|
7月8日 (大隠太陽暦5月24日) 日曜日 曇り
昨日のテレビで仙台、平塚などの七夕祭りの映像が放映されていた。
日記でなんども書いているが
ボクはこういうのにすごく違和感を感じている。
義士祭りも太陽暦の12月14日にやって、
テレビも古い忠臣蔵を放映したりするが、
これって、ものすごい間違い。
大隠太陽暦のことなのだから、
七夕は8月19日にやるのがホント(今年は)。
討ち入りは1月の中旬のだったはず。
こういう明らかな錯誤を利用した手法は詐欺の手法と同じだと思う。
室内用の自転車でエキササイズするといい、
ということを本で読んだので、
先月の22日から毎日、5分づつ3回、欠かさず続けているが、
気のせいかどうかわからないが、
歩行中に足がしびれるということがなくなってきた。
立ち止まって3−4分立ったままでいるとダメだが、
歩いている分にはしびれなくなった。
今日はいつもよりも時間を延ばして
40分のウオーキングにしてみたが、しびれは来なかった。
以前までは20分だったが、
大分改善されてきている感じだ。
また歩き方も、しびれが発症する以前とは変えたのが良かったのかも。
姿勢正しく歩くということで
宝塚のような背骨をピンと垂直に伸ばして腰から歩くようにしていたが、
脊柱管狭窄症の人は前こごみがいい、
と本には書いてあったので、
背骨はまっすぐでも、
腰からは少し前かがみにして歩くようにした。
10キロ以上のものを前に持って歩くとどうしても反る。
するとテキメン痛くなりしびれる、
ところが、背中に持つと前かがみになるので、痛くならない。
これと同じ原理で、脊柱管狭窄症には前かがみなのだ。
だからボクのウオーキングは前かがみ。
だからか、しびれない、痛くならない。
だんだん自信がでてきた。
野菜いろいろの畑の草だらけの所を手で抜こうと思っていたが、
遅々として進まないので、
草刈り機で刈ってしまい、すべて終了。
また田植えから約一ヶ月になり、
これからしばらくは曇りとか雨だという予報なので、
田んぼの水を全部抜いてしまう。
まあ乾し上げということだろうか。
サトイモ、ネギのところは手で丁寧に抜く。
雨で土がグチャグチャで、長靴もどろどろ。手袋もドロドロ。
明日から11日まで英会話グループで
なぜか英語圏でない韓国のソウルへの旅。
3日以上会社を休めないから、
近場しかないというのが大きな理由。
ボク以外のメンバーは韓国はよく旅してるみたいで、
初めての(1回行ってはいるが、ツアーで後ろノコノコだったので、まったく行った記憶すらない)
ボクはもしかしたら、今回も後ろノコノコになりそうだが、
少しは前向きにいろいろ見て、
記憶に、思い出になるようにしたいと思う。
ホームページの更新も木曜日から。
7月7日 (大隠太陽暦5月23日) 土曜日 雨
一応順番に書いてみると。
6月8日に観世栄夫が鬼籍にはいり、
ボクが17日に瀬戸内寂聴の秘花を読み終わった。
そして今日、駅前のシビックセンターホールで
観世シテ方能楽師の河村晴道さんが来て講演するというので、
能にはほとんど興味はなかったが聞きに行った。
なんで寂聴さんは秘花というタイトルをつけたのかについては、
その本の中にも頻繁にでてくるので、わかるのだが、
どこか引っ掛かるものがあった(6月17日の日記にも触れた)。
ところが包み紙として出てきた
朝日新聞の古新聞をみたら、
観世栄夫に書いてもらったという
「秘すれば花」という薄墨の墨書が
この記事を書いた記者の自宅部屋に飾ってあると・・・・・・・・。
この意味津々の言葉はいかようにも解釈ができるし、
とくに秘密の男と女のことと、
地位のある人の男と男の秘密、・・・・・・・・・
観世の伝統の中で生きている言葉のようだから、もっと深い意味合いをもっているのだろうが・・・・・・・
そして、今日の講演者も同じ言葉を言っていた。
すべてを教えないで本番を楽しみにしてください、
手品でいえば、種明かしをあらかじめされてしまたら、
つまらないでしょう、
能も事前の解説で、なにもかも聞いてしまったら、
楽しくありませんよね、
という程度の意味らしい。
相撲でいえば「心技体」
能では「秘すれば花」かな。
テーマは講演者が12月に演ずる
「道成寺」のあらすじ開設とさまざまな演技の意味合いの説明。
話しの運びがすごく上手で、
時間ピッタリにはじまり、時間ピッタリに進行し、時間ピッタリに終了。
まるNHKの解説員のよう。
能音痴でも話しの中身もよく、非常に分かりやすかった。
聞きにきていたのは95%が女性??
いつもそうだが学習的な集まりはすべて女ばかりだ。
タマゴの質が変わったような気がしている。
ここのところ半月ばかり、
野菜を持て余しているので、
野菜カッターで砕き、
粉体のエサと混ぜて食べさせている。
生ゴミもいっしょに砕いて混ぜているので、
多すぎるかな?というほど食べてもらっている。
だからだろうか?
タマゴの黄身の色が黄色くなってきた、
山のように盛り上がっていたのが、
すこしだが平坦になったのではないかと思う。
白身が水っぽくなったような気がする。
もちろんすべて産みたてのタマゴで。
こんなに野菜を食べさせなかった時は
黄身は赤く、丸く盛り上がり、
白身はほとんど拡がらずに、黄身の下から僅かに拡がるだけで、
割って目玉焼きにしても
白身は黄身の周囲にだけしか拡がらなかった。
べつに専門家から聞いたわけではないが、
多分野菜の食わせすぎだと思う(野菜は水分が多い)。
だから今日からは野菜に混ぜるのは生ゴミだけにして、
インゲン、キュウリなどの野菜はカッターで
刻みはするが、混ぜないで、
別の容器で別の場所に置くだけにした。
まあ、無理やり野菜を食わせないという方法に。
7月6日 (大隠太陽暦5月22日) 金曜日 雨
一日中雨。午前中はパソコンの前。
午後になって近くで午後だけの仕事につきながら
農業を営んでいる小野さんが来てくれて
3時過ぎまでいろいろと意見交換。
彼とは数年前に知り合い、勤務先がさくら診療所なので、
籾摺りのときには甚大なお手間をかけてしまい、
非常に助けられているし、
ボクが小麦作りをやめたころから、
小麦の栽培をはじめてくれたので、
毎年60キロ以上もの小麦を戴いたり、
また野菜作りの知識も豊富で、
たびたび教えてもらうこともあって、
ボクにとっては大変貴重な人。
そんな彼が訪ねてくれて、しかも2時間以上も話しができたことは大変嬉しかった。
パソコンを組み立ててしまうとか、
登山歴が長いとか、隠れた能力ももっている人でもある。
彼が去って、すぐに川島の田中さんが
美味しそうな魚のかす漬けや陰山製油の紅花油をもってきてくれたりと・・・・・・・
頻繁に釣り場のリサーチをしてくれているようで、頭がさがる。
8月10日には長男が里帰りして、
川、海に潜水して魚突きをしたいと言っているので、
釣り場のみならず、潜れる場所も探してくれている。
彼は海外生活が長いので、
いろいろと面白いことを5時過ぎまで話し込んでくれた。
今日の午後は耳学問の日になった。
家にいて、こんなこと体験できるなんて嬉しい限り。
オーストラリアのOrganic編集長からメール来て、
毎号掲載はできないが、
日本とか海外有機農業事情などの記事が必要になったら
その時にはお願いしますとの返事。
大雨で、低い所には水たまりができるほど。
帰園田居 13回目
四)コメ作りで、地域の人々と自然に生かされていることを実感
山川町に入植して三年目だと思いますが、近所でいろいろと世話をやいてくれていた石本さんが「おまん、コメやんねーのか。コメやらんと百姓じゃあんめ」と言われたことが、きっかけでコメ作りをすることになったのです。
徳島県に引っ越してくる前は千葉県で二年ほど百姓してたのですが、このときは最初から「コメ作るぞ」という意気込みがありました。地主さんの「耕運機貸してあげる」「田植え機貸してあげる」という好意をことわって、よせばいいのに、マンノウ一本で田耕い、代かきをやったのです。バカでしょ!そう本当にバカだったのです。その時は正気を失うほど百姓に燃えていたからなのです。長い間ホワイトカラーの生活をしていて、カラダを動かしての仕事などしたことないのに、いきなりグチャグチャの田んぼに入って、マンノウ振りかぶっての土起こしですから・・・・・・「あいつはキチガイじゃないか」などと、陰口たたかれていたかもしれません。わずか一反の田んぼなのに、田耕いだけで一週間もかかってしまいました。手のひらが痛い、マメもできそして何度もつぶれ、腰が痛い、腕が痛い、・・・痛い痛いの連続でしたから。それでも弱音を一度も吐かずに続けました。
「代かきぐらいは機械貸すから、機械でやんなよ」との隣のおばさんからの忠告も断って、代かきもマンノウ一本で、やってしまったのです。
苗代・短冊での苗作り、手植え、という博物館的な手法でのコメ作りが始まったのです。すべてが初めてですから、どんな手違いがあったのか、まったくわからないうちに「ひどい病虫害」に襲われれてしまい、稲刈りは惨めなものでした。一反といえば、悪くても八俵・五〇〇キロぐらいの収量が普通なのですが、なんと一五キロ、しかも黒や茶色の変色コメが半分以上という有り様だったのです。脱穀してくれた隣のおばさんは「これじゃ、ブタのエサだ。おらがのコメやるから、棄てちゃいなよ」なんて言われるほど、ひどいコメだったのです。
しかしわたしは棄てることができずに収穫に感謝しながら、涙ながらに食べたのです。まずかったですけど、非常においしかったのです。食べながら頭の中を、コメ作りのいろいろな作業風景が走馬灯のように駆け巡りました。コメというよりも、つぶれたマメから流れた鮮血、着衣をずぶぬれにするほどの汗と塩、腕・肩・腰・全身の筋肉痛、・・・・すべてを小さな米粒に凝縮した「労働の塊・労働の魂」そのものだったのです。
コメに対し、こんな気持ちになったのは「後にも先にも」、この時が初めてで最後でしたが。
7月5日 (大隠太陽暦5月21日) 木曜日 曇り 晴
今年はなるべく草は手で抜こうなんて殊勝なことを考えていたが、
やはり草の伸びには追いつけなくて、
今日は、目一杯のくさかり。
休息なしの草刈り機2時間連続運転。
草刈りの刃が石にぶつかって、
ところどころのチップが吹っ飛んでしまうと、
重心がぶれて、高速回転だから手元がぶるぶるくる。
今日使った刃は10カ所以上のチップが無かったせいか、
エンジンをかけた瞬間からブルブル。
我慢してこのまま2時間作業。
こんなこと続けると白蝋病になるのだが。
イノシシ避けのトタンのところは
トタンから約2メートルは草をキレイに刈っておかないと効果がないというので、そこの草刈り。
ここにはシノ竹の若芽がたくさん伸びてきていて、
2−3メートルものばかりが50本以上も生えていて、
片っ端から切り倒す。
コンニャクの周囲、モチトウモロコシの周囲、ブルーベリーの周囲、サトイモの周囲、ネギの周囲、・・・
こういうところは手で丁寧に草抜きをしなければいけないのだが、・・・・・・・・
ボクは草刈り機の操作が上手いという自信があるので、
茎のぎりぎりまで機械で刈れる。

今日は90年にスタインベックの
怒りの葡萄の移動自動車みたいなみすぼらしいトラック自動車で、
千葉から徳島入りした記念日だ。
満17年。まあ、
関東の人間から関西圏の人間になった記念日。
食いものだけみても関東からみると関西は外国みたいに違う。
どうやら慣れてはきたが。
ついこのあいだ!みたいだが、もう17年も経過していたんだ!!
二回目のキュウタネ蒔き。
出荷していたころは3回タネ蒔きしていたが。
インゲンはなんで食いたくないのだろうか。
今年も大豊作で、毎日たくさんもぎっているのだが、
なぜか食いたくない。
キュウリとかナス、タマネギ、ジャガイモ、トマトに関心が行ってしまう。だから、ここのところ、
もぎるもの全部ニワトリのエサ。
来年は10分の一ぐらいに作づけを減らそうと思う。
7月4日 (大隠太陽暦5月20日) 水曜日 雨 曇り
専業で有機農業しているAさんが来て
「昨日、明日の出荷分として残っていたキュウリが、
きれいさっぱりもぎ取られていた」と。
こんな話題になったら、
「スイカを盗まれたことがある」
「サトイモ掘られてしまった」という人も。
山形県のサクランボ泥棒はニュースになったし、
冷害がひどかった年にはコメが倉庫からそっくり盗まれた、
稲を刈られてしまった、なんて話しがあったが、
この山川町で、キュウリ泥棒!!だなんて。
20キロぐらいではないかと話していたが、
1キロ230円としても5000円にもみたない。
こんなものを盗んで(失礼!)、
もしバレテ捕まったら、ほんとうにバカバカしいと思うのだが。
鉄が盗まれているという話しもテレビではよく見るが、
キュウリ・・・・・・・・・も。
嫌な、暮らし難い、人を見たら泥棒と思え、
というような世の中になったのが恐ろしい。
数年前に近所の人から
「このあたりにも、泥棒が住んでいるから、
戸締まりには気をつけなよ」と言われたことがある。
農村でもこんな事件が起きてしまうようになったのかと思うと悲しい。
赤星さん夫妻が来て、一緒に昼食。
これから手で田の草取りだという。
ほんとうに久しぶりにウオーキングしてみた。
3月10日におへんろ途中で急に座骨神経痛の痛み
(下肢から足首までが強烈にしびれて同時に痛みも。また下肢につながる腰、臀部、太ももの後ろもしびれる)が発症し、
痛むのを無理して
4月14日に平等寺から薬王寺まで歩いて徳島県の発心道場が終わった。
やむなく17日にMRI検査をしたら、
脊柱管狭窄症と診断された。
だから4月15日以後は間歇跛行の症状
(しばらく歩くと下肢がしびれ、前こごみで数分休むと治り、また歩ける。またしばらくしてしびれ・・・。これを繰り返すからこのように呼ばれる)がでるので散歩すらやめていた。
今日、治ったわけではないが、試しに歩いてみた。
20分だけだが、なんともなくてホットした。
だが、歩いている時はなんともないが、
図書館などで本探して立っていたり、
立ち話などで立っているのはしびれてすごく辛くなる。
だが、今日歩けて良かった。
だがこの病気は本を読んでみると、
安静していても決して快方にはむかわないで、
じょじょに悪化するのみだとのこと。
そういえば99年の秋の腰痛の時にも
脊柱管狭窄症との診断をされていたのに、
7年間も座骨神経痛がでていなかったので、
ボクはすっかり治癒していたものと思っていたが、
これが間違いだったようだ。
治ったのではなくて、より悪化していたと考えなければならないみたいだ。
7月3日 (大隠太陽暦5月19日) 火曜日 雨 曇り
夕べからの大雨は午前中にはあがってしまい、晴れたり曇ったり、ものすごく蒸し暑い。
午後からの暑い日差しを信じて、
草が生え始まっている畑の空いているところ全部トラクター耕運、
土が湿っているので、本当はやりたくないのだが、
見苦しいほどの草なので、無理してやってしまう。
毎年大豆を栽培している畑の一部がトラクターを走らせるたびに、
爪が石にぶつかって跳ね上がっていた。
今までは無視していたが、爪を新しく換えたばかりのせいか、
普通でない跳ね上がり。
降りて、
シャベルで掘ってみたら、
なんと岩盤が横たわっているのではないかと思うような大きな石。
掘っても掘ってもダメなので、
今日のところは諦めた。
太くて長い鉄棒を岩盤の下に差し込んで、
テコの原理を利用してみて、はたして除去できるかどうか。
とてつもなく大きな石だ。
ところでわが家の畑には10キロぐらいの石はたくさんあった。
この程度ならシャベルで掘って捨てられるけど、
ここに住んでから20個は掘りだしていると思う。
ボクが引っ越してくる以前にこの畑を耕していた人は気にしなかったのだろうか。それともトラクターを使わなかったのだろうか。
大きい石はこんなものだが、
コマカイものだと、土よりも多いのではないかと思うほど石だらけの畑。
だからトラクターの爪は早く減るし、
草刈り機を使っていると
石に刃がふれてカチンカチンという音は頻繁にするし、
土篩でふるうと、石だらけ!!!!!!!!!
山間部を開墾した畑ではないかと思う。わが家だけでなく周辺の畑全部そうだから。
インゲンが旬でそのほとんどをニワトリのエサにしている。
もう5羽を捌いてしまっているので、
現在は8羽だけ。決まった量の粉体のエサに
インゲンがだいたい500g(男性の大人の手で思いきり手づかみで2回分ぐらい)
キュウリが600gぐらい(7−8本)を
野菜カッターで砕いて混ぜてあげている。
人間が食べる量の数倍から10倍にも。
まるで人間が食べるために菜園を営んでいるというよりもニワトリのために野菜作りをしているようなもの。
時々、ナスやミニトマトも入る。
その他に生ゴミも夏みかんの皮以外はすべてカッターで砕いて混ぜているので、わが家のニワトリは幸せなのか、不幸せなのか??????魚の頭や骨、皮も全部だ。
今日もキュウリ、インゲン、シシトウがたっぷり収穫。
7月2日 (大隠太陽暦5月18日) 月曜日 雨 曇り
思い出したように暦を見たら、半夏生。広辞苑をひいてみたら「・・・・・・・・梅雨明けで田植えの終期」だと!!
わが家周辺の天候だと昨日あたりから梅雨なんだけど・・・・・・・・・。
長い間、ギャバ成分が多いから身体にいいと言われている
発芽玄米入りのご飯ですごしてきていたが、
すこし厭きてきた。
某鍋会社のチラシ広告の中にあった、
圧力鍋でおいしい大豆ご飯が炊けますという
キャッチコピーに釣られて試しみた。
玄米3カップ、煎り大豆1カップ、ジャコ50g、醤油大サジ1杯半、水3カップ半(鳥がらダシ1カップ含む)。
初めての試作品なのに、大成功というかメチャ旨。
ジャコはたくさんもらっているので、
しばらくは虜になりそう。
ところで、この中でお金をだして買ったものは、
醤油大サジ1杯半に含まれている食塩だけ!!
というのも自給的家庭というだけあって、
われながら、スゴイ!と思う。
昼過ぎから雨があがったので、
サツマイモの草抜きやら、
ナス、キュウリなどへの追肥やら、
柿の根に近い太い幹から新芽とか、
新枝が数本伸びてきていたので、
時期的に遅いかな?と思ったが切って大きな鉢に挿し木をしてみた。
失敗するかもしれないが、・・・・・・・・・う
まくいったらいいなと思う。
こんなことをしたのは、ビワに芽が出たからだ。
高知県の駅近くの鉄道沿線の百姓市で買って食べたビワが、
普通のビワとは違う
「これでもビワ?」というほどのメチャ旨いビワだったので、
タネを7個だけ残してポットにタネをい入れておいたら、
その内の3個から芽が出て、
すでに5センチにも伸びてきたからだ。
柿の木も大分老齢化してきていいるので、
この挿し木がうまくいけば・・・・・・・・・・
今年のミニトマトはなんだかまずい。
去年は美味しかったのに。自家採種のタネなんだが・・・・・・・
もし、すべてのものがまずかったら、
タネとりはやめて、別のタネとりができて美味しいタネを購入しないと・・・・・・・・・。
帰園田居 12回目
百姓通信は二種類作りました。一つは野菜を送るときに段ボールに入れるB五版裏表のものと、もう一つは毎月郵便で送るB五版・四ページのものです。栽培面積が八反にもなり、常時四〇数種類の「多品種・少量生産」でしたので、多忙を極めていたのですが、いつしかこんなことを書くことが楽しみになり、昼間の疲れを癒してくれる時間にもなっていました。農作業も楽しく、多くの訪問者にも恵まれ、その農作業を書きつづることも楽しくなってしまい、一度に三つもの楽しみができてしまったのでした。
人が大勢ひしめいている都会での暮らしの時は、会社、取引先、そして家庭だけの人間関係でしたが、農村という「人がまばらな場所」ながら、都会とは比較にならないほど多彩な人たちとの交流に恵まれてしまうなど、まさに逆説的なことではないでしょうか。
7月1日 (大隠太陽暦5月17日) 日曜日 曇り
一昨日の夕方に大雨で、驚き、田んぼの水を流して、
さらに水が溜まらないように水口を開けておいたのに、
今日は一転して、快晴猛暑。
あんなに黒く湿った畑も昼過ぎには白く乾いてしまうという猛暑。
雨降って、快晴、猛暑が断続的に続くと、
草の生長が一段と早い。
平常の2倍は早いように思えるから不思議。
草抜きして半月もたたないのに、
ブルベリーの周囲は20センチを越す草草、くさ。
ほんとうにこの時期、そしてこれからの時期、草刈りでうんざりだ。
夜、吉野川市の市庁舎がある鴨島町駅前中央通りで行われた
「五九郎祭り」の見物に行ってきた。
予想に反してものすごい人出。
また浴衣や超ミニ食い込み短パン、お化け化粧の中学生・高校生らしき女性がいっぱい。
ボクが徳島に来たころは祭りというと
ジジババと孫ばかりだったのを考えると隔世の感。

五九郎踊りは面白くたくさん写真を撮ってきた。
子どもたちにメールしてやろうと思う。
曽我廼家五九郎さんは
鴨島出身で、明治・大正・昭和の三代にわたって活躍した浅草の喜劇王。
浅草に顕彰碑がある。
映画「ノンキナトウサン」で有名。
現在では加藤茶がマネテいるのが当時の姿に似ているのではないかと思う。
夕方、三嶺登山からの帰りだ、
といつもの登山グループ4人が寄ってくれた。
脊柱管狭窄症のために行けなかったボクを慰めるためか、
羨ましがらせるためか・??
いづれにしてもこうして寄ってくれるのは嬉しい。
今月中旬には富士登山だという。
ボクも一緒に行くことになっていたのに、
これもできない自分が腹立たしい。すこし、
歩く練習をしてみようなんて、足がうずいてきた・・・・・・・・・
|