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1月20日   (太陰太陽暦12月25日)    火曜日  晴れ

無風。
ハウスに12×9メートルのビニールをかぶせる作業。
さらに吹き飛ばされないように桁ごとに9本のヒモをかけた。
映像の黒い細い線がそれ。

一人での作業なので、
こんなに大きなビニールをかぶせるためには
ロープを3本用意して、3カ所を縛って、
少しづつ反対側からズリズリと引き上げる。
かぶせたら、すぐに固定作業。
完全な無風というのはないので、
すこしでも風を感じると噴き上がってしまうから。
作業しない日が大分あったので、1ヶ月はかかったみたい。
こんどは中に温床を作らないと・・・・・・・・・・・。

自然の中で野菜をつくりながらの暮らし・・・・・・・」
ということをよく言われる。
ボクはその時はあえて反論はしないが、
腹の中では「それは違うんでは・・・・・・・・」と思っている。
魚には養殖という言葉があるが、
野菜や穀物等も水の中ではないだけで、養殖ではないかと思っている。

囲って、エサをあげて、生長させて、
美味しくなった食べごろを見計らって食べる、販売する、ということはまったく同じだと思う。
なのに自然農業などという言葉が現実に存在する。
誤解がないように正確を期するならば、
野菜の、米の養殖といったらより正確ではないかと思う。

問題はどこまでの養殖か?ということで慣行農法と有機農業の違いがでてくると思う。
しかし、有機農業であっても、
生態系に存在しない野菜のタネを投入することは
生態系をいじることでまったく自然ではない。
もし自然ということを強調するならば、
栽培農業ではなくて野生植物の採集で暮らすことが正しいと思うのだが。

いずれにしても農業に「自然」という言葉をかぶせるのはよくないと思う。英語でも有機農業は「nature」農業ではなく
organicとか bioと言っているし。

なぜ、こんなことを書いたかと言うと、
わが家へ来る人の多くは「自然農法」とか、
とにかくあたまに自然をつけた農業を語る人が多いから。
とにかく農業そのものが自然破壊(過激だけど)なんだから・・・・・・・・・

わが家へ来る外国人も「nature」農業にはあきれて、
「日本人の英語は英語ではなくてカタカナ語だ」というがその通りだと思う。

1月19日   (太陰太陽暦12月24日)    月曜日  曇り

醤油の3回目の櫂。櫂というのはかき回して上下を返すこと。
昨年6月に仕込んで、
7月18日、10月18日と2回の櫂をやってきているので、
これで約半年を経過したことになる。

前回までは「櫂」などいうのではなくて、
カビを防ぐためにほとんど毎日のようにかき回していた。
これが面倒くさくなったので、
なにか他に楽な方法はないかと探していたら、
「ポリ袋に詰めて、3ヶ月に1回ずつの櫂で、約20ヶ月で完成」という方法をみつけて、実践中。
はたして夏を迎えた時にカビが発生するかしないか???????
もし、これでカビの発生が防げたら、こんな楽な醤油作りはない!!
ミソよりもはるかに楽だから。


ハウスのビニールをかぶせるには風が強すぎて、裾の部分だけにした。

1月18日   (太陰太陽暦12月23日)    日曜日  雨

当番出勤。午前中にNPO法人げんき山川ネットワークの事務局会議。
失対事業のような大量予算がすでに下部には(国会ではまだ参議院で審議されてないが)きていて、企業、NPOなどで人を雇ってやる何らかの事業をしなさい。お金は出します。主として人件費として使ってください。一ヶ月2人傭うとして33万円ぐらいだす。2種類あって、一つは半年限定、もう一つは1年以上3年まで。
このお金はもし決まればすごく大きい。貧乏NPOなどはこれで多いに助かる。

この補助金を利用してNPO法人げんき山川ネットワークの設立趣旨にあう活動で、やりたくても、お金がなくて出来なかった活動をこの資金を利用してやろうではないか、ということで、どうするかの打合会だ。
町の文化財保護に準じた項目を選定して、申請書を書くことにした。

午後は「徳島で見れない映画を見る会」例会の映画
「石内尋常高等小学校」を見にいった。
めちゃくちゃ高齢の新藤兼人監督のもの。
内容は彼の石内尋常高等小学校時代を中心テーマにして、
あとは卒業生や担任の先生をめぐるのちのちの生き様。
ボクよりも10数年年上の監督だが、
小学校でのことはほとんど同じで、共感をもてた。

違和感を感じたのは大勢出演した小学生だ。
ほとんどの子役が「色白」「整った顔立ち」「下駄履きなのに日焼けしていない足」。
当時はこんな小学生は一人もいなかった。
しかも「石内尋常高等小学校」は田舎の学校。
監督の気持ちを察すると可哀相。
「もうああいう子どもはいなくなったなー」と。
浅黒く、野生動物のような顔、日焼けした手足・・・・・・・・・・・・そんな子どもを探しただろうに。そういえば、山川の小学生も美男美女ばかりに・・・・・・・・・

1月17日   (太陰太陽暦12月22日)    土曜日  快晴

徳島県上板町にある「大山」(おおやま)登山。
標高691メートル。
名前のとおり大きな山だ。
高速道路のガード下(神宅あたりの登山口)に駐車して、
朝の9時半にスタート。
中腹にある大山寺(だいさんじ)まで80分、5キロ。
大山寺から頂上までは45分で、到着時間は11時15分。
ガイドブックでは2時間で頂上へと書いてあったが、
ほぼ時間通りに登れた。
寺を過ぎてからは傾斜が急になり、
100メートル登るごとに休憩していたから、5分もオーバーした!!

下山はゆっくりにして1時間50分で。

道はほとんど全部が舗装されていて、登りやすい。
ボク以外に誰もいない。
大山は登山というよりも
ハイキングコースといったほうが適当か?
だが歩く距離が長くてダラダラ坂、意外と疲れてしまった。

頂上には緯度、経度を知るために天体観測をする「天測点」・地理調査所との表示されたコンクリート製で高さ120センチ、八角形、直径がだいたい60センチぐらいのものが立てられていた。
頂上の象徴は無線中継所の大きな鉄塔。

大山寺では明日、境内で力餅大会が開かれるという。境内は準備万端ととのっていた。
そうとうに古く貫禄のある寺だ。
仁王門がすばらしい。
屋根は破損しているらしく、ブルーシートがかぶせられていたが。
仁王門から山門まで長い長い石段があったが、
狭くて登りにくそうに見えたので車道を迂回して本堂へはいった。
むかしからいじっていないような「ほんもの?の昔ながらの石段」という感じ。


帰りには近くの「御所の郷」へ。600円。
泉質がすばらしく、肌がツルツルになる。
祖谷秘境の湯と同じだ。
だがレストランはボクの人生で最悪に味。ウドンのタレと焼き鳥のタレだけど。
だからウドンは醤油をすこしつけて食ったり、焼き鳥はウドンのお湯の中でタレを洗い落として、なんとか腹を満たした。
風呂あがりに寝転がれる畳の部屋があって、つい眠ってしまう。快適な温泉だ。

月2回の登山、これで1月分は終了。

1月16日   (太陰太陽暦12月21日)    金曜日  快晴

先日の腹の触診では「なんでもないよ」と言われたが、
念のためにということで
「胃カメラ」を薦められたが、
ボクはこれが嫌い。
ウン十年前の固くて太いものを強引にノドから突っ込まれた思い出があって・・・・・・・・・
そこでエコーに妥協して、今日やってもらったが、
どこにも異常なし。そして
「胃カメラの管は、今では細くなって、鼻から入れるので痛くないよ」
といわれたが・・・・・・しばらく考えたい。
毎日、チョイチョイ腹痛がおこるし、
それも時によってあちこち移動しているから・・・・。

診療所の待合室でしばらくぶりの人、二人にも会ってしまう。
一人は80歳ぐらいの男性。
オナラがでなくなって、腹が張ってしまうという病気だとか。
もうひとりは隣の人なのに、
あまりにも急激に太ったのか、
しばらく誰だか分からなかった。
「タバコやめたらフトッた」という。
またコレステロールも高く、高血圧だとも。
それにしても隣の人が判別しにくくなるほど太ったなんて!!
身長1メートル55で73キロにもなったとのこと。
タバコやめたらご飯がおいしくてつい食べ過ぎ・・・・・・・だそうだ。

10年ほど昔、近所の章さんと時々遊びに行っていた
「カラオケナック・ももちゃん」のママさんが、
何の前触れもなく来た。
すでに廃業していて、昨年まで、
どこかの会社に勤めていたという。
今は毎日が日曜日。
近くまできたから寄ったという。
1時間半もおしゃべり。
モモちゃんは商売が、というか、人扱いが非常に上手な人だった。
小柄、ヘビースモーカー、大酒飲み、なのにぜんぜん酔わないで、
サービスに勤めてくれたし。
支払いが終わって帰る間際に、なんどか残り物で、
雑炊を作ってくれたっけ。

だから今日は晴れた日なのに予定していた農作業ぜんぜんパー。

昨年10月に来日して
1ヶ月ほど山川に滞在していた、
谷本佳&エレン夫妻から
滞在中のお礼と自作のカレンダーを送ってきた。
旦那は日本人で近所の料理店の息子さん。
彼はオーストラリアが好きで、
頻繁にサーフィンをやりに旅行していたが、
和食料亭のシェフとして長期滞在するようになり、
そしてなぜか、どこかで、フリーライターのエレンと知り合って、
結婚・・・・・・・・
エレンがオーストラリア放送協会発行の有機農業雑誌に
ボクの紹介記事を書いて掲載されたりとか。
だから、山川ではなんども近所の人たちをわが家に招いて宴会をやった・・・・・

1月15日   (太陰太陽暦12月20日)    木曜日  快晴

快晴で、今日こそ、ハウスにビニールを、と思ったが、
寒くて、風が強くてとてもできない。
農作業はなし。

戦争で疎開先の茨城県に住んでいた頃、
「小正月」というとドンド焼きをやったのを思い出す。
左義長ともいうが。
今日はその小正月。
小学生が青年会のおっちゃんたちにこき使われて、
リヤカーで家々をまわり、
しめ縄などを集めて歩くのだ。
青年会の人たちは利根川の河原へ
竹とワラでバカでかい櫓をつくっていて、
その中へしめ縄類を放り込んで
夕方になると火をつけてハデに焼くのだ。
ムラの人たちが、
竹や椿の枝に赤や白の餅を突き刺して持って来て、
焼け落ちたワラの中へ突っ込んで餅を焼いて食べると、
一年間無病息災!!

ボクは国民学校(今の小学校)3年生の時に
はじめてリヤカー曵きをやらされた。
当時はクソおもしろくもない!といやいややっていたが、
ミカンなどをくれる金持ちの家もあって、
ミカンは普段は高嶺の花で食ったこともないので、
それだけが唯一の楽しみだったことを思い出す。
また最初の年は、わが家はあまりの貧しさゆえに餅がなく、
これから焚き付けるという時に、
泣きべそかいて、家にとってかえし、といっても乞食小屋みたいな土俵蔵だったが、
悲しくて布団に伏せて泣いたこともあったっけ。
だか、隣の人が餅を持ってきて、
なんとか左義長での餅焼きはできたが・・・・・・・・。
(拙著「ボクはいじめられっこ。ともちゃんの太平洋戦争」(07年刊行)に詳しい。この本は東京に隣接しながらほとんど空襲のなかった茨城県の片田舎での戦後の暮らし方を描いている民族文化史でもある。)

昨年10月に中国東北部、昔の満州へのツアーに参加して、
その時に撮影した写真が
パソコンに取り込んでいる時に不注意があったのか、
どこかへ消えてしまって、ものすごくがっかりしていた。
そして3ヶ月、もうないものと諦めていたが、
郷司さんから、消えることはない、
どこかに入っているから、もっと性根をすえてさがしてみたら・・・・・
といわれ、あれからなんどもトライするもダメ。
そして、もう何回目になるだろうか、やっと今日、見つかった。
66枚だ。
さっそく拾い集めて、iphotoへ取り込むことができた!!!!!。

アメニテイセンターで忌部神社あたりに看板、
標識などをとりつける話しあい。商工会、文化財守る会、神社総代のひたちも参加sてくれた。

1月14日   (太陰太陽暦12月19日)    水曜日   曇り

当番出勤。なんのイベントもないのに職員全員がきた。
なんかの間違い!!

勤務は午前中だけだったけど、
午後も所用があって昼飯を近くの
「山のせ」というウドン中心の食堂へいったが・・・・・・
通称たらいうどんの店。
山川町の中心交差点にある阿波銀行の向かい側にある。

そこで食べた「かけうどん」がまったくひどい食いもの。
もうこの店には絶対に行かない!!
伸びきった捨てたようなウドンを再度お湯で煮たのか、
ウドンがヘロヘロ。箸で持とうとすると、ちぎれて落下。
というより持てないほどフニャフニャ。
食べると歯ごたえまったくなく、絹ごし豆腐のよう。

注文した時、店員さんは
「ゆがいていますからすこし時間をください」と言っていたが、
もしかしたら
「ウドンの在庫がなくなって廃物のウドンを温めて客に出す」準備?。

このような店が山川にあることじたい腹が立つ。
文句を言うつもりでいたが、いろいろ考えてやめた。
ここの店主は「おむすび」で有名な
高橋初音さんのフアンらしく、
店に初音さんのイベントのお知らせを張りだすが、
これなんか自らを「きれい」に見せるための・・・・・・・
偽装。
知っている人にこの店の悪口言って口コミしてやろうと思う。
とにかくひどい。
この店のタレはボクの経験では日本で最低だとおもう。
ただ塩辛いだけ。こんなものを客にだす神経がわからない。
これはいつものこと。あーあ腹が立つ。

午後からハウスにビニールをかぶせようと思ったが・・・・・・
風が強くて・・・やめた。

固有名詞を忘れることがしばしば。
昨夜などはユーフォーという歌を歌っていた二人組の若い女の子の歌手で、ものすごく評判になった超ミニスカの・・・・・・・まででてくるのに、名前がでてきたのが、30分ちかく経過の後。ピンクレデイ。キャンデーズはすぐでて来たのに!
なんでこんなボケ話かというとNHK 連ドラの双子の歌手、カナ・マナの、なんとなくピンクレデイーのデビューを思い出してしまったから・・・・・・・。

かみさんがコメを利用して水飴作ったり、
ミリンを仕込んだりと、
わが家の食べものの自給率はそろそろ終点まじか??

ということで、太陽熱温水器でもつけようか、と考えたのだが、
「あれは時代遅れだ、屋根が傷むので、いったん取り付けた人がはずしているじゃないか、価格と耐用年数を考えると、かえって高価なものになるよ・・・・」などといろんな人から言われて動揺している。
30万円から40万円はかかるらしいし。

わが家には灯油利用の瞬間湯沸かし器、風呂釜は薪、灯油兼用。
95%はタダの廃材・薪で涌かしているから、
ほとんどお金がかかっていない。
夏には風呂はあまり入らないで、ほとんどが瞬間湯沸かし器経由のシャワー。
だから経費的にはあまり問題にはならない微々たるモノ。
なのに「なぜ、そろそろ72歳、余命いくばくもないのに、ウン十万円も投下して・・・・・」という「ズバリ」の批判をしてくれた人もいたし・・・・・・
こんなこと考えたのは、高齢のせいか、薪割りがつらくなってきたから・・・・・・・。
薪割りはすべての農作業にまさる重労働だし。
迷っているならやめた方がいい、ということはいろいろな場面で言われていることだが、・・・・・・・・・・。

1月13日   (太陰太陽暦12月18日)    火曜日   曇り

出勤日ではないが、教育委員会への所用で出勤。
教育長と会えて、「山川町の文化財」という本の改訂作業をしているが、
出来上がった段階で
「挨拶文」を書いて欲しいとお願いし、了解を得ることができた。

3月アメニテイセンター上映の映画
「おくりびと」の後援を教育委員会に要請。

4週間に一度の割合で持病の薬をもらいに診療所へ行っているが、
日々薬を服用していると、
毎日が飛ぶように去っていくことを痛烈に実感させられる。
とにかく薬が減るのが早い!ついこのあいだ行ったばかりなのに、また今日行かなければならい!!

一昨年の秋から放置してあった庭木の剪定枝が
カラカラに乾燥したので、風呂の焚き口まで運ぶ。
3回ぐらいは風呂を沸かせるかも?

3日の日経に地熱発電の記事がトップにでていた。
15、6年前だと思うが、
農業体験で菊池さんという人が数日間わが家に滞在していた。
かれは元・ウエスチングハウス社
極東支配人として東アジア地区に原発を作る仕事をしていたが、
原発を作ることは社会にとってよくないと反省して退社し、
原発反対運動に身を投じた人だ。
彼が原発の代替発電として提案していたのが、地熱発電だった。
日々公安警察に追われているとか言っていた。
だからボクにも住まいは教えてくれなかった。ある山奥の老婆の家だ、とだけ。

地熱発電を三菱マテリアルと電源開発が40億円を投じて、
6万キロワットの発電設備を作るとの記事。
多少の舌足らずを気にしないで書いてみると、
細い穴を開けて約2000メートル地下のマグマに水を流し、
水蒸気を発生させて、その力でタービンをまわして発電するという仕組み。
場所は秋田県の湯沢。菊池さんも秋田県でやれば、と言っていた。

また7、8年前にかみさんの友人を訪ねて鹿児島旅行をした時に、
霧島の地熱発電所を見物した(3万キロワット)。
その隣にも同規模の施設をこれから作るらしい。

地熱発電は二酸化炭素をほとんど排出しないし、火力、原発より桁違いに環境に優しい。日本は火山国だから、風力発電よりもいいかも。

1月12日   (太陰太陽暦12月17日) 月曜日  雪 曇り

ほんとうにめずらしく雪。
「いっぱい積もると越冬中のハスモンヨトウムシが死んでくれる」
と聞いたことがあるが・・・・・・・
せめて10センチぐらいは。
カメムシはどうなんだろうか。
昨年くらいカメムシとダイコンサルハムシにいじめられた年はない。
稲刈り中に臭いとか、
ダイコンは多少のダイコンサルハムシに食われてもなんとか自力更生するものだが、
昨年の発生量はただ事ではなかった。
だからその影響をモロにうけてわが家のダイコンは直径3、4センチのものばかり!!

期待はしたが、
降っても地面に降りた瞬間に溶けてしまうという情けないほど弱い雪。それでも一日中粘りずよく降ってはいたが。
なんだか弱々しすぎてかわいそうな雪。

朝、雪の中を2500メートル歩いてアメニテイセンターに行き、
置きっぱなしになっている車を取りに行った。
昨日の昼間、家に帰らずに直接「憲法の九条の講演会」へ行ってしまったから。

今朝の朝日新聞に辻井喬(堤清二)氏を取材したコラム記事がおおきく掲載されていた。
セゾングループ(旧西武流通グループ)の代表、また作家・詩人でもあり、また憲法9条の会のメンバーでもあって、改憲反対の人。
なんと内容は土曜クラブでスピーチしてくれた人の内容と繋がりがあった!

お話を聞いて、
軽薄なボクは四国4県の消費動向、10000hm以上の大型店舗の数などが徳島は少なく、四国の中でも一番「遅れている」かのような印象をもってしまった!だがだが、
辻井氏によれば
「隣がなにを買おうと、自分のニーズに合ったものしか買わないという選別消費の時代にはいっている。すでに大衆消費の時代は終わった」
「政府は不況対策として個人消費を換気しようとしているが、すでに不況になる以前から消費動向はこのように変化しているので、政府の考え方は間違っているのでは???」
「マルクスの資本論によれば、消費とは人間の欲望を満たす行為のはずだが、資本主義社会では労働力の再生産にさせられてしまっていると指摘。今、問題になっている派遣制度などはあるべき姿からはあまりにも遠い
「デパートはすでに時代遅れ。1980年代で終わっている。(氏は西友デパートの社長だった!!)」
「デパートはまもなく半分位に統廃合される!」
「企業もどんどん倒産して半分に!なるだろう」
「専門度を高めた安い店(東急ハンズとかユニクロ、ロフトなど)などが残る。小さなコンビなどが残る」
「車が売れなくなったのはガソリン高騰が原因というが、安くなっても車は売れない時代にはいっている
車の必要性の認識が変化してきているのだ。
幹線沿いの巨大ショッピングストアー、レストランチェーンなど軒並み経営が苦しくなってきている」(徳島は少ない。土曜クラブでの話)
「将来、アメリカ、欧州連合、中国の3極で世界が動くだろう。
日本の世界での地位はさらに凋落する。
日本は基本的に貿易でメシを食う通商国家だ。だからどこの極にも属さない平和国家でしか生きる道はない」(氏は財界人でありながら憲法9条の会メンバーであるのはここらあたりに基本的なスタンスがあるからだろうか)

最後の部分を読んでみると「憲法9条の講演会」で講演してくれた渡辺治一橋大学教授の講演内容と極めて近い!と思うのはボクだけだろうか。

1月11日   (太陰太陽暦12月16日)    日曜日  曇り

今日も当番出勤

12時半に退勤してすぐに徳島市内の郷土文化会館で行われた
「渡辺治と
雨宮処凛による憲法9条と25条」の講演会へ。
もちろんお目当ては超売れっ子・カリスマ雨宮処凛で、
ミーハー感覚で彼女の顔を見物に。
背が高くて、色白、顔が大きくて丸い。
目が細い、貧しい暮らしをしてきたという雰囲気はない。
元は右翼団体員だとのこと。
なんでも自分で確かめて、
ひとつひとつ階段を上っていくという行動派。感性がいい。
渡辺治さんは一橋大学教授で憲法9条の会の事務局をしているとのこと。
ものすごく講演がうまい。
話の筋道もきちんとしていて、すごく説得力がある。
ひさしぶりにいい話を聞いた!


ある女子高生(2年生)から泣けてくるような手紙をもらってしまった。
名前を伏せて転載させていただくことにしました。

こんにちは、私は山川町に住む高校2年生ですが、今関さんの「ほどほどに食っていける田舎暮らし術」を読んで、とても楽しく、農業について考えさせられたので、ぜひ感想を書きたいと思い、今回、お手紙を書きました。
実は私は、7年ぐらい前に今関さんのお宅にお邪魔したことがあります。覚えておられるか分かりませんが、川田中小学校で、大豆作り体験をして、大豆の作り方や農業についてのお話を聞かせてもらいました。
その時には、今関さんは大豆やその他の野菜だけを作っていらっしゃるのだと思っていたので、今回、本を読んで、米、小麦、鶏など野菜以外のものを作っておられたのだと知って、とても驚きました。また、自分と同じ町内で「自給自足」の生活をされている、とのこと、こんなに身近にすごいことをしている人がいるんだなあ、と感動しました。
小学生のときは、今関さんのお宅で豆腐作りを見せていただき、自家製のおしょうゆで冷奴をいただきましたが、そのときは「お豆腐やしゅうゆが家で作れる」ことにおどろきました。本にはさらにドブロク、ワイン、パン、などの作り方も書かれていて何でも自分で作れてしまうのだなあと、思いました。
食材はスーパーで買って来る物で、その前はどこから来たのか、とか、どのように作られたかなどはあまり考えないで、自分のそのような食べ物に対する考え方を反省しました。また、最近は食品の産地偽装や薬物の混入などが問題になっていますが、加工食品ばかり買ったり、地産地消せずに外国産のものを多く買ったり、旬以外のものを買ったりする消費者にも問題があると思いました。また、このようなものを多く買わないと食卓が豊かにならない感がありましたが、旬の、地域でとれたもの中心でもとてもおいしく、種類も豊富な料理を作れることがわかりました。

今関さんは、最近では小学生などに農業について教えたりされていないのですか。私も含めて、山川町などの田舎でも、家が農家でない家の子供が多いので、ぜひ小学生に農業指導をしていただきたいです。今関さんのお話を聞いてから、自分の家でもネギやトマトなどのプランター栽培を時々楽しみ程度にやっています。

今回、本を読んで、大学生なってもベランダ栽培で簡単な野菜を育て節約にも役立てたいと思いました。私は、大学は県外へ行く予定で、その後も山川町に帰ってくるか分かりませんが、田舎に住む良さを改めて気づかされました。
「百姓になりたい」「今関さんちの自給自足的生活入門」も読みましたが、どれも読みやすく楽しかったです。
今関さんの新刊がでるのを楽しみにしています。
        09年1月10日