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7月10日  (太陰太陽暦  6月8日)  木曜日  晴れ 

アメニテイセンターの当番出勤。
8月3日開催のサイエンスフェスタの件で、
学校宛の最終参加要請文作り、
学校別にチラシの分別、その他。

また10月開催の「オペラ公演」、
11月開催の「手話落語」について
教育委員会、吉野川市の後援要請に。

市内の有志で作っている実行委員会が8月30日に上映する
「不都合な真実」という環境映画のチラシが来た。

また、市内の障害者作業所の代表の人が来て
「ふるさとをくださいい」という映画の上映について話していった。
アメニテイセンターでの上映は11月8日予定。
県内ではすでに阿南、北島で上映済みだというが、
内容は良いのに鑑賞者がすくないとか。
脚本はジェームス三木、キャストにはベンガル、烏丸せつこ、中山仁、藤田弓子、等も出演しているのに・・・・・・・・・・・・
アメニテイセンターではぜひ大勢の人たちに見て欲しいもの。

映画の話のついでだが。
先日小泉孝太郎主演で: 日本テレビのドラマ
「あの日 、 僕らの命はトイレットペーパーよりも軽かった」というの映画が放映されていた。
テーマは1944年8月、
シドニーから西へ山を越えたところにある
カウラという小さな町に第二次大戦の捕虜収容所があり、
そこでの日本人集団脱走事件(世界最大)を扱ったもの。
コンセプトは「生きて虜囚の辱めを受けず」という
日本軍隊の戦陣訓だ。
つまり、戦争で捕虜になってしまったら、自殺しなさい!!
ということがあったから、沖縄等であのような悲惨なことになった!!!
壕のなかで孤立し、外部からは「降伏しなさい」と呼びかけられても応じないで、手榴弾を抱えて自殺!!
ところが同じ画面でイタリアの兵士は「捕虜になって帰国すると英雄扱いになり軍隊のなかでの地位が昇進する!」

これはカウラ大脱走としてフィリップ・ノイス監督がかつて映画化しているものの日本版だろうか。
フィリップ・ノイス監督は
「裸足で1500マイル」(イギリス人がオーストラリア征服の過程で混血のアボリジニの子どもを、強制的に親から切り離して特殊施設に収容し、白人教育をした、という史実にのっとった映画の監督をしたことで有名な人)を製作していて、
ボクは「徳島で見れない映画を見る会」の例会で数年前に見せてもらっている。今回日本で映画化できたのは、「時間の経過」だと思う。
日本の支配者は戦後もこの事件を隠し伏せていたし。この「かくしている」事実だけでも、日本の支配者はあの戦争をまったく反省していないことの反映。毎年のイベントになっている慰霊祭では「反省し・・・・・・・・・」なんて言っているけど、これも口先だけのウソ!!もう一度こんな戦陣訓を復活させたいのだろうね????????

7月9日  (太陰太陽暦  6月7日)  水曜日  晴れ 

雨なし日が数日続いたせいか、ナス、キュウリなどがひからびた感じ。
用水の漏れ水が畑の際に入り込んできてるので、畑に溝を作って、
それらの場所まで導水。

草抜き作業。
機械でやってしまえば早いのだが、
なぜか手で抜きたくなって2時間も炎天下での作業。
手で抜くと、機械で苅った時よりも何倍か草が生えない時間を稼げる!・・・・

2回目に蒔いたキュウリがもう芽が出て来た。

迷っていたが、富士山登山がやっと決心できた。
空気がすこし薄いというし、
狭心症患者としてはどうかな?
だが冠状動脈のさきっぽにステントを装着してから7年、
いちども発作が起きてない、
という自信というか、あやふやながらもできてきて、・・・・・・・・・・・・・
登山も10回以上(石鎚、剣、笹が峰、高越、星が城、・・・・)はしたし、
長距離のウオーキング(しまなみ、その他5回)もできたし、
足首に2キロもの錘をつけて時速6キロ(週2回以上)で歩けたり、
毎日、1,3キロの靴を履いていたり、
たまに痛くなっていた腰も膝もまったく痛くならないし、・・・・・・・・・・・・・・。

8月21日に近くのインター.脇町からバスに乗れて、
3泊4日で行けるというツアーに申し込んだ。
だが、これって申し込み者が一定以上にならないとキャンセル扱い・・・・・・・・・。
決心の証は「地下足袋」の購入!!
これは富士登山経験者からのアドバイス!!
足に砂が入ると大変だから、地下足袋が最高だと!!
1080円の出費が決心の証に。

7月8日  (太陰太陽暦  6月6日)  火曜日  晴れ  

田植えの直前・6月初旬に草刈りしたばかりなのに、
もう草刈りしなければならないほどの草の伸び。
畦際にまで苗を植えたので、
腰をひねった姿勢での刈り取りのせいか、
腰の骨がへんてこりんになった。
夏は草の伸びが早いので、毎月のように刈らなければ・・・・・・・・・・。

午後には電子ブック会社の人がきて写真撮影をいろいろ。

昼休みで寝転がっているとき、
枕に触れている首の後ろあたりが、なんとなくチクチク。
もしかして・・・と思い、ガバッと起き上がって、
首の後ろを手ぬぐいではたくと、なにかが落ちた模様。
アレッと思って、なにかが走りこんだ枕を持ち上げてみたら、
なんとムカデ!!!
びっくりして・・・・・・・・。
怖さで身体が震えてきたが、
近くにあったキンチョールでシューシュー。

どこから入ってきたのだろうか。
もし最初にむずむずしている時に、
触ってしまっていたら・・・・・・と思うだけで身体が震えてくる。
部屋の中にムカデなんてほんとうに久しぶり。
ムカデに刺されて2日間も診療所で点滴等のお世話になったぐらいだから、ボクにとっては恐怖の的。

草刈り刃。3枚を研いでみた。
2枚で1200円という安い刃のせいか、
おろしたてでも2時間も作業しただけで、切れなくなる。
ところが1枚1300円もするものはそんなことはない。
また研いでも安いものは軟鉄を研ぐかのような柔らかい音で研げるし、
高いものはガリガリといかにも固い刃という感じでしか研げない。

百姓はチョイチョイ草刈りをしするので、こういう安物は感心しない。
結局「安物買いのゼニ失い」になるのだし。
買った時は「安いの買えた」と思うが、使ってみると、
早く使えなくなるので、高い買い物をしたことになる!!!
ボクは2枚組を2組も買ってしまっている。
あーあ、18年も百姓しててバカだなーと思う。

7月7日  (太陰太陽暦  6月5日)  月曜日  晴れ  猛暑

5日にキュウリを蒔く。最初の分が最盛期なので、
近いうちに終わりを迎えるとおもえる??

ボクたち同様に都会から移住して来ていた
岡本さんの1周忌法要。
夜は近所のお年寄りが亡くなったので、お通夜。

6日には都会からのUターン就農の仁木さんのお宅に勢川さん親子、樫原先生が集まって山桃摘み。

ものすごい暑い一日。
だが山桃摘みの場所はすこし高地にあるためか、
すこしは暑さが和らいでくれた。

今日は猛暑にもかかわらず、ゴマの土寄せ。
ところが一輪管理機でやっている時はよかったが、
途中でベルトが切れてしまい、その後は手作業。
そうしたら・・・・・・・・・・・
終わったころになって、
急に身体全体がヘンになり、
腰から下がダルク、
上半身に圧迫感を覚え、
息づかいが荒くなり、
気分が悪く???????????
これはいかんと、すぐに家の中の涼しいところに寝て、
氷枕で後頭部と首を、
氷で頭を冷やし、
栄養剤を2本がぶ飲み、
冷たい水をすこし飲み、
安静。
そしたら20分位で、正常に・・・・・・・・・・

多分日射病への一歩てまえだったのでは。
ボクは小学生のころから、日射病で倒れる常習者だったから、
いまでも暑いところで汗をかくと、
かならず気分が悪くなる。今日はそれほど暑い日。

午後、保険業代理店の集まりで、
「ホラダイズ」のプロジェクタしながらの講演。
174駒もあったので、大急ぎで場面転換。70分かかった。 

朝日新聞に前年度の出版統計の一部が掲載されていた。
あいかわらず年々本が売れなくなってきているとのこと。
12年連続で右肩下がりだと。
新刊は80595点でこれはほぼ前年並み。
しかしこの点数って多いよね。
1年365日で割り算すると、
毎日220冊も発行されている!!だが、
人間が働いているのは年に230日ぐらいだから、
これで割り算するとなんと1日に350点もの本が。

そして返品率は40%だというから、
1点で3000冊印刷したとすると、
80595×3000=約2億4000万册、
このうち40%が売れないで返品とすると
9670万冊が断裁されてゴミとか紙再生にまわされることになる!!!!!!!!

こうい激戦の世界だから、本になって書店の棚や台に並べられてもらえるだけで、著者にとってのしあわせ!!というところだろうか。

7月4日  (太陰太陽暦  6月2日)  金曜日  晴れ  猛暑

歯医者。この年になると歯茎と歯の間に隙間があいてしまい、
そこから細菌が入って歯槽膿漏などの病気になるとか。
この隙間をポケットと呼ぶらしく、
この深さが4ミリ以下だと、
「まあ、いいか」ということらしいが、
5以上になりると、
歯茎の肉をレーザーで焼いて隙間を塞ぐという治療をしてくれる。
麻酔をしてくれるから痛くはないが、
肉が焼ける妙な臭いがする。
レーザーで焼く時は痛くないが、麻酔の注射がすこし痛い。

二週に2回ぐらいの割合で通っていたが、今日が最後。

家の前の畑、庭の一部でもあるミョウガなどの畑の草刈り。
今日で梅雨は明けたというので、
これからは空間の多い畑はトラクターを走らすだけで草取りはしないですむ。

梅雨明けに・・・・・・・南向きの窓のすべてに、
ヨシズのすだれを。
もう7-8年も使っているもので・・・・・・
今年を最後に来年は新調しないと。

3時に吉野川市アメニテイセンターへ出勤し、
8月3日の科学体験(サイエンスフェスタ山川)イヴェンとに関して、
教育次長からいろいろ意見をうかがう。
市内の全小中学校へ案内状を届けてくれないだろうか、
またその案内状の書き方などについて
長時間真剣に対応してくれて、本当によかった。
そして、市内の各学校には教育委員会のルートで案内状をクラスごとに配っていただけることになった。
ありがたい処置に感謝。

NPO法人げんき山川ネットワークと吉野川市アメニテイセンターの活動は、従来は主に山川町の範囲内であったが、
この催しから、名実共に吉野川に規模の催しになる。
また11月に行われることになった「手話落語」
で吉野川市を中核しながらも県内の障害者へも広げた活動になり、
NPO法人げんき山川ネットワークと吉野川市アメニテイセンターの
知名度がグッとあがる。
この途中の10月には一流のオペラ歌手によるオペラ、
そして山川町の歴史的ルーツを解明する
「忌部正積考」の復刻再刊記念集会が全国の関係者を招いて行う。
一昨年の忌部サミットとは違った、
主流の考察に従った観点での会に転換するつもり。

7月3日  (太陰太陽暦  6月1日)  木曜日  晴れ  猛暑

今朝、枇杷の木のところへ近寄ろうとしたら、
「グチュグチュ、チュチュチュ・・・・・・・・」と騒がしい鳥の声。
ムクドリの集団が枇杷の木に来ていて、
盛んに熟した実をほうばっているではないか。
例年なら、「どーん、どーん」とか口鉄砲を鳴らして追い出すのだが、
今年はうんざりするほど食べてしまい、
いまではすこし食傷気味。
ついばまれるにまかせて、しばし、眺めていた。
彼らは実や枝に止まらないで、
実にくちばしを一瞬だけ突っ込んで食べるという方法。
あまりのすばやさに感心しきり。

ニワトリの餌がだんだんに贅沢になってきた。
貰い物だけではなく、わが家の物も含めると、
固くなりかけたトウモロコシ、
大きくなってしまったシシトウ、
太くなりすぎたキュウリ、
伸びたニラ、
大きくなりすぎたインゲン、などなど。
これらはトウモロコシを除いて人間が普通に食べられるものばかり。
他に古くなったウルメイワシの干物、
ナマの魚の頭や臓物。枇杷の皮、スモモの皮など。
わが家では生ゴミはすべて玉子製造へまわしている・・・・・・・・から。

吉野川市アメニテイセンターで行う
8月3日のサイエンスフェスタの準備がだんだん忙しくなってきた。
今日は当番の日ではないのだが、出てくるはめに。
また市の文化祭実行委員会にも行かなくてはならないし・・・・・。

産地偽造がはびこる中、農協の雑誌が
「もし、国産のみで日本をまかなうとしたら」
というテーマでコラムを掲載していた。内容は農水省が
「国内生産のみで2020カロリーを供給する場合の一日の食事メニュー例」
として発表したもの。ぶったまげものです。

*****************
朝飯
ご飯は茶碗一杯、粉ふきじゃがいも2個、ぬか漬け
昼飯
リンゴ4分の1、ふかしジャガイモ1個、焼き芋2本、
夕飯
ご飯茶碗1杯、焼き芋1本、焼き魚の切り身

調味料は一日に砂糖が小さじ6杯、油脂小さじ少々、みそ汁は2日に1杯、
うどんも2日に1杯、納豆は3日に2パック、牛乳は6日にコップ1杯、卵は7日に1個、肉は9日に1回。
*****************
これは冗談ではなくて、輸入が止まる場合が想定されるので、
その時に備えての一般向けのマニュアルパンフレットに書いて公表しているもの。

今どきこんな食事でいられる人はぜんぜんいないと思うが・・・・・・・・・
いかに私たちが輸入食料に依存しているか、一目瞭然。

こんな計算になったのは、
国内全生産量を人口で割り算したからでなないだろうか。
終戦の頃の食料不足を経験したボクからみても、
終戦間際、終戦直後よりも悪い!!ような気がする。
だから、個々の世帯がこれに比べていいか悪いかは適当ではなさそう。

だが、農水省がこれを公表してから、
酪農家が次々と廃業してしまい、
昨年4月から今年の4月までの1年間に、
1197戸も廃業してしまっているのだ(残っているのは21790戸)、今年に入ってからは、燃料、飼料の大幅価格アップで廃業は加速していて、政府は先頃バター5000トン輸入するとか??
海外からの輸入があると、酪農家はもう絶対に立ち直れない!!
転業しかない。ますます輸入依存体制に日本は突き進む。

7月2日  (太陰太陽暦  5月29日)  水曜日  雨  曇り  

昨日来た男性は今朝、次の目的地へ向かって帰った。
いい定住地が見つかりますように。

茨城県水戸市にある鯉淵学園の農場がテレビに映った。
学園をあげて有機農業に取り組む先生と学生が映写されていた。
ボクは12ー13年ほど前に、
中島紀一教授が在任していたころに伺ったことがある。
当時中島さんは、まさに孤軍奮闘で
ちまちまと有機農業の授業を取り組んでいたが、
肩身の狭い思いだったと思う。
それが、わずか12年での様変わり。
今や有機農業にあらざれば人にあらず、の雰囲気ではないか。

また農業を志す生徒は全体のわずかで、
そのうち有機農業を専攻する生徒はさらに少なく数人だった。
そして大半の学生は農業ではなくて、
農産加工の勉強で工場で働く技術者への授業を受けていたはず。

中島先生は冷遇されていたのかどうかしらないが、
だいぶ昔に茨城大学へ転任。
そして中島先生がいなくなってから、
彼が蒔いたタネが実を結んだ!!

でもボクとしては「あの鯉淵が!」ということで嬉しい限りだ。

日本語がある程度できるアメリカ人と話す機会があって、
日本語どう?って聞いたら、
面倒で難しい!!と。
どこが??と聞いたら
同じような発音で違ったこと、っていうのがあまりにも多すぎる!!

例えば1。
いち、一つ、一個、一枚、一帖(たたみや海苔)、一代、一台、一旗、一服、・・・・
英語は全部ワン。

誰かを呼ぶときでも、相手、場所、状況で、言い換えるでしょ!!
おまえ、あなた、このやろう、あんた、あのー、なんて・・・・
英語はユー。

ハシは橋、箸、端、
英語なら全部違う。
ワラウも、漢字を見せてもらったら,嗤う、嘲う、
状況によってラーフ、スマイル、チュックル、グリン・・・・
ナクの漢字も泣く、鳴く、啼く、哭く・・・・・・・・
英語ならクライ、ウイープ、スイング、・・・・・・・・・

こうなってくると、日本人でもわからない人イッパイ!!
そういえば、そうだなー、と申し訳ないような気持ちになって、ある雑誌のあるページをたまたま開いたら
一葉  はがき
一幅  掛け軸
一帖  手帳
一部  新聞
一舗  地図
一巻  巻物
一冊  本
一片(ひとひら)紙吹雪
一封  祝儀袋

一葉  はがき、なんて今や死語!!
一帖  手帳、は一冊って言うよね。
一舗  地図、はメルカトールズなら1枚、地球儀なら1個だよね、

こういう小難しい日本語をしゃべっている民族だから、英語が不得意なのかもしれない!!

7月1日  (太陰太陽暦  5月28日)  火曜日  晴れ   

東京調布に住んでいる男性が、「これから田舎暮らし、農業をしたい、ついては見学とお話を聞いて参考にしたい」と遠方からわざわざおいでになった。

当面は林業組合あたりに就職してリサーチし、
自分のイメージに合った場所を探す予定と。
30歳台と若いのに、すごく堅実的な考え方。

午後、連れ立って、美郷へ引っ越してきた、吉野さんという若夫婦の住まいを訪問。
彼も2年前にわが家へきて突然一泊し、
どんな縁が生まれたのか、山川町の隣の村に引っ越して来た。
かれは将来パン屋さんを志しているとか。
ここはすごーい人里離れた山奥。だが住まいのある場所はすごくいい。
空気が乾いていて、さっぱりしている。

田舎暮らし関係の電子ブックをボクに替わって執筆してくれている
「物書き屋・平野さん」から、
途中経過を含めた、第一章をメールしてくれた。
今月中には執筆が終わる!!とその早さにびっくり。
3-4時間のインタビューだけで、追加の質問もなく、書いてしまうなんてなんとすごい!!と感心。