Home  Email
背に
| 日記 | 著書 | げん米クケット | 井戸端会議 | 食の自給 | 百姓天国 | 田んぼ畑 | 家族 | 山川町 | リンク |

8月31日 (大隠太陽暦7月19日)  金曜日   曇り 

昨日はいつもの田中さんと小松海岸へ釣りに。
テトラポットがあたくさん敷設してあって、
ものすごく釣り場へ行くのが大変な場所。
田中さんはボクと同年齢だが、体形がスリムなので、
ホイホイと飛ぶように歩くが、ボクはダメ。
何度も手をついてのよちよち歩行。なんどか滑って落ちそうになる。

狙い目はチヌ(関東ではクロダイと呼ぶ)。
田中さんは36センチから25センチ位のものが10匹ほど。
ボクはヘタクソだから20センチクラスが4匹。
間違って釣れたボラも合計4匹だが、ボクは1匹。
これはでかい。60センチが2本。50センチが2本。

徳島の人はボラを捨ててしまうが、
千葉で育ったボクも、鎌倉から来た田中さんも
「刺し身は鯛」と言われているボラが大好き。
捨てるなんてもってのほか。
汚い水に棲息しているモノは食べないが、ここのモノはいい。

夕食は中村さんや赤星さんにも来てもらって、
ボラと大型クロダイの刺し身と、
クロダイの煮付けをたっぷり食べてもらった。それでも大分食べ残しが・・・・・・・・・・・
ボクは刺し身だけで、腹いっぱい。ご飯も食べられないほど。

そして、今日の昼も、夕食もクロダイのおがず。

しまなみエキササイズで、今日は100分ウオーキング。

半年も途絶えていた「NPO法人げんき山川ネットワーク」の新聞の発行打ち合わせ。
先週の長期予報では、今週は雨のはず。
だが、連日の晴で、雨ナシ。キュウ、ナスに水かけ。
ニンジンは枯れそう。

わが町には用水堀がやくさんあるが、
川田地区あたりにある落とし堀は、
水が多いこの時期でもドブみたいなのがある。
川べりをウオーキングしていて、発見したが、
60センチ以上はゆうにありそうな、コイ、ナマズ、
珍しい雷魚までいた。
雷魚を山川で見たのは、始めて。ヘビのような模様で、
悠然と泳ぐ姿は、汚い堀の王様だ。

帰園田居 22回目

もうこうなると、買い物にいくものがなくなります。塩、砂糖、油、洋風香辛料、海産物と肉類だけ買えばいい!ということになりました。しかし、野菜作りをしていると、しだいに肉類、油脂類は自然とあまり食べなくなるし、魚は自分でも釣りをするし、知り合いからの頂き物もたくさんあるし、・・・・・
そんな変化をわが家の暮らしにもたらしてくれたものが、大豆なのでした。

野菜などは鮮度が肝心ですが、大豆は翌年の収穫期まで、保存が可能なのです。だからわがやで「大豆ご飯」「大豆とジャコのまんまる揚げ」「大豆カレー」「大豆サラダ」など大豆のおかげで、非常に助かっているのです。大豆はイソフラボンがどうこうと、栄養的にもすぐれていますので、コメと並んでわが家の食生活の日本柱になっています。

今でも、時々家庭菜園をやっている、やろうとしている人から、相談をうけるこおとがあるのですが、「野菜の作付けを減らしても、大豆を最優先で作ったほうがいいですよ。家庭菜園程度でしたら、スーパーに売っている食用大豆でもいいですし、タネとして売っているエダマメタネでもいいですから」と教えてあげることにしているのです。エダマメと大豆は違う、なんていう人が大分いますが、エダマメは大豆の早採りなんです。法律だかなんだか知りませんが国が規制してるから「大豆」と云えないみたいですよ。

野菜は始めから作っていてコメ、大豆まで手を伸ばしてくると、「食べものの自給自足」というヤツが、グーンとみじかに感じますね。海産物を少し買っていれば、もうスーパーに買い物に行かなくてすむのですから。わたしは今や老人ですから肉類はあまり食べませんので、飼っているニワトリを捌いたり、頂き物をしたりするだけで、ほぼ十分に事足りてしまうのです。昆布とワカメの漁師さんともおつき合いができてしまいましたので、年に1回2キロも買うと、人様に配るほどですから。

8月29日 (大隠太陽暦7月17日)  水曜日   晴  

昨日
「徳島で見れない映画を見る会」例会で
「善き人のためのソナタ」というドイツの映画(ローラ賞)を見てきた。
東西ドイツを分けていたベルリンのカベが、
まだ存在していた頃の東ドイツの劇作家ドライマンを
秘密警察が反体制思想の持ち主だという証拠をさぐるために、
彼の住まいに盗聴器をしかけた。
盗聴担当のヴィースラは盗聴を続けているうちに、
ドライマンらの考え方に感化され、上司にウソの報告をする。
ばれて、窓際に飛ばされるが・・・・・・・・
カベ崩壊後、ドライマンは彼に捧げるとの本を執筆。
ヴィースラーは郵便配達になっていた。

感動的な映画だった。

今日は雨かもしれない、との予報だったが、
とんでもない晴。
キュウリとブルベリーに水やり。
連日の暑さで、2本が枯れてしまっていたので、
岡本さんの家から2本をもらって、跡地に植え替える。
岡本さんは生前、30本ぐらい植えていたが、
主が不在になり、その上土地の返却で、
せっかくのブルベリーだから希望者に、
と遺族の娘さんたちから要請を受けていたので、
田中さんと一緒に掘り出しにいった。彼は10本を貰った。

9月末のしまなみスリーデーマーチのための練習で、
今日は80分ウオーク。
2日前は60分だった。
これからどんどん時間を延ばして
当日までには6時間までにする予定。
吉野川の川べりを歩いたが、アユ釣りの人がたくさんいた。
その中の一人が釣ったアユを泳がせて入るときに、
ナマズが食いつて、50センチもあるナマズを釣り上げた。
彼は「こんなもんいらん」と投げ出したが、
別の釣り師が「もらっていいか」とそいつをもらった。
ボクは貰った人を羨ましくなった。
ナマズの蒲焼きは美味しいからだ。
「このあたりはナマズの巣窟だな」「そうだな」「はえ縄でも仕掛けたら、うんと釣れるかもな」
なんて会話をしていた。
これからハヤ釣するときには、ナマズ狙いの竿も落としてみようと思った。ミミズも掘ってきて。

NPO法人げんき山川ネットワーク事務局の原井さんから電話で、
いよいよ来月から、
吉野川市立アメニテイホールの所長という役につくことに。
今月の末か、来月の初めには、教育委員会へ挨拶におもむかなければならない・・・・・・・・・・・

8月27日 (大隠太陽暦7月15日)  月曜日   晴  

ジャガイモ予定の畑に米ぬかとモミ殻を撒いて、耕運。
サツマイモのツルの下あたりに草がたくさん生えてしまったので、
手で抜く。
ものスゴイ暑さで、汗みどろの畑作業。

ジャガイモの芽がでてきているので、
雨が降り、すこし涼しくなったら、植えようと思う。

トウガラシが70%位が赤くなってきていたので、
赤いものだけを取り入れる。
茎と青いものは捨てた。
たぶんそのままの計量だと、一升マスだと2杯分ぐらいだろうか。
こんなに獲ってどうすんだ!とよく言われるが、
これが普通の年間消費量。もちろんボク一人で。
乾燥トウガラシをミキサーで粉砕し、
麹とよく混ぜて、醤油、みりんで味付けして、
半年ほど常温で放置すると、
ほどよく醗酵して、辛いけど甘味もでてきて美味しくなる。

11時から、50日前に亡くなった岡本美佐子さんの49日法要。

夕方、川島の田中さんが「きょう釣った」とチヌとボラをもってきてくれた。さっそくチヌは煮魚に、ボラは刺し身にして夕食で。めちゃくちゃ美味しかった。

こんな暑い日々がいつまでつづくのだろうか。
身体がへばるだけではなく、
気持ちというが、考える力というか、何かをやりたいという意志力というか、気持ちすら萎えさせてしまったみたい。
予報では明日は雲りとか、雨が降るとか・・・・・・・・・・。
ぜひそう願いたいもの。会う人との挨拶は、
すべて「降らんかな・・・・・・・」というものばかり。
日記を書くのもシンドイぐらい。

帰園田居 21回目

自給率革命・大豆作りを始めてみて

脱サラして有機農業を営んでいる仲間たちの集まりがありました。交流会ということで、参加者全員が「自分はこんなやりかたしてるしてる、とかこういうものを作っている、とか中には、入植できそうな
土地がなかなか見つからないから、情報があればお願いしますとか、それぞれが自由に話せる集まりがあったときでした。わたしは「コメ作りのモタモタとか新米の感動」などを話した記憶があります。
発言したひとりが、大豆を栽培していて、味噌や豆腐を作った話をしました。はじめは「なんだ大豆か」と思っていたのですが、味噌や豆腐、そして納豆まで作って、という話しに及んで、なぜか真剣に聞き耳をたてるようになり、会議が終わってからは、その人のところへ行って、タネのこと、タネ蒔き時期のこと、栽培方法すべてにわたって、根ほりは堀聞きまっくている自分がいたのです。「7月になったら、かならず大豆を」と他のことはすべて忘れて、大豆のことだけで頭がイッパイで帰ってきましたね。タネはその人から紹介されて、千葉の林さんからわけていただきました。
大豆作りのことについては、後に「大豆作り奮闘記」東邦出版という本がでてしまうほどたくさんのドラマがありましたが、わが家の暮らしを劇的に変えたといってもいいくらいのものでした。始めは野菜だけ、そしてコメを作ったら、またおおきく一段上がった感じになったし、大豆はさらにその上の3段目にあがったような感じをしたからです。
大豆とコメをプラスすると「味噌」になり、味噌があると、みそ汁はいうに及ばず、あらゆる味噌を使った料理に、握り飯だって、味噌にぎりができるし、そのうえ、味噌は1キロの袋に詰めれば、立派なわが家の味噌をいかがですか、なんて贈り物にもなるんです。豆腐だってミキサーで砕いて簡単にできたし、納豆だった、湯たんぽ抱かせて出来てしまうし、・・・・・・・・・。さすがに湯葉まではやしませんでしたが。
そして、そしてコメの裏作で小麦作っていましたので、醤油すら作れるようになったのです。農家ですと味噌をつて作りする家はまだまだあるのですが、醤油を作る家は日本中探しても、数えるほどしかないのでは??

8月25日 (大隠太陽暦7月13日)  土曜日   晴  

ブルベリーの草取りとネット外しがやっと終わった。
狭い場所なんだが、なんと草の丈が50センチ以上にもなっていて、
しかもこんもり。
矮化してあるブルベリーが可哀想なくらい。
また1本が死んでいた。
これで2本目。いづれもフェスチバルという品種。
(バルドウイン フェスチバル ブライトウエルの3種が植えてある)

今年の7月に逝去した農民作家・薄井清さんのことを
今井幸伸という記者が朝日新聞に書いていた。
ボクは脱サラして百姓になろうかな、と考え始めた頃に
彼の「土は呼吸する」というタイトルの文庫本を
古本屋で見つけて読んだことがあり、
灌漑農業と世界文明滅亡の関連を書いた部分に感動した記憶がある。
塩類集積のことで、
理屈では解っていたが、南オーストラリアへ旅して、
塩で白く、紅色になった水のない湖を目の当たりにして、
はじめてその現実をみて、彼を思いだした。
彼は百姓ではなくて、公務員の改良普及員、大学の講師などやりながら、
野菜も作りながらの作家活動だった。
ボクにとっても忘れられない作家だ。

ウルシ、ハゼかぶれのあまりのすごさに、ビックリ仰天。
触ってしまってから、3−5日位の潜伏期間をおいて発症するという。
山にいくと至る所に生えていて、
「これがウルシだ、さわるなよ」と
幾度となく注意をされてきたが、
かぶれた患部を目の当たりにしたのは始めて。
お盆で規制していた長男が患者さん。


9月28日から行われる
「しまなみ海道スリーデマーチ」に今年も参加申し込みをした。
昨年の「絶景に感動」を再び!!!!!!!

「糞袋」という本をアマゾンで古本で購入。
蛔虫で有名な藤田紘一郎先生の書評を読んだから。
小田実の「玉砕」を読んでいる最中なのだが、
連日の暑さでどうもはかが行かない。
だから思い切って超面白い本はないかと漁っていてぶつかったもの。

これがめちゃ痛快。
著者は農水省の役人さんで作家ではないから
文章は「超下手」ながら、
よくもこんなに調べたもんだ!!!!!
京のお公家さんや、花魁などがタレタ糞尿を奪い合い、
高瀬川を夜中に田舎に運んで売るという痛快な物語り。

当時は完全にリサイクルされて、
すべて野菜などの食べものに化け、
糞をタレタ都会のお公家さんやきれいどころのゲイシャや花魁の食べものになったんだ、ということがよく解る。
ほんとうにいい社会システムだった!!!!!!

8月24日 (大隠太陽暦7月12日)  金曜日   晴  

ニワトリの遊び場の草刈り。
ネコに何羽か食われてしまうまでは、
遊び場だったが、
その後はタダの空き地100坪以上はあるのに。
だから季節的に草刈りをするだけの場所。
夏みかん、ハッサク、ビワなどが数ホン植えてあり、
今年はここでカボチャとヘチマを作った。だが大半は空き地。
まるで原野を刈るようにバッサバッサと刈った。

大西暢夫さんの記事が23日の朝日新聞にでていた。
写真家・映画作家。
もう10ぐらい昔になるだろうか、
縁農塾の農業体験生として、来てくれた。
岐阜県揖斐川町の徳山ダム(日本一のダムで貯水量は6億6千万トン。昨年完成した)建設の関係で、
彼が主に取材した徳田ジョさん、広瀬ハツヨさん等は
隣接する本巣市や大垣市に移転したが、
自分が生まれ育った土地を忘れることができず、
旧徳山村に戻って、
昔ながらの暮らしを始めていた。
電気、水道ガスもない暮らしを楽しんでいる。
そんな映像を映画にもした。
わが家へきてくれたころは、
写真とエッセイだけだったが、彼はダムの専門家でもあった。
彼の映画は「水になった村」。

わが家で、酒飲みながらの話はと徳山ダムだけだったが、
新聞記事によると夕張シューパロダム、川辺川ダム、石木ダムなど10数ヶ所も取材を重ねていると書いてあった。
写真は大分オジサンに変わっていたが・・・・・・・・。

8月23日 (大隠太陽暦7月11日)  木曜日   晴  

いつもよりすこし暑さが和らいだ
ここ2−3ヶ月「ほぼ毎日更新」が、
なぜか「たまに更新」になっているみたい。
他人事みたいだが、夜すごく疲れて、
パソコンに向かう気力が減退してきている感じ。
昼間、農作業しても、徳島市あたりに遠出(たったの40キロ往復ていど?)したり、釣りに行ったりすると、
夕方になってすごく疲労感に襲われて、すぐに眠くなってしまう。
ところが体力の減退だけでなく、
気力も同様のよう。
加齢だけでなく、暑さも影響してるとおもうが、
なにか積極性がなくなっているのが自分でも解る。
「あれをやろう、だが、やっても無駄だな」
というように考えてしまう
クセのようなようなものがいつも目の前にいるのだ。

毎日更新は「こんなことやっても無意味では」
という無気力のカベが邪魔しているから出来ないでいる。
でもこれは恐ろしいこと。
ネタの消去に該当するわけで、
事象への感性を自ら摘み取っているようなもの。
これは老化の一種だなと思うと、今の自分が恐ろしくなる。

白菜のポットタネ蒔き、

ブルベリーネットの取り外し。だが、株元あたりに草がはびこってしまい、結局取り外しは、破っての排除になってしまった。

カラスイが生えてしまった田んぼの草取り。例年カラスイは毎年手で抜いているのに、ますます増える一方だ。ズボンもシャツもドロドロ、汗びっしょり。ヘトヘトに疲れてしまう。

2回目のキュウリが初めて食べられるようになった。

2回目のヘチマ水を採取したが、今回も1回目同様に少ない。
2回分たしても500CC。
昨年などは1回で1500CCも取れたのに。
だが500CCでも、1年間ジャブジャブ使って余るほど。