Home  Email
背に
| 日記 | 著書 | げん米クケット | 井戸端会議 | 食の自給 | 百姓天国 | 田んぼ畑 | 家族 | 山川町 | リンク |

12月30日 (大隠太陽暦 11月21日)  日曜日   曇り

朝、3時半起きで出発し、
兵庫県和田山の竹田城へ、
仁木さんと勢川さんの3人で登山ということで出かけた。
竹田城は虎臥城とも呼ばれ、景観から「天空の城」とも。
標高353メートル。だけど登山。
もともとは山名宗全の家来だった大田垣がその基礎をつくり、
最後の城主・赤松広秀が完成させたものだが、
彼は関ヶ原の戦いで西軍(石田三成方)についたため、
1600年10月自刃して果てる。
そして廃城になってしまう。


そんな数奇な運命をたどった城だが、
確かに残っている石積みの基礎はほぼ当時のまま。
信長の安土城と同じ工法で作られていて、
平面になっている頂上は見事な平面構成といわれている。
頂上平面は南北400メートル、東西100メートルに及ぶ。
桜の木がたくさん植えられていて、
春は花見客が押し寄せるという。

季節の動きに合わせて華麗な景観の変遷
春には但馬吉野の立雲峡を眺め
夏には天空に輝く幾千の星を眺め
秋には雲海に浮かぶ舟の上で
(この時期には山の周囲に丸く霧がたちこめ、頂上は雲海に浮かぶ舟のようになるからだとう)
冬には一面雪景色の中で
楽しめる全国屈指の山城遺跡です。

写真・城の基礎の石積み 
 

写真・城全景


帰りには、城下町・出石町へ寄り、そばを食べた。
出石は竹田城の説明にも登場した山名宗全が但馬の守護となり、
応仁の乱を起こしたことで有名。
出石神社が古事記、日本書紀にも登場するという
日本でも最高に古い町の一つである。


度重なる戦争で栄枯盛衰を繰り返すが、
有名なソバは江戸時代に国替えで、
信州上田の仙石氏がソバ職人を連れてきことに始まるという。
古い町並みが保存されていて、
狭い町の中心部に50余軒もの手打ちそば屋が甍を競う。
どこも小皿に一口分だけ盛って、5皿で800〜850円。
15−20皿ぐらい食べないと、食べた気がしないほど。

写真・出石そば

12月28日 (大隠太陽暦 11月19日)  金曜日   雨

記憶にないが、何年ぶりかで大掃除。
といってもエアコン(3台)、換気扇、ダイニングの壁の油汚れ、とあとちょっと。

大掃除用品が入っている戸棚を探っていたら、
奥のほうに、「植物性だが、よく油汚れがおちる」という広告に釣られて、昔通販で買った洗剤があったので、それを使うことにした。
そしたら、これがよく油汚れが落ちる。
ガス台近くの壁紙などは油でぬるぬるしていたが、
スプレーでシュ−とやるだけで、
油が盛り上がってドンドン落ちてくれる。
あとは乾いた布で拭き取るだけ。
壁紙を張り替えないとダメかな、と思っていたが、
そんな必要はなくなった。

そして終わったのが、なんと夕方5時。
始まったのが・・・・・・11時だったから・・・・・・・。

ほんとうに疲れた!!!!!!!!!!!

藤田商店という産廃業者の広告を見ていたので、
電話で不要品の引き取りをお願いしてみた。
使えなくなった足踏み脱穀機、
壊れたモミ摺機のエンジン、
歩行型代掻き機械の前輪、
壊れた足踏み空気入れ、
壊れたリヤカーの車輪、
同じく一輪車の車輪、
ガソリンスタンドでもらった一斗缶類、・・・・・・・・・・とまあ、
役所のゴミ収集から除外されている農業関連の壊れものばかり。
「すません、収集にまできていただいて・・・・・・・・・」と小さくなって、お願いしていたが。
帰りになって、300円払ってくれたではないか。
「また不要品がありましたら、電話ください!!!」とまで。

役場の廃棄物センターには、
自治会長のサインまでもらって、
自分で搬入しなければならないが、
電話一本でとりに来てくれて、
300円ももらえるなんて!!!

農村で、農業やっていると、この種の不要品が結構ある。
ところが、役場では引き取ってもらえない。
関係業者に引き取らせろという。
だが、今回のように、このような業者はなかなか見つからない。
だからほとんどの農家は
竹やぶの中、山道脇の斜面からころがして捨てる。
だいぶ昔の話だが
「山で拾ったから、あげるよ、いらないか?」といって、
冷凍庫、コンテナを友人からもらったことがある。

んな宝の山はたくさんある。
いま、四国88カ所遍路道を世界遺産に登録しようという運動があるが、
山の中の崖下など、まさに宝の山。
だが、いま、さまざまなボランテア団体が掃除作業をしているが。

12月27日 (大隠太陽暦 11月18日)  木曜日  晴

今日は春のような暖かい一日。
アメニテイセンターのホームページが
やっと衣装を身にまとった、という感じに。
自画自賛の自己満足かもしれないが、
「人が躍動するホームページ」の出発だ。
ここでの今年の仕事は今日が最後。
今月までの利用状況や予算執行状況を教育委員会へ文書で報告して終わり。夕方全スタッフ(5人)で
コーヒーとケーキだけで30分間の忘年会。


徳島新聞23日の朝刊に「限界集落」対策という見だしを発見。

ボクは「限界集落」という文字に
異常に反応するクセができてしまってる。
脱サラして兵庫県和田山に入植した
大森昌也さんが「限界集落」に入って農業をはじめ、
自給自足の暮らしをはじめたのだが、
大勢の子ども(多分5−6人)たちがみんな元気に育ち、
結婚して部落の周辺に暮らすようになり、
すごく評判がいいからである。
大森さんのおかげで、廃校寸前の学校が蘇った!!
また、彼の生き方に共鳴した若者の就農もあったし。

この集落には若者の入村があったのである。

限界集落とは65歳以上の高齢者が
住民の半数以上になった状態をいうのだが、
新聞の記事はその対策について書いたもの。

なんか・・・・・・識者が集まって会議し、
どうしたらいいか、の話し合いをしたらしいのだ。

日本という国はすべてそうだが、
関係者を集めての対策会議をしないで、
無関係な有識者という何も知らない識者だとか
公務員を集めてしかやらないという習慣があるみたいだ。

徳島県でも新規就農とか県外からの
アイターン促進会議にしても同様だったし。
そしていたづらに無意味な金を浪費して、
いつのまにか対策は消えて終わる・・・・・・・・・。

だが記事を読んだかぎりでは、
外からゼニ(支援対策費という税金)と
サポーターという人が来て応援するというものばかり。
応援されるほうは,ヨタヨタのじいさんばあさんばかり。
ゼニがきたり、サポーターがきて何かを手伝ってくれたとしても、
ゼニの切れ目が縁の切れ目だし、
人だって夕方のになれば帰っていってしまうし・・・・・・・・・。
誰もそこに居ついてくれるわけではないので、
「住民の半数が65歳以上」という条件は対策の前も後も変わらない。

ふざけた言い方をすれば対策前、対策後、なんにも変わらず。
それどころか、対策を持ちかけた方は
「なんらの効果が得られないから、絶望感がのこり」
住民側は「急にさびしくなったなー」というところ。
そこには以前よりもさらに深刻な限界集落だけが残る!!!!!!!!

こんな無駄なことをしても誰も反省しないし、
成果なくても誰も責任はとらない!!!!!

ボクは大森さんみたいに、
移り住んでくれる人を一人でも二人でも募集して、
そこに住んでもらうしかないとおもうのだ。
でなければ、こんな無駄な「限界集落」対策なんかしないほうがいい。
脱サラ新規就農の人を捜したほうがはるかにいい。
経費効率からみても・・・・・・・。
実際に人が増えて、そこでの暮らしが始まるのだし・・・・・・・・

特別立法の過疎法の結果をみたらいい。
過疎対策でどれほどの金がつぎ込まれたことか。
だが過疎はとどまるどころか、
過疎化の速度が弱まるどころか、
進行するばかりではなかったろうか。
お役所的発想での過疎対策だの、限界集落対策など、
しない方がいいのだ。
どんなことをしても過疎は進むのだから。

こんなこと書いたのも、
わが家があるところも小さな集落、
まさに限界集落そのもの。
だが、町全体としてはまだそうではないので(でも農村だからいづれあぶない!!)、
全体の力でなんとか助けられているが・・・・・・・
ところが知り合いの新規就農の若者二世帯が、
名実共に「限界集落」の隣村のど真ん中に暮らしているのだ。
そして間もなく、もう一世帯が入村する。
ここの村にはこういう若者を呼び寄せる精霊というか女神様が住んでいるのだろうか・・・・・・・。
この村の秘密を探るのも「限界集落」対策のキーが隠されているのかも・・・・・・・

12月26日 (大隠太陽暦 11月17日)  水曜日  晴

市場町へ脱サラ規就農した宮崎さんが
イノシシの肉をもってきてくれた。
彼はまだ40歳にはなっていないはず。
罠の狩猟免許をとって、仕掛けておいたものにかかったのだという。
だが発見が遅れて、
死んでいたとか。
その肉だが、味は・・・・・・・・
美味しければいいな・・・と願う。

ボクもなんどか免許をと考えたことがあるが、
分で殺して皮をはいで、肉をとるという作業が恐ろしくて、
しりごみしていた。
彼は自分でそれをやった!!というのだから、
エライのひとこと。


最近1ヶ月間の新聞で気がついたが、
アメリカの農家(トウモロコシ)は
バイオ燃料需要の増大で穀物高、
その勢いで収入が過去最高になったとか!!!!!!!!!
ところが日本では
前年比で5−6%も収入減。
兼業農家のことではなくて、専業農家のことだ。
特に米価の下落で、政府が推進した大規模農家ほど打撃が大きいとか。

ボクは、日本では農業の大規模化はしないほうがいい、と考えている。
国際競争力をつけるためには、
規模でおいつかなければならないというが、
そんなこと、逆立ちしてもできるわけがないからだ。
日本の大規模農家の20ヘクタールとか30ヘクタールなんて、
欧米ではガーデン(お庭)扱いだからだ。
競争では必ず負けるし、
その損害はまさに夜逃げ規模なのが、
わが国の状況ではないだろうか。
そんなら小規模でちまちまやって、
地域自給にガンバる隙間産業みたいにしていたほうがはるかにいい。
農家にはそれぞれの暮らしがあることを、
評論家諸子は忘れないでほしいのだ。
無人のただの産業ではないから。

12月25日 (大隠太陽暦 11月16日)  火曜日  曇り

22日からズーッと休んでしまった。

23日
NPO元気やまかわネットワークの主催事業
「吉野川が育てた藍文化の歴史と未来」と題する講演会があって、
一日中拘束。
480人収容できるホールを使用したのだが、
入場者がすくなく、100人ほど。
先日800人も入る徳島市の郷土文化会館で
県内の人形浄瑠璃座全員集合という大イヴェントがあったのに、
100人ちょっとという寂しい客席。
しかも県が主催だから、
莫大なお金をかけているいるはず。

徳島県で馴染み深い
人形浄瑠璃とか
藍とかだと、
飽きられて集客力がなくなってしまったのだろうか??
徳島市という県都でもそうなんだから、
まして田舎の山川では、という印象は否めない。

24日
年末で、大型のゴミ、というか
もう使わなくなった農機具などの処分品をまとめる。
コキ部分の大部分が欠損している足こぎ脱穀機、
手押し耕耘機の代掻き用幅広車輪、
納豆作りのために試作して一度も使っていないヒヨコ電球使用の保温セット、
古い脱穀機のガソリンエンジン、
などを倉庫の2階からおろしたりの仕事。
この種のものは役場の施設では引き取ってもらえないので、
民間の産廃業者のところへ持っていくことなっている。無料で。

昼すぎからマイケル・ムーアの「シッコ」というアメリカの保険医療制度を告発した映画を見に行った。
アメリカの保険医療制度は貧乏人に冷たい、どころか、
病気になったらもうダメというひどいもの。
仕事で指を2本切り落としてしまったという製材業者。
病院へ行ったら、医者から中指は00円、
薬指は××円、
両方直すを△△円と言われた。
値段は中指よりも薬指の接合のほうが安かったので、
お金がないし、薬指だけ直してもらった!!!!!!!
というおじさんが実名で登場。
ある入院中の女性は、
貧しくて、治っていないのに、
もうお金は払えませんと言ったら、
すぐに無理矢理タクシーに乗せられて、
貧民窟の前の道路に放り出された!!
すべてが万事、アメリカの医療はこんなふうだという。

イギリス、フランス、カナダは無料で国民すべて安心して病院へいける
という内容。

ボクの感想だが、
日本は猛烈な勢いでアメリカ型へ突進している感じ!!!!!!!
すでに来年から高齢者にはものすごい寒波が押し寄せる。

だがこういうことを推進している多数の議員さんたちを
日本人は投票して当選させているのだから、
「ほんとにお前ら日本人はバカだ」と
マイケル・ムーアに言われているみたいだ。

映画の入場者はチョボチョボだった。多分50人!!
徳島に引っ越してから、映画館へは200回近く足を運んでいるが、
席が埋まっていたのは・・・・・・・
もしかして・・・・・・一度もない!!!!!!
ひどい時などは7−8人という時もしばしば。

この映画を見るために久しぶりに徳島市へ行ったのだが、
クリスマスイブということもあってか、
若いカップルがいっぱい歩いていた。
若い女性では股下2−3センチという
超短いジーンズのパンツ姿が目立っていた。
先月東京へ行った時も目だったので、
今や流行まっただ中なんだろうと思う。
だかこのファッションでハイヒールを履き、
背中を丸め、膝を曲げたまま歩く姿は、
非常にみすぼらしい!!
魔法使いのおばあさん!って感じ。
だが、背骨をピンとしないで歩く女性がなんと多いことか!!!!!!!!
男の子はほとんどすべてが姿勢悪い。日本の未来が怖い。

夜は赤星さん夫妻とともにクリスマスイブの晩餐。水炊きだけど。
でも楽しかった。

そして今日。
3日も日記を書かないと、忘れ物をしたような感じだが・・・・・・・・・そして、自己嫌悪に陥る。
アメニテイセンターへ出勤。

役得というのだろうか、貴重なものを見せてもらった。
新しく天皇が即位する時に献上するという
「あらたえ」を織る「織女」が着る衣装(赤い袴と白のうわっぱり)、
献上「あらたえ」のレプリカと麻の糸、
今は途絶えてしまっているが、山瀬地区で織られていた
「山崎かすり」の実物と「藍玉」、
「研究資料」などだ。
また平成2年(1990年)11月12日の
「今の天皇即位式」を報じた徳島新聞11月13日付けのものも。

これらの品々は来年1月27日にアメニテイセンターで催されるフェステイバルで公開されるが、多分これが最初で最後かも。

12月21日 (大隠太陽暦 11月12日)  金曜日  晴  

ゴミだらけの大豆をトウミにかけて、
だいたいのゴミは除去できたが、例年のように最後は手作業だ。
カメムシ、ハスモンヨトウムシの大発生で虫食い、病気の粒がいっぱい。
これらはトウミでは除けないので、
シートを敷いて手で一粒一粒拾って捨てる。

虫食いは歯形があって一目瞭然だが、
病気の粒はしわだらけでしかも色が淀んでいる小粒が多い。
そうとうに頑張ったが、5−6キロぐらいしか進まない。
あと3−4日はかかりそう。
また選別しても、見た感じ「30%は変形の粒」を含んだものになりそう。お店では美しい無傷の豆が袋詰めで売られているが。
わが家のものはとても粒で販売できるようなものではない。
味噌や醤油になるのだから、問題はないのだが・・・・・・・・・・

とうみの映像

今日の朝日新聞に驚くような小さな記事を発見。
06年の新規就農者数は74520人で前の年にくらべて、
5.6%も減少した!と。
農業といっても農業会社に雇われた人が6510人、
これもプラスすると81030人。
でも次第に減ってきているという。
農業人口の高齢化が進んで、
都市からの新規参入農業人口の増大が期待されていたのに、
頭打ちになってしまったようだ。

16日の日経には、もの書きにとって聞き捨てならない記事が特集されていた。
出版業界はもっともヤバイ業界の代表格なんだそうだ。
毎年縮小しつづける市場(本を買って読む人が減っている)
中小書店の激減
物書き志願者の増大(日本は読む人よりも書く人のほうが多い、なんて言われている)
新刊点数の増大(出版社は下手な鉄砲も数撃てば当たる・・・・・・と考えている)
読者と発行部数は減る一方(活字離れ、インターネットへの移行)

作家さんからみると
なかなか本にしてもらえない(ボクみたいに)
本になったとしても刷り部数は少し(部数は印税の基礎になるから、印税収入は少しになる)
それでも売れるかどうか不安だからと印税率が値切られる(最近は初版は印税なしが増えている)
ということになる。

ここで「来年2月に新刊がでることになった」と公表したが、
こんなことボクにとっては奇跡に近い。
ありがたい限りでもある。(帰園田居という内容の本。だがタイトルは変更される)
時々、自費出版!!という考え方が浮かぶことがあった。
超大ベストセラーになった
「佐賀のがばいばあちゃん」
「竿竹屋はなぜつぶれないか」はどこの出版社でも相手にされず、
自費出版したもの。
それを著者がかかえて
都内の本屋さんを巡回して店に置いてくださいませんか、
と頭をさげて頼んであるいたという。
それがいつしか売れるよなり、
それじゃーということで出版社が版権を買い取って、
通常の本屋の本になった。
だから今の世の中、どんな本が売れるかプロでもわからない!!

しかし、そんな例はボクからみると例外中の例外みたいだし・・・・・・・・・・