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5月20日 (太陰太陽暦 4月16日) 火曜日 曇り 晴れ
夕べのすごい雨で、畑は水浸し状態。
あれもしよう、これもしようと思っていた農作業、すべてパー。
試しに畑に入ってみたが、ズボッズボッと靴がもぐる始末。
自給菜園という記録向けの写真だけ撮る。
今年はなんだか、例年よりも野菜が豊富!!なのか??
3?4回は作っている赤い空豆のご飯は、1回で終わりになりそう。
たぶん大根、人参、ほうれん草、ジャガイモ、タマネギ、鶏肉がたくさんあるからだろうか。
E=BOOKというものを発行している会社の人が取材で来た。
こういう世界があることは初めて知った。
バナー広告は掲載料いくらいくら、
だが、ワンクリックいくらという広告も会って、
クリックされるだけで、20円とか100円とか、あるのだそうだ。
だがクリックされても必ずしも注文してくれるわけではなく、
確率としては1%だとか。
すごい世界があるもんだ。
吉野川市アメニテイセンター、NPO法人げんき山川ネットワークとして、「山川町の文化財」という40年も昔に編纂された小冊子のインターネット掲載のための作業をしていて、
山川町の象徴的な寺である「高越寺は1,300年の昔,古義真言宗の役行者の開基で蔵王権現を本尊としている。
延暦20年(802)弘法大師は28歳の時に登山し,
修行した記録がある」との記述にぶつかった。
「古義真言宗の役行者が小角であることは明らか。
たまたま現在読んでいる「空海の風景」という本に、
空海が唐に留学し、密教第8世を授かって、
遣唐使船で帰国しておちついた
大阪府和泉市のお寺・槙尾山寺(今の天台宗・施福寺)をつくったのが、
役の小角だとの記述があった。
空海は朝廷から召還されるまで、
1年ほど住んでいたとかいう。こういう深い関係があった!!!
5月19日 (太陰太陽暦 4月15日) 月曜日 曇り 雨
食の自給のページの
納豆の作り方の文章を変更しました。こんどこそ、失敗しない作り方です。納豆は温度の保持と水分の除去が肝心だからです。水切りザルと発泡スチロールの箱を採用しました。
昨日の朝、またまた無惨な死体を見てしまった。
この日記でもだいぶ以前に書いたし、
自著にも著したことがある
「仲間のいじめで殺されたニワトリの死体」だ。
しかも、お尻を突っつきされ続け、
肛門に直径3センチもの穴があけられて、
ハラワタを食い尽くされての死だ。
普通に殺されたのなら、こんな所に書かないほど見慣れているが、
ボクにとっては2回目のショッキングな死体だ。
数日前から「きっとあいつは危ない」と目星をつけていた鶏ではなくて
2番手でそれほどイジメられていなかった鶏で予想外。
一番いじめられていたのは、
胃袋を満たし、食事が済むと、
高さ2メートルもある止まり木に飛び上がって、
よほどのことがない限り降りてこないという知恵があったから、
生き延びていると思う。
こうしていれば、しだいにお尻の傷も癒えてくると思う。
おとといの夕方には死体がなかったから、
殺害時刻は夜明けから7時(この時間にエサをあげる)までの間ではと思われる。
午前中、庭と家の周囲の草刈り。この時期本当に草の伸びが早い。
昨年までは6月5日前後に田植えしていたとなりの田んぼの人、
今日から畦際を掘ったり、畦波をつけたりしている。
この様子からだと、今年はだいぶ早い田植えになるのだろうか。
昨年はわが家はこのあたりで最後だったが、今年はダントツの最後になりそう。
夜はいつもの「徳島で見れない映画を見る会」例会。
公会堂の館長のヘマで
ダブルブッキングしたコーラスグループとの三つどもえのトラブルの中で、新たな人間関係が生まれてくる過程の映画。
今日は珍しくなんの催しもない閑散とした会館で一日中、当番。
昨日の朝日新聞で、懐かしい「人造米」の記事。
ボクは旨くねえやといいながら食べた記憶が残っている。
高校生だったころ(52?53年も昔のこと)だとおもうが、
当時わが家では
母と兄が頑張って自家用程度のコメは作っていたので、
コメに不自由していたわけではないから、
無理矢理買わされてなのか、
売れなくてもらってきたのか??・・
2?〜3日だけ食べていた。
これだけではまずいので、1〜2割混ぜて炊いていたのではないかと思う。まあ、世間ではこれほどコメ不足だったわけ。
現在では、この立場が逆転し、
小麦のパンではなくてコメがパンになる時代。
だがコンセプトはまったく違っている。
昔は食い物がない!!
今では食い物が有り余っている!!という大きな違い。
ずいぶん豊かになったものだ。
5月17日 (太陰太陽暦 4月13日) 土曜日 晴れ
田んぼの草がだいぶ伸びてきたので、スピード耕運。
多分30センチぐらいに。
雨上がりで、土がジメジメしていたので、
浅めのスピード運転がいいと思い、
通常はやらないような早さで耕運。
いつもは4ー5時間かかるところを半分の時間で終わらす。
低温障害でダメな苗のうち、
何本かがまあまあの成長だったので、捨てるのももったいないし・・・・・・・・・
と畑に植えることにした。
あとからタネまきしたものは、まだ小さいので、
あと3週間は待たないと・・・・・・・・・。
原井さんから電話があって、
明日のNPO法人げんき山川ネットワークの総会資料の印刷、製本やるから、来てくれというので、
3時頃に吉野川市アメニテイセンターへ。
大森さんとみどりさん、山川さんも来てくれていた。
昼ご飯で炊いた「鶏めし」がおいしい。
ボクが殺したニワトリ、自家製の醤油、もちろんコメも。
圧力鍋でだから、さらにおいしい。
買ったものはミリンと料理用酒。
6月8日に予定している映画「母べえ」のチラシと券がきた。
日経(4月27日)で過激な記事に目が止まった。
「農業維持の費用対効果」というタイトルからして気に入らないが。大きなコラムで書いている人は松井彰彦(東大教授)。
「・・・・・・・・・・・・農協による地域独占の弊害も排除しなければならない。・・・・・・・・そのためには農家への補助金を農家に直接支払うこと。・・・・・・農協職員の人件費は一兆数千億円、販売農家が農業で稼ぐ所得の半分近くに相当する・・・・・・・・・。農家への補助金が結局、農協職員の給与に回るのでは、なんのための補助金かわからない。・・・・・・・・・農協による農家の締め付けなども独占禁止法違反として取り締まる必要がある。・・・・・・・・・・・・」
(この記事って、事実を書いているのだろうか???)
そして今日の徳島新聞で
「イオン・コメ生産に進出」と農協をはずして、農家と直接取引を決めた!!との記事。
イオンはスーパーだから販売小売価格をあらかじめ決めて、
農地面積を指定し、農家に委託して生産してもらい、
そこでの全量引き取りになりそう。
天候や相場で変動しても農家は安定収入が保証されるしくみ。
コメは農薬を制限した特別栽培米。
従来は農協経由で仕入れていたんだって。
農家から買う値段はいくらなんだろうか??
5月16日 (太陰太陽暦 4月12日) 金曜日 晴れ
モミ蒔き。田んぼが2反しか耕作していないから苗箱は40枚だけ。
餅米8とうるちが32枚。
発芽させる場所は庭を利用。午前中だけで終わる。
こごんでの仕事なので、腰が痛くなる。
午後はミョウガの草取り。畑の仕事はまだぐちゃぐちゃでできそうもない。
15日の徳島新聞
「阿波の古事記 絵巻物に」という
会長の天羽さんの顔写真いりで大きく紹介されていた。
天羽さんとは面識がないが、一緒に研究されている
佐藤さんや三村さんとはおなじみだ。
国が生まれた場所としては奈良、九州などがメジャーな学説だが、
このグループは淡路島や徳島が古事記の主要舞台であるとの学説をもっている。
イザナミ、イザナギなどと
非常に懐かしい名前が登場していたので、
つい小学生のころを思い出してしまった。
*二人の子供だといわれているアマテラスオオミカミは弟のスサノオノミコトの悪さに腹が立って岩戸にかくれてしまって、世の中が真っ暗になったとか、
*アメノウズメノミコトが肌を露出して岩戸の前で踊ったら、岩屋の中のアマテラスオオミカミがうすこし扉を開いた。そのスキに、タジカラオウノミコトが怪力で扉を開いたら、急に世間が明るくなった、とか、
*ヤマタノオロチをスサノオノミコトがやっつけている場面だとか、
*白装束のオオクニヌシノミコトが病んでいるウサギを助ける絵とか、
アマテラスオオミカミは女の神様というように学校では教えられたと記憶しているが、男だともいうし。どうせ、人間が想像して作り上げた架空の物語で、しかも人間じゃなくて神だから、どっちでもいいけど。
幼児期の体験ってよく覚えているもんだと、自分に感心しながら書いてみた。
5月15日 (太陰太陽暦 4月11日) 木曜日 晴れ
初めて、8時半から5時半まで、一人出勤。
さくら診療所で野菜作りをしている小野さんが、
わざわざ吉野川市アメニテイセンターまで
「小松菜」をたくさんもってきてくれた。
この人にはいつもお世話になるばかり。
今日の利用者は午前中、1時間だけの書道教室だけ。
ACNETというお見合いを企画する会社の人が会場の下見にきた。
どういう会社か知らなかったので、
インターネットを調べてみた。
都会も同じかと思うが、
農村というか地方都市でも
準高齢独身者で結婚願望の若いというか中年の男女は少なくない。
こういう会社が大もうけするほど、
出会いの機会をたくさん作って欲しいな!と思う。
とにかく多いのだ。
吉野川市アメニテイセンターには
30?40人規模の貸し室は2つ、トレーニング室が一つ、ホールが1つ
だけあるのだが、
今日のように、このような状態だと、
パソコンとか読書(読書はなんとなくしにくい)、
特にパソコンができないと、とても時間がもたない、という感じ。
パソコンはネット眺めしてるだけで、
仕事してるかのように見えるから。
原井さんは忙しく、NPO法人元気やまかわネットワークの仕事に忙殺され、
Wさんは原井さんから依頼された文書のパソコンへの打ち込みやプリント。こんな時、「オレはパソコンできて、よかったー」と思う。
たまに部屋やホールを「借りたい」という電話、
ごくまれに来客・・・・・・・・・・・
ボクを含めて職員はみんな自分のパソコンを持ってきている。
今日は一人なので、外出もできなず、
5時半すぎて、交代の大森さんが来てから、
川島図書館へ18日総会のビデオを借りにいかなくては・・・・・・・。
昨年の春頃から書き始めている
「なさけない男の哀歌」のような小説、
このごろなんだか虚しく感じてきて、どうも筆が進まない。
こんなものを書き始めたきっかけは、
田辺聖子さんの短編小説集を読んでから。
またこんなテーマを設定したのは、
日常的に若者も、お年寄りも、なにかにつけて女性ばかりが目立ち、
男性は沈みつつあるような印象を強く持つようになってしまっていたからだ。
集会しても大部分は女性だし、・・・・・・・・・・・・・・。
周囲を見回すと、
30歳台後半40歳台、
いやもっと年上で結婚したいのに弱々しい男性が少なくないからだが。
だから、いくつかのパターンを作って小説にしたら!!なーんて・・・・・
ボクのことだから、
メインテーマは「据え膳も食えぬ男」というのだが。
進まない理由は、
こんなもの書いたところで、自己満足にもならない!!のではないかと。
小説家ならば、
編集者に認められて本になって、
印税というもうけ話になる可能性も少しはある(ぜんぜんない可能性が高いが)が、
なんの役にもたたない内容(フィクション)だから、
なんて考えてしまうと、本当に書く気力が失せる。
もう原稿用紙に換算すると200枚は書いているのに。
やっぱりボクは農業、食べ物などをテーマにして、
読んだ人が少しはためになる内容のほうが、
いいみたい?????????
あーあ、だがこのようなエッセイだけじゃなくて、
小説も書いてみたいし・・・・・・・・・。
もう何年前だろうか?????
ある年の年末に突如として流行った
「毎月、なにかにことづけて酒が飲める、とか・・・・・・・・・」の
歌。たぶん歌い手はバラクーだ???
この歌は頭のすにみ微かにしか残っていないのは、
多分面白いなと思いながらも、カラオケでも歌ったことがないからだろうか。
正月は正月で酒が飲めるぞ
2月は???で酒が飲めるぞ
多分こんな調子。
こんなことを思い出したのは、
5月5日に勢川さんたちと
金刀比羅宮の蹴鞠を鑑賞した帰りに
金陵という酒蔵展示館で見た「月別の酒」のせいだ。
1月は屠蘇酒
2月は梅花酒(梅の花を清酒に漬けたもの)
3月は桃花酒(一重の桃の花を清酒に漬けたもの)
4月は花見酒
5月は菖蒲酒(菖蒲の根を刻んで清酒に漬けたもの)
6月は岩魚酒(岩魚のハラワタとエラを除いて焼いて器にいれ
て、そこへ暖かい酒をそそぐ)
7月は竹管酒(青竹の筒に酒をいれて、冷たい水に入れて冷や
す)
8月は鰻酒(蒲焼きを温めた器に入れて、蓋をして待つ)
9月は月見酒(船を浮かべて、月を見ながら飲むさけ)
10月は菊花酒(食用菊を酒に浮かべて飲む)
11月は花梨酒(かりん酒)
12月は鰭酒(フグのヒレをこんがり焼いて、暖かい酒をそそ
ぐ)
こういう習わしが生まれたのはいつだかわからないが、なんでも清酒に漬けているので、当時は焼酎はなかったのだろうか。インターネットで調べたら室町時代にはすでに焼酎はあった!とか。
5月14日 (太陰太陽暦 4月10日) 水曜日 晴れ
例年ならば、今日はもみの種まきの日なんだが、
気温が低い日が続いていたために、
発芽状態がよくなく、できない。
明日は出勤だからあさってになりそう。
畑の作業があるのに、大雨の後で、
畝間には水たまりができてしまうほどでできない・・・・・・・・・・
小麦の在庫分の整理。
さくら診療所の小野さんから頂いていたものだが、
たまりにたまって、・・・・・・・・。
だが、ものすごいゴミの量。
手でわら等のゴミを拾い、
しかるのちに精米機にかけて細かいゴミを吹き飛ばす。
3時間もかかってしまう。
だが、細かくて丸い草のタネは除去できず、
製粉すると草のタネ込みの全粒粉になる。
6月には醤油の仕込みをするので、50キロは使うが、
25キロは残るので、ニワトリの餌にしようと思う。
日経下段の大きくて派手な広告のすぐ上に、
わずか15行の小さな記事に目がいった。
中国で手足口病の原因になる
エンテロウイルス71の子供への感染が拡大していて、
安徽省では既に22人が死亡、広東省で3人、・・・・・・・
と。
インターネットで調べたら
「夏風邪の一種で・・・・・・・・・・」とたいしたことないような記述。
人間の体質が弱い方へ変わっていっているのだろうか・・
新型の病気、昔の病気が、しだいに流行ってきてるとか・・・・・・・・・。
ところで手足口病なんて病名、
人生70年、ボクは初め聞く。
日本では「夏風邪」程度だという医者の書き込みがほとんどだが、
中国では「死に至る病気」!!!!!!!!
デジカメをビデオカメラみたいに使うのを覚えた。
たまたま会った人からデジカメで動画が撮れると聞いたから、
よくよく説明書を読んだら、できると書いてあった。
フラッシュカードのギカが大きいのを使えば
7分とか8分とか撮影できると。
試しにやってみたら、ばっちし。
USB メモリーに移して持ち運びもできるし。
身近に子供や孫がいるとデジカメ程度ではダメだろうが、
おっちゃん一人での旅行などの撮影なら、これで十分十分。
5月13日 (太陰太陽暦 4月9日) 火曜日 曇り 雨
6日あたりの日記に掲載したほうがよかったが、写真を送ってもらったので、遅ればせながら、蹴鞠の映像

夕べの雨のお陰で、野菜が元気になったみたい!!
カボチャ、インゲン、トマト、ミニトマト、ナス、人参。
だが、カボチャはアンドンをしなかったために、
ウリハムシが大勢やってきて、だいぶ葉がボロボロに。
このムシはウリ科専門でキュウリ、ヘチマ、ウリ、などにもくる。
特にキュウリにはまとめて捕まえて佃煮にしたいほどやってくる。
♀のカブトムシを3ミリぐらいに縮小してオレンジ色にしたようなムシ。
最近なんとなく体の油がきれているかのような関節の症状。
天ぷらというか、フライを食べて油を補給しようと、スーパーでアジを買い、アジフライに。
何ヶ月ぶりの油物だろうか??
これで少しはカサカサ状態から解放されそう。
お寺参りをして気がつくが、
すごくハデハデで、金儲け至上主義、成金趣味ではないかと思うことがしばしばある。
徳島に来てすぐに88カ所巡りをしても
そう思わざるを得ない寺が少なくない。
徳島県内の寺については昨年2月にも歩き遍路もやったので、
十数年前の様子と最近の様子の違いがわかる。
グーンと派手やかになっていて、そしてお金の亡者では!!
と思ってしまうほどに変貌をとげた寺もあった。
そんな寺に遭遇するたびに
「坊主なんていやらしいヤツらだ」なんて思っていたが・・・・・・・・・・
だが、これは普通ではないかと、
司馬遼太郎の「空海の風景」という大著を読んでいて思うようになった。
空海が遣唐使船に便乗できて唐へ留学した時の記述で
「僧には、財貨について貪欲な者が多い。長安の大寺といえども内実は高利貸しをしたり、寺そのものが巨大な金融資本になっている例が多かった。そういう中にあって恵果の金銭にたいする淡白さは珍奇とするにたる」と述べている。
恵果(エカ)は空海が密教を授かった唐の高僧。
「淡白さは珍奇」という記述は、清貧なお坊さんは希少価値!ということらしい。
この空海に関する本は面白い。
空海がどんな人であったかもよくわかる。
司馬遼太郎はあるテーマについて本を書こうとすると、
徹底的に調べる。
伝説的には彼が神田の古本屋街へきて資料漁りをすると、書棚が空っぽになる!!なんていうほど。
「空海の風景」を読んでいると、「資料漁りをすると、書棚が空っぽ」という伝説がまんざらでもないとつくずく思う。徳島で88カ所巡りに
関心ある人にはぜひ一読をお勧めしたい1冊だ。
5月12日 (太陰太陽暦 4月8日) 月曜日 曇り
昨日はすこし無理しすぎたらしい。
朝の出勤で2,2キロを、錘がついた靴(片足が1,3キログラム) で歩き、一日中、イベントがあったので、
あちこちその靴で館内を走り回っていたので、
そうとうな負担を腰や膝に与えてしまったのだろうか。
朝から疲れていた。
畑に残っていた京菜、コウサイタイ、春菊、絹さやなど、
あたりの草草に巻きこまれて花が咲いていたり、タネ実をつけていたりと・・・・・・すっかり老化していたが、
それらを全部刈り捨てた。
平家大根だけは、タネ取りのために残した。
毎年ここで紹介している珍しいソラマメ・
「赤い顔に緑のベレー帽」というしゃれたソラマメのシーズンになった。
映像は炊き込みご飯にするところ。

小豆のお赤飯のように炊きあがり、味はすこしその上。
さやは普通で緑色。我が家では野菜カッターでくだいてニワトリのえさになるけど。
草刈りをまるまる2時間も。
このシーズンはチョイチョイ草刈りがある。
あさってにはまた倉庫の裏を刈らなければならない。
直径1センチから1センチ5ミリぐらいの間引き人参を、
中心部がすこし固い程度に茹でてかじってみたら、
なんとメチャうま。
香りがいい、甘みがある、適当な歯ごたえ、
これから当分、なくなるまで、病み付きになりそう。
市販の人参にくらべて、なんとわが家の人参はおいしいのか!!
EUの中で「バイオ燃料への見直し論議」という記事が日経にでていた。
いわゆる環境問題に関心が高い人たちは、
当初、すべて賛成という状況だった。
ところが人間が食べている穀物を自動車に食べさせているわけだから、
その分人間の食い分が減ってしまって、
世界的な穀物の暴騰。
だから、やはり、人間の食べ物を自動車に食わせるのは考えもの・・・・ということに。
ボクも環境問題関心派だったから、
やはり当初は化石燃料よりましだ!!と思って心の中で賛意を示していた。
だから、今大反省。
バイオジーゼル云々だなんて、すごく騒がれていし・・・・・・・・・・
5月11日 (太陰太陽暦 4月7日) 日曜日 曇り
吉野川市アメニテイセンターの行事で午前中は
「ごみゼロ・エコタウンへの取り組みを学ぼう」
というテーマで東京町田市で活躍されている
渋谷謙三氏の講演。
急に取り組んだのに、40人も、
会議室いっぱいの盛況。
午後は日本紙飛行機協会の指導員ら2人の先生がきてくれて、
「紙飛行機を作って飛ばそう」のイベント。
こちらも予定以上の大勢の子どもたちが参加してくれて、
本当に楽しかった。
当日間際まで「あんまり人が集まってくれないのではないか」
との不安があったが、
直前に事務局の原井さんが10カ所ほど電話しただけで、
予想外の人が集まってくれるなんて!!
原井さんという人は不思議な力を持った人だ。
イベントの魔術師!!
夕べ、徳島市内の飲食店で
「土曜クラブ」の定例会があり、今回はボクがスピーカーに。
99年発刊の著書・「百姓になりたい」から
“脱サラ百姓は隠れ不動産屋”というテーマで、
本の中の関係部分の朗読をした。
プロジェクタをつかっての朗読だったので、よく聞いてもらえたようだ。
イルローザ(たくさんチェーン店がある)というお菓子屋さんの社長、
由良めぐみさんという徳大の耳鼻科の先生とか、
穴吹のおおきな和菓子屋さんの社長など、
初めての人に巡り会えた。また久しぶりに
藍染めの名手・ふたあい・原田さん、
グラフィックデザイナーの敷島さん、
カフェ・ケストナーの佐藤さんなど、
懐かしい面々にも会えた。
しとしと降る冬の寒さを思わせるような雨だったが、
楽しいひとときだった。
恭子さん、樫原さんは珍しく来ていなかった。
朝日新聞でノモンハン事件のことが1面全面利用で特集されていた。
母からの聞き覚えがある
「ハイラル」「満州」「関東軍」「ハルハ」という言葉が頻繁に登場。
この戦争は1939年だからボクが2歳のころ。
父は関東軍にいて、ハイラル、チチハル(ボクが生まれたところ)などを転勤していたらしい。
父も母も戦争のことは語りたがらなかったし、
後に成人してから聞いても「いまさら・・・・・・・」
と言って決して語ってくれなかった。
満州はボクの生まれ故郷なのに、
満州は日本帝国主義の汚点だと両親は思っていたのか、
何も教えてくれなかった。
だが好奇心旺盛なボクは高校のころから、
関連の本(ヒットラー、ムッソリーニの台頭、スペイン内戦、第二次世界大戦、中国、朝鮮侵略、国内の言論弾圧など)を読んで、
教えてくれなくても、そうとうな知識をもつようになっていた。
さて、今日の朝日新聞。
下の方に小さく紹介されていた
半藤利一さん著の「ノモンハンの夏」も
数年前に図書館から借りてきて読んだ。
まるで実況放送を聞いているかのごとくに
戦況が手に取るようにわかる本だ。
新聞ではヒラの兵隊にすぎなかった人(生存中)をとりあげての記事が主で、
タイトルが「勇敢を強いた・無策ーノモンハン事件」なのに、
強いた側のもっとも悪い軍の上官は辻正信以外登場させていない。
名前は差し控えるが、戦後国会議員にまでなったものもいる!!
この軍幹部の無謀な指揮で、
16000人の日本兵隊のうち12200人も殺してしまっている。
太平洋戦争で最大の犠牲者があったといわれている
ガダルカナル戦争ですら全将兵の34%しか死んでいないのに、
ノモンハンでは76%なのだ。
こういう満州の地名を耳に,目にするたびに、ボクの悪夢はよみがえる。
ただし、2歳から4歳までしかいなかったので、
期間が短く、幼少なため体験はない。
だがしかし、高校時代とその直後の好奇心で得た情報が、
まるで体験的な知識のようによみがえってくるのだ。
ノモンハンという場所は中国東北部(旧満州)とモンゴルとの国境あたり。ここで関東軍はソ連軍と戦った。
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