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6月20日 (太陰太陽暦 5月17日) 金曜日 曇り 雨
大雨の予報がはずれて、小雨、曇り。
その合間を狙って、トマトに立てた屋根支柱にビニール屋根を付けた。
遅かったせいか、すでに2本の苗はエキ病、1本はモザイク病になっていた・・・・・・・。
自作の苗が遅れてしまい,
2本だけ買った苗を植えたのだが、
こちらは早めに屋根を付けたにもかかわらず、
エキ病になってしまっていた。
トマトはほんとうに難しい。
トマトは農薬必須の野菜なのだろうか。
初物のナスとシシトウがとれた。
素材の味を堪能するために両方ともフライパンで焼くだけで食べた。
ナスもだが、特にシシトウは美味しかった!!
午後、ゴマの草取りを始めたら、雨が大降りに・・・・・・・・・
3時頃からは読書。「峠」を早く読み終わらないと、返却日が・・・・・・・
1冊の本だが、700ページもある本なので(普通の3冊分も)、
なかなか終わらない。
先日すこしだけ不遜にもケチをつけてしまったが、
今日読んだ部分では,読者サービスが過大!!を感じた。
あくまでも小説だから、
こんなところにケチをつけるべきではないとおもうが、
主人公の河井継之助に
福地源一郎、福沢諭吉、というような
誰でも知っている有名人を会わせ、話をさせていることだ。
最後の第4コーナーあたりにあたってきているが、
人をみるとそうとうな人物にたいしても
「あいつは小さい小さい」と言っていた
主人公の河井継之助が
長岡藩の家老の立場に固執する場面が増えて、
本人のほうはますます「小さい小さい」になってきた。
こんなに小さくなるなら、前半、中盤で他人を小さい小さいと言わせないほうがよかったのではないだろうか。
6月19日 (太陰太陽暦 5月16日) 木曜日 曇り
昨日の日記で「大阪のデパートの野菜がめちゃくちゃ高い」と書いたが、
農協からものすごい連絡通知が来ていた。
7月から「これまでにない大幅な肥料価格の引き上げをします。
したがって、今月中に前年度の引き取り数量内での注文を」と。
しかも注文受付期限は今月19日の今日。
ボクは一度も買ったことがないから、
関係ないといえば関係ないが、ものすごく上がるみたい。
そのチラシでは
2007年1月の原料価格が100とすると、
7月には200に、
08年1月には250に、
5月には300から550に・・・・・・・・なんだそうだ。
朝日新聞によると、実際に農家に販売される製品価格では、
現行価格の2倍にはねあがりそうという。
「高度化成」という化学肥料は現在は20キロで2100円だが、
7月から4000円だとも。
日本はこれら原料は100%輸入にたよっているので、
国際価格をさけては販売できない。
多分こうなると、15キロ100円で売られている米ぬかや20キロ800円で売られている油かすなどに需要の手が伸びて、
これらも暴騰する可能性がありそう。
ということで、大阪のデパートで高いと思った野菜はもっと値上がりすること必至。
すごい世の中になったもんだ。
6月18日 (太陰太陽暦 5月15日) 水曜日 晴れ 曇り
昨日、今日と大阪へ行き、
うめだ花月の落語、
フェステェバルホールでのバレー・白鳥の湖、
NGKでの漫才をたっぷり見物してきた。
フェステェバルホールでのバレー・白鳥の湖がメインだったが、あとはそのついで。
ロシアのボリショイバレーでも有名なプリマが出演して、
人生はじめて「本格的なバレー」を見ることができた。
そして一番印象に残ったことは
「若い女性はほんとうに美しい。男はたとえイケメンでも女性の美しさと比べたら、汚いと言ったほうが正しい」
牧阿佐美バレー団が集団で見せた白鳥の踊りはこの世のものとは思えない!!!美しさ。
宝塚歌劇団での印象と重なりあって、
夢幻というか、幻想の世界というか、・・・・・・・・・。
落語や漫才も、テレビとはぜんぜん違って。非常に面白かった!!!これだからお笑いはやめられない。
都会へ行くたびに思うのだが、
「ものすごい人通りで、
この人たち一人一人が暮らしていけるだけの20万、うん十万ものお金を稼いでいる、
つまりそれだけのゼニが都会にはころがっている!!
まるで人が歩いているというよりも、
うん十万というお金が衣服を着て歩いているみたい!!
逆に田舎では人がほとんどいない。それだけのお金が歩いていない!!
同時に別のことだが、若い女性で、
かかとの高い靴を履いているのに、
腰がさがって、膝を曲げて、背中を丸めて、
まるで農村のおじいさんのような歩き方をする人があまりにも多い!!!!こんな歩き方をするなら、
かかとの低い靴を履けばいいのに、と思う。
余った時間でデパートの野菜売り場を見てびっくり。
野菜がこんなに高価だとは!!
近所の百姓市やスーパーの2倍から3倍!!
これじゃ野菜を食べない人がおおいのがわかる。
もしこれが農家が受け取るお金に相当するんだったらいいのだが。
多分、流通が大部分を儲けてしまっているのだろうな。
6月16日 (太陰太陽暦 5月13日) 月曜日 晴れ 曇り
夕べからの大雨で、畑の一部に水たまり。
農作業は無理なので、吉野川市アメニテイセンターへ当番ではないが出勤。
電子ブックのライターをしてくれてる人からのメール。
どのような内容で書くかという問い合わせで、項目を披露するもの。
ボクとしては書けなくて、お願いしているわけだから、
とにかく全文を書いた上でないとなんとも言えないので、
ただ「お願いします」とだけ、REした。
どういう内容で書いてくれるか、いまから楽しみだ。
今、新作で「メールのやりとり形式」という
まったく予期しないスタイルの小説風の作品を書いているが、
なぜか、今までとはくらべものにならないくらい、書きやすい。
すでに出版されている本ではきれいごとばかりを書いてきた。
現在住んでいるのが農村だし、しかも農村はいいとこだよ、
という内容の本なので、マイナスのことは書かないできた。
だからか、なんとなくストレスが溜まってしまっているような気がしていた。
今回は架空の人物、場所を設定し、内容にも若干のフィクションを加えた。いやフィクションというよりも事実を赤裸々に書ける・・・・・・・・・・。
司馬遼太郎の「峠」だが(13日の日記参照)、
いたるところで「河井継之助」の台詞で、
いろいろな有名人、大人物に逢うたびに
「あいつは人物が小さい、おれは大人物(内心で)」
というようなことを言わせている・・・・・・・・
幕末に活躍した英雄など・・・・全部。
世話になり教えを受けた山田方谷(伯備線に方谷という駅名がある、そこで活躍)さえ
大恩あるのに「小藩に家老だから人物が小さい!!などと言わせている!!
あまりにも頻繁にでてくるので、すこし食傷気味。
なぜこんなことを思うようになったかというと、
「それじゃ河井継之助はそんな大人物だったのかい?」
と疑うようになったからだ。
坂本龍馬のように本当に日本を憂えるなら、
長岡藩などというちっぽけな雪深い北陸の田舎藩など脱藩すべきではなかったのか。
それでこそ「大人物」。
小藩のしかも滅び行く武士の立場に汲々と固執し、
最後は家老として、官軍と戦った!!
そして歴史に流されて滅びた。
ほどほどの人物として描いてほしかった!!とおもうのだが・・・・・・・
司馬さんはよほど河井継之助が好きだったのではないだろうか。
そういえば山本五十六もそうだった!のは有名な話。
6月13日 (太陰太陽暦 5月10日) 金曜日 晴れ
おもいきり雑用の一日。百姓ってなんでこんなに忙しいのだろうか??
醤油を仕込むための
小麦26キロをオーブンで煎りながら
(2台のオーブンで1回に各3キロ焼けるので、4回と一台で1回)、
首に下げたタイマー(25分に設定)を眺めながら、
ナス、シシトウ、トウガラシ、トマトなどの草を抜きながら支柱をたてたり、トマトにビニールの屋根をつけたり、・・・・・・・・・・・
焼き終わると、製粉機で粗挽き。
ついでにパン用の全粒粉(15キロ)も挽く。
あまりにあちこち歩いたので、夕方には足がだるくなってしまう。
河井継之助を描いた「峠」を図書館から借りてきた。
大昔、テレビで高橋英樹主演で放映されたのを印象深く見せてもらっていたので、いつかは読みたいと思っていた本。
枇杷の季節になった。
ここ2?3年、実が成ったのに気がつかなくて、
食べていなかったが、
今年は目立つほどに沢山なってくれたので、
今日、60個ぐらい食べてしまった。
例年よりも皮がきれいなものが多い。
これからは、毎日50?60個は食べないと。
枇杷は甘くて、香りが強いので、
小鳥がたくさんきて、どんどん食べられてしまうから、人間と競争だ。
しかし、競争しながら食べて、ちょうどいい。
枇杷の食べ時は非常に短いから。
6月12日 (太陰太陽暦 5月9日) 木曜日 雲り
アメニテイセンターへの当番出勤。
講演で使う
「英語できないじいさんの南オーストラリアへの旅」
のプロジェクター向けの映像集を作っているのだが、・・・・・・・・・
なぜか今年の1月に行った
カンガルー島、ポートリンカン海岸のキャンプ場、アデレード市内の新型無料電車、セントラルスーパーへ行った時の写真がまったくない。
紛失したのか、消えてしまったのか。
執筆中の「ホラダイズ」の補修を兼ねていた取材旅行でもあったので、
非常にガッカリ。
200枚ぐらいはあったはずだが。
ポートリンカンについてはその前の旅行で撮影したものがあるので、
なんとかなるが、カンガルー島は・・・・・・・・
写真を整理していて思うのだが、
撮った写真にコンセプトを感じる。
環境を大切に、
古いものを大切に、
自然保護、
心優しい人たち、
いい意味の個人主義、
がめつくお金儲けは考えない・・・・・・・・
というようなことを思わせるような写真ばかり。
観光旅行の写真というと、
観光ポイントの写真とか、
その前で撮る人間の写真、珍しい動物・・・・・・・・
そういうものが無い訳ではないが、
「こういうものは観光パンフレットを見てね」という感じだ。
特別に意識してこういうものばかりに狙いを定めてシャッターをきったわけではないが、
いつのまにか身に付いてしまったのではないかと思う。
「訓読みのはなし」という本を読んでいる。
漢字文化圏の中の日本語のことだ。非常に面白い。
ヘー!ソウナンダ!シラナカッタ!の連続だ。
一つの国の言語が出来上がってくる過程がじつに面白い。
それが日本語なのだが。
「椿 ツ婆木」 などと書かれた木簡が出土!!
なんてすごいではないか。
五木寛之の「風の王国」が間にはいってしまったので、
まだ読み終わっていない。
「風の王国」は三角寛が有名にした山窩(サンカ)をテーマにしたもの。
山窩の生き方に
仁徳陵、二上山、日本最初の国道・竹内街道を絡ませて、
世俗化してしまった多くの山窩仲間に
本来の山窩の生き方を追求しようと
宗教的ともいえる集団としての連帯、
本来の生き方に純化せせていこうとする人生を貫く人たちをとことん描いたもの。
ボクがこの本にのめりこんだのは、
疎開で茨城の片田舎で暮らしていた時に(小学校3、4年生の頃)、
20人ほどの家族集団的グループが
竹細工(カゴ、箕、ザルなどの竹細工)を販売しながら歩いていて、
夕方になると利根川の河原にテント?を張って
シートに川の水をいれて、
焼いた石を投げ込んでお風呂にしていたのを見たことがあるからだ。
百科事典では「少数集団で山間を漂白して暮らした民。散家、山稼などともかかれ、ポン、ノアイ、オゲ、ヤマモン等とも呼ばれていた」と。
ヨーロッパ的にいえばジプシーである。
「風の王国」によれば住民登録をしないというのが彼らの伝統?らしく、
戦後そのそのためもあって、
急速に希少価値になり、絶滅し、一般住民に同化してしまったらしい?
なんとか竹内街道を横断して二上山へ登ってみるかな。
登山仲間は誰も乗ってくれなかったから、一人でいっか・・・・・・・・。
三角寛といえば、若い頃、池袋の映画館「人生座」を思い出す。
6月11日 (太陰太陽暦 5月8日) 水曜日 雲り
雨が降りそうで降らない、そんなもやもやした一日。
畑は昨夜の雨でグチャグチャだ
し、田んぼは水は十分。依頼された講演では
「英語できないじいさんの南オーストラ
リア旅行」というタイトルにしたので、
そのためのプロジェクター映像作り。
パワーポイントというソフトよりもキーノートというソフトが簡単で使いやすいの
で、それを利用。
やっと100枚挿入できた。
5月にpta全国協議会が見せたい、
あるいは見せたくないテレビ番組というアンケート
調査の結果を発表し、ボクが一番見たい番組
「クレヨンしんちゃん」が見せたくない
部門で堂々の3位。
調査したのはそのあたりの年齢の子供をもつ親を調査したのだから、
当然の結果だと
思う。しかし、長期にわたって7時半から、
しかも人気のドラえもんの次に放映とい
うゴールデンタイムを定席にしているわけだから、
この結果はボクにとってはどうも
いただけない。
見せたいのほうのトップは「世界一受けたい授業」だそうだ。
3位が金八先生。
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