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1月10日 (大隠太陽暦11月22日)  水曜日   晴れ  

でき上がった麹に食塩をまぜ、さらに煮えた大豆と混合。
これを映像のような機械を通す。
粒々の大豆や米麹が粉砕されてペースト状になって仕込みの終了。
これをポリシートで覆い、半年から8ヶ月保存すると出来上がりになる。


晴れが続い、畑の表面がすこしは乾いてくれたので絹さやの草抜きをした。ほどほどの湿気で抜きやすい状態でおもったより早く終わる。
これからしばらく晴れが続くというので、
いろいろ集中してやれそうだ。もう1ヶ月近く畑作業してないし。

多分05年に大阪で行われた「自給百姓の??集い」の時だったと思うが、「有機農業推進法制定促進の会」があるので、
いろいろ提言があればよろしく・・・・・って言われたことがある。
その後この会に係わっている
Mさんからしばしばメールで連絡をもらっていたが、
この活動が実り、
昨年の末に法案が国会で成立した。

有機農業推進法でいう有機農業農産物とは農薬、化学肥料不使用、非遺伝子組み換え、で栽培し、かつ認証機関が認めたものだ。
この法律の画期的な点は
市町村が有機農業促進のために積極的に活動しなければならないという点にある。
この法案を読むと、
ボクが有機農業を始めたころを思い出し、隔世の感がある。
ボクのころは変人扱いされ、なにかと陰口をたたかれ、
特に行政機関の役人さんからは冷たくあしらわれていたし・・・・・・・・・・
同じ役人さんたちが、
わずか15年でころりと180度転換して
「促進の側」になるわけだから。また農協も同じだったし。

でもいいことだ、いいことだ。

1月9日 (大隠太陽暦11月20日)  火曜日   晴れ  

ミソ作りの「大豆を煮る」日。大釜に水でふやかした大豆を入れて煮るのだ。沸騰するまでは強火で、あとは弱火で焦げ付かないようにゆっくりと煮詰める。親指と小指の間にマメを挟んで潰せる程度の柔らかさになったら出来上がりだ。午前中いっぱいかかった。
あとはゆっくりと冷ます。
明日はいよいよ麹と混ぜて機械を通す。


ミソ加工の施設へ向かう途中、
非常に美しい雲を発見。
ウロコのようにキレイに並んだ薄い雲のかたまり、
そしてウロコを背景にしたクジラの並列踊りだ。
しばし見詰めて、家にもどりカメラを持ちだしてきて撮影。
バカチョンで技術もないから、この程度にしか撮れなかったが。



新成人587人を対象にしたアンケート結果(結婚情報サービス社)が
新聞各紙に報道されていた。
いろいろな項目があったが、
ボクの関心事はイジメ。
47%がいじめられた経験があって、
38%がいじめた経験があり、
27%が自殺を考えたという。
政府が対策を発表したが、「改善されないと思う」が84%を占めたという。
「いじめられても誰かに相談するとは思えない」が51%だ。
この内容はボクの著書「ボクはいじめられっこ」で主張していることとまったく符合する。
昨年11月に朝日新聞にも投稿したが・・・・・・・。
以下に掲載してみた。

自分のいじめられ経験から
いじめ問題がおおきくクローズアップされてきていて、マスコミ報道では学校や先生の指導方法がやり玉にあがっているような気がしている。教育委員会などの教育指導部の先生がたも現場の先生のやりかたを問題にしているような気がしてならない。
わたしはこのようような風潮にいささか疑問をもつ一人である。
自分の子ども時代のことを書いた「ボクはいじめられっこ」(05年刊行・リトルドッグ社)の筆者として、いじめられているお子さんの心境を思うと、心痛に耐えない。
私がいじめられたのは「戦争による疎開」「疎開先での貧困」「戦争から復員してきた父の仕事・しおからの行商」がその原因であった。仲間外れ、廊下でのつきとばし、放課後の暴力、弁当へのツバ吐き、・・・・・思い出すだけでも吐き気がでるような毎日だった。そんな思い出が原因して小学校の同窓会には卒業以来一度も出席していない。いじめた同級生についてはフルネームでいまだに記憶が鮮明で、つい最近になってその者たちが死亡、極度の脳障害になったと聞いて、次回は参加してみようかなと考えているような始末だ。それほど幼年期のいじめはつらいことだった。

当時母はいじめられていることを知らなかった。先生も知らなかった。母は隣家の同級生から聞いて初めて知った。だが家庭での母は優しくボクに対応するだけだった。時に泣きべそで帰宅すると烈火のごとく怒り「いじめたヤツラをやっつけて来い。男の子は泣いて帰ってくるものではない」と怒鳴って私を家に入れてくれなかった。だがしばらくしてから暖かい手ぬぐいで涙を拭いてくれて家に入れてくれた。ただそれだけの繰り返しだった。兄の話によると、陰で「あの子は可哀想だ」と涙ぐんでいたという。ただそれだけで、先生に抗議するわけでもなかった。

成人してから母が言うには「集団の子どもはニワトリみたいなもので、いじめは付きもの。子どもの集団にはかならずいじめる子どもといじめられる子どもがいるもの。おまえはいじめられる側にいたんだよ。それは親でも先生でもない、自分自身で克服しないとどうしようもないもんだよ」と言っていた。私はこの言葉こそ真実だといまでも思っている。

子どもにはいじめる子どもといじめられる子どもがいる。担任の先生などにわかるようないじめがすべてではない。先生に「もういじめません」と誓った子どもは陰ですぐにまたいじめるもの。そしていじめは基本的には学校、先生の問題ではなく、家庭の問題だと私は確信している。

1月8日 (大隠太陽暦11月19日)  月曜日   曇り  

昨日の寒さはどこへやら。また暖冬の予感のような気温。
例年より1ヶ月以上も早いのだが、ミソの仕込み。
もう販売はしないつもりなのだが、
100キロも作ることに。
コメ26キロ、大豆26キロを用意して、
今日はコメを蒸して、麹菌をすり付けて、麹作りの
醗酵器に投入。
そして大豆の水浸し。
明日は大豆を煮る。これがなんと一日がかり。

コメを蒸しているところ


蒸したごはんに麹菌をすりつけているところ

産卵が落ちてきたニワトリを殺す。
10羽いたが、逃げられたり、何かに殺されたりして、
7羽だけ残っていたが、
仁木さんところから、
あらたに譲っていただける手はずがついたので。
もう1年も「ニワトリ捌き」はやっていなかったが、
昨年よりも、なぜか手際よく、短い時間で捌くことができた。

動物の肉の匂いについて考えてしまった。
昨年12月に、イノシシの肉の話をここに書いたが、
このイノシシはいままで食べたイノシシと違って、
肉を手でつかんで料理しても、
ぜんぜん手が臭わなかった。
そして今日のニワトリ。
絞め殺して、毛を抜いて、肉を捌いたのに、
同様にぜんぜん手が臭くない。
どちらも指を鼻に押し付けておおきく息を吸い込んでも。
ボクは魚はすべて自分で料理するのだが、魚は必ず臭う。

昨年発行された農業雑誌「地上」誌上に、
農民作家として有名な山下惣一さんが、
毎日の食事内容を披露していた。
カロリー制限をする必要があって、
毎日の食べものを記録し、
一定のカロリーをオーバーしないように忠告されたからのようだ。

酒、ビール、ご飯の量、みそ汁の具、おやつにいたるまで、
克明に数日分が書かれていた。
これだけではなく、
カロリー計算表にしたがって、
食品ごとのカロリー数値まで書いてあり、
合計して「今日は何カロリー食べた」とまで。
これを1ヶ月ほど続けたという。
コレを読んで、ボクは制限などはされていないが、
5−7日ぐらいやってみようかなという気分になった。
だがこれって、すごくタイヘン面倒なことのような気がするが。

女子栄養短大のカロリー計算表は
市販の食品で計算しているので、
ほとんど買い物をしないわが家の場合は
いちいち断りをいれてみたいとも思う。
イノシシの肉なんて表示されてないだろうし、
ニワトリ肉だって、脂肪分が圧倒的にすくないわが家の廃鶏の肉は、
もしカロリー計算したら半分以下ではないかとさえ思う。
魚でも川や海で釣ってきた小型の魚なども掲載されていないだろうし。
玄米はあっても発芽玄米は掲載されていないかもしれないし。
毎朝食べているトウガラシ麹なんてのもないだろうし・・・・・・・・・・

カロリー数値はわかる範囲にして、ノリがきたら始めてみよう。

1月7日 (大隠太陽暦11月18日)  日曜日   曇り  小雪 

朝、起きて庭を見たら、
若白髪がすこし生えてきたかな 程度の初冠雪
すでに雪は降っていなかったので、
すぐに消えて元の黒髪に。
北風吹きすさぶ、本当の冬らしい冬の風。
ズーッと暖冬で鈍ってしまった肉体には、ことのほか寒さは
身を刺すようだ。
昨日、白菜などを収穫しておいてよかった!

こんな天気を幸い、一日中パソコンの前で原稿書き。

昨年の小麦生産量は836000トンで
前年よりも38200トン少ないと
新聞報道(06年12月はじめごろ)されていた。
ボクは生産量を2002年から書き取っているけど、
だいたい80万トン台で増えたり減ったりの繰り返しで、
「自給率が上がった」などとはお世辞にもいえるものではない。
低水準横ばいだ。

消費量がだいたい約632万トンだから約14%というところ
ズーッとこのあたりを上がったり下がったり。
多分、30,40,50%なんてことは夢のまた夢だと思う。
だがこの数字はすごく気になる数字だ。
コメの消費量が減って減反中だが、
もし減反をやめてすべての田んぼにコメを作付けすると
小麦消費量に近い数字になるからだ。


日本人はコメをやめて小麦粉を食べるようになった、
そして小麦粉加工品に合うように、
油脂、乳製品、肉類を多食するようになり生活習慣病が増えて・・・・・・・・・・・
ということになってきたと思えてしょうがない。
百姓してないのに
「減反はよくない」などというインテリ消費者がいる。
ボクはこういう人がこんなこと言うと無性に腹が立つ。
日本有機農業研究会の消費者会員などの中にも、
総会後のホテルでの立食パーテイや朝食バイキングの時に
「あたしはパンなの」などとほざきながら
「自給率云々」をおっしゃるのに、よけいに腹が立つ。
こんな立腹は馬鹿げているといわれればそれまでだが、・・・・・・。

以前、南オーストラリア旅行記のことを書いた時に
「南オーストラリアのポートリンカンは
日本向け小麦の巨大輸出港だから、
讃岐うどんの原料になっているASW(オーストラリアン・スタンダード・ホワイト)という小麦粉は
ここから船に積み込まれてくるのでは」と書いたことがあるが、
これはどうも違うようだ。
西オーストラリアからのもので
パースあたりから輸出されているらしいのだ。

同じオーストラリアだから、
南も西もないよといわれればそれまでだが、
やはり西らしいのだ。
言葉で言うだけなら無責任だが文字で残ると「それまで」とはいかない。

1月6日 (大隠太陽暦11月17日)  土曜日   曇り 

暖かいせいか、腐りかけている白菜を発見。
ならばと、包丁もって全部の白菜の株を切り、収穫してしまった。
根元近くが腐っているのも2株あった。
頂部から腐ってきてるのが7ツもあった。

キャベツにはいまだにアオムシがいる。
チョウチョウの幼虫だが、
寒ければ今ごろいないはずなのに。
成育途中にさんざん虫に食われているので、
外の葉はボロボロだが汚れた外葉を切り捨てると、
可食部分はきれい。

井戸で外葉落とし、洗浄のあと全部で30個ぐらいだが、
一つ一つ新聞紙でくるんで、
裏の軒下に並べて置く。
こうすれば長持ちすると書いた本があるが、
寒冷地ならまだしも、
このあたりはそんなに気温が下がらないので、
2ヶ月はもたない?と思うが。
だからこんなに保存しても半分以上は棄てるはめに・・・・・・・・・。

兼業農家を止めて、毎日ぶらぶら年金で遊んでいる人と野菜の話をした。
「野菜なんか作ったって、わりにあわないだろ」
「どうして?新鮮な野菜が食べられていいじゃない・・・・・・」
「二人や三人の所帯で、どんだけ野菜食うか、・・・・・・・考えてみたことあるか」
「そうだな。あんまり食わないな」
「白菜なんか2個か3個だ。ダイコンだって3−4本だ。キャベツだって同じだ」
「・・・・・・・・・・」
「そんなもん作ったって大方は無駄になる。この辺は田舎だから、家で食う分ぐらいはあちこちからもらえる・・・・・・・。タネ買ったり、耕耘機買ったり・・・・・そんなことしないほうがズーッといい」

11月、12月と暖冬で野菜が早く生長してしまい、
市場に大量の野菜が出回ったせいか、
価格が暴落。
産地で白菜、ダイコン、キャベツなどを
トラクターで踏みつぶす映像が流れていた。
そのせいかひまわり農産市の近くに新しくできた
デスカウントスーパーでは驚くような価格で店頭に並んでいた。
いずれも生産費を大幅に下回る価格で。
今は落ち着き傾向にはあるが、
こういうことがあると百姓は本当にやる気をなくす。
出荷していないボクが云ってもしょうがないが・・・・・・・・

こうして価格調整のために廃棄される野菜は
上記のほかにタマネギ、レタス、ニンジンの6品目が該当している。
どんな時にやるかといえば、
過去10年間平均の70%を下回ったときに
「やろうか」ということになる。
農家には税金と農家の積立金からいくらか支払われることになっている。
大きな白菜が小売りで50円なんて値段だから、
農家には20円とか30円。
こんな値段では出荷しないほうがいいに決まっているしね。

1月5日 (大隠太陽暦11月16日)  金曜日   曇り 

生活改善グループでモロミ(大豆とコメ、その他を使って醗酵させたもの。金山寺ミソとか醤油のモロミに似ている。醤油、みりんなどで味付けして、ご飯のオガズになる)を作って販売しているが、
わが家のコメを使ってくれるというので、
コメの籾摺り、そして精米作業。
家庭用の小型の機械なので、
わずか40キロ足らずなのに、
朝から晩までかかってやっと終わった。
機械の調子があまりよくないので、
トラブルがよく起こるので、
タイマーを設定しておいても、どうしてもついていないとダメ。
今回は、ちょっとした隙に大トラブルで機械が詰まってしまい、
分解作業で1時間以上もかかってしまった。面倒な機械だ。

昨年の5月以来血液検診をしてないので、診察しに。
長年にわたって
朝4粒、昼1粒、夕方3粒もの狭心症のクスリを
服用し続けているので、
最低でも年に2回は検診を、などと云われている
のだが、
つい忘れてしまいがち。
今回はどんな結果がでるやら。
いままではどこも悪くないという結果だったが・・・・・・・

テレビ、ラジオ、新聞などの報道で、
企業や団体などのオエライサンが
部下や関係者にむかって発する挨拶は、すべて
「猪突猛進でがんばろう・・・・・・・・・」
というたとえ話ばかり。

「亥年に関してはこれしかないんだよな」って感じで
「イノシシよ、他になにかないのかよ」と云っているかのよう。

「猪も7代目には豚になる」なんてのもあったっけ。
だが、これは使えないし。
「野生の勇ましい猪も過保護と飽食のもとでは堕落して豚になる??」っていう意味らしいから???

猪武者というのもあった??
「猪武者のように猪突猛進」だから、同じ意味だが。

ボクの場合は「猪武者のように猪突猛進」
といけるような年齢ではないと思っている。
また心情的にもそのようには行きたくない。
スローというか、ゆっくりがいい。

もの書きというのは、スローそのものだし、農業も同じ。
本を書くということは読むのに比べたら、
比較にならないほど遅い。

ゆっくりで、ちょいちょい調べものの必要にせまられて道草をくったり、
とんでもない挿話を思いついたり、
まさにゆっくりそのものだからだ。
急いだら決してこのような作業はできない。

野菜を育てるのも、暮らし方もそうだ。
あれを食べたいなと思って、
財布をもって材料を買ってきてすぐに作って食べる暮らしではなく、
畑を耕してタネを蒔き、
約4ヶ月ものあいだゆっくりと
太陽と雨と土と、空気の力をかりて育ってから、
やっと台所に届く。

悠久の時の流れに沿って、
決して急がず、遅れもせず、
逆らいもせずに自然の一物になって生きている、
そんな自分を発見し、
そして昨年も、今年も、あるいは来年も
そうなると思う。
だから、イノシシは肉として食べて、
「今年は猪武者のように猪突猛進」と「口では言っても」、
腹ではこんなことを考えている。
ボクはのっそりの「丑年」生まれだから。

日差しが弱いので、
畑はままだまだグチャグチャだ。
白菜などの収穫に畑に入るだけで、
長靴を井戸で洗わないといけないほど

せめて1週間、できれば2週間、快晴になって欲しい。
田んぼの土起こしもしたいし。

1月4日 (大隠太陽暦11月15日) 水曜日 曇り 春のように暖かい

2日の日記で「筋肉痛」と書いたが、
なんと昨日のうちに消えていた。
以前の登山の時は下山後4日間も痛みが続いたが、
今回は1日半で消えてしまった。
やはり日ごろの鍛練が功を奏したか??
昨日は一日中日記の整理。

そして今日4日。かねて予約していた大阪の
天満天神繁昌亭(落後の席亭)へ。
昨年の9月のこけら落としにも行ったので、今回で2回目。
銀瓶、染丸、露の五郎兵衛、・・・・・・・等10人3時間20分。
みんなおもしろく笑えころげた。
正月早々笑えるというのはいい。
今年一年、笑って暮らせるような気分になる。昨年、一昨年は吉本興業のNGK,その前はタカラズカだったっけ。

4日間、のんびり過ごすことができたが、
明日あたりから正月気分なしの暮らしにはいろうと思う。まずか健康診断から。

1月2日 (大隠太陽暦11月14日) 火曜日  雨

昨日、高越山(1123メートル)へ登った・・・・・・・・・・
徳島へ引っ越してきて2回目だが、
1回目が一〇年以上も昔なので、初心者の心境で。
正月だから大勢の登山者いるとおもいきや、
登りでは一人に抜かれただけ。
頂上に着いても4人しかいなかった。
降りてくる人にはたったの一人にしか会わなかった。

中間点の中野郷(標高で600メートルぐらいではないだろうか)までは、12月30日にもトライしていたので、まあまあだったが、
そこから上が普通じゃない。
中野郷までもそうだったが、
ほぼ
一直線の急な坂
いままで登った山で一番しんどいのではないだろうか。
途中に遊びがないのだ。
登山道には途中に平坦なところや、
少し下がるところがあるのだが、ここには1カ所ぐらいしかない。
後半の500メートルなどは100歩歩いたら立ち止まるという感じ。前半1時間10分、後半1時間半もかかってしまう。

頂上の高越寺の食堂でウドンを食べた。
そこで会った老人夫婦のあとについて下山することにした。
中野郷まではボクも彼らも同じ道を歩いたが、
中野郷からは別の少し楽な道があるというので、
教えてもらうことにした。

中野郷からの通常降り口より10メートルほど東に山道があった。
「この道は四国電力が送電線工事を作るときに新しく拓いた道ですよ」とその人。
「山下登山口の鳥居のところ(ボクが登った地点)へ降りるのよりは、
距離は少し長いですが、歩きやすい道ですよ」
「登山口はふいご温泉のすこし上になります」
この道は最初に登った道とはケタ違いに歩きやすい。
この道から最初から登っていれば、もう少し楽だったのでは、と後悔しきり。

ふいご温泉に浸かってから帰宅し横になる。
両足の筋肉痛がひどい

夕方、
郷司さん一家が来てくれて「百人一首」と「Rummikub」というオーストラリアで買ってきたゲームを楽しませてもらった。

そして今日2日。
楽しく年賀状を読んだり、返事を書いたり・・・・・・・
歩いたりすると足の筋肉が痛むので、
一日中ごろごろ。テレビで関東大学駅伝を見たり・・
・・・・・

不思議なもので、
わが家のあたりでは外にでても「正月」という感じはまったくしない。いつもの家々、畑、切り株がのこる田んぼ、山々、そして木々。どこにも正月の雰囲気はない。
テレビを見て、ガバッときた新聞を見て
はじめて正月の雰囲気を感じる。
もしこの二つがなかったら
「正月」は暦の上でしかないのではないかと思う


元旦にたっぷり配られた新聞を隅々まで読んだり、
農業雑誌「地上」に発表された文学賞受賞作品を読んだり。
「碧い谷の水面」
という作品で石坂あゆみさんの作品。

4人の有名な作家、評論家が審査員としての感想を書いていたが、
本文よりも興味深く読ませてもらった。
A氏  
山里の四季が慈しむかのように描かれていてそれに好感を呼ばれた。老人と若者のぎこちない心の通いあいが読むものを引き込む。
B氏
祖父と孫とが親しみあってゆくあたたかなムードの快い作品。作品の印象は明るい。風土感もよくでていて祖父と孫の心の通いを彩ってくれる。
C氏
総じてこの作品は、作者の一人合点とおもわれる叙述が多く、人間の置かれている環境や状況の描き方が曖昧で、登場人物の姿がそれぞれ明確に像を結んでいるとはいい難い。

ごく一部、評価を書いてあった部分だけの抜粋なので、
かならずしも各氏の言い分ではないと思うが、
一つの文学作品についても、評価にこんなにも違いがあるのが、
文学作品の世界だということを思い知らされる。
だからもしABC氏でなくてDEF氏だったら、多分違った作品が選らばれていたかしれない。

ボク自身の感想は、
すごくいい作品だと思う。
農村、後継者がいない兼業農家、
加齢とともに「年なんだから」と家族から百姓仕事をはぎ取られていくお年寄りの悲しさ。
子や孫たちのお年寄りへの思いやる気持ち、
村の行事と支える人々、
老人世帯の近所での支え合い、などよく書かれているとおもう。