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1月20日 (大隠太陽暦12月2日) 土曜日 曇り 晴れ
「家族」のページのオーストラリア在住の孫の写真を更新しました。だいぶ大きくなりました。
昨日のまき割りの後遺症はひどい。
夜になったら腰を境界にして上と下が離れてしまいそうな感じになり、
咳をしてもカクン、カクンと痛むしまつ。
シップにホッカイロを貼り付けて腰回りに貼り付けた。
今朝はまあまあになってホッとする。
明日、キリタンポ鍋を4世帯でやることになり、
わが家周囲でセリ摘みをした。
数日前にも摘んだが、
参加人数の関係で追加する必要があってだが。
わが家周囲の田んぼにあるといっても、
ところどころにポツンポツンで、
なかなかたくさんは採れない。
昨年までは栽培のものを買っていたのだが・・・・・・
なにしろセリはコメ作りにとっては雑草で邪魔な存在。
普通ならあってはならないものなのだから。
ムクドリが集団で襲ってくる時期になったようだ。
畑に残っているキャベツもこのまま畑に放置しておくと、
数時間ですっかりなくなってしまうおそれがあり、
あわててすべてを取り込む。
12・3年前、ムクドリ対策で
一反の畑すべてに、巨大なネットを被せたことがあった。
だが地面とネットのすき間からたくさん入られて、
さんざんな目にあったこともあった。
食われもしたが、ネットに絡まった鳥をネコや犬が狙って、
ネットがボロボロにされたりと・・・・・・
ネットがないと、
1反のキャベツ、白菜などの葉ものは1−2日で無くなるのだから。
ムクドリは恐ろしい。
絹さやに支柱を立てる。
といっても竹棒のようなものではない。
絹さやのツルというか手は非常に細く弱いので、
竹ささ枝を30センチぐらいに切って、周囲に立てるのだ。
こうすると日光を多少遮断してしまうが、
寒さ避けにもなるし、細い枝に細いツルが絡みやすいからだ。
家の前の田んぼに牛糞を撒くトラックが来た。
夕方に撒いたがその瞬間からめちゃ臭い。
早く耕い込んでくれないと、・・・・臭くて・・・・・
だが、肥料の臭いのはお互いさまなので、
文句も言えないから、しばらくはガマンガマン。
わが家は鶏糞を撒いているんだし・・・・・・・・・・
この牛糞を撒くシステムがいい。
ウシ屋さんはワラが必需品なので、
稲刈り時期になると、
バインダーで刈って天然乾燥している人が脱穀が終わると、
田んぼに散らばっているワラを集めて持っていってくれる、
そのお返しが醗酵牛糞なのだ。
ウシ屋さんによっては田んぼの片隅に
ドサット積み上げて帰ってしまうのだが、
今日のウシ屋さんは
トラックの後部に回転ロータリーがついていて、
田んぼの中を走りながら、
均等に振り散らしたように牛糞を撒いてくれるのだ。
田んぼのおじさん曰く。
「年取るとワラの片づけも、肥料撒くのもつらい。こうしてくれると、本当にありがたい」
一昨年だったか、
ボクにもやらないかという申し出があったが、
わが家の田んぼへは、
2トントラックは横付けできない・・・・・・・・・・・
それにワラはコンバインで刻んでしまっているし・・・・・・・・・
だから15キロ・100円の鶏糞を買ってきて、手で振り撒いている。
12・3年ぐらい前だったかと思うが、
ウシ屋さんやニワトリ屋さんから醗酵糞をもらっていた。
ところが、当時も醗酵糞は無料だったが、
運び賃として2トントラックで5000円もした。
だからタダではなかった。
ロータリーなどついてないトラックだったので、
田んぼの隅にドサット置いてしまうので、
それを全体に散らす作業がタイヘンで、タイヘンで・・・・・・・・・
すぐに出来ないときなどは大型のシートを被せたりしていた。
コレをしないとあたりに臭気が充満して、
さんざん苦情受けたり・・・・・・・
さらに、入植当時(16年前)は自分のトラックでウシ屋さんまで行って、めちゃ臭い牛舎の中・自分でシャベルですくって
積んでもってきたこともあるが、
この時はあまりの臭さと重労働に耐えられず、1回でやめにした。
軽トラックにたった1台分だけで一日丸つぶれ、
そして腕がぱんぱんに腫れてしまうんだから。
それほど糞の処理は機械がないとタイヘンな作業。
1月19日 (大隠太陽暦12月1日) 金曜日 曇り
夕べ、今年初めての英会話教室へ行った。
デビットは足に自信があるスポーツマンだが、
今年の夏に日和佐で行われるトライアスロンに出るという。swimming1500メートル、bike40キロ、runが10キロ。
これを3時間以内で、というのが目標だとのこと。
こんなみじかなところで
トライアスロンをしてるとはぜんぜん知らなかった。
それにしてもコレを完走するだけでもすごいとおもう。
しかも3時間で。
今年の田植えの時に田植え体験をしたいという
AET(外国人英語指導員)が二人いて、
あちこちの農家へたのんだが、みんな断られてしまい、
わが家へ頼みたいとか??
今は田植えも稲刈りも機械でやるから、
ヘタに手で植えられてしまうと、
稲刈りにまで影響するから(やりにくくなる)断るのは当然だとおもう。
小さい田んぼを借り受けて、
自分たちだけで最後までやるのならいいけど、
つまみ食いみたいに部分だけやられてしまうと、
かえって手間が増えて面倒になるからだ。
つまり手伝われるとかえって迷惑ということだと思う。
まき割り。久しぶりだ。
家の建築をする大工さんからもらった端材が多かったので、
ずいぶん長い間、まき割りなどは必要なかった。
そのためにクズみたいな太い枝、
土にうずもれていた丸太、
釘だらけの太い柱、
などという薪にしたくないものばかりがたくさん残ってしまっていた。
それらのまき割りだが、割るために材を立てることも面倒だし、
節だらけのものもあるし、なかなか割れないものばかり。
割れないのは電動丸鋸で切ったりもしたが・・・・・・・・
一輪車に山盛り3台分だけど、腕、腰などがだるく、痛い。
寒いのに汗までかいて。
以前も書いたことあるが、まき割りは田舎暮らしの最高の重労働だ。
そして、まき割りの柄が折れてしまったので、中断。
またあらためて・・・・・・・・・・。
徳島にきてからこれで2本目を折ったことになる。
上段にふりかぶって、
力いっぱい堅い木に向かって降り降ろすわけだから、
折れるのもしょうがない。
すぱっと割れたときはいいが、割れない時の柄に与える衝撃は大きい!
1月18日 (大隠太陽暦11月30日) 木曜日 晴れ 曇り
「百姓になりたい」(99年6月刊行)の」最初の原稿の中で、
千葉県三芳村での部落集会の話題として
「犬の肉が一番うまい」というある老人の言い草を書いたが、
なんどか読み直しをしているうちに
「話しは事実でも、村の人たちの品格を落とすかもしれない」
と削除した記憶がある。
ボクは三芳村の集会の時は
「まゆつば」として聞いていて、
原稿のなかにもただの「伝聞」として無責任に書いたのだが、
いまだに残しておくべきだったかな、
いや削除してよかったんだ、と頭の中を葛藤している。
今日の朝日新聞に
「犬の中でも黒犬の8−10キロぐらいが一番旨い」
との話しがでていた。
日本のことではなくて
インドネシアのある犬肉食堂のおっちゃんの言葉だが。
頭のすみっこでは
「本当に食べるのだろうか、本当に美味しいのだろうか」
との疑念がこびりついていた。
この記事は新聞の
隅っこのほとんどの人は見過ごしてしまいそうな小さなコラムにでていたのだ。
ボクはこれを読んで心のトゲが取れたような、
ホッとしたしたような気分になれた。
日本でのことでないのが残念だが。
ここまで書いて日本でのことがバックアップされてきた。
日本でのことだ。
多分、田島・??とかいう
イラストレーターだったのではないだろうか・・・・・・東
京多摩の山のなかに籠って作品を作っているときに、
野犬を捕まえて肉を食ったら
「旨かった」というようなことを、
その人自身の本で読んだような・・・・・・・・・・・
ここまできて、なんでボクはこんな
「いやらしいこと」を覚えているのだろうかと、自己嫌悪に陥ってしまいそう。
1月17日 (大隠太陽暦11月29日) 水曜日 曇り 雨
「団塊の世代」という言葉がマスコミで氾濫していて、
語源が堺屋太一さんの本のタイトルから、
ということだけは知っていたが、
肝心の本は読んでない。それが、なぜか
ボクの書棚に差し込まれていた。
たぶん「読もう」と思ってどこかの古本屋で買ったのだろうか、
茶色く変色していて50円のラベルが貼ってあった。
食べものや器具は古くなると駄目なものだが、
本は古くなっても見かけがそのように見えるだけで、
「読む」ということならなんら「古くない」というありがたいもの。
そういえば、ボクの8年前の本が
地元の大型古書店で580円で売っているのには驚いたが。
内容はすべて短編で4話になっていて、
その内の第二話にとくに興味を魅かれた。
「1980年代」という時代に言及された部分である。
ボクは1987年に50歳で脱サラして農業に参入している。
80年代前半はバブルの絶頂期であり、
87年はすでにかま首を下に傾斜させていた時期だ。
「87年はすでにかま首を下に傾斜させていた時期だ」
とは後になって言われたことで、
すべての日本人はまだまだ右肩上がりで
経済が進んでいくものと狂信していて露ほども疑っていない。
ボクは経済問題はまったくの門外漢で
「右肩上がり」ということすら、考えたこともなかった。
そして87年ごろからバブルははじけ、
日本経済は急降下をたどることになるのだ。
だから1980年代という言葉に魅かれてしまった。
中心テーマにされているのがK自動車工業株式会社のことだ。
小説仕立てなのだが、
データのたぐいは事実で組み立てられていて、
さすがエリート通産官僚だけあって引用のしかたが実にがうまい。
利用する数字の変転、中堅社員の意識などが
宴会での「上司への苦情、不満」などでみごとに著されている。
エリートでありながら、
地方支店に転勤させられる者、
子会社に出向される者、
かろうじて本社に残る者。
本社に残ったからといっても、決して安心できるものではない。
中小規模ながらトヨタ、日産にとどかないまでも
右肩上がりの経済成長に正比例して
大企業にまでのし上がったK自工。
この時期、売り上げは20%30%と激減し、
工場には売れのこった車が詰め込まれていた。
とくに「起死回生で最新のスポーツカータイプのデザイン」
で華々しく登場させた車が、ぜんぜん売れないのだ。
つまり狙っていた若者層は
30歳台後半から40歳台前半にまで齢を重ねていた!
ということを忘れてデザインしたものだったのだ。
「時代の読みを誤った」車になってしまったために、
K自工は銀行に乗っ取られてしまい、
はえ抜きはたとえエリートでも冷や飯食いになるのだ。
団塊エリートはこの時も激動を生きていたのだ。
登場するさまざまな人間模様は
ボクなどは無関係な存在でしかなかったが、
なんとなく身につまされるのだ。
「成長がとまって将来性を感じられない会社・・・・・・・・・」
K自工のエリートたちは次々と退社して
団塊41名中残ったのはこの時6人になっていた。
ボクはこんな時期にドロップアウトして農業に参入してしまった。
1月16日 (大隠太陽暦11月28日) 火曜日 曇り 雨
日曜日に来た新しいニワトリは、
環境変化で、ストレスが生じたのか、
月曜日にはタマゴを産んでくれなかった。
多分エサも変わってしまったから・・・・・・・・・
知らない家に嫁に来たようなものだし、慣れるまではしょうがない。
日記にしばしば登場してもらっている
さくら診療所院長の家の前に
「あおぎ作業所の障害者が作るパンのお店」ができて、
今日が開店。普通のパンではなくて「100コメ粉パン」だ。
開店大売り出しに行けなかったが、
隣のFさんが行って買ってきたもの半分をいただいた。
食パンだった。まっ白で、ずしりと重い、
お腹にたまりそうな美味しいパン。
国道192号沿いで、よく目立つ木造の建物だから、
通りかかりの人は立ち寄ってみたら・・・・。
キリタンポ鍋にセリはつきもの。
秋田から嫁に来ている人がそう言っていた。
例年、栽培のセリを秋田から取り寄せてくれて、
「キリタンポ鍋」をやってくれていたが、
わが家のあたりに、野生のセリがすこし生えているので摘んでみた。
栽培とちがって「臭いがきつい」ので、どうかな?とは思うが・・・・・・・
セリはすでに末期の様相。
葉の一部が黄変していたり、
病気になっているものも虫がたべた跡があるものもある。
ニンジンと同じセリ科だから、
最盛期には緑と黒のシマシマのキアゲハの幼虫がたくさん来るからだが。
それでも1時間ぐらいで両手で大掴みできる程度は採集できたが、・・・・・・・・
キリタンポ鍋は鳥がらスープ仕立てで、
セリ、ささがきゴボウ、シラタキ、
焼き豆腐、椎茸その他をつかった「鍋」だ。
メインのキリタンポはもち米1割混じりのうるち米ご飯を練って、
モチ状にしてチクワみたいに筒にして、表面を焼いたもの。
(うるち米だけという方法もある)
ショッツル鍋のような強烈な特徴はないが、
鳥がらスープとセリの絶妙なセッションがいい。
NHK総合テレビ朝6時15分から毎日曜日放映されている
「たべもの新世紀」に解説員で出演している合瀬さんが、
わざわざ茨城県ひたちなか市の
「ほしいも」を送ってくれた。
「ほしいも」は、
以前この番組に出演したことがある飛田勝治さんの産物。
「日本一おいしいほしいも」というふれこみで。
さすが「日本一おいしいほしいも」というだけあって、ものすごく甘い。
また販売用で作っているものだから、形も美しい。
1月15日 (大隠太陽暦11月27日) 月曜日 晴れ
家禽を殺して食べることについての考察だが、
理屈っぽいけど、我慢して読んでください。
家禽というのは「生きもの」ではあっても野菜と同様に
「人間の食べもの」として栽培・飼育されているのであって、
野生で生きている生きものとはぜんぜん別のものではなかろうか。
野菜、椎茸、御菓子などとおなじレベルのものということだ。
動いていて人間が与えるエサを食べる
(畑の野菜に肥料をやるのと同じだと考える)
という違いがあるだだけで、
基本的に「人間のたべもの」として作っているものだと思う。
お菓子を作る、お肉を作る、ということと同じだともう。くどいようだが、この点についてはなんどでも口を酸っぱくしてでも確認しておかなければならないことだ。
だが、家禽には2種類あると思う。
営業的に飼っていて、食べる人には生きものとしてではなく、
「ただの肉」としてだけ提供されるものが一つ。
もう一つは家庭などで飼っている場合で、
それは肉としてではなく、
生きている姿そのままでいつも存在していて、
ペットの犬やネコと同じように飼育している生きものだ。
日本人は犬猫のたぐいは食ったりしないが、
ニワトリは人によっては食う対象になるし、
タマゴはすべての人にとっていただいて食べてしまう対象になる。
「ニワトリは人によっては食う対象に」というのはよくあることで
「自分で飼っていたニワトリは食えないよ」
という人が多いのはそういうことの反映だと思う。
現在ではこのたぐいの人が多数派ではないだろうか。
つまり犬猫と同じレベルなのだ。
そういう状況をボクは知りすぎているから、
どうしても一日に3羽の処理ができないのだろうと思う。
せいぜい2羽までだ。
たぶん「かわいそう」「残酷」「冷血漢」「とんでもないことをやる」「よくも食える」ということが
頭の一部を支配しているからではないかと思う。
しかし、そんな弱音の部分を持ちながらも、
最終的には殺して食ってしまう。
もし、自分で飼っているニワトリでも
自分以外の誰かに殺して肉にしてもらって
目の前に提供されるただの「肉」ならば、
ぜんぜん抵抗はないと思う。
ボクが捌いたニワトリ肉を大勢の人にあげたが、
喜んで受け取って食べる人ばかりで、
突き返された試しが一度もないだけでなく
「地鶏は旨いんだよな」なんてすべての人が言う。
そういう人たちで「命をいただいて」
などと考える人は皆無だと思う。
つまり「肉」としてだけ目の前に現れているからだ。
スーパーで買うか他人からもらうかだけの違いで、
肉であることにはかわりないからだ。
ところが、食べる目的で飼っているニワトリであっても、
自分で飼って、自分で捌いて食べる場合はそうはいかない。
「感謝して命をいただく」という心境に完全になってしまうのだ。理屈抜きに「人間のために命を捧げてくれている」という気分だ。
「人間のために命を捧げてくれている」などと言えるのは、
自分ではこのようなことをしたこともなく、
ヤッタ経験のある人から話しを聞いたこともない
軽薄な作家さんは言うべきでない。いや、
「人間のために命を捧げてくれている」
などとは露ほども思ってないのくせに、
「そういう言葉を使ってみたい」
というだけのことではないかと思う。
だがこのレベルの作家さんがあまりにもたくさんいるのは嘆かわしい。
特に自然保護派というか、
そんな感じの範疇にはいる
「もの書きさん」にこのたぐいのウソつきが多い。
野生の生きものの場合は、たとえ、
人間の作物に有害だといわれているイノシシ、鹿、ウサギなどのたぐいであっても、
「命をいただく」範疇にはいってしかるべきではないだろうか。
なぜなら、
彼らは人間に害を与えようとして
人間の作物を食べているのではない。
ごく普通の食生活の一環で食べているだけで、
たまたま人間が栽培しているものを食べてしまうだけにすぎないからだ。
この点について、
ボクは「虫嫌いの田舎暮らし」(家の光協会刊)ですでに書いている。
人間だってイノシシや鹿やウサギの食べ物を奪っているかもしれないし、
彼らが住む快適な環境すら奪っているかもしれない。
だが「奪ってやれ」ということで奪っているのではないのに
結果的に、彼らの食べものに不自由を与えてしまうようなことをしているかもしれないのだ。だからお互い様なのだ。
マスコミでは熊の食べものを例にして、
この辺のことについては知らぬ人がないくらいに頻繁に報道されているし。
国際捕鯨会議で「肉食の欧米人がクジラを守れ」などというのはケシカランという捕鯨促進派がいるが、このへんの理解度は欧米人のほうがむしろはっきりしていると思う。
結論。
自分で飼っていて自分で殺して食っているのだから、
まさに「命をいただいて・・・・・・・」ということになる。
だが「うわー、メチャ美味しい」という前に、
いろいろな感慨が浮かんでくるのが
一般とはおおいに違うところ。
ボクはこんな厳しい体験をニワトリさんのおかげで毎年させていただいている。
あーあ、疲れる、こんな理屈。だけどボクがよく読む自然保護派の作家さんの文章には、この点で腹が立つ。
1月14日 (大隠太陽暦11月26日) 日曜日 晴れ
薬草会の「七草がゆ」のお誘いを受けたが、
それが夕べ遅くだったので、予定をいれてしまっていて、
やむなく欠席。
すばらしい献立の会なので、ぜひ参加したかったが、残念。
だが岡本さんが「ご馳走のおすそ分け」をいただいてきてくれていて、ありがたやありがたや。
小松島の仁木さんがわざわざニワトリを持ってきてくれた。
いつもはこちらから出向くのだが、
なんだか申し訳ないような・・・・・・・・。
わが家と岡本さんと原さんと3世帯分で40羽。
廃鶏なのだが、
かるく1年以上は50%以上の産卵率でタマゴを産んでくれるので、
大助かり。しかも最後は肉も食べられるしダシもとれて。
羽根のまっ黒なニワトリなのだが、
姿からは想像できない美味しい肉。
タマゴも廃鶏とは思えないほどキレイ・・。
仁木さんとは久しぶりのことなので、
近所の純子さんも含めて昼食をともにしてもらい、楽しい一時。
結婚して鴨島で暮らすようになった
元「山純」こと純子さん(英語の先生)が子どもさんといっしょに久しぶりに来てくれた。
こころちゃんはしばらく見てないうちにものすごく大きくなっていた。
純子さんは娘・知子の友だち。
ひまわり農産市が明日から改装のために2週間ほど休業するので、出品させてもらっていた玄米クケットの引き上げ。
1月13日 (大隠太陽暦11月25日) 土曜日 晴れ
11日、NPO法人げんき山川ネットワークの世話人会があり
「アメニテイホールの指定管理者」指定を受けたので、
人事その他のことでの話しあい。
指定管理者制度というのは役所の合理化の一環で、
従来支出していた予算から10%程度を削減して、
民間に「これで運営をお願いします」というもの。
あからさまに言えば、
「役所は運営能力がないので、民間に運営してもらおう、
ついてはこのチャンスに予算を削ってしまえば、
赤字も増えないので、役所には二重に都合がいい」
ということだろか。
将来の見通しもないままただ「箱物」をつくり、
作るときにも借金、運営でも赤字というという
税金むだ遣い状況のしりぬぐいを
民間人にやらせようというもの。
まあ、こんないきさつはあるものの、
わずか3年間の指定管理者ながら、
NPO法人げんき山川ネットワークではなんとか大きな実績をあげてやろうと!!と。
有能な人材を責任者にあてて、ばん回をはかりたいというもの。
ここだけの話し・・・・・
指定管理者募集ではNPO法人げんき山川ネットワークの他に
3−4団体(会社も)が競合したらしい。
中には全国規模の会社で全国の指定管理者を受注しているという
したたかな企業もあったとか、なかったとか。
世の中にはすごいバイタリテイをもった企業があるもんだと!!
きっとすばらしいノウハウを持っているのだろうとおもうが。
アメニテイホールというのは小さな会議場だ。
約550人のホールと小さな会議室が2−3だけ。
だが田舎だから、この程度の人数を集めるのもタイヘン。ちょうどいい規模か。
昨日。
ひまわり農産市の当番。
野菜の価格がいちだんと下がっていた。
おおきめのダイコンが40円、ほうれん草が50円、キャベツが50円、ニンジンが6本で100円など。
いつも言うようだがこんなに安いと百姓がばかばかしくなりそう。
15日から店内改装のために2週間ほど休業になるので、買い物袋のなかにチラシを放り込んだり、節分には巻きずしを食べるという習慣があるというので、その受注チラシもついでに放り込んだり。
午前中は本屋さんへ集金に行ったり、していたので、
立ち尽くしの当番でいつもになく疲れてしまい、
早めに酒のんで寝てしまう。
今日。
庭のハタンキョウの剪定。引っ越してきてから、一度も食べたことがない。実が成らないのだ。だから今回はすべての小枝を切り落としてみた。
タマネギ、後植えの水菜、とほうれん草に鶏糞をまく。
昨年末から溜まっていたモミ殻、米ぬかなど、
全部を畑にぶちまける。
明後日あたり、もし晴れたら耕運しないと。
明日、新しいニワトリがくるので、鶏舎内の掃除。
鳥インフルエンザがまた問題になってきたので、
またしばらく鶏舎から出さないで飼わないと。
最後のニワトリ殺し。これでまた1年半ほど新しニワトリとのおつきあいが始まる。
調理中に、今日はなんとなくおセンチになってしまう。
飼っていた家禽を自分で殺して、
肉にして、食べてしまうのだから。
東南アジアの市場の映像で、主婦が生きたニワトリを買って、
ぶるさげて歩いているのを見たことがあるから、
家庭で殺すのはごく普通のことだとおもうのだが、
日本では、会社でなくて
個人で飼っているニワトリを殺して肉にして食べることができる家は
全国で何軒あるだろうか。
たぶん数えるほどしかいないのではないかと思う。
日本では普通ではなくて特異なことなのだ。
「戦後にはオレもやったぞ」などと豪語しながら、
「もういやだよ」という老人は山川でも少なからずいらっしゃるが、
食生活、生活スタイルの激変で、
田舎でもこんなことをする人はまずいなくなった。
ボクなどもさぞかし「家禽をさばける絶滅寸前の希少人間」ではないかと思う。
明日は家禽殺しについての考察を書いてみたいと思う。
1月11日 (大隠太陽暦11月23日) 木曜日 晴れ
「いじめられていたので、同窓会にはいかない」
という投書を朝日新聞でみつけた。
神戸に住んでいる上野さん77歳。ボクよりも大分年上。
旧制中学在学中に
「戦争には反対だ」という趣旨の作文を書いたことが理由で
担任、すべての教員から差別され卒業式出席禁止、
学徒動員では死ぬことが待っている特攻隊最終基地へ行かされた。
終戦で特攻にいかずにすんで、
かろうじて生き残れたが、
戦後何回も行われた同窓会には一度も参加したことがない。
理由は学校の教師からのイジメだけでなく、
同調してイジメにまわった同級生が同窓会世話人をしているからだ、という。
自著「ボクはいじめられっこ」では
「いじめたヤツラの顔を見たくないから、同窓会にいかない」
と書いたが、理由は別にして、
同じような人がいるんだ、となんとなく安心したような・・・・・・・
政府の方針で教育行政がどうにでもなるように
教育基本法が変わってしまったし、
次の選挙では憲法9条を変えてしまおうということを争点にしようとしている勢力がいるが、
基本法で愛国心教育が大手を振ってできるようになり、
上野さんのような子どもが、
これからはまれてくる可能性がでてきたと感じるのは
ボクだけではないはず。
鈍感な生徒が
「戦争はよくありません。世界平和こそ・・・」なんて作文に書いたら・・・・・・
先生から睨まれ、差別され、
同級生からもいじめられるというような世の中になるのは、
時間の問題ではないだろうか。
こうなると、「イジメはよくないから、やめようね」なんてことを、今の政府は発表しているが、こういうイジメはおおいにやるべしということになるのではないだろうか。
一日中、ヒマのような忙しいような、慌ただしい一日。雑用ばかり。百姓家の仕事は際限がないし・・・・
夜はNPO法人げんき山川ネットワークの世話人会。ここ2ヶ月も世話人会には欠席してるので、なんだか新鮮。
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