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8月10日 (大隠太陽暦6月28日) 金曜日 晴
昨日は、日射病、今流に言うと
「熱中症」にやられてしまい、ダウン。
午前中、草刈りをしていたが、休憩なしの3時間??。
所定の場所が終わって、
さあ!お昼だ!という段に、
水を大量に飲んでしまったら、
とたんに食欲がなくなって、
食べものはほんの少しだけ口にして横になった。
するとしばらくして、吐き気。
食べたものをゲロゲロ吐いてしまい、
飲んだ水も全部出てしまい、・・・・・・・
かみさんは点滴で病院へ・・・というも
「こんな程度で病院なんてとんでもない」と断り、ネンネ。
一応納まって、涼しい部屋で、
頭やクビを冷やしてもらいながら昼寝したが、
1時間ほどして、また激しい嘔吐。
もう出すものがないから、
黄色いネバネバのものばかり。かみさんは用事で不在。
スーっと意識が消えそうになるも、
バケツを抱えたまま、風呂場で横になったしまった。
しばらくして、意識が戻り、
また涼しい部屋に戻った。
数分して近所の純子さんから電話。
元気のない応答を心配してくれて、
ポカリスエットや氷などをもって来てくれたが、
「点滴をうけなさい」という。
2回目の嘔吐なので、やむなくしたがって、車に乗せてもらい、
いつもの診療所へ。
そこへかみさんも帰ってきてくれて・・・・・・・
点滴を約90分、血液検査では、
非常によくない!!尿酸値もべらぼうに高い、(血液どろどろなら当然)
水を補給しながら仕事しないとダメだと!!!!!
典型的な熱中症らしい。
夜も気分は悪かったが、
冷やしてもらいながら、
睡眠という安静で、今日は朝から調子が戻った。
ボクは子どもの頃から日射病になりやすい子どもだった。
小学生、中学生の頃は、授業が始まる前には、
校庭で毎日「朝礼」があったが、
夏の晴れた日などは、
ボクは倒れる常連だった。
ヘナヘナと倒れ込んで、
先生におんぶで医務室、ということが数えきれにほど。
だから、今回の日射病は、
いわば「先祖返り」ならぬ
「幼児返り」ではないかな?????????
今日からは大、大、大反省して、
熱中症予防の水を作って、それを常時飲むようにした。
水1リットルに塩10g、ミネラルを含んだ沖縄産の黒砂糖を40g、クエン酸を0.3gを入れた水を作って、一日中飲むようにした。
自家製ポカリスエットというところだろうか。
ヘチマに花が咲き、
一部小さな実がつきはじめたので、
元気のよさそうな茎を切り、
へちま水を採取するようにした。
ブルベリーがまた熟してきたので3回目のモギリ。
今回は7合くらいかな。1回目は1升もとれたのに。

8月8日 (大隠太陽暦6月26日) 水曜日 晴 曇り
筋肉痛は大分軽くなってきた。
今までの登山では下山して翌々日から筋肉痛が始まり、
3−4日間続くというパターンだった。
だが今回は翌日から痛くなり、
2日間続き、3日目にはほぼ痛みを感じなくなっていた。
老人は後から痛くなり、長く痛みが続き、
若い人は早く痛みだし、すぐに痛みが消えるとよく言われているが・・・・・・・・・
「オレは日ごろのエキササイズのおかげで、少し若返ったのだろうか??」なんて思い込んでしまいそう。
畑の草刈り。たっぷり2時間かかってやっと終わる。別の畑の草も・・・・・・と思ったが、それは・・・・・・・・。
水道の漏水によるメーターアップについては、減免処置があるとのこと。
役場から書き込む書類を貰ってきた。なにしろ支給金額が9倍だから・・・・・・・・・・・・
原因はボクにはわからないが、
どこの稲も葉が黄色くなって、病的。日照不足なのだろうか?????
帰園田居 19回目
稲刈りの時に慌てて買った中古の脱穀機、これ古いもので8万円でした、を引っ張り出してきて、乾燥してない稲を脱穀機にかけて、脱穀してしまいました。石本さんにいただいた乾燥機はまさに「博物館から引っ張り出してきた」といってもいいような古典的なものでしたが、扇風機のモーターは回転してくれましたので、倉庫の庇のところに設置して生のモミを放り込んで、風乾燥にはいりました。風を送るだけ
でしたが、昔はこれでやっていたわけで、モーターさへ廻ってくれましたので、申し分ありませんでした。乾燥期間に雨が降ったりしましたので、2週間もかかりましたが、籾摺りできる程度に乾燥してくれました。
籾摺りは石本さんちの籾摺り機でやってもらいました。お金はいらないと言ってくれましたが、・・・。
というわけで、近所の人並みにコメの収穫はありました。千葉の時みたいに15キロだったら、泣いてしまいますが・・・・・・・
そうだ、そうだ、精米機もこの時に新しいものを買いました。10万円しました。わたしは計画性のある人間じゃないので、すべてが必要にせまられた土壇場で買うということばかりでしたが、できれば事前に聞いたり、調べたりして、こういう機械のたぐいは用意するべきだったなーなんて後悔しました。とこrがその後もいな時ような轍を踏んでいて、その都度おなじように後悔しているんですよ。
新米と言うのは、ほんとうにおいしいのです。収穫して半年経過した同じコメとは「なんでこんなにちがうの!!」と驚くほどです。しかも今回は誰がみても「ブタのエサ」風ではありません。人間の食べものです。コメが美味しいだけでなく、田植えから始まったさまざまなコメ作りの労苦を思い出し、特に天日干しのハザが何度も倒れてしまい、そのたびに泣きべそかきながら、建て直したことが目の前に浮かんできて、コメの美味しさに涙と汗が加わってそれはそれは美味しい新米でした。そして強引ながらコメ作りの喜びを教えてくれた石本さんに感謝感謝のおコメでした。
こういう喜びは買って食べている人には絶対にわかりません。新米を買ってきて美味しいというような
レベルではないのです。とても言葉では説明しがたいのですが、味の美味しさだけでなく、心の琴線に触れるような妙なる味を感じられるのです。自分で栽培した野菜でも「市販の野菜よりは美味しく感じる」のですが、コメは格別です。
8月7日 (大隠太陽暦6月25日) 月曜日 晴 曇り にわか雨
昨日とまったく同じ天気。晴、曇り、にわか雨(きのうよりすごかったが)
今日も一日、筋肉痛で歩行困難状態。
だが、ネギとニンジンの草を手で2時間もかけて抜く。
立つたりシャガンダりはシンドイが、
すわったままだといい。
夕方7時頃、ものすごく鮮明な美しい、切れ目のない、ボけていない、
しかも二重の虹が東の夕空を飾った。
こんな美しい虹は徳島でははじめて!!!!!

不思議な油揚を買ってしまった。
「天然にがりと大豆だけでつくりました」!!!!!!!
「大豆だけで・・・・・・」が不思議。
そういえば「丸大豆で作った醤油」というのもあったっけ。
こんな表示を企業がするということは、どこかに
「大豆以外のものを混ぜて豆腐を作って売っている会社がある!!」
ということだろうし、
「三角、四角、あるいは星形などの変形大豆があって、
多くのメーカーはそういう変形大豆で醤油を作っているが、
わが社は丸いだいずで・・・・・・」ということのようだ。
好意的に解釈すると
「油脂分を抜き去った家畜のエサみたいなぺちゃんこ大豆」
で作るのが主流なんだろうか。
近所で有機農業をやっている人から
宝島社発行の「食品のカラクリ」という本を
「読んでみたら」と言われて借りた。
この本を見た限り
「企業が作って販売している加工食品から
健康食品にいたるまで、食えたものではない!」という印象。
定価1050円の本。
素材でもモヤシ、肉、寿司の魚、魚介類・・・・・・・・・なども怪しいものいっぱい!!
8月6日 (大隠太陽暦6月24日) 月曜日 晴 曇り にわか雨
土曜日、午後から出かけて、
阿南市見能林町林崎にある正八幡神社境内にある
「林崎農村舞台」の復活改修がすみ、そのこけら落としで
地元中学生等の「竜神太鼓」
新野中学民芸部の「傾城阿波の鳴門・巡礼歌の段(浄瑠璃)
地元・岡花座による「伽羅先代萩(浄瑠璃)」
新内節・人間国宝・鶴賀若狭掾による新内で「黒髪」
八王子車人形・西川古流座による「車人形」
が演じられた。
1時間も前に神社境に到着したのに、すでにイッパイのひとひと。
舞台
屋根の瓦は古いが無事のようだったようで、
舞台内部の太い梁や基幹的な柱も無事。
あとは全部板などの取り換えで補修されたようだ。
始めてみる農村舞台・浄瑠璃に感動。
プロではないから、下手には決まっているが、
そんな芸能評論家の尺度ではなくて、
こういう芸能を地元の農民が作り上げて、
演じていることに意義があると思う。
以前、木沢村の舞台も見たことあるが、
この時の出し物は浄瑠璃ではなくて
現代劇だったのでそれほど感動しなかったのだが・・・・・・・・・・・
全国に散在する農村舞台の97%が徳島県に!!
というぐらい芸能好きの徳島農民の伝統を受け継ぐものとして、
あちこちで、復活のための改修が行われていると聞く。
これらは過疎の農村で、
地元住民が主体になっての復活であるだけに、非常に嬉しい。
日曜日は柳沢さん夫妻、仁木さんと、
4人で山嶺へ登山。
脊柱管狭窄症の症状が大分和らいできているが、
立ったままの姿勢だと、いたたまれないが、
歩行中だと、座骨神経痛症状がでないので、
「もし発症したら、途中でやめて、下山」という気持ちで同行させてもらった。
登山道は、いままで登った山では一番シンドイ。
大雨でえぐれたのか60センチから80センチも
大股で踏み上がるような場所が、たくさんある。
まるで股割きの連続。
靴ぐらいの石がたくさん散らばっていて、
捻挫しそうな場所も。
頂上まじかになると、
一面のミドリのじゅうたん!!!!!
クマザサの群生。見事なもの!!
思わず飛び込んで転がってみたいような衝動に駆られるほど。
眺めがすこぶるいい。
剣山その他四国を代表する山々、
山男、山女の聖地とでも言おうか、
すばらしいミドリに着飾った山々。
下界の暑さとは裏腹に汗をいっぱいかきながら登っても。サーッと引いていく冷気。最高の気分。
下山には、登りがあまりにも険しい、急坂だったのでお願いしてなだらかな林道経由で遠回りして登山口へ。
腰が安定しないボクは、登った道を降りたら、
後ろ向きで草や石などにつかまりながらでないと降りられないのではと心配したから。それほど急な登山道だった。(ボクには)
幸い、座骨神経痛症状は発症しなかった!!!!!!
やはり歩いているといいのかな??????
そして今日。
いつもだと、明日が筋肉痛の始まりなのだが、
今日から痛くなってきて、完全なビッコ状態。
よろよろ、ノソノソでないと歩けないし、
シャガンだり、立ったりするのが苦痛。
それでも二日分たまった農作業をなんとかこなす。
台風の雨で畑の草が伸びて、畑が黒い色から一気にミドリに変わってしまっていたから。
水道の検針員が来て
「いつもの9倍の料金を請求」
「水道管が破裂してますから、業者に見てもらってすぐに修繕しなさい」と
わが家は井戸水世帯なのだが、
瞬間湯沸かし器と台所の蛇口だけは水道にしている。
だから水道管に異常があっても、
さして不自由はないのだが、
料金にビックリ。
いつもは定額の半分しか使っていなくて、
ここに引っ越してから、孫たちが来ている月以外は
定額の1050円だけ。
使用量はたったの5立方メートルだから、定額の半分。
8月3日 (大隠太陽暦6月21日) 金曜日 台風一過 曇り
夕べわが家の辺りをかすめた台風5号。
ガタピシ、ガタン、カランカランなどと
人工物が庭を転がり廻る音、
家のまえの用水堀本流が濁流のようにゴーゴーとがなりたてながら走るし、周囲の竹やぶはザザーザワーと葉を鳴らし、
すごい騒音の一夜だった。
ニンジンの寒冷紗が吹っ飛び、
トウモロコシ、シシトウ、トウガラシが数ホン倒れた。
ナスはヒモで葉と茎を吊るカタチの支柱だったので、無傷。
ゴマはタネ分も危なくなってきた。
トマトは支柱がしっかりしていたので、これも無傷。
まあ、助かったほうか????????
5時に起きて2時間かけて、
倒れたもの、倒れかかったものを起こして、あらたに支柱を立て、
ヒモでしばって上に向けて立ち上がらせた。
この作業が遅れてしまうと、曲ったままになってしまい、
修復不能になるからだ。
先月28日に行われた
「徳島有機農業育てる会」の発会式に参加した
Mさんと話す機会があった。
彼はすでに宅配のお客さんを充分にもっている有機農業農家。
「有機農業を広めるというが、
どうしても虫喰いや
病気をまぬがれることができない。
そんな虫喰いの野菜をいったい誰が買ってくれるのだろうか。
自分のように個人の客をすでに掴んでいる人はいいが、
これから始めるとなると、
販売先がまっさきに問題になる。
最近有機野菜を買ってくれるという宅配業者も存在するが、
そういう業者ですら虫喰いはダメという会社ばかりだし。
無農薬・無化学肥料で栽培できる技術の確立、
多少の虫喰いがあっても高値で買ってくれる流通業者がいないと、
有機農業の促進は難しいのではないだろうか」と言っていた。
「また口先では無農薬・無化学肥料で栽培した野菜がいい、
という消費者ですら、
いざ、お店で買う段階になると
プラスチックのようなキレイで無傷の野菜を選ぶのが普通だし・・・・・・・・」
「だから、宗教的なというか、信念というか、思想的にかたまっているような人でないとなかなか有機農業はできないのでは・・・・・・・・」
まあ、法律ができたから、さあ、みなさん有機農業に転換して頑張りましょう!!!!というわけにはいかないようだ。
どうしたら、いいのでしょうね。
8月2日 (大隠太陽暦6月20日)木曜日 台風5号による強風と大雨
午前中、台風対策で、
ハウスの密閉、オクラのもぎ取り、ナスの支柱のやり直し、
ブルベーリもぎり、
田んぼに水がはいらないように排水溝を開放、・・・・・・・・・・
午後は18日に予定されている
アステイ男女参画センターでの講演でつかう
プロジェクターの資料作り。
夕方やっと終わり、メールした。
1時ごろ、小松島で果樹中心の農業してる仁木さんが突然やってきた。
農産市で販売している加工品の改良というか新規商品開発のための準備で、ネタ集めで香川などへ行った帰りだとか。
先月28日に行われた
「徳島有機農業育てる会」の発会式に参加したというので、
ボクは都合で参加出来なかったので、
様子を詳しく聞くことができた。
やはり今回も百姓の参加は非常にすくなく、殆どは消費者だとか。
会長には光食品という有機野菜を使った加工品会社の社長がなったとか。
(徳島県は有機農業してる人はめちゃくちゃ少ない。またやっている人も、横のつながりというか、会合開いても出てこない人ばかり、という状況は昔と同じのようだ。流通の括りには集まるが)
この会は昨年12月15日に施行された
「有機農業の推進に関する法律」を徳島県で具体化させるための団体。
都道府県が基本方針に則して
「有機農業の推進に関する施策についての計画」(推進計画)を定めるように努める、との文言が入っているので、
このような団体を立ち上げたのだと思う。
国および地方公共団体(都道府県,市町村)は,
(a)有機農業者や有機農業を行おうとする者を支援するために,有機農業に関する技術の研究開発とそ の成果の普及
(b)消費者に対する有機農業に関する知識の普及や啓発のための広報活動
(c)有機農業者と消費者の相互理解を増進するための有機農業者と消費者との交流促進
(d)有機農業の推進に必要な調査
(e)有機農業の推進のための活動の支援に必要な施策
を行う。また,国は地方公共団体が行う有機農業の推進に関する施策について必要な指導,助言,その他の援助を行うことができる。
結成以前に、準備に加わったメンバーが県庁の農業関連の職員に接触したというが、極めて冷淡、無関心だったと報告されたとか。
8月1日 (大隠太陽暦6月19日) 水曜日 晴
台風5号接近のニュースで、早朝からその対策。
発芽まもない大豆の倒伏を防ぐために、土寄せ。
一輪管理機で畝間を走り、あとは鍬で丁寧に土を根元に。
1200株もあるので、午後にまでかかってしまう。
オクラが2メートル以上に(八丈オクラというのは幹が5センチ以上にもなって、背丈が3メートルぐらいになるものもあるほど、背が伸びる。今は2メートル前後)
背が高いと強風に弱いので、鉄の支柱をたてて、1本1本ヒモでゆわく。
あとは草刈りなど。
昨夜、赤星さん夫妻が来てくれて、
ウナギを含めた手巻き寿司パーテイ。
ボクたち老人はますます胃が縮小し、
情けないほどの量しか食べられなくなってしまったが、
若い人はもりもり食べてくれて羨ましい。
得体のしれない毒虫に左腕を噛まれたみたいだ。
すでに1週間になるが、いっこうに腫れがひかないどころか、
時々無性にかゆくなり、
ひっかいたりしたもんだから、
傷になってしまった。
そして今夜もかゆい。
キンカンを数え切れないほど何度も何度も塗っているのだが、
ほとんど効き目がない、
それほどひどい虫刺され。
腕を曲げると筋肉が盛り上がる所の裏側なんだが・・・・・・・・
4ツ食われた跡が残っている。
1センチぐらい丸く赤くなって、
中心に血液の小さな点がある刺され跡からは、
どうもブユみたいだが。
ブユにはとっくに免疫ができているはず??????????
いつも、外に出る時は
ジーンズの長そでを着る習慣になっているのだが、
早朝など時々半そでで出てしまう。
こんなちょっとした不注意が、とんだ災難を招く。
帰園田居 18回目
ところが、ところがです、翌朝田んぼを見にいったら、80%ぐらいが押しつぶされたように倒れていたではありませんか。全身から血の気がひき寒けがしてきました。そして目の前がまっ白になってしまいました。そして「なんでだろう」「どうしてだろう」と頭は回転しましたが、どうのようにしたら倒れないようになるのかは、ぜんぜん思い当たりませんでした。そこへ偶然通りかかった近所の人が「どれどれ」といって横棒を支える3本支柱の立て方を伝授してくれました。横棒が立てた3本すべてに接するようにしないとダメだよ、といって、見本で一組だけ立ててくれたのです。わたしは立てる時にそんなこと考えたこともありませんでした。「横棒が立てた3本すべてに接する」という秘訣を教えてくれたのでした。だが、これも言うは易く行うは難しでしたね。竹が曲がったり、反ったりしてましたので、これって言いわけかな、とにかくなかなかそのそのように出来ないのです。
もたもたしているところに石本さんが見にきてくれました。
「使えるかどうかわかんないが、古い乾燥機が埃かぶってるから、それあげるから、使ってみたらいい」というのです。そして彼にとっても「ハザ」作りは難しいと言うではありませんか。石本さんにとって
難しいものが、昨日今日百姓になったばかりのわたしになんか簡単にできるわけないですよね。彼が難しいよ、と言ってくれたことが嬉しくなってしまいました。「石本さんに難しいのなら、わたしが失敗するのは当たり前だ。ないも落ち込む必要はない」なんて「他人の失敗は自分の幸せ」みたいな気分になったんですよ。
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