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2月20日 (大隠太陽暦1月3日) 火曜日 晴れ
18,19日と「めちゃ安い伊勢ツアー」に参加してきた。
一泊素泊まり1万円以上もするのに、
高知市内からバスで伊勢神宮まで行って帰って、だから。
ボクたちは近くの「脇町」からだが、
個人で行ったら、高速道路料金だけでも1万円をはるかにオーバーする。
格安バス旅行がブームというが、
それにしても・・・・・・・・・・・
貧乏人にはありがたいが・・・・・・・・・・・・
ガイドもよくて、すばらしいのひとこと。本当に楽しかった。
ホテルもよかったし。
バイキングのネタがなんとも云えないほど素晴らしい。
ところが四国では阪急交通社の一人勝ちみたいな現象。
他の観光会社がマネできないほど。
このホテル素泊まりで1万円から1万2千円。コレを半値以下に値切るのだそうだ。見返りは年間2万人をそのホテルに送り込む契約だとか!!!!!!!!
伊勢神宮は内宮だけの観光になったが、
伊勢神宮のそもそもを知らないと、
ぜんぜんつまらないコース。
むしろ周囲の「おかげ横丁」のほうがはるかにおもしろい。
昨年旅行した高野山のような感動はなかった。
ボクは神様よりも仏様人間なのだろうか。
往復でもしかしたら1000キロは走っているのではないだろうか?
バスのなかで居眠りばかりしていたのに、帰ったらひんとうに疲れていた。
今日は一日、のんびり。こういう時、年金暮らしは楽でいい。
15日の日記を読み返したら、
ダーチャについては、あの程度で一十分だなと思えて、
続きを書くのはやめようと思う。
これ以上に書くと、理屈っぽくなりそうだから。
だけど、ロシアではこういことが国民のあいだに定着してるというのは素晴らしいと思う。
誰でも知っていて、
殆どの人が忘れてしまっているキューバ。
1989年のベルリンの壁崩壊、
そしてソ連圏の崩壊で、
ソ連一辺倒だったキューバの経済も連鎖して崩壊。
食べものは来ない、石油もこない(アメリカからは経済封鎖されてた)、
トラクターは動かない。
その時にキューバ政府がとった食料政策は、
コンクリートをめくっての畑作り(国防省の庭も畑になったという)と
全国民菜園運動。
これで、短期間に食料不足は解消し、
立ち直りをみせ、
大国に依存しないで生きられる国の建設にまい進。
これは、マスコミでも報道されていて、多くの人が知っていること。
ロシアのダーチャは一人一人の家庭菜園が
ソ連経済の崩壊にびくともしない食べもの事情を形成し、
キューバは緊急処置で国民皆農で同様の危機を切り抜けた。
日本政府は農業の大規模化が食料政策の基本だなどというけれど、
こんなもの画餅にすぎない。
大規模化は日本にない石油で成り立つ農業を意味しているからだ。
本当の食べもの自給政策は、
石油に依存しない農業しかないのだ。
いますぐ石油危機でもないのに農業機械を使うな、
と言うのは無理だから、
せめて「国民皆農」こそが、
他国に依存しない、自立した食料政策の基本だということを
ロシアとキューバの教訓が教えてくれている。
すべての国民が家庭菜園で自給しよう!!できたらコメも作ってしまおう!!
自給率00%なんてくだらない、数字遊びはやめて、家庭菜園を持って頑張っている世帯がいくつ?でやろうよ。
2月17日 (大隠太陽暦12月30日) 土曜日 小雨
毎年行っている「池田町、井川町の酒蔵見学」へ。
「ひなびたすたれ行く町」みたいな感じなのに
今日ばかりは人人人・・・・
日本酒の需要が減少して・・・・・云々といわれているのがウソのよう。
若い人たちも含めて熱気むんむんの燃え上がる町!!!!!!池田!!!
甲子園で名を挙げた町、今よみがえる!!なーんて。
中和商店(今小町酒造)、三好菊酒造、芳水酒造が酒蔵見学で一般開放。
今小町は世界一旨い酒ー
「かすみ搾り・穰」ーを作っている酒蔵。(ボクの評価)
三好菊ははじめ以前は「麹の臭いがきついな」と思っていたが、なんと
「ほんのりとするような香り」に変化し、
味も抜群。
芳水酒造で試飲させてもらった
「芳水特別仕込純米大吟醸ー720ミリリットルー5145円」は、
この世のものとは思えない香り、旨さ。
買いたい!!との欲求が沸き上ってきたが、
「この酒は買うものではなくてプレゼントしてもらうものだ」
と思いとどまる・・・・・・・・・
ボクには2000円以下しか・・・・・。
どの酒蔵でも試飲ができたが、
どれもこれも旨い酒ばかり・・・・・・・。
昼間なので、べろべろに。イヤー、至福の一日。
写真上
搾り機械の左にある金属の樽に、搾りたての酒が流れてきて、これを酌んで飲ませていただいた。

下は仕込みの樽どれにもイッパイ詰まっている。

日本酒の需要が下がるというが、こういう酒を目玉で販売するようにすれば、きっと盛り返す!!とおもうが。
「戦争を語り継ぐための、戦争体験の原稿募集」という記事をみつけたので、書いてみた。原稿用紙4枚という制限だったが・・・・・・・・・・
2月16日 (大隠太陽暦12月29日) 金曜日 晴れ
昨日の山登りの時に誰かが
「まだウグイスの声聞こえませんね」と言っていた。
ボクは「おや?なぜ」と思ったが、
確信がなかったので、「とっくに聞こえるはずだよ」と云えないでいた。
そして今日、
裏の畑のミカンの木の下で、
壊れかかったひしゃくの修理をしながら耳をすましていたら、
美しいウグイスの声が。
この時期は「ヘタな鳴き声」というように本には書いてあるが、
そんなことはない。
わが家の裏では1月からきちんと「ホーホケキョ」と鳴く。
春のサカリになると、うるさいほどに鳴く。
引っ越してきたばかりの頃は、
感性が今のように鈍っていなかったので、
いつから鳴きはじめたかまでわかっていたが、
いまでは鳴いていても気がつかなくなってしまった。
意識して耳をそばだてていないと聞こえないほど、
「ウグイスの鳴き声は日常になってしまった」のだ。
暖冬だから1月の上旬には鳴いていたのではないだろうか。
普通で中旬だったから。
高越山・高越寺の裏に
朽ち果てそうになっている高越神社がある。
近くには神木といってもいいような大樹が十数本も立っていた。
その中の一本を見て、
生きるエネルギーを見せつけられた。
昔、落雷にやられたと説明されたが、
そのために空洞ができてしまっていて、
しかも地際から地面にまでアナが開いていた。
いかにも力強く生き続けていた。
かろうじて立ち木を支えている表皮の部分も大半が乾燥し、
壊死しているように見えるのに、
数十センチ幅しか残っていない生きている表皮は
十数メートルから上部の枝と葉をミドリに色ずかせているではないか。
僅かな幅の皮一枚からつらなっている根から養分を吸収し、
諦めめずに生き抜く巨木の雄姿!!
老いさらばえた自分を投影し、
口癖の弱音をあんまり吐かないほうがいいな・・・・・・・と。
見る人を勇気づける力をもった木、
これこそがご神木ではないだろうか。
山岳信仰があたりまえのように存在するわが国農山村では
山や樹木、石などに神々が宿るものとしてあがめられているので、
このような木は、多分登山のたびにたくさん見ていると思う。
だが、登山経験が未熟はボクは
「でかい木だな」「でかい石だな」という程度の認識しかもてなかった。
だが僅か2年程度の
連れていってもらっている山登り」の積み重ね、
経験であるがそのような感慨を持たせてくれる
素地を作ったのではないだろうか。
高越山は今年の元旦にも登っているが、
その時は「登ること」だけに無我夢中で、
あたりの雰囲気もなにも感じ取ることさえできず、
ただ「登れた」という満足感だけだったからだ。
05年の笹ケ峰から始まった登山はやっと2年にして、
「語る山の声」をかすかながら聞けるようになった自分を初めて知った、
高越山登山だった。
山男という言葉があるが、
もしかしたら、こんなことの積み重ねが山男に育てて行くのかもしれない。ボクはそんな境地にはとうてい無理だが、
これからも先輩に遅れないようについていって、
感動と、そして山の物語りをすこしでも聞けるようになりたいと思う。
「ものごとの物語り」というのは
ボクみたいんい農業の分野にいる人間は
7−8年前頃かとおもうが、雑誌で頻繁に接した言葉でもある。
「物語りのある野菜づくり、コメ作り、果樹作り」をこころがけないと!!
そのためには、
漫然とした惰性での栽培から脱却して
「私の野菜はこうしてつくったんだよ」
という誇れるようなドラマを語れる栽培をしなさい!と。
誰かの童話で「パンと乞食」というのがありましたよね。
この日記では3−4回も引用してるので、
「またかよ」と思う人もいるかと思うが。
娘(王妃)を感動させ、微笑ませることができた者に娘を嫁にとらすというふれこみに多数の若者が応募。だれも成功しなかったが、一人のみすぼらしい姿の乞食が一切れのパンをもって、百姓が畑を耕すところ、タネを蒔くところ、・・・・・・・・・・収穫、脱穀、製粉、粉を練る、イーストを入れる・・・・・・・
そしてやっとこうしてできたパンだ、と物語りを終えた時、
娘は「美味しそう」と言ってパンに口にした。
そして彼は王妃を嫁にした、多額の持参金も・・・・・・・・
という童話だが。
ダーチャはまたあした。
2月15日 (大隠太陽暦12月28日) 木曜日 晴れ
岡本さん、大森さん、大屋敷さんと4人で、高越山へ登る。
ボクたちに配慮してリーダーの大森さんはゆっくり歩いてくれて、
登山というよりは平地を歩くような感覚でリードしてくれて、
ほんとうに楽しかった。
通常4時間半のところ7時間半もかけて。
今回は「どの山には物語がある」
ということを感じさせてくれた登山行きだった。
富士山、石鎚山、剣山、・・・すべての山には
名前があるように
それぞれの物語をもっている。
古代神代の物語り、時代ともに流れた暮らしや戦乱の物語り、
生態系の物語り、遭難の物語り・・・・・・・・・
こんな物語りを大森さんは語りながら登山行きをしてくれた。
もう一つの登山のおもしろさ、楽しさを教えてくれた。

食べものの自給を語るときに、
いまや知らない人がないほど有名になった
ロシアのダーチャ(小屋。農園の小屋で、宿泊、食事、農機具倉庫などの)について書いてみたい。
この日記では3回目になるとおもうが・・・・・・・・・・・
食べもの自給に関する本のなかでちょっぴり触れているのを読ん
「そんなものがあるのか!!」という印象を強くもったまま、
何年も過ぎてしまっていたがわが家を訪れた直後に北海道へ新規就農した石田さん(仮名)が、
ダーチャを有機農業の雑誌に紹介してくれていたので、
その時にも日記に書いたと思う。
彼はT大学のロシア語科をでているので、時々ロシアの農村を訪問していたからだ。
都市で働いている労働者近郊(車で1−2時間のあたり)にある農地を借りたり購入したりして、家庭菜園をするのが普通になっていて主食のジャガイモなど80%が自給されている!!!!!!!
ロシアの農業や経済が破綻しても国民は暮らしに困らない!!!
日本流にいえばコメを含めて家庭菜園で賄っているので、農業とか農民なんていらない!!!ということこのたとえはすこし極端だが。
もしこうなったら「食料自給率の引き上げ」なんてこと政治問題にはならないし・・・。
農業問題なんてものおこらないし・・・・。
ダーチャというのは・・・・・・・・
2月14日 (大隠太陽暦12月27日) 水曜日 雨
暖かい雨の一日。
スローフード運動というのは今や有名な団体にまでなった。
日本でも各地に散在していた団体が統合したとか・・・・・・・・・・
ボクは、7−8年昔になるだろうか
スローフード協会の会員でいたことがある。
当時は日本の団体は地方に2−3あっただけで、
しかも「金持ちグルメ」の集まりで、
百姓などが入れるような雰囲気をまったく感じなかったので、
直接イタリアの本部に英文で申し込み書を送り、
以後1年間、直送で機関雑誌を毎月送ってもらっていた。
だが、イタリアということもあってか、乳製品、肉製品ばかり、
しかも高級なものばかりを作っているという
農家と加工品メーカーの紹介が大部分。しかも英語でよくわからないし・・・・・・・・
とてもコメと野菜食の日本人には、
しかも金持ちでもない百姓にはむかない団体だとの印象をうけて、
2年目の会費を払うのを辞めてしまった。
ところが、最近ある農業雑誌で
「スローフード」が大きく紹介されているのを読んだ。
そして日本でもあちこちに団体が生まれて、
統合して・・・・・云々という記事にであったのだ。
ついでにインターネットで検索してみたら、
日本でも役員さんは農業には無関係な人たちばかりで
構成されているような感じ。
もの書き、一般会社社長、
郷土の有名人グルメ人、料理人、加工品会社社長・・・・・・などのようだ。
しかも四国には会はできていなかった。
スローフード運動というのは、食べものの自給を基本にした・・・・・・・・・運動ではないかという先入観を
ボクはもっていたが、
どうやらそれは間違い、
勘違いだ、ということに遅ればせながら気がついた!!!!!のだが・・・・・・・・
まあ、自給百姓などとは無縁な団体ではないかと思うようになった。
タレントの松井一代?さんのように
日本中から最高のものを取り寄せて食生活を賄うのもいいだろうし、
スローフード運動のように
地域の最高級の食材と料理を漁るのもいいだろうと思う。
そもそもは島津菜津さんの本(スローフードな人生)を
読んで感化されたのだが、
もうスローフードのことは忘れようと思う。
食べることだけでなく「グルメ人生」も関係ないし。
12日に自著「虫嫌いの田舎暮らし」のNHKラジオの朗読番組を聞いたという人が来た。
すごくおもしろかったと言って、
「どんな顔してる人か見にきたよ」だって!!!!!嬉しいような恥ずかしいような。
愛媛県内子町の人からはメールがきた。
「他人の奥さんの足を見に行くなんて、今関さんらしい!」
2月13日 (大隠太陽暦12月26日) 火曜日 晴れ
10羽いたニワトリが8羽になってしまっていた。
神隠しにあったみたいに、
あとかたもなく。
イタチに殺されると首に噛みついた跡がのこっていて、
血液が吸い取られて、あたりにすこしだけ血がこぼれているだけ、
ヘビだと絞め殺されていて、そのままのこっているか、
野良犬だとあたりに羽根が散らばっているし、
とにかく、あとかたもない。
大型の鳥がきて捕まえて飛び去ったのか、
ニワトリ自身が柵を乗り越えて逃げていったか、・・・・・・・・
ところが今日は柵のそば(小屋から15メートルぐらい離れている)に
死体がころがっていて、
腹が引き裂かれ
内蔵が食い尽くされて空っぽになっていた。
「死体は物語る」。ノラ猫が犯人ではないかと推察。
それにしてもどこから侵入したのか??
ここ半月ばかり、わが家の周辺に、
太った2匹のネコが跋扈していたから、
きっと彼らが・・・・では
ないかと思うが・・・・・・・・
あんな太ったのが、どこから侵入したか??
イタチ以外で柵をくぐり抜ける動物はいないはず???
謎ばかりだ。
先月の15日に嫁にきてもらってから1ヶ月たらずで、
3羽も犠牲になってしまって、・・・・・・・
ダイコンがまだたくさん残っているのに、
半分以上が食べられなくなってしまっていた。
ダイコンおろしにすると、
ミドリがすこし入って
見場のいい美味しいオロシになる種類だったのに残念。
気温が高いので、どんどんトウ立ちが進んでしまうのだ。
九州地方の在来品種「平家ダイコン(米良ダイコン)」はいい。
皮が厚くて赤いのだが、皮を厚くむくと
白いダイコン。
みずみずしくて、柔らかくて美味しい。
在来品種で改良されていないから、見かけは決してよくないが・・・・・・・・・・・
わが家で自家採種5年目だとおもうが、
だんだん美味しくなってきているような気がする。
2月12日 (大隠太陽暦12月25日) 月曜日 晴れ
土曜日に、映画
「それでもボクはやってない」を見た。
電車内でチカンされたと、被害者から告発され、
警察、検察から
「たかがチカンだから認めてしまえば、僅かな示談金ですむから」
と犯罪を認めるように強要されるも
「やってない」と主張し、
ついに起訴され、裁判にかけられて、
一審敗訴にいたる物語。
題名はそのまま「それでもボクはやってない」。
なぜか、ボクは本能的に司法ものが好きだ。
これまでも数え切れないほど見ている。
たぶんこの映画も食い入るように見ていたのではないかと思う。
ボクの見方は変人風。
「弁護士を呼べといって、はじめからなんで黙秘しなかったのだろうか」
「なんであそこで、被疑者は署名したんだ??」
「当番弁護士じゃまくて、ほかに知りあいというか友だちの友だちの友だちでもいいから弁護士はいなかったの」
「なんでもっとはやく、家族への連絡を要求しなかったの」
「真犯人らしき左隣の人の手についてもっと、話せばよかったのに」・・・・・・・・・
だけど、ぜんぜん警察、検察、裁判などを知らない人だと、ああなってしまうのかな・・・・・・・・。
こんなこと考えながら見ていた。
まるで司法関係者みたいに。
だからいらいらして、非常に疲れる映画。
映画は「被告は冤罪なんだ」という前提で作られている映画。
だから、司法の内幕を暴露するものになっていて、
ボクとしては「そうなんだよ」
「いいこと表現してくれた」と感謝の映画。
つねづね、警察も検察も裁判官も「公平でない」と本能的に考えていたから・・・・・・・
日曜日には防災センター見学・体験ツアー。
「奥」地域自治会連合会の防災組織の主催で、
県立防災センターへツアーに参加した。
なんとチャーターバスいっぱいの22人も。
やはり官がらみだと、大勢動員できるものと感心。
地震、消火、強風、煙の4部門で体験させてもらったが、
阪神大震災時の地震体験には驚いた。
めちゃすごい揺れ。こんな揺れだったら、なにもかもつぶれてしまうというのがわかったし、
体験した人たちのその時の心情を思うと、
「さぞ恐ろしかったのでは」とつくづく思った。
とうぜんわが家も壊滅!というほどのすごい揺れ。
いい体験をさせてもらえてよかった!!と思った。
ここからは今日のこと。
ハウスの中は大豆干し以来からっぽだった。
そしたら、いつのまにか湿っているビニールのスソあたりが草だらけ。
しかもだいぶ成長して・・・・・・・・
周囲の草に棒をつっこんで、
マムシを点検してから、やおら草抜き作業。
こんな冬にマムシ!と驚くいなかれ。
10年ほど前に、はやり冬に、草取り始めたら、
目の前にマムシがいて、ビックリしてしりもちついたことがあるから。
ヘビは冬に冬眠というが、ハウスの中は暖かいせいか、・・・・・・・・・
今朝、NHKラジオ7時40分から50分までの10分間、
自著「虫嫌いの田舎暮らし」の朗読を聞いた。
自分の本なのだが、「自分の本でないような」
「どこかの有名作家の本のような」気分で聞いてしまった。
ムカデ、ブユ、マムシ、雪ばんばの部分を切り取って読んでくれた。
いまではどの生きものも
「見慣れたもの」になっているが、
書いたときの感動を思い出させてくれた。
こういう感動を忘れては本を書けないと再確認。
往復16キロを歩いてケーズ電器へプリンターのインクを買いに行った。
こんな長距離(7日にお遍路で40キロ歩いている)を歩くのは5日ぶり??、
この頃は、たまに長距離を歩かないと
「ムショウに歩きたくなる」から不思議だ。
きっと、昨年10月の
「しまなみ海道80キロ・スリーデーマーチ」
参加の経験がそうさせてくれたのだろうと思うが・・・・・・・。
その時以後、
数え切れないほど「長距離ウオーキング」をしているし・・・・。
足も強くなったし。
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