陰太陽暦6月5日) 日曜日  雨

鈴木、柳沢さんがきてくれて、田んぼ、畑、庭の草刈りを全部やってくれた。
なんと感謝していいか・・・・・・・・・・・。
2時過ぎには、加代子さんと裕子さんが見舞いできてくれたし、・・・・・・・・・・
夕方には、佑二さん夫妻がお子さん連れできてくれて
ふさぎ込んでいる時の見舞客は100の慰めよりもうれしい、横浜の純子ちゃん夫妻からもお電話をいただいた。

これで、また明日からの病院暮らしの活力を注入してもらえたと思う。

7月25日 (太陰太陽暦6月4日) 土曜日  雨

23

ゲラ、写真キャプションを80%終わらせ、23日の午後、病院へ帰ってきた。
運転してるわけでもないのに非常に疲れを感じて、ベットにバタン。
夕方、勢川、仁木さんが見舞いにきてくれて面会時間ギリギリまで慰めてくれた。
こういうへたってる時の人様の慰めほど力強いものはないと、つくづく思う。
文庫掲載予定の写真キャプションをベットの上で全部書き終わった。
ヒマな入院暮らしで「期限付きでやらねばならない」ことがああるだけでも救いだ。

自宅では普通の食事を摂ったのだが、家にいても朝食は「検査食・おかゆ」だったからだろうか。昼も、夕食も検査食でおかゆばっかり、しかも小量。1027カロリーだという。病院の廊下を歩いていても時々フラッとする。

24
一日中欠食
8時から下剤(ニフレット)を午前中だけで2リットルを飲む・・・・・・・・・・
少しの甘さ、ひどい苦さ、こんなマズい飲み物はかつて知らない。しかも空調の効いた院内、汗もかかない、労働もしない、まさに苦行の4時間。

水便が茶色から白っぽくなるという。ウオシュレットだからいいが、こんなに頻繁にトイレにいっていると、紙で肛門と周辺の皮膚がすり切れて血が出るのではないだろうか。
午後は大腸内視鏡検査
苦しさは、あえて比較するならば鼻からの胃カメラと、口から胃カメラの中間ぐらいか。
たいしたことはない。

この検査で大きな「悪いものかもしれない」という大きな腫瘍が2つも見つかったらしい、その部分を切り取って、あとで組織検査すると言っていた。
来週中には検査結果がでるそうだ。
ケツからケーブルを突っ込まれた状態で、
腸の中がよく見えるから、時間の経過を忘れて、すごくいい。
また医師もぶつぶつと独り言をいうので、
カメラが動いている部分がどのようになっているのか、よくわかる。
独り言の解説みたいで。40分間だったが、10分位の感じ。
吉とでるか凶とでるか
お尻がグショグショで、シャワー。さっぱりした。

25
一時帰宅の許可をもらった。午後早い時間に家に帰れた。
畳の臭いといい、畑の草の元気さといい、やはり農家である家の周辺は心を癒してくれる。
病院へ戻るのは27日の午後になる。

個々からは病院のことばかり、かも

7月22日(太陰太陽暦6月1月日)  水曜日  曇り

18日、さくら診療所でCT診断の結果、
肝臓の断層面のほとんどが黒くなっていた。
γーGTPが3月までは50前後だったものが、388に跳ね上がっているといわれ、
MRIなどもっと精密な検査ができる病院へ今すぐ転院する必要があると、救急車でないとダメだと言われ、小松島の徳島赤十字病院へ搬送されてしまった。

同じ肝臓の指標、GOT、GPT、は以前と同じ異常はない

黒くなっているのは「腫瘍または腫瘤で悪性か良性かは不明」しかし、肝臓部分を押すと痛い

そして、今日は土曜日なので点滴だけ。昨日が2000、今日が1000CC

彩図社からゲラがきた。28日までに校正する約束になっている。
やっとシャワーを使えた。この病院はボクのインターネットは使えない。

21日には造影剤注入してのCT検査、やはり黒いものはたくさん映っていた

水曜日(22日)
胃カメラ(口から)。ほぼ異常なしとのこと。そして、一日だけの帰宅を許可してもらった。22、23日の午前中に「初稿ゲラ、写真挿入の整理」、徳島新聞連載の原稿をメール送信、そして子どもたちへ、現在の検査状況をメール。

食欲がないせいか、ちょとしたことで、ものすごく疲れる。空腹感も激しいが食べものを見ると嫌になる。

ベットの上で、松本清張の「日本史探訪」読んだり、ゲラの校正をしたり、家からもってきてもらった写真をかき回してみたり、・・・・・・・
こんな程度でもくたびれる。
あの少ない病院食ですら、わずかな塩揉み野菜とご飯少しだから・・・・・・・
エネルギーでないよな。
家からもってきてもらった手作りのキュリのキュウちゃんがなかったら、たぶんご飯はたべられない??

7月17日(太陰太陽暦5月25月日)  金曜日  雨

ほんとに、ほんとに待望の雨、13日に大豆を蒔いたのに、芽がでない。
もし今日降らなかったら水まきしようか・・・・・・・・・とも。
いつも多少は痛みがあったのだが、今日の腰痛は最悪。
痛み止めの内服では効かず、座薬を。したら、すこしは。
だが食欲がまったくない。大さじ2杯ていどのご飯で満腹・・・・

だがすぐにお腹がすいて、クッキー2枚、豆腐の1センチ角を5切れ、ミカンとモモの剥いたものを大さじ3杯、これでまた満腹。

動くたびに骨盤が軋む。

午後4時頃まで、起きられずごろごろ。

昨日、沖州へ釣りに行ったからだろうか。だがマメアジ釣りなので、だだ平坦なところにすわっているだけだったし・・・・・・・・・。

もう、釣りにもいけないほど身体が弱くなってしまったのではないかと心細くなる。農作業はたまる一方だし・・・・・

7月15日(太陰太陽暦5月23月日)  水曜日  晴れ

昨日は今年最高の猛暑。だが今日も今年最高の猛暑。毎日が記録の塗り替えだ。

74歳までの老人検診の一種・特定検診。飲食を抜いてさくら診療所へ。

草刈りその他いっぱい仕事が溜まっていたが、手をつけてみると意外と時間がかかり、あんまりすすまず。
2時にはたたみ屋さんがきたし。もって行ってもらった後の板の上はゴミだらけ。大掃除だ。

トウモロコシを全部モギッタ。圧力鍋3回分。
キュウリがまた10キロぐらい!!3日ももぎらないと、みんな太っちょになって、不格好。
これらはキュウリのキュウちゃんにするとか。

家の前の水モチが悪い田んぼ。水を入れながら漏る穴探し。
そしたら、隣の田んぼへの出口からは想定できないような離れた場所が、その穴だった。
しかもデカイ。
石と土を大量に詰め込んで、踏みつけて、やっと塞ぐ。こんな大きな穴では4?5時間でカラッポになるはず!!

文庫になる本の原稿が明日あたり来る予定。
そうると、忙しさは大変なことになりそう。

息子の嫁の父親が、脊柱管狭窄症の手術を1ヶ月半前にやって、絶好調だという電話。
ボクも同病なので、
「軽いうちにやったほうがいいよ。重傷になった人は完全には治らないそうだ」と。
この忠告で、決心した。8月中には手術しよう!!

7月14日(太陰太陽暦6月3月日)  火曜日  晴れ

太陰太陽暦の日付がどうも変だ!と思って高島易断の暦をめくってみたら・・・
あんのじょう、間違っていた。
今月は閏月の5月だった!!
今日は5月22日だ。
新暦だと4年に1回の閏年がくるが、
太陰太陽暦では13ヶ月になる年・閏月がちょいちょいある。
今年がその閏月のある年で、いまが閏5月。
だから今日は太陰太陽暦では5月22日。
閏5月19日が土用、太陰太陽暦6月2日が大暑。

明日の15日は太陰太陽暦閏5月23日と書くことにする。この場合頭に閏という文字をいれることになっている。

朝から夕方まで、今年最高の「猛烈な暑さ」まるで熱風が地上に覆いかぶさったかのよう。

当番出勤。他の職員も全員出勤。
県内高校生の家庭科研究発表で大勢の生徒さんが集まった。

午後は市の文化祭実行委員会。

ナスが初めて採れたのでひき肉を買ってきて、
今年初めての「マーボーナス」。旨かった!!
ボクの得意料理の一つだ、残ったひき肉は、
明日、ハンバーグだ。これも得意の一つ。
切ると、シュワーッと肉汁が流れてくるやつ。
久しぶりの肉のかたまりだ!!!!
やはりたまに肉を食わないとこの季節は身体がダルクなる????

歯医者さんへ。今日も先日同様にすごく長い時間削られた。
痛くはないが、長い時間チュワーン、ギャワーンと削られていると、
身体の具合がへんてこりんになる。
前回はおなじように削られて60円、今日は360円。
保険は本当にありがたい。
5年前にオーストラリアへ旅したとき歯医者にかかったが、
歯科には保険が無く、勿論ボクは外人だから保険外だが、国民すべて現金払いだ。
虫歯に詰めてあったセメントがとれて、
それを接着剤でもとへ戻すだけの「超簡単治療」で9000円だった!!
日本だったら、行きつけの歯医者だったら、「ただ」かもしれないような。

7月13日(太陰太陽暦6月2月日)  土曜日  晴れ

昨日の午後に大豆の畑作りをしておいたので、
今日は朝から、溝にタネ蒔き。
腰の具合がズーッとよくないので、
腰を曲げないでできるタネ蒔き道具を考案してつくって、
それで蒔いてみたら、ラクチンで早くできて、グー。
直径5センチ位の塩ビの筒・1メートルぐらいで切り、
上部に2リットルのペットボトルを蓋近くを切り、漏斗のように取り付けたもの。
3粒放り込んで、足で土をかぶせて踏みつける・・・・・これで蒔いたことになる。
手でしゃがんで溝に入れて蒔くよりも早く、楽。
約1キロのタネ。

11時に終わり、シャワーかぶって、着替えて教育委員会へ。
8月のサイエンスフェスタのプログラムを書き込んだチラシを全生徒分2750枚を17日の修了式までに配ってくれると。

午後は、15キロもあったキュウリをもぎり、
ナスを3本仕立てにして支柱を立て・・・・
溝を掘って、用水を流し込むようにしたり・・・・・
トウモロコシをもぎる。といっても全部ではなくて、茹でる圧力鍋で3回分程度。また明日も3回分ぐらいもぎらないと。次の日も・・・・・
スズメが狙っていて、連日ネットの周辺をチュンチュン騒いでいるし・・・・

めちゃくちゃ暑かったので、くたびれてしまった。
またまた食欲がなくなり、下半身がだるくなり、右足フクラハギの筋肉痛・・・・そのうえ腹痛。アーア、夏はオレはダメだ・・・・・・・・・

ここ1ヶ月、オレの体質が大きく変わったみたいだ。
昼食の前になると、必ず食前のビールを飲みたくなったし、
夕食の時も無性に飲みたくなっていた・・・・・・・・
ところが、昼も夕方もぜんぜんビールを飲みたくならないし、発泡酒、好きな冷やの生原酒も、・・・・・・・・・
だからここ数日アルコールは飲んでいないし、飲みたいとも思わない・・・・

酒類を飲めない人生なんて最悪!とよく言っていたが、
とうとう自分がそうなってしまうとは!!!!
だが諦めないで、練習しないと・・・・・.

7月11日(太陰太陽暦6月19日)  土曜日  曇り

今朝、猿に盗まれたカボチャの畑に行ってみたら、
近くにあった甘夏みかんも全部なくなっていた。
隣のおっちゃんも
「よわったもんだな、もうここじゃ大豆もサツマイモもダメかな」と。
トウモロコシがだいぶ食われていた。
倒し方からみると猿ではなくて「ヒヨドリ」かも。

ヒヨドリとムクドリはこのあたりの人はクチバシと足の色だけで判断しているので、ボクも同じ。
だから必ずしも名前が正しいのか自信はない。
黒ければヒヨドリ、キミドリ色ならばムクドリ、というように。

田んぼに導水しながら、草抜き。
長年畑といして使っていたこと、代掻きに失敗して、
一部が高く、イッパイに水をいれても土が表面にでてしまうので、
そこはまさに草だらけに。

ヒエも多く、イネ科の草を抜く作業。片道4列をやるだけで1時間もかかってしまう。
1日1時間だと10日は続けないと・・・・・・・・・・・
あとはコルセットのお世話に・・・・・

アメニテイセンターで地球村代表の高木嘉之さんという人が講演。
しばし、傾聴。
新聞の切り抜きを巧みにつかって、非常に説得力ある話。環境問題の本質をつく話だった。

昨日の徳島新聞夕刊「ぞめき」に3回目が掲載
転載します。


欠乏から夢の暮らしへ

7、8月になると、恒例のように
「戦争、平和、原爆、戦中戦後体験」関連の放送が多くなる。
非常にいいことだと思う。
だが、いつまで続けてもらえるのか・・・・・・。
生き証人が加齢で次々と鬼籍にはいっていってしまい、
また放送を聞いて「時代劇」のように見てしまう若者もいるというし・・・・・・・・・・。

このような映像を見るたびに、
自分の戦中、戦後の食糧不足、学校でのイジメを思い出してしまうのは、
私だけではないと思う。
疎開で都会から農村へ引っ越したから、食べものはなんとかなったが、
新たにイジメが加わったことが一番つらかった。

疎開先は東京から電車で1時間という近郊だったにもかかわらず、
ほとんど爆撃もなく、食べものも豊富な村だった。
だが、疎開のわが家だけが食べものがなかった。
コメはなんとか親戚から譲ってもらえたが、
猛烈なインフレでお金は単なる「紙切れ」で通用せず、
母は着物、帯、宝石などと交換していたようだ。
副食はイナゴ、ザリガニ、タニシ、シジミ、ナマズ、フナ、ウナギ、コイなど、
用水堀や利根川でいくらでも捕れた。
野菜は空き地にタネを蒔いて、母が作りはじめていた。
買うものは醤油、ミソ、塩、砂糖、灯になる石油。
水は隣の家までバケツでもらいにいったし、
風呂はドラム缶だったし、
トイレは戸外でムシロで囲った梅干しの漬け壷だった。

いまからみれば、天然のウナギ、コイ、シジミなども食べていたから、
贅沢!と思われるのだが、
このようなものを日常的に食べていたことすら「イジメ」の理由になった。

当時の私はこんな暮らしが嫌で嫌でたまらなかった!それなのに、
40歳を過ぎたころから、このような「生きもの」を無性に食べたくなってきた。
三つ子の魂、100までというが、
イナゴは日本にはいないので買ってまで食べている。
たった50年で、いまや飽食天国になった。まるで夢のようだ。(今)

7月10日(太陰太陽暦6月18日)  金曜日  曇り、時々雨

日々激しい疲労感に襲われ、全身倦怠感でホームページの更新もままならず。
原因はまったくこころあたりなし。
8日は当番出勤
昼直前に8月のサイエンスフェスタのチラシを全生徒に配って頂くために学校教育課へ行く。
好意的に対処してくれて、
市内の全小学生に配って頂けることになった。

2時間ほどぐったりと横になってから、
急遽買ってきた「アリナミン」というビタミン複合剤を服用したら、たちまち元気に。
そして、残っていたサツマイモの定植(これで全部終わった)ナス、トマト、その他すべての野菜の草刈り。
終わったら、またグッタリしてしまった!!
即効性と、時間限定のアリナミンなのだろうか。

9日早朝は歯医者。
随分長い時間、チュワーン、ギャワーンと削られて・・・・・・・・・・
また草刈り。こんどは腰が痛くなって、コルセットして、アリナミン飲んで寝てしまう。
午後遅く目が覚めて、また草刈り。

夜はNPO法人げんき山川ネットワークの会議で10時頃まで。この年になると夜の会議はつらい。眠気と全身倦怠感で・・・・・・・・・・・・
来年3月で「指定管理期間」が終了するので、4月以後も引き続き受けられるように、再度申請書を出すことになり、その内容についての議論。決定事項は、ここには書けないので、目次に書く。

また3月のどさくさ国会で「ばらまき予算」で決まった「ふるさと創成事業」で2人を追加募集し、決まった。これで合計3人。この制度は1年づつではあるが、最長3年間の人件費がもらえる。ものすごく安いけど。まあ「官製生活保護並み賃金で働く労働者をつくる制度」みたいだが。

今日
ニワトリ小屋前の畑で作っていたカボチャが全部なくなっていた。
サルだろうと思う。
すでに彼らは下見がすんでいるから(7日の日記)。
隣の人も大被害だとのこと。
イノシシは柵で、鳥はネットで防げるが、
サルだけはどのようにしてもダメのようだ。
対策は人間が諦めるだけ・・・・・・・・・・・・・
それにしても1日でカボチャ(多分10個はあった)全部を盗んでしまうとは、
1匹ではなさそう????

当番出勤。
地元の警察の人がアメニテイセンターへまた来た。18日に自民党の後藤田氏(議員)の講演会があるから。6日にもきているので、2回目だ。この調子だともう1回は来るかも。
昨年は共産党の市田氏(議員)が来た時も同様だった。
国会議員は誰かに襲われる心配があるんだろうか????

原井さんが退職するというので、緊急事態。
主要メンバーが集まって説得。詳しくはここには書けない。目次に書きとめ。

ふるさと創成で採用された人が挨拶にきた。
この人の雇い主はNPO法人げんき山川ネットワークなんだけど。
これで定員イッパイの3人が決まったことになる。
午後、大豆畑のために、トラクター耕運するも、急に雨で、30%で中止。残念。

ほんとうに久しぶりに日本酒飲んだ。
瓢太閤のにごり原酒・1合ビン。原酒なのにめちゃくちゃマズい。
こんな酒売るから日本酒離れになる。

猿のカボチャ泥棒のことを書いたが、
午後にはヒヨドリの大軍団がきて、サル顔負けの大暴れ。
ナス、キュウリ、まだウス赤のトマトまで食い荒らす。
また屋根庇のトタン部分でドスンバタンと猿の相撲のように騒がしく・・・・・・・・・・

こんなことは10数年ぶりだ。

7月7日(太陰太陽暦6月15日)  火曜日  曇り、時々雨

早朝、ニワトリのエサを施しに、裏の庭へ行ったら、
突然10メートルほど先に生えている5メートル位の木が大きく揺れ、
ザワザワと大きな音。
突風!かとおもいきや、
数匹の猿が木の枝を揺るがして、いるではないか!!
「エーッ、また、こんな近くに猿がきたの!!」
すでにこの畑のブルベリーはムクドリにほとんど全部食べられてしまっているので、もしかしたら、トウモロコシなどの野菜も危ない・・・・・・・・・・・・・

今年は害虫が少なくていいな、と思っていた矢先、サルとムクドリ!!

大豆向け畑の周囲の草刈り。雨が降ったり止んだりしてるので、その合間に。

美白へちま水化粧水を作った。もう3年目になる。
効果のほどはわからないが、たくさん、ほとんどタダでできるので、ジャブジャブ使えて便利。
ヘチマ化粧水と美白尿素化粧水の作り方をまぜて、自分で工夫したもの。
ヘチマ水           200CC
尿素             50G
グリセリン          10CC
ユズのタネのエタノール漬け  10CC

使いきれずに残ったヘチマ水はペットボトルにいれて、冷凍庫
市販の化粧水などにはすべて尿素が入っているので、それをすこし多めに使うことによって美白効果を狙ったものらしい。
数年前に大分流行ったの、覚えていないかな・・・・・・・・・

これだけの分量はすこし多めなので、肌をすこしだけ刺激するらしいがボクは馴れてしまってなんにも感じない。もう4年目だし。だけど、戸外での百姓とか釣りにいったり、山登りしたりしてるので、美白にはほど遠い。

7月6日(太陰太陽暦6月14日)  月曜日  曇り 

土曜日は午前中の当番出勤。
大森さんがきてくれて、阿部先生が新たに追加してくれた、
郡境石の話と、そこへ写真を撮りにいく相談など。

午後は1年ぶりに、近くの吉野川へハヤ釣りに行ってみた。
数日前に田中さんがきて「今年はもう、大きなヤマトハヤが釣れるよ」と言っていたが、
その通りでまるまる太った大きなハヤと、きらびやかなオスのヤマベが釣れた。
思いかけず、夕食はおいしいハヤの天ぷら。

昨日、これも1年ぶりで海へ。
新聞に「マメアジ、大漁」との記事があったので、それに誘われて。
沖州海岸の堤防へ、かみさんも行くというので、
いっしょに。雨が降りそうだというのに、
午前10時頃、釣りの家族連れがいっぱい。
隙き間を探して、釣りはじめたが、
ものすごいイレグイで、1時間半ぐらいで、100匹ぐらいも。

ここで大失敗。
釣りの仕掛けは、鉄製のエサカゴをまずつけて、
その上に「さびき」という釣り針が6−7本も10センチ間隔でついているものを結びつけ、
それを道糸という釣り糸につける、ことになっている。

ところが、ボクの両側にはどこかのおじさんとかみさんが陣取って、
どしどし釣れているのに、
ボクだけはまったく釣れない!!
「なんでオレだけ釣れないんだろうか」すると、
隣のおじさんが「もう少し頑張れば釣れだすよ」かみさんは
「なんででしょうね」と。
「オレは魚に嫌われたのかな?」

こんな会話が10分以上も続く。だが両隣の大漁を眺めながら、ぼやいてばかり。

しばらくして、なんと「さびき」をつけていないことに気がついた。
両隣は2メートルも離れていないのに、誰も気がつかない。
勿論本人のボクも気がつかない。そしてようやく気がついたのは、「ボク」
自己嫌悪にさいなまれながら、さびきをつけて釣りはじめたら、
なんと、ガバガバと釣れ始まった・・・・・・・・・・・

年をとってくると、こういうことはよくあることだろうね・・・・

暑さよけのヨシズに簾を買ってきた、
わが家は南向きに細長い作りになっているので、
12、10、8、6帖の部屋の南側に垂らす。
幅1800センチのものを5張りと玄関の縦置き簾(2700センチもの長いヤツ」を1張り。交換して古いものはお風呂の燃料に。

キュウリが10キロ以上も採れてしまった。5?6本だけ残して、あとはキュウリのキュウチャン漬け。

今日、当番出勤
特になにも無し。
午後には、新しい簾との交換作業、2時から5時頃までかかってしまう。

7月3日(太陰太陽暦6月11日)  木曜日  曇り  雨

干しておいたダイコンのタネを取り入れた。
アブラナ科の仲間ではあっても、
他のアブラナ科のタネとは大分違う。
アブラナ科のタネ取りは難しい。
コマツナ、ミブナ、ミズナのタネ取りを長い間していたことがあるが、
しだいに交雑して葉にギザギザのないミズナ、コマツナ風ミブナになってしまい、
とうとう止めた経緯がある。

ところが、遺伝子の配列だかなんだか知らないが、
ダイコンは他の仲間とは交配しない。
だからアブラナ科では「自家採取」しやすい作物だ。

ボクが長年タネ取りしているのは、
九州地方の山奥で未だに栽培され続けているという
「平家ダイコン・米良ダイコン」だ。
多くの人が栽培している「耐病総太りダイコン」と比べてみると
「すこし固い、味が淡白ではない」その上、皮が厚くすこし赤みを帯びている。
トウ立ちが極めて遅い。葉が固くて食べられない。
というタネだけど、もう10年以上もタネ取りを続けている。
耐病総太りとダイコン仲間ということで、
多少の交雑はあるようで、
時々、緑の葉のものが混じる。
米良は葉も赤ムラサキなんだが。

仲間たちに「タネの自家採取」をずいぶん勧めたが、一人としてやりたがらない。
有機農業の人も。
アメリカやオーストラリア、フランスなどでは、
「エアルーム」ということで昔からの伝統的なタネを自家採取して、
作り続けようという運動が大きく広がっているが
有機農業の人も
一部を除いて「売れない野菜になるから」ということと
「収穫後半年も畑を占領するので」ということでほとんど自家採取は無視されている。

つまり自家採取のタネは、タネ取りの技術がよほど向上しないかぎり、
不揃いの作物になったり、
市販の野菜よりも固めだったり、
野菜臭かったりするからだ。
野菜ソムリエなどと野菜の権威ずらする人ですら、
昔の野菜臭い野菜は好かないようだ。
「個性のない、日本全国耐病総太り」の世界なのだ。
昔はダイコンでもニンジンでも、コマツナでも、
地域で非常に個性的で違っていたもの。

今年、オーストラリアの農業関係・フリーライターから
エアルームのインゲンのタネをもらって作ったが、
これが日本の土地にあうのだろうか?ものすごくいい。
ピーマンもいい。だが、トマトはだめだ。

ダイコンのタネが入っている鞘の映像

7月2日(太陰太陽暦6月10日)  水曜日  曇り

夕べ、たくさんの雨。
どの野菜も元気100倍。


ヘチマ水をとりこむため、茎を切り、1升ビンに差し込む。
昨年は雨がすくなくて、摂れなかった。
今年は昨夜の雨できっとたくさん摂れるはず。最低でも5合は欲しい。
ヘチマ水は1週間もかからずに摂れる。
ボクは夏みかんのタネのアルコール漬けと化粧品用尿素、グリセリンで化粧水を作っている。
たっぷりとできるので、
使う時も思い切ってジャブジャブ使えて、スゴく良い。

半夏生。24節気の一つ。徳島にきて、薬草会に加入し、山歩きで薬草の勉強をしている時に先生格の人から「半夏生」という名前の薬草を聞いたことがある。
また、昔はこの頃までには田植えを終わらなければならない、などとも言われていたっけ。
だが、タコとの繋がりは、スーパーの特売チラシで初めて知った、という知恵おくれ。
しかし、タコとの因縁は関西地方だけらしい??ボクは18年前までは関東にいたから、知らなくて当然!!というわけでもないが。


タコは大好物の一つ。東京・錦糸町駅南口の国道を左に曲がって、細い路地をはいったところに
「タコ」専門の居酒屋があった。
タコだけで、よくもあんなにたくさんの料理ができるもんだと、あきれたもの。
新鮮なタコばかり扱っていたせいか、タコだけなのに、いつも千客万来。
そこでも半夏生との関連は聞いたことがない。
たこ焼きも関西のものだから、なんでもタコに結びつけるのが、関西流なのだろうか、
ともかんぐる。
そして次はウナギの土用だ・・・・・・・・・・。

今日も歯の治療日だったけど、歯医者だけは本当になんど通っても馴れい・・・・・・・・。
今回は次回あたりに1本抜いてもらうことになっている。

7月1日(太陰太陽暦6月9日)  水曜日  曇り

ここ2日ほどの雨で、キュウリ、ナス、トマト、インゲン、ズッキーニ周囲の草が猛烈に伸びてしまった。
草刈りだ。
今日は、このあたりでも34度。猛烈な汗をかきながらの草刈り、シャワーが本当にありがたく感じるし、汗かき労働のあとのビールは本当に旨い。

ホームページの「ほんとうはヤバくない日本の食料自給率」を書き換えた。
(1)
「依存」
(2)「穀物が
戦略物資という役割は終わったのではないか」の2項目だ。
記述をやさしくしたのが、
(3)「農産物輸入大国・日本」とあるが、どんなものが含まれているのか。聞いて、見てビックリ!!

1、トウモロコシ、2、豚肉、3、タバコ、4、牛肉、5、果物、乾燥果物含む、
6、アルコール飲料、7、大豆、8、小麦、9、鶏肉の調整品、10、冷凍野菜

驚くのは3位のタバコ、5位の果物(乾燥ものふくむ)、6位のアルコール飲料、10位の冷凍野菜の多さだ。
こんなものまで含めたデータを鵜呑みにして「食料自給率は低い」とは??