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1月30日   (太陰太陽暦1月5日)    金曜日  雨

外は一日中、そぼ降る雨。
午前中はすこし暖かかったけど、午後になってどんどん冷えて来た。
窓からは山々が、竹やぶが、遠い畑が煙っていた。

昨日トライした食パン、
納得がいかないことがあったので、再度トライ。
粉も新しく挽いてきた。
膨らみぐあいがいまいち?だったので、
ベーキングパウダーを10グラム加えて作ってみたら、
なんと2センチ高くできた。大成功だ。
これからはこのレシピで行こうと思う。
また、玄米クケットを作って販売していたころの最高級品の黒砂糖がたくさん残っているので、
砂糖を80グラム、黒砂糖を40グラムにして次回からは焼いてみたいと思う。また別のバージョンで好きな葡萄パンも作ってみたい。


以前、藤田雅矢著・糞袋についてここに書いたことがある。
江戸時代の京都での糞尿の取り扱いのことである。
抱腹絶倒。「面白きこと、それは真実である」
を地でいくような話。だから記憶に深くのこっていたのだが・・・・・・・・

農協の月刊雑誌「地上2月号」に山下惣一氏が同じようなことを書いていて、思わず吹き出してしまった。

舞台はやはり京都。
「近世京都における金銭的屎尿取引の事例」から。
屎尿の取引は活発で市がたっていた。
公道での放尿は禁止され、
道ばたのいたるところに尿桶が設置されていて、
通行人の尿も蓄え、女性も立ち小便をしていた!!
つまり、都市近郊の農業がいかに活発だったか!!

イングランドでも屎尿が農業に使われていていた。
夜の分を容器にためておいて、
夜明け前に窓から道路にぶん投げたていたから、
道路はウンコだらけになってしまい、
女性はそれを踏んづけても
スカートの裾が汚れないようにハイヒールが考案され、
頭からぶっかけられてもいいように、ツバの広い帽子をかぶり、
つねに男が危険度の高い左側を歩くというマナーが生まれた!!!

糞尿再利用の動きが地方で動いているようだ。
埼玉県小川町に住む知人の金子さんや、
坂下さんは人糞だけでなく家畜のものも集めてバイオマスガス発生装置を作り、燃料と、残った残差の堆肥化をしているが、
その例を学んで九州のいくつかの自治体が試みつつある!!

「糞袋」が時代を越えて、あらたな科学の力をかりて再現されているなんて、すばらしいではないだろうか。
こういうボクも徳島に来たばかりのころ、
これにトライしようと、わざわざ、小川町まで視察に行ったのだが、
勇気と実行力がなくて、とうとうできなかった。
さくら診療所建設の時にも吉田医師もボクの視察結果を聞いてきれたが、・・・・・・・・

その当時は、
エコとか、環境とかリサイクルとかの雰囲気がなく、
近所からの抵抗を考えざるを得なかった状況だったし・・・・・・・・・
小川町でも、周辺は臭かったし・・・・・・・・・・・・。

1月29日  (太陰太陽暦1月4日)   木曜日  晴れ  暖かい

タネにする大豆の選別。
お盆の上に広げて一粒一粒手で拾ってよりわける作業。
2000粒の選別をしたが、なんとニワトリのエサになってしまうようなものが20%も。
カメムシの被害がいかにものすごかったか!!

今日も製粉に行く。6キロ。
製粉を手伝ってくれた小野さんに
「天然酵母は簡単に作れるよ」とのアドバイスを受け、その気になる。
昔すっぱくて水っぽくてまずい天然酵母パンとやらを食べて
「これはまずい」と思っていて、いままで敬遠していた。
天然酵母パンは舌で味あうのではなくて頭で味あうもの、
と思い込んでいた。
そのうえ、市販の小麦粉を使っているのに、
わが家のパンにケチをつけるような言い草で、
「天然酵母ではないんですか!」なんてなんどか言われたこともあるし。
酵母だけ天然を使っていても
市販の粉では??????と思っていたから。
だけど、なんで天然酵母パンは
「いわゆる自然食品(これも不思議な言葉)」として位置づけられているのか、ボクにはどうしてもわからない。
市販のイースト菌とどこが違うから、
無添加、身体にいい、自然、なんだろうか。
ボクはよくある「無知な消費者ダマし」ではないかとしか思えないのだが。例えば有機農業を自然農業なんて言うのと同じ・・・・・・・
農業は自然でなく野菜の養殖なのに。
しかし、今度はわが家のパンは粉も酵母も市販のものでない、ということで、・・・・・・・。

温床の温度が、もう38度にまで上がっていた。もうすこし落ち着いたら、タネ蒔きしないと。

1月28日   (太陰太陽暦1月3日)   水曜日  晴れ  暖かい

晴れて、暖かい。
今日こそ鶏糞を田んぼに撒いて耕運だ!と勇んだが、
天気予報がテレビに映って、
明日午後、明後日、その次と、雨・・・・・
隣のおじさんも、同じようなこと考えていて・・・・・・
今日はやめておいたほうがええって。

かみさんに教えてもらって、
やむなく、パン作り。
昨日さくら診療所の小野さんに挽いてもらった、
わが家の農林61号でのパン作り。
粉    1000グラム
砂糖    120
塩      20
イースト   20
オリーブ油  60
水     700
よくこねて
一次醗酵        湯煎で37度60分
ベンチタイム      15分
オーブンでの二次醗酵  37度40分
焼き          180度  30分

食パン。
やはりあまり膨らまない。ふくらみ具合は高さでみるけど

10センチだった。市販の食パンよりも大分低いが、従来わが家で作っていた市販の粉入りよりも2センチ低いだけ。だがその分ふくよかで美味しい。


見た目は白い粉だったが、こねてみるとしだいに茶色に。
多分表皮の成分が混入しているのだとおもう。キメはこまかかったのに、膨らまない理由かも??
だが味は上々。
米から作った水飴をジャムのようにして食べてもいい。
従来のわが家のパンは
市販の粉70%わが家の粉30%の割合だたったが、
このようにできるなら、
市販の粉は不要かも・・・・・・・・・

どうせダメな粉と思ってニワトリのエサにしていたが、
20キロほどは人間用にまわすことにした。
ニワトリさんごめんなさい。

神坂次郎の「江戸を駆ける」を読んでいて、ものすごく面白いもの発見。

「二百五十年ほど前(八代将軍吉宗の享保年間)に出版された易学書(書名?)を流し読みしているうちに、
《今ヨリ五代、二百五十年ヲ経テ世ノ中ノサマ変り果テナム……》
 という文字がとびこんできて、おどろいた。二百五十年後といえは、いま現在ではないか。

《切支丹ノ法イヨイヨ盛ニナリテ空飛プ人モ現ハレナム。地ニモグル人モ出デ釆ルべシ。風雨ヲ駆リテ雷電ヲ投ズル者モアラソ。死シタルヲ起ス術も成リナソ。サルマ、人ノ心漸ク悪シクナリテ恐シキ世ノ相ヲ見ツべシ。親ハ子ヲハグクメドモ子ハ親ヲカヘリ見ズ。夫ハ妻ヲ養へドモ、
妻ハ夫二従ハズ。男ハ髪長ク色青白クヤセ細リテ、戦ノ場ナドニ出テ立ツコト難キニ至ラム。女ハ髪短ク色赤黒ク、訣ナキ衣ヲ着テ、捏り狂ヒテ父母ヲモ夫ヲモ、ソノ子ヲモ顧リミヌ者多カラム(略)……》」
                 
 この、一種、予言書ともいう易書を現代にひき比べれば……飛行機……地下街……神風特別攻撃隊、核家族、医学の発達、女性上位、からフリーセックス、・・・・・かのノストラダムスもまっ青ではないか。
この本よりも100年ほど昔に書かれた韻文でわけの分からない、玉虫色の「ノストラダム
スの予言」より、はるかに精度の高い分かりやすい予言だ。

1月27日   (太陰太陽暦1月2日)    火曜日  晴れ  暖かい

収穫して5年目にもなっている小麦、
普段はニワトリのエサにしているが、
保冷庫に保存してあるので、
「もしかして製粉すれば、人間が食べられるのでは?」と
さくら診療所の小野さんに連絡して、製粉に行く。

2月8日に登山を予定している山の登山口の確認に行く。案外近くて・・・・・・・・

ハウスに作った温床に水を入れて踏みこむ。はたして温度が上がってくれるか????

タマネギの草抜き。

今月は1ヶ月目ということもあって、温泉巡りは順調。
穴吹町のブルービラへ。
だがここは水道水だった。
ここを選んだのは先日のテレビで
「洋蘭の花びらを浴槽に浮かべてある」というサービス期間だというから。
ところが行ってみてガッカリ。
小さなほうの浴槽の一部にだけ金網を張って、30個位の小さな花びら、しかも新しいのではなくて、
もう3、4日はそのまんまという感じのものが置いてあるだけ。
そして湯は入浴剤で紫色。
誰も入っていないし、入ろうとしていない。ボクだけが入った!!
ダマされた感じ。
まあ、いろいろあるさ。

1月26日   (太陰太陽暦1月1日)    月曜日  曇り

24日、徳島市内にお住まいの裕子さんのお招きで、お宅へ伺う。
かよちゃん、るんちゃん、きょうこさん、ふた藍夫妻、イーヴラクロワさん夫妻も来ていて、にぎやか。
たのしいひとときを過ごさせていただいた。

25日
ものすごく冷え込んだ朝。鶏にエサをあげて、器を洗おうとしたら、
井戸からひいている水道管が凍ってしまっていた。
熱湯をかけて解凍したら、
塩ビのパイプの接着が痛んで水が吹き出してしまう。
その部分を分解しないで、
漏れた部分にビニールテープを巻いて水漏れを防ごうとしたが、
とてもとても、強烈な水圧に抗しきれず漏れがとまらない。

やむなくコーナンへ行って、
こういう場合に適当な補修資材があるかどうか調べにいって、
どこをどうすればなおせるかのイメージ作り。
ピッタリの資材を念頭に置いて帰ってきて、補修部分のサイズなどを計測。

時間がなくなり、中断して1時に鴨島公民館へ「三遊亭楽太郎の講演」を聞きに行った。
笑いと健康についてよく勉強しているみたいだ。
落語の話芸を講演に生かした絶妙な話しっぷりに感動。
歯切れのいい東京弁が気持ちがいい。
関西系はなんとなく「もったり」しているが、
やはりおしゃべりは東京弁がいい。
若さを保つ笑いを講演したのに、
59歳という若さながら
歩き方が80歳前後のおじさんスタイルには苦笑。
膝を曲げ、ケツを落として歩く
典型的なおじいさん、おばあさん歩行。
太っていなくて、スマート、顔も細面ですばらしいのに、
歩き方がこれじゃもったない!!

帰宅途中にコーナンに寄って、下調べ済みの資材を340円で購入。
漏れた部分30センチ位を切り捨て、新資材を接合させて、15分位で補修完成。大相撲の千秋楽、最後の3番に間に合う。
この補修水道屋さんに来てもらったら、多分日当も含めて10000円はすると思う。ボクの補修の仕方よりも、多分もっと美しくだろうが。

今日は太陰太陽暦の元旦。中国ではすごい帰省ラッシュがあったというが、日本では横浜と神戸の中華街で、お祭りのイベントがもうすぐ行われるのでは。徳島にきてから、神戸の春節見物にいって、歩き食いしたことあったっけ。

今日も寒い。いろいろ農作業あるも、とてもやる気になれない。
ほんのすこしだけやって、あとは本読みと食料自給率に関する原稿書き。

ボクは山川町薬草会のメンバーで、1月中旬になるとかならず、
七草かゆのお誘いがある。
所用で2年続きで参加できなかったが、
記念で講演してくれる先生は必ずお屠蘇の発明者として
華柁(ほんとうは人偏だが、文字がない)の業績についての説明をしてくれる。
もう3?4回は聞いているとおもう。
魏史、三国志、後漢書などの中国の歴史書に登場している
古代中国の医者で、
世界の医聖と言われていて
国際外科学会認定の世界最高峰の医師。
(三国志にでてくる魏の曹操の侍医として有名)
一番印象に残っているのが、
「麻酔で、大きな外科手術」をしたこと。

この話を聞いて思い出すのが、テレビで何度も放映されていた
華岡青洲だ。
かれは若い頃から
「カダになりたい、カダになりたい」と一生を
麻酔薬の研究開発にささげ、成功し紀州藩藩医にまでなった人。
そして昭和の時代になって
国際外科学会で認められシカゴの栄誉会館の日本室に祀られている。
同じ会館の中国室にはカダが祀られていて
とうとう「カダになった!!」。
テレビでは人体実験で母を死なせ、妻を盲目にしていた。

1月23日   (太陰太陽暦12月28日)    金曜日  晴れ

狂ったのではないかと思うほど、暖かい朝と昼間。
だが夕べの大雨で庭も畑もグチャグチャ。

最近頻繁に書籍広告で
「読んだ本の感想文を書くようにしよう」?とかいうタイトルの本がベストセラーになっているとか。
コピーで「そうすると記憶にのこるから」と。
ほんとうにその通りで、本を買って読むまでもない。
ボクは昔からそうしている。
この本の縁で、これからは、
読んだ本の感想を日記に掲載してみようと思う。
別のファイルに入っているので、改めて書く必要がないから、簡単。

ところで、昔、
「高校全入」という運動があった。
そしていつしかそうなった。
すでに高校の入学試験は評判のいい学校ではそれなりの競争は残っているが、受験生、高校定員ということだけでみると、まさに全入。

そして、雨後のタケノコのようにできてきている
沢山の大学のおかげで、
進学希望者よりも大学定員のほうが多いという現象になっている。
昨年度は高校卒業者・1147000人、
そのうち大学進学希望者が587000人、
待ち構える大学の定員がなんと700000人。

有名大学に入りたい人は多いだろうから、
多少の競争はあっても、選ばなければどこかには必ず入れる。
一部の卒業生を除いて、
かつての大学生に比べて格段にレベルが低い卒業生が・・・・・・・
ということだろうか。

昨日の朝の映像だけど、
庭の紅葉の枝に
「霧氷」ならぬ「霧水」の玉がついた。
朝日に光って美しかったので撮影してみた。
撮影後すぐに「消えたが。

1月22日   (太陰太陽暦12月27日)    木曜日  雨

暖かい雨の一日。
そろそろ、夏野菜のために畑の準備をしようかな、
という時期になり、
例年だと鶏糞を大量(50袋ぐらい)に買って、
田んぼに散布して耕運したり、
苗を植える予定になっている畑にも鶏糞を施して耕運したりするのだが、
こう連日雨だとなんにもできない。
冬は農業にとっては乾燥がいい。
風邪やインフルエンザなどの病気には乾燥はよくないが。

総選挙が近くなったせいだろうか、公約の一つとして
「食料自給率の向上」という政策について
マスコミが頻繁に取り上げるようになった。
ボクもそんな影響をうけてしまったのか、
00年12月に刊行した
「それでも百姓になりたい」(飛鳥新社)の後半部分に、
身の程知らずにも
「食料自給政策に関する持論」を書いてしまっている。
それを読み返してみた。
以下の2人のコメントはウエブにでていたこの本の感想文

「百姓の収入がどれだけ少ないか、
農政の抱える問題点、農業をとりまく厳しすぎる実状など、
読むと悲しく不安になる内容が多いのですが、
これが偽らざる事実なのでしょう。
筆者が百姓になるための紆余曲折は物語としては面白いけれども、
だいぶ特殊な事例のように感じられ、
実際の就農の手引きになるかは少し疑問です。
兼業農家を積極的に肯定し、
支援していかなければ農業は維持できないという持論には
かなり説得力があります。
読ませる技術は高いので、農業の一面を知るには良い本だと思います。」

「百姓になりたいと思いつめ
50歳で会社を辞めた男はどんなふうにお金をやりくりしたのか。
就農後の年収などサイフの中身を公開。
農業収入だけで暮らせない
日本の危機に瀕する食料事情をあぜ道からの生々しい証言と共に考える。」

世間の論争は
@食料安保論という立場?から国内自給率の向上は不可欠。農業保護にお金を使うべきだ。
@不効率な日本農業に食を依存させてしまうよりも、農業保護はやめて、国際分業で、世界から輸入するような友好的な国際関係を維持していったほうが、税金の無駄使いにならないから、自給率向上は政策として必要ない。 この論にはリカード(18?19世紀のイギリスの経済学者)なども登場させられている。

だが、ボクは
こういう不毛な、国民に関係のない論議には加わらない立場。
今の農家・農業を保護すれば自給率向上になる!
といっても、
農家が自給率向上になるような農産物をはたして栽培するだろうか。

現状のカロリー計算をもとにした自給率向上論からだと、
農家が肉、乳製品、油脂、などの
メタボ、成人病促進の農業構造に変化させることになる。

自給率低下は日本人の食生活の洋風化、
成人病促進型食習慣に変化したのであって、
農業には無関係だ。

現状の農業は日本人にあった
米中心の健康生活維持型農業である。
自給率をカロリーでなく金額で計算すれば、
野菜などは80%近くまで自給しているし、
米は100%している。

日本人にあった米中心の健康生活維持型農業を維持することこそ、
そして少しでも農家の収入が増える方策こそが大事。

農業政策として自給率向上などということは、
あえて必要ない現状にある、という現実を認識すべきだ。
一般日本人の食習慣を改めさせることが
自給率向上政策ではないだろうか。

問題はそういう
「健全な日本の風土に見合った米中心の健康生活維持型農業」
を守り維持していく
百姓する人が少なくなっていることこそ憂えるべきことなんだ、と。

しかし、の農産物は安くて、とても
農業だけで暮らしていける状況ではない。だから、
日本の農家の大部分は兼業農家なのだ。

都市の消費者は兼業農家が作った食べもので生きている。
兼業農家にもっと多くの農業所得を、
そして都市からの農業希望者をもっと増やすことではないだろうか。
ここから発想した農業政策こそ、もっとも正しい!とボクは考えている。

上記の感想文を書いた人はいいところを読んでいると思う。
兼業農家を積極的に肯定し、支援していかなければ農業は維持できないという持論にはかなり説得力があります。
読ませる技術は高いので、農業の一面を知るには良い本だと思います。」

1月21日   (太陰太陽暦12月26日)    水曜日  雨

一日中、雨。ハウス、昨日完成してほんとうによかった。

昨年8月の高齢者対象の特定検診では
「血糖値」は基準内だったのに、
先日計ってもらったら、
なんと
228(食後)
この数字は完全な糖尿病圏内!!
ヘモグロビン
A1cは53でばっちりなのに。

今までこんな数字をはじきだしたことはまったくなかったので、ビックリ!
検査の間違いに違いないと思いつつも、
ここのところドブロクがあまりにも美味しくできたので
毎日2合ぐらいは飲んでいたからでは!!

しかし、このままでは不安なので、
なにかの間違いではないかと電話して、
負荷ではなくて簡易での再検をお願いした。
糖尿に苦しんでいる知り合いがあまりにも多いから・・・・・・・
その
結果、数値は食前が84、食後が134!!

やっぱり228がおかしかったんだ!!
メシもそんなに食べてないし、
油もの関係はめちゃくちゃすくなく、どちらかというと、
自給自足で野菜中心の食べものばかりなのに。
問題はドブロクだけ。
だがそのドブロクがいけなかったのだろうか。

糖尿病になったら、酒をあまり飲めなくなるし。
こんなことになったら、人生まっ暗だ。
だがこれで一安心。
量に注意しながら、ゆっくり良い酒をたしなまくては。
それに、もし1日1600キロカロリーに食事制限されたら、
農作業ができなくなると思う。
ハウスを作るだけでも、
一日に数十回もハシゴを登ったり降りたりして天井などで針金を結んだり・・・
鉄棒をアチコチに杭のように3キロのハンマーで打ち込んだり、
10キロはありそうな鉄棒を運んだり、立てたり・・・・・・・・。
食後1時間ぐらいは仕事出来るだろうが、
それい以上はふらふらして、きっとできなくなりそう。

それにしてもあの228などという数字はどうしてなんだろうか。
過去十数年平均の2倍の数字!!