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3月20日 (大隠太陽暦2月2日) 火曜日 晴
コメなどを欲しいという人があって、
35キロほど籾摺り、精米。
機械が家庭用で小さいので、6時間もかかってしまった。
ダイコンの花が満開になったのでタネとりに。
いい株だけのこして、他を切り捨てる。
5本ぐらいを残した。
品種は平家ダイコン(米良ダイコンとも)。
昨年までは「あんまりおいしくないな」と思っていたが、
今年になって「ふろふきダイコン」のように
皮を厚くむいて料理して食べてみたら、
みずみずしくてすごく美味しくなっていたから。
青首ダイコンのように地上にあがり、
皮は赤い、中が白いというダイコン。
映像はダイコンの花

昔はアブラナ科の
キャベツやハクサイ、小松菜、水菜などもタネとりしていたが、
いまではダイコンだけになってしまった。
遺伝子の配列でダイコンだけは他のアブラナ科と交配しないらしいのだ。
他のものはハクサイと小松菜というように、
ものがちがっても交配してしまって、
翌年は小松菜風ハクサイなんてのができてしまうらしい。
ボクの場合は水菜と小松菜とチンゲンサイとミブナが交じってしまい、
名前が付けられないような野菜になってしまったことがある。
だけど、食べるにはなんら支障がないのだが。
自家用ならいいが、これでは売れないし。
まさか「今関野菜」なんていう名前はつけられないしね。
小麦の国別生産量について、ボクは長い間、アメリカ、カナダ、オーストラリアがだんとつと誤解していた。ところが、先月の日経にそのデータがでていた。
1位 EU 117,3
2位 中国 103,5
3位 インド 68,0
4位 アメリカ 49,3
5位 ロシア 44,9
6位 カナダ 27,3
7位 オーストラリア 10,5
単位は100万トン。(07年産)
ボクの誤解の原因は輸出量だった。
この中で輸出できるのは
アメリカ、カナダ、オーストラリアだけで、
あとは国内自給用なんだそうだ。
ボクたちになじみ深い小麦粉は「讃岐うどん」の原料になっている西オーストラリアのASWなんだが・・・・・・今年の干ばつで、今後大丈夫だろうか。当面は在庫の切り崩しで大丈夫らしいが。
3月19日 (大隠太陽暦2月1日) 月曜日 曇り
15日から昨日まで、東京へ行っていた。
母の見舞いとか、孫の顔を見にとか。
ついでに昔の友人に逢ったり、美術館とか鈴本へも。
友人と逢った場所が上野だったので、
開会中のオルセー美術展を東京都美術館へ見にいった。
ものすごい行列でビックリ。
行列ができるラーメン屋、スイーツ屋どころではない。延々と百数十メートルも。

それもそのはず、絵画音痴のボクですら知っている
印象派有名画家の絵がたくさんだからだ。
一応名前だけは知っている人で、
ドガ、モリゾ、モネ、ルノワール、マネ、ゴッホ、セザンヌ、ゴーガン、ベルナール、ドニ。
その他ボクの知らない名前が盛りだくさん。
だれでも「あれ、これ見たことある」という
マネの「すみれのブーケを突けたベルト・モリゾ」もあった。
フランスのオルセー美術館は古い駅舎の印象派美術館として有名。
日本でもレンガの東京駅が廃止になったら、
オルセーのような美術館になったらすばらしいなー、なんて、
思ったりして・・・・・。
ちんぷんかんぷんの有名名画を見たあとのデザートは
落語が最高!ということで、
近くの鈴本へ。
鈴本は落語にも登場するほどの席亭で、東京で最古。
そもそもは江戸時代に出来た本牧亭。
明治のはじめに鈴本に名称変更したという。
ボクは30歳台の時に一度だけ入ったことがあるだけ。
この席亭の近くに????とかいうそば屋があって、
おしゃべりした落語家さんが、ここへ寄って
ソバを肴に酒を飲むのが粋だ!なんて書いた
????という作家の一文を読んだことがある。
そのそば屋を探したが、見つからなかった。
いつもは浅草演芸ホールに行っていたが、
ここと客層が違うということを痛感。
浅草演芸ホールではホールの前通りの
汚い店で売っている握り飯、安い弁当、パンと牛乳、ワンカップの酒、
などが普通だが、
ここは少し上品なオバサマが多くて、
館内で販売している幕の内弁当だのビールが多い。
ボクは浅草と同じだろうとパンと牛乳で入ったが、
周囲に、同類項は皆無。
席亭は館内で飲食するのが普通。
浅草だと酔っぱらったおじさんが、
はなし家さんをだみ声でやじったりするが、
ここにはそんな下品な人はいない。
同じ江戸の席亭でも、こうも違うものかとビックリ。
浅草も上野もたいして変わらないのに、そして近いのに・・・・・・・・・
鈴本のすぐ近くに
立川談志一門の上野広小路亭があった。
ここは御徒町交差点のノッポビルの中にあり席は60なんて書いてあった。値段が安く鈴本の半値。
今度東京へ行ったらここへ入ってみようと思う。
今日。
苗が大分伸びてきたので、鉢に移植した。
ナス、シシトウ、トウガラシ。
最近ではプロ農家でも苗を買うようになっているので、
こういうことをしていると
「自分で苗たてると、病気がでてだめになるだろう」とよく言われる。
昔は殆どの農家が自分でタネから栽培して、
苗を自分でたてるのが普通。
そんなに病気にもならなかった。
だが、最近のタネは病気になることが多い。
多分タネが弱くなったのだとしか思えない。
自家採種したものは比較的作りやすいからだが。
3月14日 (大隠太陽暦1月24日) 水曜日 晴
昨日はおへんろ。
早朝の電車で「新野駅」まで行き、
平等寺経由で薬王寺まで。
遍路地図帳では22キロだが、
道しるべだと24−25キロのもある。
ありがたいことに、
標高150メートルぐらいの起伏はあるものの、おおむね平地。
だが鶴林寺コースの時に再発した
座骨神経痛がまだ足首に残っていたせいか、
すごくユックリになってしまう。
11時から歩いて、昼メシ40分、到着が3時半。
歩き遍路には一組・3人に会った。
中年男性二人と20歳台と思われるどちらかの娘さんらしきパーテイ。
帰りに電車発車時間まで90分もあったので、
日和佐道の駅の「無料・足湯」でゆっくり足の休息。
兵庫県から出発して、
四国九州自転車旅行中の大学生に足湯で会う。
遍路ではなくて、名所巡りだという。
映画・寅さんの甥の満男君みたいな顔してたけど、
話し方ははきはきして、感じのいい青年。
大学の信頼している先生が「般若心経」の話しをしてくれて、
感動したので、霊山寺、薬王寺もコースにいれたという。
ボクが話ししてたら、
隣にいた50歳前後のおばさん二人が話しに割りこんできて、
若者に押し付けるように
「あそこへ行け、ここのコースを回れ」とウルサイ。
ボクは逃げ出した。
青年はボクよりも人格者のようで、嫌な顔せずに聞いていた。
今日のコースでは挨拶をしてくれる人がたくさんいた。
行き交うひとすべてではなかったろうか、というほど。
いままでのコースでは断トツに多かった。
はじめは「ボクをホトケサマと見込んで挨拶してくれるんだ」
と遍路のありがたさをしみじみ感じていたが、
あまりにも、多いので、途中から
「下を向いて歩いて、視線をだれともあわせない」ようにしが、
また反省して、まっすぐ向いて歩いて、
挨拶に、にこやかな挨拶を返すようにした。
徳島の特急電車に初めて乗った。
特急料金が乗車賃よりも高額なので乗ったことがなかったが、
日和佐あたりまで来てしまうと、
これを利用せざるをえないようになっているから。
列車の座席がすこぶる座り心地がよくて、
ボクの姿勢にぴったり。
新幹線や航空機の座席などメジャナイ。角度がいいのだろうか。
帰ってすぐに「ふぃご温泉」で暖まり、すぐに眠ってしまった。
これで、徳島県は終了。
5回の歩きで23寺廻れたのだから、
まあいいかな!なんて自己満足。
しばらくは休止のつもり。
それにしても歩き遍路で全部を廻ったという人が身近かにもいるが、
ものすごいことだと、実感。
ボクの場合は気が向いたら、
「日帰りで歩いてくる」というスタンスなので、
疲れたら、翌日は休める。
ところが通しの歩き遍路は疲れていても、
翌日また歩くのだから。
2月には7日、21日、27日、3月には9日13日という間が大分あるのだから。
徳島を「発心の道場」というふうに本に書いてあるので、発心の総括。
2月7日
1番・霊山寺から11番・藤井寺まで。38キロ
21日
11番・藤井寺から16番・観音寺まで。39キロ
27日
16番・観音寺から19番・立江寺まで。24キロ
3月9日
19番・立江寺から22番・平等寺まで。32キロ
13日
22番・平等寺から23番・薬王寺まで。22キロ。
ここに書いた距離は遍路の本に書いてある距離。
遍路の距離はどれも信用にあたいしないと思う。
本に表記されている距離と、道しるべの距離、
また道しるべは複数の団体が立てていて、
それぞれぜんぶ違うから。
「あと4キロで00寺」としるしてあって、
安心して2−3キロ歩くと、
「あと寺まで5キロ」なんてのがざらだから。
こういうとき、疲れがドーツと来る。
今日は
トウ立ちしたダイコン、枯れかけた春菊
など食べられなくなった野菜を草刈り機でかたづけ、耕運。
これで、畑に残っている食べられる野菜は
ワケギとネギ、サトイモ、
倉庫で新聞紙にくるんで保存してあるキャベツとハクサイ、
冷蔵庫にたっぷり保存しているニンジン、だけになった。
果実ではミカン、キンカンがたっぷり。
まあ、これだけあれば自給にはことかかない。
ブルベリーの草抜き。黒のマルチをしてあるので、
比較的楽に抜くことができたが、まだ終わらない。
先日蒔いたほうれん草、ダイコン、カブ、ネギなどの芽が出てきていた。
3月12日 (大隠太陽暦1月22日) 月曜日 晴
いつもの逆で午前中農作業、午後パソコンにしてみた。
毎年、大豆を栽培している畑に草がだいぶはびこってきたので、
トラクター耕運。2枚で4畝と5畝のところ。
5畝のところの一部を一輪管理機で畝をつくり、
じゃがいものタネイモを植えつけた(自家採種を7年つづけている。自家採種してると、小粒になるとかでダメになると言われているが、わが家の品種はますます良くなってきた)。
今ごろの植えつけは、このあたりでは一番おそいのでは??
12月に植えてしまう人もいるくらいだし。
食用のじゃがいもの状況をみて、萌芽してきたな、とおもった時が、わが家の植えつけ時。
百姓始めた頃は、盲目的に本の記事を信用したり、
近所の農家のやり方を「そうですか」と信じてマネしていたが、
そういうやり方は良くないことに気づいて、
数年前からは、
本でも人づてでもなく、
タネの言葉だけを信じてやるようになったからだ。
じゃがいもには「休眠期間」というのがあって、
休眠中は畑に植えつけても芽はださない。
わが家の品種は3ヶ月半から4ヶ月ぐらいなんだ、とわかっているから。
12月上旬に掘りだしていているので、まあ、ちょうど今だ。
しかもわが家のじゃがいもは春秋兼用だから都合がいい。
普通は秋はデジマとかいう品種を使っている農家がこのあたりでは多いのだが。
絹さやの草抜き、やっと終わり、支柱も立て直す
ワケギが最盛期。川島の田中さんが
「うちへ飲みにくるキコリのおじいさんは、
この時期、酒の肴でワケギを大束でもってきて、
切らずにホットプレートで焼いて、
醤油かマヨネーズだけで食う。
オレもごしょうばんにあずかったが、これは旨いよ」
と言っていたのをおもいだして、マネしてやってみた。
やっぱり旨い。CDぐらいの大束を二人で食べてしまった。

ワケギはネギよりも栄養分が多いということで知られている。
ビタミンA,B2,C、ミネラルなどすべてにわたってだという。
先日、ある人から
「ワケギのタネ、ありましたら、わけてくいださい」
と言われたが、ワケギにはタネがない。
わが家のものは徳島に来てまもなく、
近所の清水さんの奥さんから50個ほどいただいた
球根みたいな苗みたいなものが元祖。
タネがなくて株分けするから、
漢字にすると分葱になる。つまり分ける葱のこと。
時期が終わると、げんなりとして枯れてしまう。
そこを見計らってひき抜き、
球根が比較的大きいものを選んで、
枯れ茎を束ねて、日陰で吊り下げておく。
これが翌年のタネもどき。
翌年の時期(球根みたいな頭からミドリの新芽がでてきた時)に
植えておくと、3−5月になるとでっかい大株になるからたのもしい。
ワケギといえば「ヌタ」だが、これも美味しい。
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