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背に
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10月20日(大隠太陽暦9月10日)  土曜日  晴

サツマイモを掘り出そうとしたが、・・・・・
なぜか畑はまだグチャグチャ。
来週に延期。
葉っぱの虫食いがひどい。
どうやらハスモンヨトウムシだけだはなさそう。
田んぼにいる蛭みたいに背中に青い線が通っているヤツも来ている。
来週は晴がつづきそうだから、安心して掘れそう。
だが、サツマイモは低温に弱くて
だいたい10度を下回ると腐りだすので、
掘ったらなるべく早く乾燥芋にしてしまわないと・・・・・・・・・。

こんなことしていたら、なんと、朝日新聞の文化欄に
陳舜臣さんが
「サツマイモ海を渡って」というエッセイを寄稿していた。
サツマイモは中央アメリカが原産らしく、
ヨーロッパまわりで東アジアへ伝搬したらしい。
フィリピンから中国に入り、中国から宮古島。
この宮古島に入ったサツマイモは島の外へはでなかった。
すこし遅れて別の品種が入ってきて「唐芋」と呼ばれ、
これが日本本土に広まった、・・・・・・・・と。

ボクも一応それなりの記憶があったので
「陳舜臣さんは慎重に”らしく”という表現を使っているが、
ならば、一つの例だけでなく、
もう一つぐらい、書いておいてくれたほうが・・・・・・・・。
こういう説とこういう説とか、
と紹介してほしかったなーと感じた」ので、
ボクが記憶していた例を・・・・・・

アメリカを発見したコロンブス(だから覚えている!!)が
帰国する時にスペインへ持ち帰った。
そしてヨーロッパに広がり、
いつしか東アジアのフィリピンへ。
そして陳舜臣さんが言うように沖縄へ」
という説と、
ボクが覚えているのは、フィリピンから長崎の平戸へ入って・・・・・・・という説。
またフィリピンから鹿児島に入ってきた・・・・・・・という説も。

そして安くて美味しくて栄養があって、
肥料なしでも育てられてと、
いいとこづくめのサツマイモだったから
西日本に急速に広がったみたいだ。
特に江戸時代の飢饉の時に
暴れん坊将軍・吉宗、大岡越前によって登用された
青木昆陽が関東から東北にまでサツマイモ栽培を一気に広げたという。
中学でも習ったが、サツマイモといえば青木昆陽だし・・・・・・・・・

ようやく人参が食べ頃になった。
この人参は7月23日に蒔いたもの。
この時期に蒔いたものは、
トウ立ちなしで春先まで、
畑に置いたままたべられるというすごい利点がある。
だが、夏から秋に高温が続いたので、
はたして例年通りに春先まで持続してくれるかどうか心配???

今晩遅く、
仲間6人と西日本最高峰の石鎚山へ登る。
ボクだけ飛び抜けて高齢者。
みななに悪いというか申し訳ないというか・・・・・・・・・・・
なんとかへこたれないように、
チーズとか、チョコレートとかを買い、
ゆで卵を作ったり、チーズを準備したりと・・・・・・・・・・・
なんとか、迷惑をかけずに登山したい、
それだけが今の気持ち。黒砂糖も準備した。

10月19日(大隠太陽暦9月9日)  金曜日  雨

藍染め作家の「ふたあい・原田政則」さんのお誘いで、ご自宅へ伺った。
実用的な着物の染色だけでなく、
額縁に入れて部屋を飾るもの、カーテン、
部屋飾りなどのインテリヤ、・・・・・・・・
美術的な要素をふんだんに注ぎ込んだ作品を
次々と発表してきている新進作家でもある。
舞台をかざるような大作までこなす。
プロカメラマンの経験をもち、絵心をももった人で、
藍染めに「美術」を持ち込んだ人でもあろうと思う。

数々の作品群を見せていただき、解説もいただき、
その上、作家としての心意気も伺って、
心に感じるところがたくさんあった。

夕方、いっしょにいただいた夕食とお酒の店
「ちょっとよっ亭」の料理は最高!!
ごちそうになった鳴門鯛酒造の「生原酒」は美味しかった。

今日
あいにく「雨の一日」。ニワトリ小屋のエサ箱作り。
エサ箱は飼っている人によって形はさまざま。
ボクは20センチ 1メートルぐらいの板を長い辺を直角にあわせて、
v字型にし、両端を閉じて脚にする。
上部には糞が入らないように板をかぶせる、という形にしている。
こうして作ると、無駄なくきれいにエサを食べてくれるから。

こんなものを作るだけでも、
昔は厚さ1センチ足らずの板を使っているのだから、
釘が板の横からはみ出してしまうことがしばしばだったが、
今や、こんな細かい大工仕事しても、そういう失敗はまったくなし。
満足のできばえ。

2日前に仕掛けておいた「カニ網」を引き上げにいく。
なんと11杯も入っていた!
今回は上海カニの美味しい食べ方としていわれているように
「カボチャを食わせて数日保存」をしようとしたが、
赤星さゆりさんが来たので、すぐに調理。
唐揚げでご馳走したら「めちゃおいしい」と大変好評。
ほんとうに吉野川のモズクガニは美味しい。

吉野川の水がどんどん減っている感じ。
川底の砂浜や小石の小山があちこちに水の上に顔をだしてきた。
カニ網を仕掛けてあるあたりも、
まるでカニ網が浮き上がって表面にでてきそう。
こんなに水量が減ってしまうと、なんだか恐ろしくなる。

10月17日(大隠太陽暦9月7日)  水曜日  晴

やはり年食った!!
昨日の釣りというかイワシ漁で、
つまり遊びで、非常に疲れてしまった。
若ければその日の晩に疲労感がでるのだが、
年齢を重ねるにしたがって、疲れを感じるのが遅くなるという。
その通りだ。
登山しても、筋肉痛を感じるのが、1日以上は遅い。
そして長い。遊びで疲れるなんて、バカバカしいけど・・・・・
誰に聞いても同じ返事が返ってくるから、
多分高齢者はみんなおなじなのだろうと思う。

やっぱり白菜も全部ダメに。虫に!!!
やむなく、ホームセンターで苗を買ってきてしまった。

不思議なことに気がついた。
山川町の八幡神社の祭りは10月22日。
高齢化がすすむ農村で、屋台の担ぎ手が減ってきてしまっているので、「22日に固執しないで、前後の日曜日に変更したら」
という意見があったという。だが、
由緒ある伝統行事だからできないと・・・・・・・・

京都の時代祭、
鞍馬の火祭り(今月、見物ツアーに行く予定)、
奈良の字太水分神社の秋祭りが22日だ。
なぜかと思って時代祭りの由来を調べたら、
「平安遷都。桓武天皇を祭神にした平安神宮創建」
などの記念日関係みたいだ。
まあ、10月22日は明治に成って首都が東京へ移ってしまったので、京都の誕生日を祝おうではないか!!
都京都、首都・京都の誕生日。

平安遷都というと、誰でも受験・テストを思い出す。
694年・・藤原遷都
710年・・平城京遷都
784年・・長岡京遷都
そして794年・・平安京遷都
懐かしいね。こんなこと、丸暗記したよね・・・・・・・・
この平安京遷都をやったのが桓武天皇。
10月22日の祭典はそんな記念日行事らしい。

種から育てていた
枇杷の苗5本のうち2本を畑に植え替えた。
つまり接ぎ木ではなくて「実生」の苗。
昨年、高知県の百姓市で買って食べたビワがとてつもなく美味しかったので、その種を残しておいて、鉢に蒔いておいたもの。
もう50センチにもなっていた。

隣の人に「なんだ、それは」と聞かれ、
「ビワ」と応えたら、
「今からじゃ、食えるようになるかどうかな??」
「食えるように成る前に、俺たちは死んじまうかもよ」
!!!!!!!!!!!!(その通り!!)
いまや、こんな感じの話が増えてきた。
家の補修をしようとしたら「もう長くないのだから、放っておけば・・・・・・・・」とか。

10月16日(大隠太陽暦9月6日)  火曜日  曇り

田中さんと40日ぶりに海釣りに。
彼は毎日のように海釣りに行っていて、
とくに数日前には大阪から昔の会社の後輩たちが、
釣りをさせてくれとやってきて、
「なんとかして釣らせてあげないと」
との大きなプレッシャーでヘトヘトに疲れていると言っていた。
釣れていれば疲れなんか吹っ飛んでしまっているだろうが、
連日坊主だったというから心身ともにくたびれてしまったにちがいない。
くたびれていても
「今関さんが行くなら、いっしょに行く」
と疲労困憊の体にむち打って同行してくれた。
彼はボクの釣りの先生みたいな人で、
いつもは釣れる場所へつれていってくれて、仕掛けも教えてくれる。

今日の場所はボクがいつもわが家へ巡回してくれる
クロネコ宅急便の運転手さんが
「鳴門の亀浦観光港のところにイワシの大群が来ていて、ものすごく釣れる」との情報をくれたので、
いつものチヌ(クロダイ)ではなく、イワシ釣りに。

ウイークデーだというので、釣り客は大勢。
みんなイレ食い状態でサビキには3−5匹も一度に釣り上げていた。
ボクも釣り客のすき間を選んで釣り始めたが、
2時間ぐらいで150匹も釣れてしまい、
釣りに飽きてしまうような有様。
「サビキ釣りは釣りなんかじゃねえ」とよく言われるが、
今日初めて実感として「そう思った」。

飽きてからは1本の針にエサをつけて、
浮子をつけて1匹づつ釣りをしたりして・・・・・・

夕方家に帰ってからの調理が大変。
イワシは頭とハラワタを取り除き、
10匹は煮て、
20匹は天ぷらにして、
あとはミンチの機械にかけて
練りもの状態に。
作りながら、鍋に湯をわかし、
箸で一口ぐらいをつまんで沸騰した湯にいれて、
浮いたところをワサビ醤油で食べた。
あまりにも美味しいので、7つまみも食べてしまう。
これは普通ツミレといわれている食べ物だが、
オデンなどに使われる市販のツミレとは似ても似つかない食べ物。
どっちが「ツミレなの」と疑問におもうほど。
ボクは市販のツミレはあまり好きじゃない。

あまりにもたくさんできてしまったので、
一口大の団子にして冷凍。50個もできてしまう。

外道で釣れたサヨリ20匹は頭とハラをのぞいて、一夜干しにした。
明日の朝食で焼いて食べようと思う。
本当は天ぷらがおいしいのだが、油ばかり食べるのも・・・・・・・・・・・

あーあ、今日の日記は魚のことばっかり、ぐだぐだと・・・・・・・・・・・・。

朝日新聞の天声人語に
「今年は例年にくらべて、キンモクセイの花が遅い」と書いてあった。
ボクも同じように思っていた。
わが家へ通じる道ばたに大きなキンモクセイの木があり、
いつも「まだ臭わないなー」なんて独り言を言っていたのだが、・・・・・・・・・・・
満開というのか、全盛というのか、正確な言葉は知らないが、
道すがら毎日のように香りにつつまれるようにして、
その木の下を通る。
(いつもは9月中頃に臭っていたが、
今年は2週間近くも遅かったのだから・・・・・・・・・)
これもきっと異常気象の影響だろうと思う。

またアジがぜんぜん釣れないのも異常だ、
と隣で釣っていた老人が言っていた。
そのかわり、イワシ、サヨリ、アオリイカがたくさん・・・・・・・・・・・・・
まあ、釣りならば「あれがダメなら、これがアル」と簡単にすますこともできるのだが。

10月15(大隠太陽暦9月5日)  月曜日  曇り

わが家の原始的な扇風機式乾燥機で乾燥させていた
モチのモミが2週間ぶりにやっと乾いてくれたので、
少しだけ天日干ししてから、袋詰めして格納。
格納と言っても空になった乾燥機の中に置くだけだが。

これでやっとコメ関係の残務整理が終わった。

昨今の急な気温低下で、
ハスモンヨトウムシがグーンと減った。
いつもなら50匹は捕殺しているのに、
今日はたったの15。
だが予報だと再び残残暑が盛り返すというから、不安だが・・・・・・・・・

定植した白菜はほとんど全部パー。
キャベツもパーなので、ホームセンターで買ってこようかな・・・・・・・・・
だが、キャベツはあるだろうけど、白菜はもしかしてナイ!!!!!!!!!!

たかちゃんたちは来月の18日に引っ越すと言う。あーあ、また寂しくなってしまう。

新米の玄米とわが家の鶏肉を使って
「とりめし」を圧力鍋で作った。
味付けはうまくいったのだが、
連日おいしい新米の白米を食べているせいか、
玄米ってほんとうにまずい。
この玄米をおいしいといって常食している人がいるが、
この人たちは口ではなくて頭で食べているんだろうかな?・・・・・・・・

10月14日 (大隠太陽暦9月4日)  日曜日  曇り

昨日
枝豆が、なんとか食べられそうな状態になったので、
試しに食べてみた。
実をもぎるときの感触では、
食べられることは食べられるが、
まだもうすこし後のほうがいいみたいだ。
あと1週間だろうか。

あいかわらずわが家の大豆はおいしい。
ハスモンヨトウムシに葉っぱはメチャクチャ食われたが、
一部それほどでない部分がある。

午後はいつもの「徳島で見れない映画を見る会」の例会で
「しゃべれども、しゃべれども」という映画。
落語家の二つ目役・主演の国分さんも、
話し方教室にかよい始めた脇の香里奈さん(クリーニング屋の娘)もいいが、
このふたりを完全に食ったのではないかとの印象をもったのが、
子役の村林 優を演じたオーデション選出の森永悠希君。
笑顔がまず最高。演技も天才的。まだ小学生らしい。
ボクも落語を趣味ですこしかじってみようかな!!
なんて思ったりして・・・・・・・・・
厳しい落語修行だが、面白くて、ほろりとされて、幸せで・・・・・・・・・・
面白いいい映画だった。

夜はほんとうに久しぶりの「土曜クラブ例会」へ。
「古書店・もうら」を経営しているサワさんという人がスピーカー。
井上、浅田、勢川、敷島、佐藤、原田、内山さんなど、懐かしい人々に会えてうれしかった。

今日、
釣れる!との情報をもらったので、
初めての経験ながら、吉野川下流の運動場あたりへハゼ釣りに。
アタリはイレ食い状態だが、まだまだ小さい。
わずかな時間で20匹も釣れたが・・・・・・・

うどん屋で、恥ずかしいことを聞けた。
「かけうどん」と「ぶっかけうどん」の区別だ。
「かけうどん」は関東にもあった。
だからどういうものかは知っていたが、
徳島にきてメニュ−に「ぶっかけうどん」とあるのをみて、
「関西では乱暴な言い方をするんだな」
とズーッと思っていた。
ところが最近、どうやらちがうものらしい、
とうすうす感じてきていたが、
すでに徳島在住17年ともなると、
うっかり聞こうものなら
「もう何年徳島に住んでるんだ」
と軽蔑されそうで、
自分なりに「かけうどん」「ぶっかけうどん」は
店によって呼称が違うだけで同じもの」
と思い込んで、誰にも聞かないでいた。
ところが今日入ったうどん屋には
壁に下げた板書きのメニューに
「かけうどんん」と「ぶっかけうどん」の看板が2枚並んで、
値段も異なって下げてあったので、
「かけうどん」と「ぶっかけうどん」は
まったく別ものなんだ!!と

注文のうどんを食べてから、
聞きやすそうな年配のおばさん店員さんに
「「かけうどん」と「ぶっかけうどん」はどこがちがうのですか」
と周囲に聞こえないように聞いてみた。
「「かけうどん」はわかるよね。汁をかけるのだから。
「ぶっかけうどん」というのは
濃いダシ汁を少しだけかけて、
かき回してうどんにアジをしみ込ませて食べるんだよ」だと。
ついでに「醤油うどん」は
席に持ってきてもらったうどんに自分でテーブルの醤油をかけて食べるのだそうだ!!!!!!!!!
さすが食い倒れの関西!!!!!!!!!バラエテに富んでいる。

10月12日 (大隠太陽暦9月2日)  金曜日  晴れ

昨日の夕方、日が暮れかかっているころ、
突然愛知県東海市在住という青年が訪ねてきた。
詩人のようで、そうでもなく、
旅人のようでそうでもなく、
農業をしたい土地を探しているようで、そのようにも感じないし、
こだわりのパン屋さんをやるための土地を探しているというが、
どうもイメージがはっきりしないし、
三線を弾いてくれたが、音楽家でもないし、
オカリナを聞かせてくれたが・・・・・・・・・・

なにか求めているけど、
迷っているような、求道者のような生き方をしているようで、
そうでもなく、・・・・・・・
世の中いろいろな問題で頭がいっぱいの若者???????
名前は「Y・S」さん。20歳台後半だという。
名刺への書き込みとか、
本当に手作りしたという本の宣伝チラシをみると、
ボクのこういう表現がぴったりだとおもうようなことがぎっしり書いてある。
「もう一つの日本地図」というボクみたいな変わったことを考えたり実践したりしている人ばかりを集めた本があるのだが、
それを見てわが家へ来たという。
その本には上勝のマグノリアというパン屋さん、
徳島市のナチュラルとかいう自然食品の店が掲載されていて、
おもに、脱サラの百姓、自然食品店の本みたい。

一宿一飯の仁義で、
一見さんながら晩メシ、お泊まり、朝飯をごちそうし、
昼と晩の2食分ほどのお弁当までもたせたが
(こんなことするのはきわめて非常識ながら、あえて人柄をみこんで・・・・・・)、
「田舎の土地探しをするなら、これこれこうこう・・・・・・・」ときちんとアドバイスはしたが・・・・・・・・はたして理解してくれたか・・・・・・・・・・

はたしてどうなるやら、こころもとない青年だった。
だが、話し方、立ち居振る舞いなどはすばらしい青年!!!

ボクの感想。
いろいろ考えるのはいいが、
自分は考えているだけなにもしていない段階なのに、
もっともらしいことを言っても、
それはまった説得力がないとおもうのだが・・・・・・・
まずは言葉ではなくて、名刺やチラシに書いてあることをやってからにしたほうっがいいのではないか、と。

これは夕べの話。
ここから今日の日記
畑にはハスモンヨトウムシがウジャウジャいるので、
白菜の苗を恐ろしくて畑に植えられないでいたが、
急に涼しくなってきたので植えた。

今年初めて柿を食べた。今年もあまり成らない。

ハウスの屋根を押さえているビニールみたいなすごく丈夫なひもがあるのだが、15年ぶりに交換。それにしてもずいぶん長持ち。

ハウスの中で乾燥させていたゴマを取り入れた。
以前ここに書いたとおり、種分に毛がん生えた程度の収穫。3合ぐらいか。大部分は台風で倒され、残りはカメムシの餌食に。

10月11日 (大隠太陽暦9月1日)  木曜日  曇り 晴れ

バラ蒔きしておいた京菜がだいぶ成長したので、
混雑しているあたりから間引きして、
広い畝に植え替え。
京菜は一株づつに植え替えると、
ものすごく大きく、分けつもすすみ
白菜顔負けのでかい株になる。

スーパーなどで販売されている京菜はみるからに病弱で
ひょろひょろしているけど、
あれは多分超密植にして栽培しているのだろうか。
たしかにこうすると柔らかくて歯触りも柔らかいが、
京菜というのはもともとはシャキシャキという
歯触りを楽しむもの。
さっとゆでて、酢醤油でたべる京菜は絶品だ。

京菜は本当は水菜というようだ。
ボクのパソコンの辞書機能でも京菜はない。
ここの京菜はマイ辞書から。
広辞苑にはあるが「水菜の別称」だとある。
ことばの響きとしてはボクは水菜が好き。

なんども書いたが、とにかく、ハスモンヨトウムシがものすごい。
昨年までは一度も食われたことがない
ジャガイモの新芽がメタメタに食われている。
朝晩の2回ピンセットをもって捕殺しているが、
捕っても捕ってもきりがない。
読んで字のごとく「夜盗虫」だから夜活躍する。
だが1ミリぐらいの細さで長さも1センチぐらいのものは
昼夜関係なしに食いまくる。
それぞれ5ミリ、3−4センチのものは
文字のごとく昼間は土の陰や株の元に隠れていて、
夜に活躍する。
すでに10月は中旬に。
6時半には真っ暗。
だからその時間帯に懐中電灯で捕殺するようにしているが、
朝、再度畑に行ってみると、昨夜と同じぐらいの虫がいる!!!!!!

ジャガイモの葉を食うのだから、
当然、大根、白菜、キャベツ(跡形もなく食い尽くされてしまった)コウサイタイ(風前の灯火)京菜、大豆、里芋、ササゲ、なす、キュウリにも。
人参とニラだけは臭いからか助かっているが。

もう畑全部がハスモンヨトウムシに占領された!!
しかし、この惨状はわが家の畑だけじゃなくて、この周辺すべて!!多分暖かい地方すべて、全国的に蔓延しているらしいのだ。


帰園田居27回目

わたしはニワトリ肉は売りませんでしたし、今も売りません。近所へ差し上げるのです。この時にさきほどいったようなことをお年寄りがいうのです。そして非常に喜んでもらっていただけるのです。数日後には「めちゃくちゃ旨かった!」とも挨拶してくれるし。
野菜の販売をしなくなって、自給百姓になってからは、雛から育てるのは止め、友人のNさんが営業的に飼っていて(平飼い、赤玉たまご)、廃鶏になったものをいただいて10羽ぐらいづつ飼うようにしています。同じ頃に山に棄ててあったものを拾ってきたといって、友人のHさんからいただいた大きな冷凍庫が活躍してくれるようになったので、1羽づつパックに入れて冷凍保存し、順次食べるようにしています。
鳥がらのダシも最高です。だいたい2羽の鳥がらから3リットルのダシを採るようにしていますが、わが家の半年から10ヶ月は、すべてこのダシでの料理なんです。500ミリのペットボトルにいれて冷凍保存です。一部は使い易いように製氷ザラで冷凍し、塊にして保存して使うのですが、一度に何羽も捌くとまにあわず、ペットボトルになってしまいます。

廃鶏処分後1年間わが家の鶏舎でタマゴを産んでもらったニワトリなのに、肉はそれほど硬くならず、極めて美味なのです。ピーマン嫌いみたいに、トリ肉は食べられないという人でも、おいしい、おいしいといって食べるほどのものなのです。市販のトリ肉とは「まったく別もの」といっても過言ではないほど違いますし。

ニワトリを捌くと大量の廃棄物がでます。内蔵、頭、骨などで、取れる肉よりも重量にすると多いですね。4対6で肉が少ないのです。この廃棄物をわたしは、カラスにあげています。裏の畑に放っておきますと、夕方までには、きれいさっぱりなくなっています。魚の頭やハラワタなどもこのようにしているのですが。だからぜんぜんゴミにならないのです。
羽根はたんぱく質イッパイですから、畑の土に埋めます。すぐに溶けてしまいます。肥やしになり、土を肥やし、野菜になって帰ってくるのです。鶏糞は、もちろん畑の肥やしです。つまり、ゴミは一つもないのです。こういう暮らしってすばらしいと思いませんか。