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12月20日 (大隠太陽暦 11月11日) 木曜日 晴
夕べ、NPO元気やまかわネットワークの忘年会。
場所はボクの大好きな店
「マータラ」(山川町の中程、国道192号線沿いにある)。
スリランカ人がオーナーシェフ(日本語できる)。
多少日本人の味覚にあわせたスパイスが絶妙で、・・・・・・・・・・
カレー、唐揚げがボクの好物。
4人で店にはいり、それぞれが違ったカレーを注文すると
ご飯は中央にドーンと盛られ、
小さなボールに4種類のカレーがくる。
だから4種類のカレーを楽しむことができる。
夕べは、飲み物別会計、一人4000円、
ということでやったのだが、
その料理の多いこと、多いこと、・・・・・
その上すごく美味しい。
鍋の汁が、適度なスパイスで、めちゃくちゃ美味しい。
こんどくる時は汁を持って帰れるようなウツワ持参で・・・・・・・・・。ふだんダイエットしてる人も今日だけは別、
とたらふく食べて、それでも余る。
ほとんどが熱処理のものなので、主婦の人はパックで持ち帰り。
スリランカ料理という看板だが、スパイスの使い方がほんとうに上手だと思う。
二次会は隣市・阿波市のカラオケスナック。
ママさん(もう孫もいるというが、
ボクの感じでは20歳台後半、可愛い小柄な美人)
は帰国子女だったらしく、
英語、中国語も堪能だとのこと。
すごくいい雰囲気の店。
もう1年以上もカラオケしたことないので、思い切り歌ってしまう。
国際電話料金がやすくなるという
「ブラステル」というものに、
2000円をローソンから払って登録した。
まあ、プリペイドカードのようなもの。
この案内パンフレットはマータラでもらったもの。
オーストラリアまで電話して1分25円というから、
普通の4分の1だ!!
今回ははじめてなので、2000円だけ払いこんだが、・・・・・・・・・・
ボクはどうもこういうものを疑ってかかるクセがある・・・・・・・・・・・
試してみて、本当にこんなに安いのだったら、
もっとお金を払いこんでもいいのだが。
12月19日 (大隠太陽暦 11月10日) 水曜日 晴
アメニテイセンターは休館日。
大豆。虫にさんざんイジメられ、
熟すのも遅く、実もわずかという3畝の畑の分、
ハウスに掛けて干してあったが、
やっと乾燥したので、実だし作業。
やはり少ない。
その上いじけて変形した粒がたくさん。
収量も5キロはなさそう。
あとはトウミでゴミを吹き飛ばす作業が残っている。
今日終わらせようとしたが、夕刻になってしまい・・・・・・・・。
トウミ作業を残して、今年の大豆作業は終わったのだが、
収量は散々な結果。
来春、そして初夏に、味噌、醤油の
仕込みをすることになっているのだが、
最低でも10キロは不足しそうだなー・・
なんて考えて悲観していたら、
なんと保冷庫の中に、
昨年のものが約10キロ以上残っていたではないか。
醤油向けの小麦もあるし、
来年も主たる調味料の自給は安泰だ。
わが家の正月の雰囲気は、子供たちや親戚、
「わが家のモチでないと」というお客さんへ送る
モチつき、切り、袋詰め、そして発送という仕事をして、
はじめて「もうそろそろ今年も終わりか・・・・・・・・
あとすこしで正月だな・・・・・・・・・・」と感じる。
スーパーへ行けば500円、1000円の玄関用しめ縄がたくさん売っているので「あー、正月かー」とは思うのだが。
いよいよ、年賀状の準備だ。
昨年同様に、こってり、ぐだぐだ、たくさん書いた。
プリントが終わったので、宛名書きだが・・・・・・・・・・・。
「こってり、ぐだぐだ」を書くにあたって、
今年一年の総括をしてみたが、
印象は「ボクは死に急いでいるのだろうか」!!!
「後顧の憂い無く、やりたいことを残さないように」
と言ったほうが、正確かな。
こんなこと考えるのも、周囲で死ぬ人がいて、
しかも自分よりも若い人が亡くなったりして・・・・・・
弱気なっているのかも。
その裏返しで、いろいろなことをたくさんやりすぎて・・・・・・・・
どうも年末はおセンチになっていけない。
12月18日 (大隠太陽暦 11月9日) 火曜日 曇り
早朝、庭に出て畑をみたら、
昨日トラクターが走ったあとが、真っ白な霜景色に。
以前はでこぼこ、くさだらけで、霜に気がつかなかったのだと思う。
吉野川市アメニテイセンターのホームページが
ようやく体裁がととのい、
順次おもしろニュースを書き込めるようになった。
吉野川市アメニテイセンターは
市民会館みたいな貸館なので、
面積、テーブル椅子などの施設、料金などを書き込んでおけばいいのだが、山川からのさまざま情報発信の中心的な存在にしようと思っている。
活躍している人たち、いろいろな施設の紹介、文化的な遺産や文化財の紹介、カラオケ、詩吟、大正琴、コーラス・・・・・・・・・・など、で活躍している団体や個人、・・・・・・・まあ
ここをクリックすれば、今の山川なんでもわかるよ、というものにする予定。
発表されてからだいぶたつが、
来年度の減反・・・・・・・・・
またまた39万トン減らす!!!
田んぼの面積にすると10万ヘクタール!!すごい。
コメの消費量が年々1%も減っているのだそうだ。
ボクは農村に住んでいるが、周囲を見回してみても、
メシ食わん人ものすごく増えているしね。
お上品に「パン」。
この路線はどんどん進みそう。
これには、人口構成の高齢化も関係あるとボクは思う。
農家やっていて、メシ メシ の暮らしなのに、
1回に食べる量が70歳ともなると、グーンと減ってきたしね
小さなご飯茶碗にすり切り1杯程度になってしまっているもんね。
若い人はパン食に、老人は小食に・・・・・・・・・・
そして瑞穂の国はパンの国へ。
「故人の意思を受け継いで、
みんなで協力しあい、
この事業が衰退しないように、いや、
さらに発展するように頑張ります」なんていうことはよく聴く話だ。
ちょっと違うが、
ある郷土史研究の第一人者と評されていたAさんが亡くなって
数年になるが
「Aさんを失ったことは当村にとって、絶大な損失である。
氏の研究は当村だけにとどまらず、
市、県の歴史研究にとっても重要な地位をしめていた。
われわれは氏の業績を受け継いで、・・・・・・・・・・・・・」
と葬儀にあつまった多くの郷土史研究の仲間
誓い合っていた・・・・・・・・・が。
数年が経過した。
そのうちの一人に会った。
「いやー、人間死んだら、なにもかもおしまいだよ。
彼の死とともに、みんな消えたよ」
だって!!!!!!!!!
しかし、これって、この場合だけではないと思った。
地域起こしで頑張ってきた人が
継続してやっていたことが、消えた!!
あのとき、誰もが今後も続けていこうな、
と言っていたのに・・・・・・・・
こんなことを見聞きしていると、なんだか空しくなる。
ボクは本を出版するたびに
「日本の農業の将来を、しょいこんでいるかのような気負い」があった。
農村は高齢化して、疲弊している、
そこへ都市からの新規就農をうながして、
農業再生の一助にでも・・・・・・・
日本の伝統的な食品に、大豆は欠かせない、
だがほとんどが輸入、なんとかしなければ・・・・・・・
なーんて・・・・・・・・・・
だが、こんなの所詮ごまめの歯ぎしりなんだ
ということを数年前から悟ってはいたが、・・・・・・
最近ではそんな気負いもなくなり、
周囲のアクテイブな人の死に直面して、
どんどん気負いが失せていくのを痛感している。
自分のため、それも自分の気休め・・・・・・・・・
そんなひどいことを言う人がいた。
12月17日 (大隠太陽暦 11月8日) 月曜日 曇り
天候不順でなんども順延してきた
田んぼ、畑の耕運作業を9時前から始めた。
田んぼ3枚で2反がやっと午前中で終わり、
午後から、元大豆畑2枚をやる。
畑に放り投げてあった、大豆の殻も「押し切り」で切ってちらす。
茎が枯れてしぼんだサトイモに
籾殻、わらなどをかぶせる。
こうして置くだけで来年4月まで腐らない.
掘り出して、穴などに入れて保温すると半分は腐るのだが。
トラクターのエンジン音が響くと、
ムクドリがたくさん集まってきて、
土から飛び出したおけら、ミミズ、その他の虫を食べていたのだが、
寒くなったせいか、彼らはもうこない。
替わって、胸がうぐいす色のセキレイみたいな小鳥が数羽きた。
度胸のすわった鳥で、トラクターの車輪のすぐそばまで来る。
年賀はがき作り。
例年パソコンで作っている。
わが家の年賀は一昨年から、ごちゃごちゃたくさん書く形にした。
「謹賀新年」「賀正」など通りいっぺんの
「おめでとう」だけでは
「誰から来たか、の差出人を確認するだけ」
という無味乾燥のものばかりだから、
せめて自分のものだけでもじっくり読んでもらえようなものにしたかったから。
「ごちゃごちゃたくさん書いた」年賀は
従来、3人の人が送ってくれていた。
読んでいて、「あー、この人はこういう人で、
こういう家族で暮らしているんだ!」
と心温まる印象をもったから、まねることにしたのだ。
帰園田居(第34回目)
巨大ヘビのアオダイショウ殺し体験の時もやはり感動と感謝の体験でした。
農村に暮らしていると、どこの家にもだいたいアオダイショウはいるんですね。ネズミがいそうな穀物倉庫とかに。
ある日、畑で草取りをしていた時に、キー、キーという低いが悲しげな動物の悲鳴が聞こえてきたんですよ。生きものの鳴き声は普段からいろいろ聞き馴れてるから、初めは気のせいだと聞き流していたんですよ。だが、二度三度と聞こえてくるので「もしかしたら、ウサギが?」と不安になって、急ぎ足で鶏小屋へ行ってみました。鶏小屋はなんでもなかったんですが、隣のウサギ小屋で、大きな大きな蛇が子ウサギの胴体をぐるぐ巻きにしていたんですよ。蛇の胴の太い部分は五センチもありそうなアオダイショウだったんです。胴体の下半分ぐらいでウサギを三重四重に巻きつけて、上半身は勝ち誇ったように高く背伸びし、首を左右に動かしているじゃありませんか。子ウサギはわずかに頭の一部しか見えないのです。
反射的に「ウサギを助けてあげなければ」と倉庫へふっとんでいって、「高枝切り」という柄の長いハサミを持ちだしてきたんです。これは手の届かないような高いところの木の枝を切るハサミで、柄の長さは二メートルぐらいあるんです。先端のハサミの刃先をいっぱいに開いて、アオダイショウの首を挟みつけようとしても、顎がはずれんばかりに口を開いてハサミに立ち向かってきました。数回のジャブのすえ、アオダイショウの首をガッチと挟みつけて、挟んだ首がはずれないように手元でロックしたんです。こうすると、直径二センチぐらいの木の枝ならば切れてしまうんですが、アオダイショウの首は切れないのです。口をバックリあけて、苦しそうにもだえていいる感じ。子ウサギを締めつけていた下半身がゆっくりと緩みはじめたので、外へ引きずりだした。それでも子ウサギを締めつけたまま、放そうとしないんです。高枝切りを振り回して子ウサギを放させようとしたんですが、ヘビがあまりにも重すぎて持ち上がらないので、別の棒で突っついて、三-四分後にやっとヘビはダランと伸び切りウサギが放されたのです。だがその時すでに子ウサギは窒息し絶命していました。
12月16日 (大隠太陽暦 11月7日) 日曜日 曇り
徳島で見れない映画を見る会例会で
「街の灯」というフィンランド映画をみた・・・・・・・・・・。が・・・・
男女をとわずほとんどすべての俳優が
ヘビースモーカーで、
スクリーンは煙だらけ。
タバコに弱いボクは場内にまで満ちてきた煙で咳き込むしまつ。
煙が気になって、筋はあまりわからない。
職場で同僚とコミュニケイションもできない
しんねりむっつりのめちゃくちゃネクラ青年が、
近づいてきた美女(実は宝石強盗団の手先)にヒッかかって、
犯罪に落とし込められ、監獄へ。
しかし、犯罪動機がないために、
すぐに釈放されて職にありつくが
ふたたび同じ犯罪グループの手によって職場を追われる。
そんな彼を路上で焼きウインナーを売っている女が、手をさしのべる。
まあ、しごく単純で面白くもない映画。
それにしても、フィンランドはほんとうに、
あんなに、喫煙人口が多いのだろうか????
監獄の囚人までも、ヘビースモーカー!!!!
昨日のピアノ演奏会はNPO元気やまかわネットワークの主催なので、
なにからなにまで自前のスタッフがやらなければならず、
ボクもあちこち、うろうろ、すたすた、今日になって疲れがでてきた。
映画から帰ってきたら、急眠くなる。老人の疲れは眠くなることなのだろうか。
帰りに、ウインナクラブという店で、珍しいものに出会った。
「活・海ぶどう」。
説明書にはどういう場所で採れたのか書いてなかったが、
見た目、食感ともに海藻の一種みたい。
写真を撮るという事をすっかり頭から失せていて、
映像はない!!!!!!!!
ブドウというよりも雑草のオオバコの花に似ている。サイズも。
色は海藻みたいで、水につけたワカメのような色。
醤油、マヨネーズ、ドレッシングなどで食べてみたが、
プチプチしていて、スコブルつきの美味。
だが値段が安くない。そうとうな祝い事でもないと買えない。
それにしても美味しいもの発見したもんだ。
人生70年。いいモノに巡り会えたという感じ。
NHK教育テレビ、夕方6時から、
「日曜フォーラム・農村環境と景観は守れるか、
荒廃する田畑と限界集落、都市との交流で地域を再生」という番組があった。
司会が合瀬解説員、
パネリストに作家の立松和平(農業・農村問題にあかるい)、
女優の岸ゆき(農村にも家をもって、女優しながら菜園もやっている)、
山崎洋子(福井で肥育牛農家してる)、
東大の鈴木教授(この人は話を聴いていると今の政府の農政に反対みたい)。
農村はどんどん廃れていく、高齢者ばかりになっていく、
どう立ち向かうか、
というようなことだったが、
でてきた話は都市の人たちが、
農村へ行って交流をかさねて、農業への理解を深める・・・・・
ドイツのある村と浜松市の一社、一村運動の紹介がVTRで。
いい番組だとは、思う。
だがどのパネラーも農村がこのようにして、
どんどん廃れていく、なんとしなければ、
ということでは歯切れのいい話をたくさんしてくれるのだが、・・・・・・・・・
徳島でも農村に都市住民を呼んで、
いろんなイベントをやった事例はたくさんあるが、
すべての農村側が
「こんなばかばかしいこと、もう金輪際いやだ。
骨折れて、気ばかりつかって、
ただでいろんなものあげなければならなくて、
茶菓や食事の接待でへとへと」という感想ばかり。
農協や行政がやると、だいたいこんな結果。
だが有機農業の農家は自分の直販のお客さん中心との交流だから、
ぜんぜんそんなことはなく、毎年続いているのだ。
山崎さんは別にして、
出席者は現状の農村の実態を知らなさすぎる。
そんな人ばかりを人選したNHKにも問題がある。
「今の農村には、行政や農協の力抜きで、なにかを起こせる気力、実力などまったくない」
「そんな農村にむりやり都会からいろいろな人たちを連れ込んで来ての都市との交流」そして
「これだけ集まったから、大成功だ」
などとバカみたいないってる。
これが今の行政や都市の人たちだ。
農村に都市と対等に付き合えるだけの実力をつけないと、
交流は、都会人のいいとこどりで、
農村だけが一方的に損するということをまず知ってほしい。
先日も上勝村、美郷村などでの町おこしの仕掛人と話をしたのだが、・・・・・・・・・
ボクの提案は
「村の元気化をやってみたいという青年を全国公募し、
公務員として、人口1万人あたり3−4人を市町村役場に派遣し、
この仕事だけを専門にやっもらうこと・・・・・・・・」
地産地消、食べ物の自給、休耕農地の有効利用、都市の若者などが移住してこれるような環境作りなどをテーマに活動させる。
乱暴で、唐突な提案だが、
18年農村に住んで、いろいろやってみて、つくづくそう思う。
12月15日 (大隠太陽暦 11月6日) 土曜日 曇り
昨日、近所のお年寄りがなくなって、今日は告別式。
わが家が所属している班の人なので、
主たるお手伝いはわれわれでやらなければならないという。
従来のお葬式は集落の世帯全部が集まって、
集会所や故人の住まいで、
なにからなにまでやっていた。
ところが、近所に葬祭場ができてからは、
そこを利用するようになり、
従来型の葬式をする人がいなくなった。
葬儀行為は一種のコミュニケイションの場でもあったので、寂しいなー。
だけど楽でいい、というわけで、遺族も集落の人たちも納得してしまっているという感じ・・・・・・。
もちろんボクもそんな風潮に慣れてしまった一人だが。
やはり、葬祭場・セレモニーで。
わが班には動ける男性が3人しかいない。
受付業務などは女性ではだめなんだそうだ。
この日は、勢川さんたちから、「仁木さんの山へミカン狩りに行くから、来てよ!!とのお誘い。そんな女性たちからの誘いなので、「行きたいな。しかも仁木さんの山だし」・・・・・・・
だが。・・・・・・・・・
今日はアメニテイセンターでピアノ演奏会があり、主催者でもあるので、出棺が終わったらすぐに戻らなければならない・・・・・・・・
慌ただしい、ー日だ!!!。今日は。
久しぶりに聴いたピアノの生演奏、じつにすばらしい。
ラ・カンパネラはCDでちょいちょい聴いているが、
CDで聴く一流演奏家の演奏よりも、
迫力があって、ズーツと感動した。
地元高越山の言い伝えに、天狗伝説がある。
その民話を素にして作った子供と大人の踊りがすばらしい。
葬儀の時にいっしょに受付をしたKさんに
「今年、もうイノシシにやられた?」と聴いたら、
「今年はコメ作るのやめたよ」と
毎年のように彼の田んぼはイノシシに荒らされて、
ほとんどコメが採れないという状況が続いていた。
ボクは檻に入ったイノシシを、
高圧電極で失神させ、
短刀で心臓を一撃で突き刺すという方法しかみていなかたので、
それ以外の方法があれば聴いてみたかった。
5−6ミリの鋼鉄製の罠に足を引っかけて捕まえた場合
「罠がつながっている木の周りをぐるぐると走り回っているから、
太い木刀をもって、
勢いよく人間に向かって走ってくるところを、
前足を狙って、打つ。
これを繰り返しているうちに足が弱ってきたところを狙って、
頭を打って殺すという。
また別の猟師さんは、
昔のサーベルみたいな刀で走ってくるところを突く。
そうしているうちに、
いつか急所に突き刺さって、殺せる、などと。
どちらも針金の罠がゆわかれている木を芯にして
円を描くようにまわって走っているのだから、
怖そうにみえても怖くはないのだそうだ。
すでにイノシシの狩りは始まっている。
そしたら、さきほど、春にドスで刺す殺しを見
ドクター・山本から電話。まもなく新ものを味わえそうだ。
12月14日 (大隠太陽暦 11月5日) 金曜日 曇り
今日も、畑の状態が悪く、・・・・・・・アメニテイセンターへ。
15日に音楽イベントがあるので、その準備。
また町内の文化財については
「この人しかいない」というAさんを訪問し、
天然記念物の船窪ツツジについて取材した。
本の「著者校正」しながら、
登場する人物に掲載許可をもらわないと・・・・・・・・
と言われていたので、
連絡をとれる人には、どういう内容で登場しているかを説明して、
了解を得る作業をした。
すべての人が快く承諾してくれてホッと。
とれない人は仮名に訂正した。
今までは、このような作業はしたことないのだが、
最近の「個人情報の尊重・保護」という風潮から、
ぜひやらなければならいと・・・・・・・・・・
お金儲け以外のこと何かに、一生懸命取り組んでいる人のことを「000000バカ」という。
よく聴く言葉だ。
今日も聴いた。
「町の伝統や文化財を、老骨にむち打ち、私材までも投じて、守る運動をしていて、後世に残しておかなくてはならないんだ」
という人に会った。
文化財を本来守るべき行政からも
冷淡に扱われていたにもかかわらず、
長年の努力で、
ほんの少し、行政も動くようになった。
しかし、いまだに無理解な人たちからは
「000バカ」と言われているという。
ボクもずいぶん言われた。
「サラリーマン辞めて、農業みたいな儲からんバカみたいなことやるなんて!!おまえ、あほちゃうか」
「味噌や醤油、そんなもん家で作ってんのか。そんなの手間じゃー。あほやな。そんなもんこうたほうがやしいでー」
そう言われたとき、ボクはいつも考え込んでいた。
「それじゃ、おまえらは、なんだ?」と。
「人、それぞれじゃないか。オレは好きでやってるんだ」
「あんたらだって、なんかやってるだろ」
「もしかしたら、オレから見たら、それはバカかもしれん」
「高いカメラこうて、金うんと使うて、ろくでもない写真撮って、そんなの無駄!とはオレはおもわん」
「高級ゴルフ用品揃えて、いつまでたってもへたくそ。それでもオレはなんともおもわん」
「腕がダメで、カメラもゴルフ道具も可哀そう!だからそんな無駄なことしてて、ほんまバカだなーとわおもわん」
職場と家を、だたもくもくと往復してるだけで、
趣味もない人がお利口なのだろうか。
そして、ボクは「バカと言われるような人のほうが、
なにも言われない人よりも、はるかにすばらしい!!」
のではないかと、
自問自答しながら自分に言い聞かせている。
12月13日 (大隠太陽暦 11月4日) 木曜日 曇り
今日も、雨がいまにも降りそうな、どんよりした朝。
耕運作業は無理?と判断して、アメニテイセンターへ出勤。
昨日、著者校正のゲラが送られてきていたので、
夜、ガンバッッタが、2割程度しか目を通せなかった。
会館へもってきて、
合間を縫っては校正したり、追加依頼原稿を書いたり・・・・・・
ゲラがくると
「この原稿が、本になって、全国の本屋さんの店頭にならぶんだ!!」という実感がわいてくる。
本原稿を書くようになってから、
3回の喜びがあることを体験した。
一回目は 当社で採用させていただきます、という電話をもらったとき
二回目は ゲラがきた時
三回目は 発売されました、これは著者分献本(10冊ぐらい著者にくれるのです)です、と本が送られてきたとき
今回は二回目の喜び。
というのは、パソコンの原稿から受ける印象と、
ゲラ(裁断して綴じると本になるようにまで、できている)で感じる
印象はまったく違う。
「あー、やっぱり 本になるんだ!!」と。
年に5−6冊も出している売れっ子作家では、
こんな感激はないとおもうが、
平均年1冊では、毎回感動!!!!!!
また会館のホームページのための取材で
和紙会館へ行き、社長と会館担当者に逢って、話を聴く。
3時半ごろには、
なんどか電話でアポをとるも不在だった
薬草の権威である真鍋先生が、
わざわざ会館へきてくれて、恐縮。
さっそく原稿の依頼。
昨日は公民館の館長さんが
文化財守る会の阿部先生ともども会館へきてくれて、
申し訳ない思いをしたので、・・・・・・・・・・・・・・
こちらは明日にでもお伺いしていろいろ聴かせていただくことにした。
またNPO吉野川市文化協会の
事務局長されてる阿部利男さんが来てくれた。
2週間ほど前に勉強させてもらいに
事務局へ伺った時、逢えなかった人。
2月に元NHKアナウンサー・加賀美さんの講演ポスターを
もってこられた。
雑談で「指定管理についてのいろいろ」を話してくれたが・・・・・・・・・
12月12日 (大隠太陽暦 11月3日) 水曜日 曇り 雨
田んぼと畑の耕運・・・・・・・・今日も雨で延期・・・・・・
アメニテイセンターへ出勤
だいぶホームページ作りが軌道に乗ってきた。
予定よりも早くまとまりそう。
できるだけインターネット情報でまとめようと、
怠け心が芽生えていたが、
山川町で経歴などを検索できる人は一人しかいなくて、
結局、直にあって取材しなければならなくなった。
「人が躍動するホームページ」というコンセプトは骨が折れる。
二人と1施設ほどアポなしで訪問したが不在。
だが一つはわざわざアメニテイセンターまできてくれるということで、
非常に恐縮。
代理の人と話すこともあったが、
やはり逢って何でもいいから話をしてみるということは大事だと再確認。
山川町にとって
オンツツジ(ツツジの一種)の自然群生地・船窪のツツジ公園は
象徴的な存在で、いわば町の宝。
これを熱心に守っている人、
そしてその人を中心とした守るグループがある、
そんなことをホームページに紹介しなければ!!
そんな熱心な人々の熱意がやっと通じて、
公民館の前に苗作りのハウスを作るはこびになった。
そんな苦労話をも全町民すべての共通の財産にしたい!!
そんな気持ちでホームページを作らなければと思う。
仁木さんと連絡し合って、30日に
「天空の城・竹田城」への登山をすることにした。
雑誌やインターネットで調べれば調べるほど、
登りたくなる山城・城址。
標高がたったの352メートルなんだが。
急に登山などをすると、
ふともも、すね などの筋肉痛がおこる。
しまなみ海道ウオーキング参加の時に、
同じ参加者から「筋肉緩和剤」という薬を飲むといいよ、
と言われたので、その言葉を信じて処方してもらった。
9日に高越山の中の郷まで登って、
翌日からひどい筋肉痛。
薬の効果を確かめようと、
わざわざ筋肉痛が起きるように、
下山の時になるべく足に衝撃を与えるように歩いた。
思ったとおり筋肉痛にはなったが、
いくら緩和剤を飲んでもぜんぜん効かない!!!!!!!!!
3日たって、まだ痛む。
そして反省。
筋肉痛にならないようにストレッチにはげみ、
痛んできても薬の助けは借りないようにしようと。
あーあ、こんな人体実験をするなんて、
なんとバカなんだろうと自分にあきれる。
帰園田居(第33回目)
タヌキはおおいですね。わたしの目に関するかぎり、圧倒的にタヌキがイタチより多く見かけます。夜の8時以後でしたら、車で外出すると、必ずといっていいほど見かけます。イタチと同じで車の前をサッと横切るのです。そのためか、国道などでは犬猫の轢死体よりも多いですね。
車社会で生きなければならないそんな可哀想なタヌキですが、わが家ではいまのところ野菜などへの害はないようです。それとも知らないうちにわからない程度に柿など食われているかもしれないが・・・
04年の1月だと思うが、イタチを捕まえてやろうと、ニワトリ小屋の前にワナを仕掛けておいたら、タヌキがかかってしまったことがあるんですよ。なにしろ、暗い夜道で、道路を横断するタヌキは何度も見ているが、目の前でまのあたりにするのは生涯始めてなんですから。太り過ぎのネコぐらいの大きさで、毛並みは黒に近い茶色、シッポは太くて長い。耳がツんと立っていて目が真ん丸で大きい。神田うのという女優がいるが、まさに「うのの目」なんです。クリクリして可愛い。そのまま固定して飾っておきたいような「つぶらな瞳」とでもいいましょうか。
その見るからに可愛いタヌキが目の前でワナに片方の前足を挟まれて、多分骨は折れているみたい、わたしをジーツと見詰めているのです。この場合なんと表現したらいいでしょうかね。「おまえがワナをしかけたな、このやろう」と思っているのか「いいところへおいでなさった。なんとかワナを外してくださいませんか」と思っているのか・・・。
とっさのことで、「殺して、タヌキ汁にしたら・・・・・・・・」なんてことが頭のすみっこをかすめたのですが、きらきら光るような瞳に見入られて、助けてあげることにしたのです。その時は。イタチの時は歯をむきだして飛びかからんばかりに「フワアーフワアー」と暴れられたのですが、タヌキはまったく動かず、うなり声もださず、ただひたすらわたしの目を見詰めていたからです。
でも素手でワナを外すなどということをすれば、噛みつかれるという恐怖がありましたので、足を挟んでいるワナのスキマに挟まる程度に細くて長い鉄棒を見つけてきて、・・・・・・いろいろなことを遠隔操作みたいにして30分以上もかかって、やっとワナから足を抜けるようにしたのです。鉄棒を使っての操作ですから、痛みも走るだろうに、驚きもするだろうし、なのに、一言もうならず、暴れもせず、ただただジーッツとわたしの顔ばかり見詰めていたんですよ。信じられますか。わたしですら、なんでこんなにおとなしくしているのか、信じられませんでした。
「このおじさんは、どんなことをしても、かならず助けてくれる。だから多少痛くても我慢しよう、長い鉄棒を持ってきてもワナを外すためであって、自分を叩くためのものではないのだから」と心の底から確信し、わたしを信じ切っていたのではないでしょうか。わたしはタヌキの信頼を裏切らず、助けてあげたのです。
だが、足は抜けても地面につけることはできず、中ぶらりんでした。やはり骨折していたのです。これですぐに逃げ出すとおもいきや、一歩も歩かないのです。軽くお尻を押してあげました。やっと我に返ったように、ビッコの状態で畑のほうへ走って行きましたが、途中で立ち止まり、またわたしの方を見詰めているのです。ワナをはずしてくれた感謝の気持ちをあらわしているのではないかとさえ思える仕草でしたね。きっと、わたしにお礼をしてるんだ!と思いましたが、友人にこの話しをしたら「このやろう、とんでもないことしやがって!」って怨んで、睨みつけたんじゃないの、なんて言うのですよ。絶対に「感謝のおじぎ」だと思うのですが。
このときも、こんなすばらしい体験ができるここでの暮らしはすばらしいと思いましたね。雪ばんばの時もそうでしたが、自然界の素晴らしさを次々と体験させてくれる今の暮らしに感謝感謝です。
実は、ここだけの話し、一度だけ「タヌキの肉」を食べたことがあるんですよ。山川町へ引っ越してまもない頃でしたね。いつもカラオケに連れていってもらっていたAさんのおごりで、美郷村のある食堂でです。店のご主人が狩猟免許を持っていて、自分で捕まえて料理したというタヌキの肉を甘辛く煮たものでした。脂がギトギト浮いていて、肉はコリコリしていて、とても美味しかったんですよ。それが最初で最後でしたが。また機会があれば、食べてみたいですけど。
12月11日 (大隠太陽暦 11月2日) 火曜日 晴
畑、田んぼの耕運をやる予定だったが、
夕べの雨で、土がベトベトになってしまい急遽中止。
アメニテイセンター出勤。
ほんとに、ほんとにひさしぶり!!
南オーストラリア在住の通訳・ガイド・してる片山京子さんからメールがきた。
前回の旅行のおり、アボリジニの集落を訪問して
彼らの話をつぶさに聞きたいと思って、彼女に通訳をお願いした。
普通の観光旅行では絶対に体験できないような旅にしたいとおもったので、アボリジニについて勉強もし、
質問事項もあらかじめ用意した。
また「裸足の一五〇〇〇マイル」という映画も見ていたので、
その内容も復習した。
(映画・裸足の一五〇〇〇マイルはインターネットで検索してください。実話を映画化したもので、1931年のもの。人種差別・誘拐・教化などがテーマ。検索で出てくるのは残念ながら1項目だけだが、盗まれた時代ということで、非常に詳しく書かれていて、映画の背景がよくわかる)
そして、いろいろと思いも寄らないようなことをたくさん聞くことができた。映画で語られていたすごいことも再確認できたほど。
その時の通訳をしてくれた彼女からのメールだったからうれしい。
用件はボクの未公開原稿「ホラダイズ」の件。
なんとか力になってもらえるとうれしいのだが。
「ホラダイズ」のアボリジニに関する部分を転載しておきますね。(以前公開したことがありますが)
私有財産の思想がないから、なんでもとる!そして白人の裁判に・・・・・
太っ腹の南オーストラリア政府の施策も
トムさんの息子さんは町で泥棒の嫌疑をかけられ、
裁判中だという。
日本でいうと軽犯罪法違反程度らしい。
今日はちょうど法廷が開かれる日だといって、
トムさんのかわりにおくさんがアデレードの裁判所へ出かけたという。
弁護士を雇う費用がないので、
夫婦で弁護をしているといっていた。
アボリジニの世界では
「個人の私有(私有財産)という思想がなくて、
すべての物はみんなのもの」という常識で成り立っているのだそうだ。
だから誰かが持っていたボールペンを「貸して」と言わずに、
とってしまうからのようだ。
また自分が使っているものが誰かにとられても、なんとも思わないのだ。
スーパーの棚に並んでいる商品も自分のものと思ってしまい、
「つい盗んで」しまうという。
そういう意識の人たちに私有財産思想を根底にしてできている非アボリジニ人社会の法律を適用されていたのでは、
いづれすべてのアボリジニが監獄行きになるという。
オーストラリアの監獄の半数はすでにアボリジニでいっぱいだと彼はいっていた。
殆どがささいな泥棒の罪だと。
文化が全くちがうのに、あとから入ってきた非アボリジニ人社会の法律が適用されているからだというのだ。
オーストラリア政府は
シドニーオリンピックの演出で華々しくアボリジニを表舞台に引きだした。しかし、トムさんは白人の植民地政策を隠ぺいするための
デモンストレーションではないかと言う。
だから水泳のイアン・ソープさんとならんで、
四〇〇メートル金メダリストのフリーマンさん(アボリジニ)は
競技終了後はソープさんほど、
もてはやされなくなってしまっていると言っていた。
原住民というとボクの悪いクセで、
腰にワラなどを巻いた裸の人を想像するが、
アボリジニはボクたちと同じように
背広、ズボン、皮の靴で暮らしている。
顔をよくよく見て初めてアボリジニと解る程度に同化している人も少なくない。アデレードに行くと大勢逢える。
トムさんの話を聞きながら、
シドニーの博物館で見たかずかずのアボリジニの絵画を思いだしていた。
とくに強烈だったのが、
征服者の言うことを聞かなかったあるアボリジニが
両手両足を縄で四頭の馬がつながれ、
四つに引き裂かれようとしている絵だった。
このような絵を保存、一般展示している
オーストラリア政府も太っ腹ですごいと思ったが、・・・。
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