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背に
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2月9日 (大隠太陽暦12月22日)  金曜日   雨    曇り     
ミソを美味しくするために、マル秘戦術。
毎年のことで、マル秘というほどでもないが、
別の樽に詰め替えし、
その時にミソ、昆布、ミソ、昆布というように
積み上げての樽詰めにすること。
ミソの厚みは5センチぐらい。こうすると、
昆布のうま味成分が味噌に染みとおってくれるような気がするからだ。
食べる時期になったら、
小型のウツワにミソを移して冷蔵庫において使うのだが、
その度に昆布は抜きとる。そして、
昆布は棄てない。
刻んで、さらにミキサーで粉砕して、
パック詰めして
これも冷蔵庫。
みそ汁を作るたびに少しづつダシのようにして入れる。
だから、みそ汁を食べることが、
海藻類を食べることになって、カラダにいいような気がするのだ。

昨日、種子にからんで、昔見た映画「??????・関根恵子主演」
の古い話しをもちだしたが、
タネについてはとっておきの話しがある。

これは徳島にきてから、ボクよりも20歳くらい
年上の男性から聞いたもの。
太平洋戦争で軍隊に徴兵された時に、
母親が服のエリやにスソに野菜や豆のタネを縫い込んでくれた
というのだ。そのタネのおかげで、
フィリピンの山奥に駐屯して、
後方からの支援が途絶して
食料がなくなったときに、
タイヘン役立ったという話しだ。
藍のタネも、野菜のタネも、タネは植物という命の源であるが、
「同時に、人間が生きる糧、人間の命の
支え、そして命そのものだ」
と彼は言っていた。

こんな大事なタネを、
いまや農民ですら大事にしなくなってしまった

そこにつけ込んで
生命科学企業(薬品、農薬、遺伝子組み換え種子、一代交配タネの産業)が乗り込んで、
タネを「知的所有権法」の範疇に奪い取り、
99%のタネは企業のもの
になってしまった。
農民もそういう企業のタネを好んで使うように慣らされてしまった。

ボクは「自家採種の運動」を有機農業の仲間たちに提唱したことあるが、
有機農業の百姓にすら
「自家採種は面倒くさい」
「自家採種のタネでは売り物になる野菜が作れない」
と相手にされなかった。
そして、いつしかボクも、
しだいに企業のタネに依存する率が増えきてしまっている。
恐ろしいことだ。
時々「自家採種のタネで栽培した美味しい野菜」
などがテレビで放映されるが、
そんな百姓に心で声援を送っている。
なんだか、自分がなさけないが・・・・・・・・

2月8日 (大隠太陽暦12月21日)  木曜日   曇り     

NPO法人げんき山川ネットワークの新聞原稿のことで、いろいろ雑用。
午後に、1ヶ月ほど前に剪定した柿その他の枝の処理
剪定はハシゴに乗って切りたい枝を切っては下に落とす。
それが山のようになって、そのままおきっ放しだった。
これをお風呂のたきつけになる長さに切る作業だが、
小型のノコギリで40センチぐらいに切り刻むという作業。
細いもの、太いもの、立ちヒザの上に載せて左手で枝を持ったまま切るという腕に負担いっぱいの仕事。
これを延々と3時間もやってしまった。2時間の予定が。
だから腕がだるい。
こんな仕事は3時間も続けてやるもんじゃないし・・・・・・・・・・

一昨日の遍路の話し。
3番から4番・大日寺にいたる途中に、映像のような石碑が建っていた。

ボクは自家採種にこだわって、採集しているので、
ことのほかこういうことには目につく。「スゲー」のひとことだ。
藍のタネを戦時中に
政府の弾圧に隠れて守り通したという記念碑だ。
「戦争ということになるとタネを自分で採集することもできなくなる!!!!!」という警告の碑だ。

何十年も昔だが関根恵子(高橋恵子)主演の映画を思い出してしまった。
戦時中には花を栽培することを禁じられていたのだが、
彼女は花が好きなので、
めったに人が入れないような山奥に、
密かに花を栽培し続けた」。
隣組で密告制度もあったので、
夫にも誰にも見られないように細心の注意を払って栽培を続けていた。
ある日近所の青年が戦地で負傷して自宅に返されたとき、
彼女は花を摘んでその青年を見舞った。
当時は花などなかった時代。
青年は感動し涙ぐむ。
そして言う
花は心の食べもの。なんで政府は花の栽培をしてはいけないなんて命令したのだろうか」

当時、政府や住民組織は花など作るのは国賊だとして、
直接的な食べものだけの栽培に限定するよう命令していた。
戦争というのは
藍のタネ採集も禁止、
花も禁止

そういう時代がまた近い将来くるような気がしてならない。
こんな話しをすると、だれもが「そんなバカな」という。
昔の人たちも「そんなバカな」と思っていた。
だが時代はバカなことをやってしまった。
憲法9条が改定されれば、これでまた一歩そういう時代に近づく。

2月7日 (大隠太陽暦12月20日)  水曜日    晴れ     

ヒマツブシ!というと怒られそうだが、
歩き遍路をちょびっとやってみた。しんどかったらやめるけど。
今回は「おためし」遍路

朝8時に一番・霊山寺を出発して
午後の4時に藤井寺に到着。
出かける前に「早くて3時半、4時には到着。
4時頃に藤井寺近くのひまわり農産市へ迎えにきて」とかみさんに頼んで。
この間は約40キロ。
しまなみ海道では最高30キロしか歩いてないから、
「どうかな?」と思ったが
「だめならいつでも途中脱落すればいいや」と気軽な気持ちで出かける。

そして、脱落せず予定通り3時55分に到着した
前半はすこししんどかったが、後半はなぜかがんばらないのに歩く速度はスピードアップ。

歩いて入るときに考えたこと。
いままでは、
通りすがりの知らない人と挨拶などしたことがないし、
たまに散歩の途中で誰かと挨拶したとしても、
「同じ言葉を繰り返すだけ」だった。
おはようといえば、おはようと。
だが今日のお遍路では、
地元の人が、もちろんすべてではないが
「おはよう」「こんにちわ」と挨拶というか、
ねぎらいの言葉をかけてくれるのだ。
するとボクは「おはようございます。ありがとうございます」
「こんにちわ。ありがとうございます」
と応答している自分に驚いてしまう。
「ああー、オレはなんでありがとうございますなんて、余計なこと言っているんだ!!と。

ボクはぜんぜん、まったく信心しない人間。
仏なんて信じないし。神社仏閣では拝まないし。ボクは宗教はあらそいや戦争の元凶と思っているので。
そんなボクが「・・・・・ありがとうございます」!!
意識しなくても、隠れ信心があるのだろうか??  なーんて。

3番・金泉寺から4番・大日寺のあいだに昔風の遍路道がある。
竹やぶのなか、田んぼのあぜ道、畑の畔、小高い山すそなどの道。
小型の耕耘機ですら走れないような細い道。
この道は車遍路では味わえない気分になれる。
遍路のために田んぼの、畑の、竹やぶの・・・一部を割いて
「遍路道」に提供し、さらに付近の清掃までしてある。
この道を歩いていると、
自然に「お百姓さん、ありがとう」という気分になるのだ。

そして4番大日寺には本殿前以外に「さい銭箱」がない!!
88ヶ所は「ぜにまみれ」なんて言う人もいる中で、
仏道の本道を実践しているような気がした。

遍路道を世界遺産に!という動きがあるが、
現状ではあまりにもゴミだらけで、ダメだと思う。
世界遺産登録を目指して
「遍路道からゴミをなくそう」という運動をまずやったらいいと思う。
できたら、
遍路道のここからここまではどの会社がとか、
どの住民自治会が担当するとか、
遍路道沿線住民のによる道路監視、清掃割当などをしておくといいのではないだろうか。

それにしても40キロはカラダにこたえる!!

2月6日 (大隠太陽暦12月19日)  火曜日    晴れ     

「年金病」という病名
を聞いた人あるだろうか。
ボクはある人から、もちろん医者ではないが、
こういう病名をつけられた一人だ。
一人ということは他にもいるということで、ボクは二人目らしい。
年金受給者になったということは、
働くことをやめてもそれなりのお金が
国から支給されて生活できるということだ。
ボクがこんなカッコ悪い病名を付けられたいきさつをかいてみたくなった。畑仕事がないから、退屈凌ぎでもあるが。


「いまぜきはん、あんた六〇過ぎたんちゃう?」とSさん。
「もうすぐ六三になるよ」
「やっぱり。腰痛ちゅうけど、あんたんは年金病じゃ
「なに?それ・・・・・・・・・」
九九年九月のことだった。
田んぼへ向かう途中、腰部に激しい痛みが走ったかとおもうと、
ヘナヘナと倒れこんでしまった。
道のまん中で身体をエビのようにして横になってしまい、
ほんの少し動いただけでも激痛に襲われた
朝から予兆があったわけでもなく、
むしろ若い農業体験生がきていて張りきっていた。
妻の英子さんが運転する車に乗せられて、
振動の痛みに耐えながら病院へ。
整形外科待合室で順番を待っ間も座位に耐えられず、
ベットを借りて横になったまま待機。
医師の計らいで順番をくりあげての診察だったが、即入院になってしまった。

半月足らずで退院はしたものの、
ほとんど寝たきり状態だった。
週3回の宅配業務は英子さん一人ではとうてい及ばず、
秋のタネ蒔きもままならず、
とうとう販売を中止しなければならない状態になってしまった。
年があけてなんとか歩けるようにもなり、
腰に気遣いながらの農作業もできるようになった。

そんな時にSさんに出会ってしまった。
「カラダは正直なんよ。
年金が入るようになったんだから、
もうゼニ稼ぐのやめようやて身体が言ってるのに、
あんたが気がつかないで、
あいかわらず頑張ってるから、
カラダが怒ったんよ」
「そんな・・・・・バカな・・・」
「あたしが、こんなこと言うの気まぐれじゃないんよ。
あたしの友だちの旦那も、
会社やめてなんもやることないからって、
機械買って、野菜うんと作って農協にだすんだなんて、
おおげさに畑はじめたら、
1年もたたないうちに、
あんたと同じギックリ腰。
年金もらって、のんびり菜園でもしてたらよかったのによ」
「ふーん・・・・・・・・・」
「そしたら、その旦那、わしゃ年金病じゃ、なんて言うてな。
だから、あんたもおんなじ年金病


野菜出荷をしなくなってからは
耕作面積を半分以下の四反に減らしていたが
「多少の腰痛があっても続けられる農業のカタチ」
などを考えはじめていた。
Sさんの言葉を借りれば「ゼニ稼ぎ」を模索していた。
ところが翌年の〇一年一月、心臓発作を起こしてしまい、
緊急入院するはめになってしまった。
狭心症と診断され、すぐに「心臓カテーテル手術」を受け、
冠状動脈の一部にステントという血管を広げ、縮小を食い止めるホースというか管みたいなものをはめこまれてしまった

以後、現在にいたるも、クスリに依存しニトロを持ち歩く暮らしになってしまった。

腰痛だけじゃなくて狭心症まで発症するとなると、
やっぱり年金病!!!
だが、こんなことは絶対にない!!と頭の半分では思い続けている

わが家の田んぼへ「七草の会」のために「セリ」を摘みに来る、
と約束していた人が
「会にくる人が少なくなってしまったので、セリ摘みやめました」との電話。
昨年もセリ摘みに来た人だったのに、残念でしたね・・・・・・・と。
山川町の薬草会は太陽暦でやるが、
この人たちは大隠太陽暦でやるというので、
ボクは感心していたのだが。

今年の七草・1月7日は太陽暦の24日
わが家では25日に「宴会」があるので、
裏のセリでも摘んで七草粥でもデザート替りにつくろうかな??????なんて。
すぐに集められるのはダイコン、セリ、ハコベ、ぺんぺん草ぐらいしかないけど・・・・・・・・・

NPO法人げんき山川ネットワークの新聞つくりの打ち合わせ。4月からアメニテイホールの指定管理者になるので、そんな記事と3月にオペラを催すので、そんなことぐらいかな・・・・・・・・・

2月5日 (大隠太陽暦12月18日)  月曜日    晴れ     

籾摺り、精米、剪定枝を切って、風呂の薪むけに、
ナス、シシトウ、トウガラシなどのタネ蒔き
そんな雑用みたいなことで一日がなんとなく慌ただしく終わってしまった。

昨日の登山で、
ほとんどの道が石段だったためか、
家に帰ったら、ふくら脛が痛んで
「もしかして、明日は・・・」などと心配していたが、
夜のストレッチがよかったのか、
日ごろのエキササイズがよかったのか、
今日は痛みはすっかりどこかへ飛んでいっていってしまっていた。
それにしても、たった500メートルの低い里山なのに、
石段の登り降りは足にそうとうに響く。


昨日は
ひまわり農産市の新装開店大セール。
いつもより30分早く品物陳列ということで、7時半に持ち込み。
40円セールのダイコン、白菜、キャベツ、ほうれん草が山と積み上げられた。

ボクはその足で、
「ネパールの塩・紫塩」販売をしている柳沢さんの会社へ。
そこで登山メンバーと落ち合う。ボクを含めて4人。
鳴門・大麻神社がある「大麻山」へ。
本殿横の登山口から出発し、中間点の「真名井の水」を通って頂上へ。
標高538メートルというチッチャナ山だが、
全体の80%ぐらいが石段。
普通の山道とはちがって、ふくら脛への負担が大きい。
だがコースはいろいろあって石段の少ないコースもあるらしい。
約1時間で登頂、下山は30分弱だろうか。

頂上付近の鉄塔下からの見晴らしがよく、瀬戸内海が一望できる。
日曜日で晴れの日という好条件か、登山者も多かった。

大麻山は「チッチャイ山」だけど、
健康エクササイズを目指す人にはすこぶる「グッドな山」。
神社の平らなところを歩ける、階段は登れる、トレッキング道もあるし・・・・・・・・・
往復2時間足らずだし。

「毎月第二土曜日の夜、徳島市内の飲食店を借り切って、食べながら、飲みながらの雑学勉強会・土曜倶楽部」
のHPがあると聞いたので、URLを教えてもらって、覗いてみた。
メンバーみんながID、パスワードを記入するだけで、
書き込みができるようなっているという。
(登山に連れていってもらっている人たちもメンバー)
書き込みする人が少ないのか、寂しい。
Googleでなかなかひっかからないし!!
それにしても土曜倶楽部という同名のHPがたくさんあった。
わが土曜倶楽部はとうとう発見できなかった!!

帰りに、閉店直前のひまわり農産市へ寄ってみたら、
なんと「商品がない!!」。完売だという!!

南オーストラリア紀行みたいなものを書いているが、
日本とオーストラリアの関係については、
そんな関係があってが、なにかにつけて気になる。
娘が嫁に行っているからということもあるが、
そのことはすでに「普通のこと」になってしまっているので、無関係。
最近、新聞で
オーストラリアとのETP(経済連携協定)交渉
をめぐる動きが急展開しているためか、
関連記事がおおいこともある。

ボクの原稿には
「オーストラリアで走っている自動車は大部分が日本の車」
というくだりもあるくらい、
いすゞ、三菱、日産などの車が非常に多い。日本車が道路占領!!。

オーストラリア政府は、アメリカ以上に
農産物の輸入自由化、関税撤廃を強硬に主張している国。
だが、オーストラリアの農業を少しでも知ってしまったボクは、
なんでオーストラリアなんかとこんな交渉をするのか!と、
日本政府の常識を疑いたくなる。


農産物は食べものなのだが、
農地の広さとか農業のやりかたなどを一度見たら、
「こんな国に、市場を明け渡したら、明日の日本はマっ暗ヤミ」
だということが理屈抜きにわかると思う。

肥料も農薬もほとんど使わなくても採れるという
肥沃(1年休耕すれば、土地が自然と肥えてくる)で広大な土地、
機械化された原価の低い農産物、
広大な放牧でエサ代がほとんどかからない牛肉や乳製品・・・・・・

こんな国と売国奴的約束をした真犯人が小泉純一郎だ。
02年5月にハワード首相と約束し、
03年には協定書作ってハンコまで押している。

無関税がオーストラリアの主張だが、
そんなことしたら、牛肉、乳製品、砂糖、小麦など日本の農業は壊滅する。わかりやすく言うと
「日本の食料を支えている北海道農業が壊滅」すると思う。
北海道農業は先月のツアーに際して、にわか勉強していたので、まさに北海道なのだ。

だからオーストラリア人は言う「日本経済は私たちが支えているんだよ。今でも」と。
ほんとに彼らは農家でなくてもそう思っているんだよ。
食いもんだけじゃなくて鉄鉱石、石炭、塩、その他の鉱物資源もなにもかも・・・・・・・・
その上、こんな交渉になったら
「政治はアメリカ州、経済はオーストラリア州」なんてことになりかねない。
参考までに人口は日本の6分の1の2000万とちょぼちょぼ。
面積は769万平方キロで日本(37万)の20倍。
肥沃な農地は南オーストラリア州アデレードの西300キロあたりから、
シドニーの北西あたりまでの扇形の地域。
あとは砂漠とか草原など不毛の土地。
肥沃な土地は地図でみると
「たったのこれだけか」と思うが、
国土が広いから狭く見えるだけで、
日本よりはるかに広い。

ボクの南オーストラリア紀行で紹介している
バイオダイナミック農法のデーブ・カントリルさんは
この肥沃な地域での大規模コメ農家だったが、
食えないといって南オーストラリアへ移って
果樹農家になった。
国の農業には国際競争力はあるが(農産物は安く買いたたかれている)、
現場で働いている百姓は農産物の低価格で苦しんでいるのが実態。

「朝青龍と生まれたばかりの赤子の相撲」と考えるとよくわかる。
そんな国と「経済交渉」なんてしてもネー・・・・・・・・・
黙っていればいいものを、
身の程知らずにも、アカン坊がハイハイして先に土俵にあがった!!


2月3日 (大隠太陽暦12月16日)  土曜日    晴れ     

ひまわり農産市が空調設備の導入と店内改装で
3週間ほど休業していたが、このほど完成し、
今日は生産者が集まっての店作り。

いつもはぱらぱら商品を運んできている生産者なので、
それほど意識していなかったが、
商品のないところで、人だけが集まって共同作業すると、
まさに「ほとんどおばあさん」。
こういう人たちが日本の農業、日本の食料を支えているんだな!と実感。

明日は朝の7時半に商品を搬入することになっている。
そして開店から12時までの「新装開店・ダイコン、白菜、キャベツ、ほうれん草の4点は、40円の大安売りセール」だ。

開店準備作業が早く終わってしまったので、
近くにある遍路寺・藤井寺へ歩いて行き
「四国遍路ひとり歩き同行二人」という
「へんろんみち保存会」発行の「地図」を買ってきた。
この本は歩き遍路が迷わずに
最短距離で遍路ができる行程を書いているという
すぐれ物だと聞いていたので。
買ったのは、
元旦に「歩きへんろ」をしてみようと考えついたからだが・・・・・・・・。
歩き方は佐藤モータースの社長と同じ方法。
今日一日歩いて、夕方家に帰って来る、またいつか気が向いたら、その続きを歩き、夕方帰ってくえる、の繰り返しで・・・・・・・・・
何年かかるかわからないが、とにかく歩いてみようと思ったから。

ひまわり農産市⇔藤井寺は3200メートルぐらいだろうか。
時速6キロで計算してだが。
本を売っていた「たにや」という畳2枚ほどの小さな
門前遍路茶屋のおばあさんとの雑談を含めて40分ぐらいだった。

この頃、いい傾向だが、
20キロ以下ぐらいだと歩いて用足しするようになった。
改めて散歩などすることないし。
所要で行くのだからスピードもでるし。
しかも10キロ以下だと「足首に各2キロの錘つけての」歩行だし。

大分以前から、お店ではジャガイモのタネイモが売られていたが、
今日、久しぶりに逢った
「釣り好き」の田中さんはもうとっくに植えてしまったなどという。
わが家はまだまだいつになるかも定かではない。
自家採種のタネイモだから芽がでてからでないと植えないし。
今の状況だと3月の初めか中ごろか??
だから世間とは1ヶ月も1ヶ月半も違う。
だが掘りだすのは同時期!!
ひまわり農産市でミカンを販売している兼業農家の幸子さんは
「ひまわり市の視察旅行」で出雲大社へ行ってきたと!!

これから定年を向かえるサラリーマンを対象にした
「田舎暮らしへの誘い」という感じの原稿を書き始めている。
すごくおもしろいことがつぎつぎと浮かんでくるものだ、
自分で書きながら自分に感心している。
十数年前にテレビドラマになった
「チャンメロの????」という
長野県の某所に移り住んだ都会人の物語を思い出したから・・・・・・・・・

2月1日 (大隠太陽暦12月14日)  木曜日   雪  曇り 晴れ     
北海道では温かかったのに、
四国は今日から冬型に入るという!!のだが??
朝から雪、といってもすぐにやんで晴れ上がってしまったが。

ツアー旅行して、いつも思うのだが、
「なんでみなさん、こんなにたくさんのお土産物を買うのだろうか。だから旅行会社は頻繁にお土産屋さんに立ち寄るのかなー・・・・と
今回の北海道旅行では昼食場所(ここもお土産屋さん兼業)を含めて
たぶん10カ所以上は立ちよっているのではないだろうか。
どこの店でも買うという人がなんと多いことか!!!!!!!!
多分近所付き合いがたくさんあってだとは思うが。それにしても!!

以前は旅行会社と土産物屋はグルになっていると思っていたが、
そうではなくて
土産物を買うのが大好きな日本人のために
旅行会社がサービスしていると解釈したほうがよさそう。
空港で旅行者に説明していた添乗員さん(阪急交通社ではない)の
大きな声が聞こえたが
「みなさんが大好きなお買い物ができるお土産店に立ち寄る時間は十分にとってある云々・・・・・・・・」と。

2月12日NHKラジオ・朝の7時40分から8時の間に、
ボクの著書「虫嫌いの田舎暮らし」の朗読があるという。

2回目は3月にやるというが時間は未定。
ぜひ聞いてくださいね。

年1回の血液検査をしてもらったが、
なんとどこも悪いところがない!!。
中性脂肪、糖尿、その他一番気にしている値がすべて良好。
狭心症と腰痛がなければ最高なんだが。

地元で有機農業してる人に
有機農業推進法が昨年国会を通過したこと知ってるかと聞いたら知らないという。
その人は昔から有機農業してるからどうでもいいのだとは思うけど・・・・
もし、関心がある人は検索エンジンで調べて欲しい。全文がでているから。ほんのすこし問題はあるものの、
すごい法律だと思う。末端行政機関に「推進しなさい」とも言っているし。また有機農業の定義もいい。

衝撃的な新聞記事を見た。朝日新聞1月30日。
アメリカ人作家(39歳)のアーサー・ビナードが対談でしゃべっている記事。
「第五福竜丸はビキニ環礁での水爆実験で被爆し、・・・・・・・・・乗組員は助けを求める無電を打たずに焼津まで帰ったが、・・・アメリカに気づかれたら撃沈されていただろう」と。
衝撃的だったのは
「助けを求める無電を打たず」という言葉に。
なんと賢い船員さんたちだったのだろうと!!
普通なら、99,99%助けを求めているはず。
このことを知らなかったのは、ボクだけだったのだろうか?????????
もしそうだったら、自分の頭をぶん殴ってやりたい衝撃に駆られた。

助けを求める無電を打たなかった賢い船員のおかげで、
「核兵器がどういうものかが広く伝わった」のだから。
もし
撃沈されていたら、ただの「海難事故」・・・・・・・・
政治家や諜報機関はこういうことは平気でやる人種だし・・・。
アーサー・ビナードは「美しい国」には脱字があるとも言っていた。
「属」が足りないよと。
美しい属国。

日本人が言うと「そんなこと言うヤツはアカだ」となるが、
「属国」として従えているアメリカ人が言うのだから・・・・・・・・・・・
またこんなことも
国益は一部の人の利益のためにみんなをこき使う口実」とも。
そういえがこういうことを集めた辞典がある・・・・・・・・・。若い頃に読んだことがある。
「悪魔の辞典」
たとえば、こんなのがあったような気がする。
政治家とは国民のためといいながら、自分の利益しか考えていない人