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5月30日 (太陰太陽暦 4月26日) 金曜日 曇り
朝の7時から、残っていた苗(トマト、ミニトマト、ナス、水ナス、シシトウ、トウガラシ)などを定植。
あらかじめ畝は作っておいたのだが、
10日も前だったので、草が生え始まってしまい、
草削りで除いてから植える。
また鉄柱の杭を打ち込んでの支柱作りも。
わが家の畑は田んぼの転作なので、木や竹の杭では土に入らない。
だから鉄柱を鉄のハンマーで打ちこ。
3時間ほどだったが、たったこれっぽっちの作業で腰がシクシク痛むようになってしまい、夕方には硬質のコルセットのお世話になってしまう。
11時頃に吉野川市アメニテイセンターへ。
8月3日に行うことになているサイエンスフェステェバルのブース出展企業と学校へ正式要請書を持って出かける。
3時すぎに帰宅して、残った農作業を予定していたが、
腰が痛くてできず。
注文しておいた「風の王国」が来た、五木寛之の本。
山川町は古墳が沢山ある町、との連想から
もっと多い堺市の百舌鳥古墳群の見物をしたが、
ここが舞台の一部になっているこの本を読みたくなったからだ。
この本を読むにいたった経過は、
現地で逢ったボランテアガイドの美しい色白の眼鏡をかけた
中年婦人との会話から。
彼女は仁徳稜についての疑惑を話してくれながら、
「ここは謎が多い古墳群です、しかも当分の間、いや、もしかしたら永久に解明されそうもないような謎に包まれている。
だからいっそフィクションの小説化されたものを読むと楽しくなりますよ」というアドバイスからだ。
もう30ページ以上も読んだが、ここまで空想するのか!!
面白そうだ。
笹原教授の漢字の訓読みという本はしばらくお休みだ。
この本もスッゴク面白いんだが。
タネモミの発芽成長、そしてある程度の成長を見計らって、覆っていたビニールをはずすのだが、近所の誰もが、急に一挙にはずすと、白い苗になってしまいから、ジョジョにすこしづつはずしていかなくてはならないと言うが、はずした日が運悪く風の強い日、少しぐらい裾上げをしただけで、風でシートが飛ばされてしまったので、やむなく一挙にビニールをはずさざるをえなくなった。
これはまずい!!と思っていたが、なんと、なんともない。白い苗はでてこない。今日現在では,すこぶる順調だ。 よかった、よかった。
5月29日 (太陰太陽暦 4月25日) 木曜日 雨 曇り
英語できないジイサンの南オーストラリアへの旅
というブログを始めました。
リンクの一番最初にアドレスをいれておきましたので、是非覗いてみてきださい。3?4ヶ月の連載になります。
夕べの雨はすごかった。昼頃まで畑が水びたし。気温も一気にさがった。
20日に前田さんという人がきて
「田舎暮らしのノウハウについての電子ブック」を作りたいから、
原稿を書いて欲しいとの申し出。
まさかボクに??と思っていたが、
何度か電話連絡をもらうようになって、いよいよ現実味を帯びてきた。
ボクは10冊目になる別の原稿(普通の本向け)を書き始めているので、
そのための原稿は無理かも・・・・・・・
と延期をお願いしていたのだが、
ライターさんをつけて,代筆のようにして書いてくれるというので了解。
来月の7日には担当者とライターさんがわが家へおいでになるとのこと。
電子ブック?なんて聞き慣れない言葉なので、
いろいろ聞いたら、
読みたいというお客さんが、インターネット上からダウンロードする形式だとのこと。
だから、概要・要点を読んだだけで、
買いたくなるようなコピーまたは文章と、
読んで満足してもらえるような筆力を要求されるらしい。
支払いはカードなどで決済するらしい。
1000冊も売れたら大ベストセラーだとのこと。
値段がすごく高価らしい。1万円、2万円の世界!!だそうだ。
広告費用がものすごくかかると言っていた。
その仕組みを聞いたら、ワンクリック20円!!!!!
これがすべて広告費用!!!しかも確率は1%が普通だと!!
それじゃー1万円以上もする。
だがこんな高い費用を支払ってでも買ってもらえるようにするというのは、一にも二にも筆力!!!!!!!!
恐ろしい世界だ。自分で書きますなんて言わなくてよかった!
5月28日 (太陰太陽暦 4月24日) 水曜日 晴れ
日々農作業をしていて、その内容を日記に書いていると、
困ったことにしばしばぶつかる。
今日の仕事はバカに忙しかったけど、
これって,「農作業した・なんていう作業?」と考えると、
なんだろうか。
やってる本人にはわかっていても、
活字で「まるまる」という農作業をした、
と明確に書けないような農作業が大半を占めているからだ。
田植えした,稲刈りした,草刈りした・・・・・・ならいい。
だが農作業というのは本番よりも前後の分類しようがない、
名称をつけにくい仕事が多い。
しかも本番よりも時間をとる。
今日などは
タネモミの発芽のために覆っていた
保温資材のシルバーというビニールを用水路で洗って干し、
乾いたらたたんでシマウなんて作業は典型的な雑用。
トウモロコシが植えてある上部に、
実がついた頃にカラスなどに襲われないように鳥避けをするために
杭、支柱を立てて、釣りで使うテグスを張り巡らす、
なんてのも雑用の部類にはいる。
畑の周囲に漏れてくる用水を畑に入らないように
畑の周囲に溝を掘ってあるのだが、
1年も経過すると自然に埋まってきているので、
ドロを掬ったり、セリなどの草を除去する作業も完璧な雑用。
ところが雑用というのは本番の作業よりも労力をつかうから、くたびれる。
今日は一日中こんな雑用三昧。
本番ではない雑用!!と思っているのなら、
日記「一日中雑用」ですませばいいじゃないか,
と時々頭をかすめる。
だが、そんなときすぐに反省する。
ボクはこういう表現しにくいことを、
的確に、面白く書く練習をしているのだ!!
だから省いてはいけない!!と。
ジャガイモがただ事ではない。
12月に掘り出したもので、
すでに休眠期間、2?3ヶ月がとうの昔にすぎているので、
どんどん発芽。
もう2回も芽欠きしてるのに・・・・・・・・・。
市販のジャガイモは放射線を浴びせたり、
化学物質を振りかけているので、初芽の心配はないが(体によくない!!)、
自家用だとそんなことできないので、
2週間ごとぐらいに芽欠きしないといけない。
芽がでると表面積が増えるので、
乾燥し、表面の皮にシワがでてきたり、皮を剥く時に弾力を感じなくなる。
このまま捨てるのはもったいないので、
パンのかわりにジャガイモを使ってピザを作って食べてみた・・・・・・・・・そしたら・・・・・・なんとめちゃ旨い。
当分病み付きになりそう。
そういえば、もう来月には新ジャガイモだ!!!!!!
5月27日 (太陰太陽暦 4月23日) 火曜日 晴れ
大豆予定の畑に草が繁茂してきたので、
耕運し、周囲の草刈りも。
同時にイノシシ対策でトタン板を張り巡らせている外側も
幅3メートルほどの草を刈る。
トタンだけを張っただけでは体当たりされて、
柵が壊されると聞いていたからだ。
だが外側の草をこのぐらいの幅で刈っておくと、
あかるいので警戒して寄ってこないのだそうだ。
ゴマのタネを蒔いた畝にゴマ以上にたくさんの草が生えてきていた。
まだ小さいのだが、ゴマもちいさいので、
見た目は全部が草に見える。
草を処分してみたら、発芽状態が極めて悪かったので、
発芽していないあたりに、再度タネまきした。
やはり、蒔き時を焦ってしまったようだ。
例年は5月15日前後に蒔いていたのだが、
今年はオクラも含めて5月1日に蒔いてしまった。
これがいけなかった!!
田植えシーズンになって、
例年のように用水路に水が激しく流れるようになり、
畑や田んぼの山側に,
浸透した水が溜まるようになってしまったので、
溝のドロ掬いをしたり、草の処理をしたり。
この仕事は道具は使えないので,ゴム手袋をしての手作業。
これらの仕事は大車輪で午前中に片付けた。午後、
本を買って読んだという女性が来ることになっていたから。
26歳、某フリースクールのインストラクターをしてるという明るい女性。自給自足的な暮らしをしたいとか。
夢見る夢子さんの典型的女性。
だが、最近はこういう女性で、
有機農業の農家に研修生として入り、
どんどん夢を実現していく女性が少なくない。
もちろん若い男性も多い。
研修中にカツプリングして独立して農業に数多くいる。
なんとかして、夢を実現して欲しいもの。
世の中狭いもので、ボクが知っている美郷の青木さん、鳴門の大屋敷とも知り合いだとのこと。
つい、話が弾んで3時間も。
連載していた3つのブログのうち
「土俵蔵の子」が今日で終了。
あとの2つはまだまだ当分続きそう。
次はオーストラリア旅行記を連載しようかな?と考えている。
これも原稿用紙で300枚はある。
「空海の風景」(司馬遼太郎)がやっと読み終わった。
長編で、あいだに別の本(ホームレス中学生、最後の藩主/長曽我部盛親の物語・戦雲の夢)も読んでいたので、
2ヶ月はかかったのではないかと思う。
この本は3月1日に東京神宮外苑で行われていたフリーマーケットで、たまたま見つけて100円で買った。大もうけ!!!!!!!
この本に惹かれたのは、「山川の文化財」という
40年も昔に編纂された小冊子のテキスト化作業をしていて、
「役の行者」という人物が高越山・高越寺に登場し、
この人が空海と何らかの関係があると,
寺の由緒に書いてあるからだ。案
の定、この本に登場してくれていた。
また空海と辰砂(水銀加工物。この本では丹朱)は密接な関係がある、
と昔山登りした時に、
赤くただれた山肌をみて誰かが、辰砂??とつぶやいたからだ。
(この時代、水銀は非常に重要だった)
まあこんなことはこの本の本来の趣旨とは関係ない。
インドの密教、中国の天台宗、最澄、空海の真言宗などの関連とか、
成立の過程がほんとうによくわかる。
お釈迦様と密教真言宗は無関係だという兼ねてからのボクの偏見も偏見ではなさそうで、ひと安心。
5月26日 (太陰太陽暦 4月22日) 月曜日 晴れ
土日と大阪へ行っていた。
以前から予定していた
「宮内庁式部職楽部の雅楽」が
大阪フェステェバルホールでおこなわれるので、それを見に。
この催しは夕方からなので、
「どうせ大阪へいくのなら・・・・・・・・」と、
繁盛亭の落語、吉本興行の漫才、立川志の輔さんの独演会の
3つのうちどれかをと思い、
手配するも全部チケット売り切れで、
昼間の時間は空白になってしまった。
やむなく海遊館の水族館へ。
補欠で行った海遊館だったが、
感動感動、ものすごーくよかった。
デッカいジンベエザメ、アシカ、ラッコ、怠け者、ペンギン、・・・・・・・・
みんなすばらしい!!!!!!!
そのためか本命の雅楽が単調でつまらない!!!!!
夜はかみさんの弟が甲子園近くに住んでいるので、そこで泊めてもらう。
翌、日曜日は、所用でかみさんは朝のうちに帰ったが、
ボクは一人で堺市へ。
念願の大仙陵古墳見物。
ここを見る前に堺市博物館へ。
大仙陵古墳の目の前にある関係でか、
世界有数の巨大な倭王の墓についてのたくさんの説明。
やはり先にここへ来てよかった。
海外の文書では
「倭王の墓」としか記述されていないのに、
また考古学的な発掘でも証明されてないのに
「仁徳天皇稜古墳」と呼ばれていた。
実際には仁徳天皇はここには葬られていないというのが、
ボランテアガイドの共通意見。
教科書でも「大仙陵古墳」になっているし。
雅楽の舞台は撮影禁止なので、始まる前に撮った

大仙陵はここだけしか見せない。鳥居の向こうの林も陵ではない

また、発掘はされても中を開かないで
そのままにしてあるという石棺がある。
もし開いて歴史が覆ったら困る!!というのが、理由だとのこと。
天皇の在位の順序が狂ってくるとかで、
宮内庁が調査を拒んでいる!!とか。
そのくらい、ここの墓はいまだに謎に包まれている!!
「大仙陵古墳」はボクみたいに行っても、
見ることはできないようになっている。
柵、堀で厳重に囲われ、微塵も見ることができない。
はるか外から想像するだけ。
やむなく、レンタサイクルを300円で借りて、
墳墓を一周し、さらに車輪をのばして、
「刃物会館」「与謝野晶子」記念石碑、ザビエル記念公園などの見物。
かつて国際貿易で巨万の利益をむさぼり、
黄金の日々とまで謳歌された
堺商人の暮らしぶり、
物語の上では信長、秀吉への莫大な献金・戦費調達、
90%を超えるシェアで鉄砲をたくさん作った鍛治、
などいろいろ伝えられているが、
いまやそのような面影はほとんどない。
夏の陣の時に家康にすべてを焼き尽くされたという。
関ヶ原で西軍についた!!!
それにしても堺は百舌鳥古墳群と呼ばれているように、
いたるところ古墳だらけ。
家を建てる、道路の工事をする、かならずなにかが出てくるとか。
数日前に山川も古墳がある町,と書いたが,
その規模たるや、天地ほどもの差がある。
だからか、観光バスでのお客が非常に多い。
今日。
タネモミの被い、シルバービニールをとりのけた。
すこしだけ裾をあげて、すこしづつ黄色い苗を緑化させるのだが、
風が強くて、すこし開いただけで、風に飛ばされる。
やむなく「徐々に緑化」はできずに、
一気に開いてしまう。どうなるやら心配だ。
白い茎になる、と言われているのだが・・・・・。
ハウスにおいてあった苗がすこしおかしい。
低温障害の反対で,今度は高温障害だろうか。
外にだして、しばらく午前中だけ日光にあてることにした。
午後、しばらくぶりに吉野川市アメニテイセンターへ。
5月23日 (太陰太陽暦 4月19日) 金曜日 曇り 晴れ
ダメだろうな、と思いながら、
森本さんの超発にのせられて、鳴門の北泊へ行ってみたが・・・・・・・・・・
ボクよりも早く来ていた人たちは
「今日はダメだ」といいながら、帰っていく。
いかなきゃ良かったという感じ。
その情報というのは「グレ」が釣れた!!
グレというのはメジナのこと。
魚は地方によって名前がちがうのが普通。肉質がヌメヌメする、あの魚。
だが人によっては、すごく美味しいなんていう。
世界的な食料不足、アジアで暴動まで起きてる米の暴騰。
だけど国内ではあいかわらず米あまり、米は安くて農家は米を作っていても暮らしていけない!!
というほど安い。
そこで考えてしまった。
ボクはかねてから「減反政策に批判的だった」。
有機農業してる人なんかもボクと同じで、
反対の人がほとんどだった。
わが家の近所にも、近所から白眼視されながらも、
したたかに減反を拒否して、
すべての田んぼに米を作付けしている猛者がいる。
だが、・・・・・・・
最近の米の国際価格の値上がり,米不足の現象をみていると、
日本の減反、米価格の政府統制は良かったのではないかと
思うのだが・・・・・・・。
国際的には米は不足して価格は暴騰しているが、
国内では減反40%というほど米がありあまり、
価格は相変わらず安い!!
消費者はものすごく助かっているのではないだろうか。
主食の国家統制は,こういう時に威力を発揮するのでは・・・・・・。
まもなく政府の小麦売り渡し価格が30%上げるという。
小麦離れ、米への接近が・・・・・・・・・
5月22日 (太陰太陽暦 4月18日) 木曜日 曇り 晴れ
17日にスピード耕運した田んぼの草が、
予想通り草が目立ってきたので、今日はゆっくり耕運。
トウモロコシ、モチトウモロコシの草抜き、土寄せ。
ゴマ、オクラの草削り。
毎日来る宅急便のおじさんが、
「鳴門の北泊でグレが沢山釣れた」と自慢。ハリス、針のサイズ、エサなどを教えてくれた。
そうそうに行ってみようと思う。
「エンジン音は“エサをあげるよ”の呼び声」
という文章をかつけ本に書いたことがある。
この時の「おいで」と呼びかける対象はムクドリ。
実にタイミングよくやってくる。それも1羽や2羽ではない。
多い時などは30羽ぐらい集まってくる。
トラクターは土を起こすので、
土の中で眠っていた、休んでいた、昆虫やミミズ、カエルなどが飛び出してくるからだ。
多分1時間もしないうちに、彼らすべてのおなかは、
飛ぶのに重いほどいっぱになるのではないだろうか。
こういう時、
「生き物は生き物を殺して食べて生きている」、
「命はもう一つの命のためにある!!」ということをつくずく思う。
5月21日 (太陰太陽暦 4月17日) 水曜日 曇り 晴れ
吉野川市アメニテイセンターの休館日。
全員出勤で消防署から来てもらってのAEDの使用法についての訓練。
以前と違って、呼吸の回復よりも、心臓マッサージのほうが優先と
いうことらしい。職員全員の訓練が無理なので、ボクが代表して、
鼻をつまんで口からの息の吹き入れ、心臓マッサージの繰り返し、
・・・・・・・・・・・・
AEDを設置すると、もしもの時にこれを使わないとでしたりすると
責任を問われるとか・・・・・・・・。
同時に複数の人がこのような状態になった時には、立ち会える人が
一人の時は、自己判断で危ない人を捨てるとか、・・・・・・・・
胸を強く押して肋骨が折れても責任は問われないとか・・・・・・
流血のひどい人でも、止血よりも心臓マッサージが優先するとか・
・・・
人の命にかかわることだから、いやーー、たいへんだーーーー
8月3日にサイエンスフェスタを吉野川市アメニテイセンターで行
うので、ブースを担当してもらえる学校、企業へお願いに伺っているが、
今日は貞光工業高校へ伺った。郡先生が応対してくれて、快く受け入
れてくれた。よかったよかった。
また、吉野川市アメニテイセンター・ホームページ掲載のために
忌部関連の記事をお願いしていた阿波スピンドル株式会社・会長の木村さんに会い、
原稿を頂き、さらにサイエンスフェスタへの出店もお願いした。
これも快く受け入れてくれた。
彼は「忌部正蹟考」という山川町というか、忌部の歴史にとって非常に
貴重な資料が失われようとしているのを、私財を投じて復刻作業を行って
いるという山川町きっての歴史文化に造詣に深い文化人の一人。
9月に完成・出版の運びだという。兼ねてから「完成したら記念集会」
という企画をボクは持っていたので、10月ありにぜひ記念集会を実施したいと
申し入れた。彼もありがたくお願いするとの返事。
夕方は、トウモロコシの草抜き、土寄せ。
ものすごく暑い日で、・・・・・・・・・・畑は暑い。
注文しておいたイナゴがきた。今回は前回注文の2倍を送ってもらった。
誰に話しても「イナゴーーー気持ち悪い」というけど、
ボクにとっては大好物。もう、これがないと、なにかの落とし物をしたような感じ
今回は田んぼの除草で活躍しているという「合鴨」の肉も送ってもらった。
「ニワトリとイジメはつきもの」なんだが、ボクの予想で「一番先に殺される」
と思っていたヤツがだんだん元気になり、今日などは地面を普通に歩いている.
昨日までは2メートルも高い止まり木に止まったきり、だったのに。
お尻の傷もだいぶ癒えてきた感じ。
これを見ていると、頭のいいヤツはイジメへの対応もうまい!!と思わざる
えない。
高い場所にある止まり木にとどまって地面に降りてこない、という知恵を
働かしたヤツは、長生きできて、もしかしたら殺されずにすむかもしれないのだ。
どうなるか、もう少し観察だ。
こんなこと書くと誤解されそうだが、気にしないで読んでね。
2番手のいじめられニワトリはもう既に殺されてしまっているということは、
「より賢くなかった」と、いちがいに結論づける気持ちはないから。
5月11日 (太陰太陽暦 4月7日) 日曜日 曇り
吉野川市アメニテイセンターの行事で午前中は
「ごみゼロ・エコタウンへの取り組みを学ぼう」
というテーマで東京町田市で活躍されている
渋谷謙三氏の講演。
急に取り組んだのに、40人も、
会議室いっぱいの盛況。
午後は日本紙飛行機協会の指導員ら2人の先生がきてくれて、
「紙飛行機を作って飛ばそう」のイベント。
こちらも予定以上の大勢の子どもたちが参加してくれて、
本当に楽しかった。
当日間際まで「あんまり人が集まってくれないのではないか」
との不安があったが、
直前に事務局の原井さんが10カ所ほど電話しただけで、
予想外の人が集まってくれるなんて!!
原井さんという人は不思議な力を持った人だ。
イベントの魔術師!!
夕べ、徳島市内の飲食店で
「土曜クラブ」の定例会があり、今回はボクがスピーカーに。
99年発刊の著書・「百姓になりたい」から
“脱サラ百姓は隠れ不動産屋”というテーマで、
本の中の関係部分の朗読をした。
プロジェクタをつかっての朗読だったので、よく聞いてもらえたようだ。
イルローザ(たくさんチェーン店がある)というお菓子屋さんの社長、
由良めぐみさんという徳大の耳鼻科の先生とか、
穴吹のおおきな和菓子屋さんの社長など、
初めての人に巡り会えた。また久しぶりに
藍染めの名手・ふたあい・原田さん、
グラフィックデザイナーの敷島さん、
カフェ・ケストナーの佐藤さんなど、
懐かしい面々にも会えた。
しとしと降る冬の寒さを思わせるような雨だったが、
楽しいひとときだった。
恭子さん、樫原さんは珍しく来ていなかった。
朝日新聞でノモンハン事件のことが1面全面利用で特集されていた。
母からの聞き覚えがある
「ハイラル」「満州」「関東軍」「ハルハ」という言葉が頻繁に登場。
この戦争は1939年だからボクが2歳のころ。
父は関東軍にいて、ハイラル、チチハル(ボクが生まれたところ)などを転勤していたらしい。
父も母も戦争のことは語りたがらなかったし、
後に成人してから聞いても「いまさら・・・・・・・」
と言って決して語ってくれなかった。
満州はボクの生まれ故郷なのに、
満州は日本帝国主義の汚点だと両親は思っていたのか、
何も教えてくれなかった。
だが好奇心旺盛なボクは高校のころから、
関連の本(ヒットラー、ムッソリーニの台頭、スペイン内戦、第二次世界大戦、中国、朝鮮侵略、国内の言論弾圧など)を読んで、
教えてくれなくても、そうとうな知識をもつようになっていた。
さて、今日の朝日新聞。
下の方に小さく紹介されていた
半藤利一さん著の「ノモンハンの夏」も
数年前に図書館から借りてきて読んだ。
まるで実況放送を聞いているかのごとくに
戦況が手に取るようにわかる本だ。
新聞ではヒラの兵隊にすぎなかった人(生存中)をとりあげての記事が主で、
タイトルが「勇敢を強いた・無策ーノモンハン事件」なのに、
強いた側のもっとも悪い軍の上官は辻正信以外登場させていない。
名前は差し控えるが、戦後国会議員にまでなったものもいる!!
この軍幹部の無謀な指揮で、
16000人の日本兵隊のうち12200人も殺してしまっている。
太平洋戦争で最大の犠牲者があったといわれている
ガダルカナル戦争ですら全将兵の34%しか死んでいないのに、
ノモンハンでは76%なのだ。
こういう満州の地名を耳に,目にするたびに、ボクの悪夢はよみがえる。
ただし、2歳から4歳までしかいなかったので、
期間が短く、幼少なため体験はない。
だがしかし、高校時代とその直後の好奇心で得た情報が、
まるで体験的な知識のようによみがえってくるのだ。
ノモンハンという場所は中国東北部(旧満州)とモンゴルとの国境あたり。ここで関東軍はソ連軍と戦った。
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