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5月31日 (大隠太陽暦4月15日) 木曜日 曇り
昨日に続いて涼しくて過ごしやすく、農作業しても気持ちいい。
朝早くから、ナス、シシトウ、トウガラシ、キュウリ、インゲン、ササゲの畝を大きくする作業。
畝間に鶏糞を撒いて、
ジョレンで土と混ぜながら畝に持ち上げる作業。
こうすると、根が張れる面積が大きくなり、
結果として上層部の元気になるし、生
え始まった小さな草も削り取ることができて、一石二鳥。
なぜか、乾燥納豆というか
干し納豆に懲り始めてしまった。
キッカケは大豆に関する本を読んでいて、
干し納豆は作り置きができて、
1年分を作っておけば、随時食べられるし、
旅行中でも気軽に持っていける、
しかも改めて納豆を朝食で食べるとか、
あのねばねばに悩まされる心配もない。
酒のつまみとしても
美味しいので、お勧めの一品だなんて書いてあった。
栄養価とかナットキナーゼという有効成分も同じだから、
血管とか血液にすこぶるいい、なんて。
初めは1カップの大豆から始めてみたが、
これが上手くできた。
そしてアッというまに食べて無くなってしまった。
市販の納豆を買って作るのでは割に合わないが、
わが家みたいに大豆をたっぷり持っている農家ならば、
これを作らない手はない。
今は3カップで作っていて、もうすぐ完成。
これで成功したら、次は5カップだ。
酒を飲むとかみさんはカラダに悪いなんて言うが、
カラダにいい納豆食いながらの酒だから、
もう文句は言わないだろう。
ボクの好みで一味トウガラシをたっぷり混ぜこんであるから、
肥満対策にもなるし。
100gづつ袋詰めしてあるので、
「いつでも、どこでも、納豆!」
納豆には糸を引くものと、
糸を引かない塩辛納豆の2種類が昔からあり、
塩辛納豆のほうがはるかに歴史が古いのだそうだ。
だからあのねばねばの糸を引く納豆・・・・・!
というのはむしろ新しい。
もともとは糸は引かない。有名な大徳寺納豆がそのいい例。


だから干し納豆は・・・・・・・糸を引く納豆の糸を閉じこめて、
糸を引かない納豆にしたのだから、
その中間???。
ものの本によれば、あの糸がカラダにいいというのだから、
干し納豆が最高なのではないだろうか。
市販の大徳寺納豆は100gで700円ぐらいだから、・・・・・・・・・・
こちらは干し納豆だけど、簡単に家で作れてしまうのだから、自給農家はやめられない。
5月30日 (大隠太陽暦4月14日) 水曜日 晴
用水堀から漏れてくる水を田んぼに入ってくるようにしておいたら、
入りすぎてしまい、流してしまった。
AETが来て田植えする予定の田んぼには、
明日あたり充分な水量になりそう。
漏れてくる水だけで代かきできるなんて、嬉しい。
自家採種している
平家ダイコン(米良ダイコン)のタネが熟してきていたので、
刈り取りし、大きなビニール袋にいれて干し始めた。
今年のタネの充実はよさそう。
ネギ、ほうれん草の草抜き、
トマトの支柱への結わえなど、
今日も雑用みたいな仕事。
神戸市博物館で開かれている
「古代エジプト展」の広告はなぜか毎日のように新聞に大きくでている。
広告の料金だけでもすごい出費じゃないかと・・・・・・・・・・
2日にボクも行くことにした。
開会早々に行くつもりだったが、
なぜか、閉会ま直に行く、なんてことになってしまった。
すごい安い高速バスを見つけたのだが、
往復で、なんと3300円。
普通だと7000円もするのに。
山川から徳島市までの電車料金を加味してもだんぜん安い。
ついでに久しぶりの神戸一人旅を楽しんでこようと思う。
多くの世界的な著名人の愛読書といわれている
グラシアンの「賢人の知恵」(The manual of prudence)を買った。
前半の少しを読んでみた。
ショーペンハウエル、ニーチェなどが絶賛し、
マキュアベリーの君主論と並んで
当代の名著だなんていう評判なんて書かれていたが・・・・・・
ボクはがっかり!!
「賢人の知恵」じゃなくて、
「一般人の日常心得」というタイトルが似合いそう。
やはり、本は本屋で手にしてから買うべきかな、なんて思ったりして・・・・・・・・・・・・・
目次がくだらないが、
内容はもっとくだらない。
こんなのが名著だなんてあげへつらう文芸評論家はもっとくだらない、
と思う。
誰か読んだ人もいると思うけど、多分、ボクと同感なのでは・・・・・・・・
日本語のタイトルが悪い。
原題とまったく違う。
ボクはこんなタイトルをつけた日本人訳者を怨みたい。
原題は内容にピッタリ!!なんだが。
5月29日 (大隠太陽暦4月13日) 火曜日 晴
涼しい一日で、農作業がラクチン。
草刈りしたり、トマトの支柱にヒモ付けしたり、
シシトウやトウガラシの行灯を浅くしたり、・・・・・・・・・・・・
雑用みたいなことで一日終わってしまう。
明日はまた雨らしく、「たくさん降ってくれ」の心境。
隣の人が代かきした。
いよいよこのあたりも田植えモードになってきた。そのせいか、昨日までチョロチョロの用水堀が急にドーッと流れてくるようになった。
農協の関連団体・家の光協会が発行している
「地上」という雑誌に、山下惣一氏が
「やっぱりそうなんだ」という、納得の記事を書いていた。
ボクの出版物にはどれにも
「農村のありよう」を触れているが、書いていて、
なんとなく「これでいいのだろうか」という不安がつきまとっていたが、「やっぱりそうなんだ」と
「安堵」と「確信」の記事だった。
大阪教育大学の元哲学科教授だった村田迪雄氏の
「ムラは亡ぶ」という本からの引用文で、
ムラの農民心理を分析したくだりだ。
「現代の支配は内面支配として特色づけることができる。
奴隷をムチとクサリでしばる支配に対し、
それは次のような特色をもっている。
(1)主としてマスコミと教育を通して行われる大衆の意識支配である
(2)支配・強制の意識を伴なわしめることなく、次のような志向、
感情を大衆の意識内に定着させることを目標としている。
@支配者の欲するものを欲するようになる。
@支配者の憎むものを憎むようになる。
@支配者の好むものを好むようになる
@支配者が読んでもらいたくない本、雑誌、新聞は読まなくなる
@支配者が近づいてもらいたくない団体、組織、運動に近づかない。
放っておいても、いつか支配者の都合のいいようなものの考え方をする
@支配者の利益の方向への偏りは少しも偏向として意識しないが、
支配者の不利益(支配者への反対、批判、抵抗)のみは
つねい敏感に偏向として逆毛をたてる
(3)この支配はいわば意識を通してのリモコン支配であって、
意識・行動は支配者の欲する方向に完全に統制されていながら、
統制されている当人にはそれが意識されぬ。
完全に自主的に考え行動していると思っていることが、
そのまま支配者の欲するがままのものとなっている
(4)支配者の欲するイデオロギー、志向、感情を定着させてしまえば、
あとは支配は自律的にいく。
この定着させられた意識を自己の「良心」として、
自己が自己を縛っていくという自律的形態で、
この支配は維持進行していく。
(5)省略
(6)かくて、ここから、支配の匿名化という現象が起きてくる。
誰が誰をどのように支配しているのかわからない支配があらわれる。
だから、村田迪雄氏の「ムラは亡ぶ」という。
山下さんはこの文言から、
ボクとは違う解釈をしているが、
ボクはこれを素直に解釈したい。
村田氏の分析は、ボクの田舎暮らしで
実感していることを完全に一致しているように思う。
だが、
がから「ムラが亡ぶ」とは一概に思えないが・・・・・・・・・・
ボクはこの分析が農民の心理という範疇にとどまらず、
都市住民であってもこの分析にあてはまる
「大衆」は全住民の半数以上を占める
多数派を構成しているのではないかと思っている。
農民の心理ではなくて、一般大衆の心理だと思う。
5月28日 (大隠太陽暦4月12日) 月曜日 晴
涼しい一日。近所で代かきなどする人がでてきた。
6月に入るとこのあたりの田植えシーズン。
わが家は10日前後から、それ以後になるが、
今年は9日に外国から英語を子どもたちに教えにきているAETの3人が、
帰国にあたって、
昔ながらの日本の田植えを体験してみたいというので、
9日(土曜日)に合わせて、
一番狭い田んぼだけは早めに代かきをしないといけなくなってしまった。
例年に比べて、用水堀の流水量が半分程度しかなく、
心配になり、今日、他の田んぼや用水堀から漏れてくる水を導水するために、仕切りや水止めの作業をした。
このあたりは段々田んぼなので、
上の田んぼなどから水が滲みて漏れてくる)
広い田んぼ2枚の畔草刈りをした。
バックパッカー歴ウン一〇年というベテラン中年女性から電話がきて、「バックパッカーの楽しい旅行記」を本にしたくて書いたから、
読んでみてよ」と。
そんなの嫌だと断るも、必要に頑張られて、
とうとうそれが送られてきてしまった。
返信用の切手付き封筒、赤ペンまど同封して!!!!!!
ボクには人さまの原稿を云々できるような立場も力量もないし、
本当に困りはててしまった。
それで、「知り合いが書いた本が送られてきたから、読んでみよう」
程度のつもりで読み始めたが、
筆者の趣旨は
「この本を読んで、バックパッカーは楽しいな。自分もやってみようかな」と思えるようになってほしいようではあるが、
「言葉も解らない外国へ一人旅、しかも貧乏旅行なんて、
とてもボクには無理」
と最初から思い込んでボクとしては、
読んでいて
「怖くなって、バッックパッカーなんてとんでもハップン」
という第一印象。だが、
これからバックパッカーしてみたい、
あるいは2−3回経験している人が読んだら、
面白いやってみるか、
ソウナンダヨナー、と共感するような、
そういう印象だとおもう。
もともと本というものは食べものと同じで好きづきがあるもんだし、・・・・・・・・・・
ボクなどがとやかく言えるものでもないし・・・・・・・・
ただ、ボクは南オーストラリア旅行記原稿を書いているので、
その経験からいうと、
突っ込みがたりないという印象はまぬがれないのではなかろうか。
一夜を過ごすことになった宿の記述などは、
もっと突っ込んで、多少のフィクションを含めながら、
ドラマチックに書いてみたらどうかな?????と思った。
筆者だけが解っていて、読む人が解らない、
そんな部分があった。
フィクション抜きを貫くなら、
もっとあちこち歩いてみたり、
人との交流をしてその地の雰囲気をもっと探る必要があるだろうし、
そんな余裕がなければ、
頭の中でその場に見合った創作を導入したほうが、
読者をしてよりよく理解してもらえるのではないだろうか。
だがコレもボクがそう思うだけで、
原稿を受け取った出版社の編集者が
「うん、良くできている。これなら、売れそうだ」
と判断すれば本になるのだし・・・・・・。
とにかくこの世界は解らないのだから。独断と偏見の世界だし・・・・・・・・・・・
しばしば登場する文言で
「旅人はだまされ、盗まれる存在」だということをたえず念頭に置いて旅すべし・・・
ボクはこんな恐ろしいことできない!!。
だが著者は、こういうことがあるから楽しい!!と。
5月27日 (大隠太陽暦4月11日) 日曜日 晴
昨日
鳴門教育大学図書館で行われた
「地域に生きる遍路文化」という講演会を聞きにいった。
幕末の組頭庄屋の後藤家に残されていた文書の
データベース化が終わったので、その記念だという。
こんかいは遍路が主な命題だったので、
辺路庄屋の支配地域内で病気などで倒れた場合の対処に関するものが中心。
往来手形を所持している辺路が死んでしまった場合は
僧侶も呼んで戒名もつけて、その地で葬り、
家族辺路で残された者がいる場合は国元へ照会し、
引き取りにくるまで、村で養っていた。
持っていない辺路については
乞食体(こじきてい)として、葬るだけ。
ハンセン病の死者についてもなんの隔てもなく懇ろに葬った
記録として残っているということなので、なんの問題もなく通過した辺路については聞かれなかった。
往来手形を所持していても、
村で食い詰めてしまったり、
住んでいることができなくなってしまった人や家族が、
辺路に出たのではないかと思われるような説明が多かった。
物乞い辺路だ。
国府町周辺(後藤庄屋の管轄内)には
大日寺、井戸寺など5寺あり、
このあたりだけで1831年から61年までに164人の辺路が死んでいる。
この数字を見たかぎり、
辺路とは死に場所探しの旅?みたいな印象をもった。
現在とは雲泥の差。
後藤文書は鳴門教育大学のHPから入って、
すべてを閲覧できるようになっているとのこと。
こういう大学の講座というか講義はたまには聞いてみるもんだと、
つくずく思う。
徳島に引っ越して来る前は、
このレベルの講義はよく聞くチャンスに恵まれたが、
最近はなく、年に数回は聞きたいもの。
いつもの登山グループが高越山へ登ると8時半頃にわが家へ寄ってくれた。ボクは足の具合がよくないので、
せっかくのお誘いながら、参加できず、悔しい思い。
5月25日 (大隠太陽暦4月9日) 金曜日 雨
待望の嬉しい雨。しかも大雨。だが4時頃に止んでしまった。
川の取水制限がこれだけの雨ではずれてくれるかどうか。
一日中、パソコンの前。時間が充分とれたので、
こっちのほうは成果大。
息抜きで「乾燥納豆」にトライ。
納豆を好みのダシに漬け込んだ。
なお、納豆は圧力鍋で煮た大豆に市販の納豆を少し混ぜて、
湯たんぽを抱かせて、簡単にできる。
(作り方はこのHPの食べもの自給のページを)
ダシ漬けは一昼夜。
あす晴れたら拡げて干すだけ。
こうして出来た乾燥納豆は年間を通していつでも食べられる栄養食品とのこと。
3年前に東京の自然食品店で買って食べたことがあり、
この時は塩分がきついとおもったので、
自作のものは少し塩分控えめ。
塩分さえ考えなければすごく美味しい食べもの。
市販のものはご飯で食べる納豆と違ってすこぶる高価。
5月24日 (大隠太陽暦4月8日) 木曜日 晴
今日も暑い一日。カラカラ乾燥天気。
日中がこんなに暑いと、仕事する気になれない。
もう完全に真夏という天気だ。これからは朝夕の野良仕事になりそう。
ブユなどの虫よけの薬を顔にぬって。
昨日畑に水を引こうとしたが、
用水が止まってしまいできずにいたが、
今朝は流れていたので、
朝食前にインゲン、ナス、キュウリ、シシトウの畝横に流し込んだ。
これでまたしばらくは安心。
稲苗のシルバーシートカバーをはずす。
昨年も同じ日にタネ蒔き、シート外しをしたと日記に書いてあった。
ナス、シシトウ、トウガラシの芽かきというか側枝をとりはらい整枝。キュウリのネットも張る。
母校・小学校が4月に廃校になった(茨城県南部の利根川沿いにある)。
記念してというとヘンだが、
16日に同窓会をやるから来ないかとの電話、
さらにハガキまできた。
ボク以外は地元、または近隣の県に住んでいる同窓生ばかり。
電話の時には費用もかかるので、参加するつもりはなかったが、
ハガキを見て、
「最初で最後ということで参加してみるか」と気持ちが傾いてきた。
日記に何度も書いているが、
ボクは当時いじめられていたので、
70歳になるのに、いまだかつて一度も同窓会には行ったことがない。
ところが、ボクをイジメタヤツら3人がみんな死んだり、
痴呆になったとわざわざ知らせてくれたので、その気になった。
ついでというと悪いが、施設に入っている母の見舞いもしてこようと思う。
燃料の関係だろうが、
飛行機運賃はずいぶん上がった。
同じ燃料を使うバスはどんどん値下がりしてるのに。
神戸博物館で開催されている
「大英博物館のミイラと古代エジプト展」に行くことにした(2日)。
徳島から三宮までの往復バス料金が、
なんと往復で3300円。めちゃ安いのでビックリ。
駐車料金1000円かかるが、それを加算しても安い。
飛行機と比べても・・・・・・・・・
ローソンで本が買えること、新発見。
アマゾン取り扱いの本なのだが、
ローソンからお金を振り込むと、
自宅にまで1500円以上の本なら無料で送ってくれると!!
従来は大手取り次ぎのインターネット書店・E-HONE扱いで、
地元の書店に本を届けてもらい、
そこで受け取って支払いもしていた。
たまたま今回注文した「賢人の知恵」という本は
そこで取り扱っていなかったので、
アマゾンでトライしてみて、発見。
しかもEーHONEに比べて格段に早く届けられてくる。
夕方の天気予報で「明日は雨」とのこと。万歳を叫びたいほど、うれしい。
5月23日 (大隠太陽暦4月7日) 水曜日 晴
今日も非常に暑い一日。真夏なみだ。
沖縄が梅雨にはいったというので、
ゴミがたまったり、破損していた雨どいの修理。
タマネギが1割ぐらい茎の首から倒れたので
その倒れたものだけを抜く。
普通は3割ぐらい倒れるのをまって、
一斉に全部を引き抜くのだが、
ここのところ、野菜がなくなってしまい、
タマネギを使う頻度が高くなってしまったので、抜いてしまう。
今はまったく畑に食べられる野菜がない。
青い葉っぱものといえば、野生のミツバぐらい。
だがこれもすこし硬め。
フキも日陰のものでないと、やはり硬め。
食べごろのはずのニンジンは雨なしの晴天続きで、
小指程度の細さなのに、
木のように硬くなってしまい食べられず。
野菜カッターで切り刻んで、ニワトリのエサになっている始末。
赤カブも同様で全部ニワトリのエサになっている。
だから、いまのところ、
野菜といえばタマネギ、冷凍したグリーンピースを解凍したもの、ソラマメの煮物、フキ、ミツバしかない。
土漠状態になっている畑ながら、
毎夕方冠水しているゴマが、
もう発芽し始めてくれた。
畔の草刈り、コメの籾摺り、精米、雑用いっぱい。
ニワトリをもう1羽殺さないといけないみたいだ。
イジメが怖いのか、
地上150センチぐらいの高さにある止まり木から、
エサを入れてあげたのに、降りてこれないのがいた。
おどおどしていて、可哀想・・・・・・・
明日はまた、こいつを隔離して、
やせ細らないうちに殺して肉にしてしまわないと。
十数年前に、上勝町に県外から移住して住んでいるHさんは
地元の人たちから
「旅の衆と呼ばれている」ということを昔聞いた記憶がある。
彼は「ヨソモノはいずれまた、
どこかへ引っ越してしまうと思われているので、
そんな風に言われているんだよ」と説明してくれたが、
どうもそうではなさそう。
現在読んでいる
辺見じゅんの「生きたまま鬼となる」という
越後・親不知あたりの言い伝えを書いたエッセイに
「旅の衆」という言葉が登場していたのだ。この本のタイトルは角川版で「海の娼婦はしりかね」。
「・・・・・・・村の者こそ顔知っとるけどさ、旅(他所)から来た衆は、そういうこと、あんねかね」と。
旅という意味は
「どこかから旅してきた、そしてまた旅してどこかへ行く」ではなくて、
旅=他所だったのだ。
しかもこうい使い方は
農村という田舎でしか使われない独特な意味合いを持たせてあるのではないだろうか。
日本の農村は閉鎖社会だからこそ、
このような言葉が生まれたのだと思う。
越後と徳島ではあまりにも距離がありすぎるが、
意味合いはまったく同じ。
人口移動の激しい都会地では
すべての人が旅の衆みたいな存在だから、
このような言葉が生まれる余地はないのだ。
蛇足だが、「はしりかね」というのは江戸時代までの風習だが、海が荒れたりして急きょ避難寄港した船の乗組員を対象にした売春婦のこと。(地理的には三重県鳥羽のあたりの言葉)
まあ、ボクも旅の衆の一人だが、こういう言い方は山川にはないようだ。上勝よりも町的だからだろうか。
5月22日 (大隠太陽暦4月6日) 火曜日 晴
腰や鼠蹊部に違和感があって、
歩行も困難だったかんみさんが、
一人で車を運転して、地元の病院・
麻植協同病院の整形外科へ出向いた。
今日が、どういう病気なのかの診断をいただける日だという。
しかし、どのような診断にせよ、歩行が困難なのだから、
少しは大きめの治療を受けなければならいのではないかと思う。
昨日の夕方来た3人のAETの田植え体験のために、
昔風の田植えに使う道具を近所の家を回って借りることにした。
目盛りの入ったポール、田んぼに引くヒモなど。
だがボクが茨城県の田舎で見たことがある手植えの方法と、
ここ徳島県での方法は大分違うらしいので、
道具を借りたとしても、使い方を教えてもらわないと、
当日、彼らに「あーせい、こーせい」と教えることはできないのではないかと心配だ。
昨日1羽、今日1羽とニワトリを捌いた。
殺したニワトリはいじめられているヤツ。
1羽はイジメが恐ろしくなって、
産卵箱の中に常時避難していて、
タマゴも産まないのに、他のニワトリの産卵の邪魔になっていたから・・・・・・・
もう一羽は昨日殺したヤツの後を追って、
同じように産卵箱に避難しはじめたニワトリ。
いつものようにハラワタなどの臓物やダシを取ったあとのガラを
裏の畑にすてているいるのだが、
今日は十数羽のカラスがやってきて、
ガアガアウルサイぐらい。
倉庫屋根のトタンの上で、
ガラガラ足を滑らせて大雨でも降りだしたかと勘違いするほど。
1時間ほどして、畑を見にいったら、
すっかり、掃除されていた。
ありがたい、ありがたい。
いままで3−4日ごとに捨てていた生ゴミは
晴天続きの強い日照で
分厚い夏みかんの皮まで、
からからに乾いていた。生ゴミのリサイクルは完全だ。
ドブロクができ上がった。
今回は予定よりも多くできたので、
酒粕というか、ご飯の粒々をカナザルで濾して飲むことにした。
こうすると数日で澱が沈殿して、透明な酒になる。
だけどもったいないから、振ってまぜて飲むのだが。
今回のものは前回同様、本当に美味しくできた。
半月ももたないだろうけど。
NHKの放送記者とカメラの人がきて
10時半から3時過ぎまで、
昼飯抜きの長時間取材と撮影。
6月1日夕方のテレビ放送に使うのだそうだ。
ボクの農業、農産加工での自給、本原稿書き、など。だが
僕自身も当日は生出演して、
その説明用に今日の映像を使うとか。当日のアナの塩田さんも来た。
5月21日 (大隠太陽暦4月5日) 月曜日 晴
大量の荷物の最終チェック、
とくに重量が問題で、
乗客一人について20キロ、許容範囲が500オーバーまでとのことで、
なんと82キロ(わが家の計りで)ぎりぎりを
積み込んでの出発に。
大小あわせて10個にも。
関空行きのバスに乗せる時にも、
荷物のおじさんが
「一人2個だから、普通ならこんなに受けられないよ」
なんて嫌みをさんざん言われての乗車。
たまたま乗客は数人だったので、なんとか乗れた。

11時25分のバスで14時着。
飛行機は17時だというから、
空港で3時間も時間潰しをすることになる。
サクラは幼稚園を休んでの旅行だったので、
「こんなに長期間も休んでいいのか」と聞いたら、
学校へ行くようになってからでも、
親がどこかへ旅行するときは半年でも1年でも
学校を休ませて子どもを連れて行くというお国柄だから・・・・・・・
という。学校などで勉強しているよりも旅に連れていったほうが、
はるかに学ぶことが多いというのが、
一般的なのだそうだ。
また教育の理念なども日本とはぜんぜん違う感じ。
20日に美郷のほたる館駐車場で、
ある小学校の遠足の子どもたち50人と一緒になって、
シャボン玉遊びをしたのだが、
先生と生徒との関係ややり取りを見ていた娘が、
「オーストラリアとはぜんぜん対応が違う・・・・・・。
先生が、みんな声をそろえて、
教えてくださる先生に最初は
「よろしくお願いします」、
終わったら「ありがとうございました」
って言いなさいと命令されて、
唱和していたが、こんなことはありえない!!」とか。
娘の子どもが通っている幼稚園では、
一人ひとりの子どもが、もちろん全部ではないが、
それぞれがそれぞれの言葉で「教えてください」
とか「ありがとう」とか言うのだそうだ。
先生は生徒にたいしてあれをしなさい、こうしなさい、
とは言わない、とか。
夕方、留美ちゃんの案内で、
川島町でAETしてるクリス(イングランド)♂、
ケリー(南アフリカ)♀、
名西高校のアーニャ(アメリカ)♀の
3人が「手で植える田植えを体験させてくれ」とやってきた。
あらかじめ留美ちゃんから聞いていたので、
なるべくそんな大変なことはしないほうがいいよ、
と伝えてもらっていたが、
決心はかたくやりたい、というから、
ヒルや泥が嫌ならば長靴などが必要だとかの注意をして、
田んぼを見せてあげた。
いちばん狭い3畝の田んぼにしようと思う。
今年の7月に契約が切れて母国へ帰るので、
土産として絶対にやりたいという。
田植えの日取りは6月9日
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