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背に
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5月10日  (太陰太陽暦  4月6日)  土曜日  雨

午前中、アメニは一人出勤。
来客や電話がくると、まだ不安を感じる。まだまだ不勉強。
ホールの照明などは電気系統なので、・・・・・・・・・

「いつも借りてるんだけど、急でわるいけど、今晩阿波踊りの練習でホールの舞台、空いていたら貸してくれないか」なんて、
名前も名乗らずに「わかっているだろうから」という前提での申し出。

山川へ来てから感じていたのだが、
このような名乗らない電話は非常に多い。
まあ、95%といっても過言ではない。
またこちらから電話しても
「はい、00です」という家は数えるほどしかいない。
こんな話を脱サラ百姓仲間に言ってみたら、
「田舎ではそれが普通だよ」なんて諌められてしまった。
山川だけじゃなくて、全国的な現象のようだ。

「ほどほどに食っていける田舎暮らし術」(ボクの本)を読んだ、
ということで、
淡路島に住む人が突然アポもなく来た。
自給自足の暮らしに憧れて・・・・・・・・・・・・などといいながらも、どうも評論家的なので、
ボクのほうから名刺を差し出して「お名前は?」と質問したら、
実は
不動産業を営む者ですと、不動産業の名刺をくれた。

これで来られた理由がわかったので、
田舎暮らしネットワークを作り、
希望者リストをたくさんもっていて、
会員向けの月刊雑誌(主に田舎物件)を発行している不動産業社を紹介。
この会社との連携ができるようになると、
この人の物件も全国誌に掲載され、
すこしは販売に役立つのではないかと。喜んでもらえて、よかった。よかった。
実は、この雑誌は、「ほどほどに食っていける田舎暮らし術」を好意的な紹介文で大きく取り上げて掲載してくれていた。

5月9日  (太陰太陽暦  4月5日)  金曜日  晴

インゲン、ニガウリにネット。キュウリの定植。
畑のこの部分は常に用水の水漏れでジメジメしているせいか。
土がゴロゴロ。
ついでにトマト、ナスの畝も作る。

もうシーズンの終わりだが、セリの最後の採取。
食べてみたら、やはり少し固い。
だがセリは香りといい味といいなんとおいしいことか。

明日から生活改善グループで
ツツジ祭りに来る観光客を目当てにした売店を開くために、
昇り坂の途中にテントをはるというので、そのおてつだい。
国指定文化財になっているオンツツジが今月の末に開花する。毎年、大勢の観光客が訪れてくれる。


大急ぎで作業衣から着替えて
教育委員会へ吉野川市アメニテイセンター月間報告文書をもっていったり、「山川の文化財」の補足文案を阿部先生に届けたり、・・・・・・・・・・・あーあ、慌ただしい一日。

5月8日  (太陰太陽暦  4月4日)  木曜日  晴

富士製紙の藤森さんからプロジェクターを借りる。

郷司さんにさんざんお世話になって、
今日になって、やっと古いパソコンから新しいものに全面切り替えが終わることができた。
乗り換えるということはほんとうに難しく、大変なことだ。
設定などと、とてもボクの能力の上を行く仕事。

昨日、移植した苗が、今朝になってどうかな??と心配だったが、
完璧に根付いていてくれて、ひと安心。
こんなにきれいに育ってくれると、
低温障害からやっと立ち上がった「????病気もっているかな?」だらけの苗がいらなく???????

サツマイモの苗がやっと芽を吹き出してきた。
来年からは
5月になって発芽が始まってから苗床に伏せたほうが良さそうだ。
苗作りのことを書いてある農作業の本では、
タネ芋の状態に無関係に
「3月に、あるいは4月に苗床に伏せる」などと書いてあるが、
これは基本的に正しくないと思う.
「保温状態の時に発芽してから、苗床を作って伏せる」
と表現した方が、正しいと思う。
本の場合は苗床に熱を加えることが前提になっているからだろうが、
ボクのようにイモの自然発芽に従った栽培を考えている者にとっては、
やはり、自身の発芽を待ちたい。

5月7日  (太陰太陽暦  4月3日)  水曜日  晴

4日は
吉野川市アメニテイセンターへの出勤。
5日は
仁木さん、勢川さんと3人で車に同乗して
金比羅宮へ奥社への石段のぼりと「蹴鞠」見学に。
1368段はさすがにすごい。
中ぐらいの本殿までの人は休日だけに大勢いたが、
奥社ともなると人はマバラ。
まあ、3人とも登山仲間だから、
標高520メートルは低い低いほう。


降りる途中で書院の庭という鞠場での蹴鞠見学。
神職が儀式としてやっているのを、
通りがかった参拝者が偶然見る、というような感じで、
入場も出たり入ったりが自由。
いつでも入場して、堪能したら帰れるという仕組み。
僕たちがいたときは6人制のとき。
あれだけの装束でサッカーもどきに鞠を落とさないように
蹴り続けるのだから、大変な重労働でもある。
汗だくでの奮闘。

雅な伝統をいかした、すばらしい芸術でもある。

見学の帰りにはうどんの讃岐を通り抜けるので、
昼に3軒もうどん屋をはじご。


6日には
早朝から草刈り。
11頃に「ほどほどに食っていける田舎暮らし術」を購入してくださった上板町の飯田さんという女性が薫製をもってきてくれた。また、
勢川さんも、最近山川町の空き家を借りて引っ越してきた
菅谷さん一家も合流して昼食会。
ほんとうに楽しかった。

今日は
低温障害で失敗した苗のリターンマッチで作った苗がだいぶ大きくなったので、移植。
一本残らず、枯れずに、健全に成長してくれた。
ナス,水ナス、トマト、ミニトマト、シシトウ、トウガラシだ。

5月3日  (太陰太陽暦  3月28日)  土曜日  晴

夏になってしまったのでは??というような暑さ。
汗だくになりながら、
インゲン、モチトウモロコシ、トウモロコシ、ニガウリの支柱立て。
そしてあとは午前2時間。午後2時間の草刈り。
まだまだ終わらない。
明日と明後日は所用でできないから、3日後にまた一日中しないと。
もう今頃から夏が終わるまでは2−3週間ごとに草刈りが待っている。

1週間ほど以前の日経で
「遺伝子非組み替えの大豆、トウモロコシの調達が厳しくなった」
という記事を見つけた。
ボクは3年ほど以前、
徳島の遺伝子組み替え情報ネットワークというのに関係したことがあり、
その方針の中に、
輸入は遺伝子非組み替え、
国内では遺伝子非組み替えのタネで栽培、ということが書かれていた。
活動家の大部分は生協の活動家、農家は2人しかいない。
しかもボクなどは自給農家だし。
もう一人もサラリーマンしながら、コメだけを作っているので、
手間のかかる大豆なんて作っているヒマがない。

なんどか講演会もやったが、集まるのは消費者ばかり。農家は全く来ない。
だから遺伝子非組み替え促進の運動体だが、事実上うわすべりの勉強だけの会。
まあ、農家はこういう問題にかぎらず、
勉強的なことにはあまり来ないし。

まあ、なにを言いたいかというと、
国内でぜんぜん自給してなくて、
その上自給しようともしないでいて、
輸入品は遺伝子非組み替えでなきゃ嫌だ!!
なんてすごく虫がいいと思うから。

穀物はバイオ燃料にまわされたり、異常気象で不作になったりと、
いまのところ、世界の市況はかんばしくない。
だから輸出国の農家は
面倒くさい遺伝子非組み替えの大豆、トウモロコシをあまり作ろうとしなくなったという。

日本国内では味噌、醤油、納豆、豆腐など
ほとんどの大豆加工食品は遺伝子非組み替えと表示している。
しかし、国内生産はあまりないわけだから、
輸入でこれらの原材料をまかなっているわけ。
それが入ってこなくなったら!!どうなるのか???

すでにコーンスターチは業界全体として
「遺伝子非組み替えの調達は難しくなったから、
これからは遺伝子組み換えで作ることにしようか」という相談に入ったと!!
また家畜の餌はとっくの昔から遺伝子組み換えになっている。

5月2日  (太陰太陽暦  3月27日)  金曜日  晴

昨日
毎日ポタポタと少しずつ搾るというか、
目の細かい袋にモロミをいれて醤油だけをしたたらせていたのだが、
やっと90%ぐらいが終わったので、火入れして、ビン詰め作業。
1升ビンで13本しかとれなかった。
1番の時は20本以上とれたが、水の添加が少なかったらしい。
2番だからしょうがないと言えばそうなんだが・・・・・・。
今年の6月は新たに仕込む年なのだが、
例年よりもすこし多めに作らないと・・・・・・・・・。

大きくなったヘチマ、ニガウリの苗を畑に定植。ゴマとオクラ、ホウレンソウのタネ蒔き。
午後になって雨が降り出して中断・・・・・・・・・・。

今日
昨日の作業で疲れたのか、夕食後・7時から12時まで、
風呂に入って、1時から朝の7時まで、
11時間もぐっすり眠った。疲れはとれたが、
寝過ぎで腰が痛くなる。
だが、気分は爽快に。
早朝から、張り切って機械を使っての草刈り。
3時間休憩なしで・・・・・・・。またまた疲れてしまう。
昼寝2時間も。
このごろ、ほうとうに疲れやすくなった。
まあ、疲れても寝る時にキョウレオピンというニンニクエキスみたいな液体をカプセル2個飲むだけで、
すっかり疲れがとれるので、おおいに助かる。
このごろ、どうも気持ちと身体の乖離がひどい。

午後に神戸に住んでいて、
最近山川町の旗見にある空き家・真鍋宅を借りたとかで、
Sさんという人が家族連れで
「引っ越して来た挨拶」ということでわが家へやってきた。
真鍋家というのは山川町では有名な古い歴史のある豪邸だ。
ボクも以前2人ほど引っ越してきたいという人を案内したことがある。
まずここに定年退職している本人の両親が臨時に移住して、
畑などの管理をするとか。

夕方には原井さんといっしょに、
山瀬小学校の理科の先生にサイエンスフェスタin yamakawa・ブース出店などのお願いに行った。快く引き受けてくれて・・・・・・・・・。

日本有機農業研究会の機関雑誌・土と健康の今月号に、
「ほどほどに食っていける田舎暮らし術」
紹介文が掲載されていた。うれしいことだ。