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1月20日 (大隠太陽暦12月21日) 金曜日 晴れ
郷司さんにメモリの増設(640になった)とDVDのソフトを入れてもらった。
パワーポイントを操作してると、メモリをたくさん使うせいか、
「メモリが不足」という警告がでて、
不自由していたので、インターネットで買ってもらったもの。
彼のお陰で、パソコンの利用範囲がひろがり、本当にありがたい。
千葉県南房総地区の社会科副読本をその時に見せてもらった。
2巻にもなっていて、冒頭に忌部、しかも
阿波から安房への忌部が書いてあり嬉しくなった。
この部分を執筆したという先生が
28日山川にきて講演してくれる。
釣ってきた魚のハラワタを取り除き、
一夜干しすると冷凍しても美味しくなるという道具を完成させた。
来週にでも釣りに行かないと。
畑のほうれん草がしおれてダメになってしまった。
ボクはナムルにして食べるのが好きで、
できるだけ通年食べられるように栽培をしていたが、
これで途切れてしまった。
ハウスに蒔いたものはまだ発芽して5センチぐらい。
青首ダイコンもなくなり、
残っているのは「平家ダイコン(米良ダイコン)」「ビタミンダイコン」「紅芯カブ」「ターサイ」「京菜」「ネギ」「サトイモ」「ニンジン」「カブ」、在庫のジャガイモ、タマネギだけになってしまった。
だがこれだけでも自家用だとあり余る状態。
「ダメにしてはもったいない」からと、
毎日三食、野菜づくめ。
ここのところ肉を食べていないので、
コマーシャルを見るたびに無性に食いたくなる。
魚も釣ってきて冷凍してあるアジとか子ダイとかばかりだから、
たまには売っているサバ、イワシ、ブリなどを食いたい。
ボクは素材を混ぜるのがあまり好きでないし、
こってりとした味付けもそれほど好きでもなにし、
だからできるだけ自分で料理をする。
朝はカブの中華風炒め、
夕方はターサイの中華風炒め、というように
他の野菜を混ぜないし、味付けはオイスターと塩だけ。
みそ汁もダシを使うとダシ臭くなるので、基本的に使わない。
わが家の味噌はダシを必要としないからだ。
使うのは油あげと味噌を美味しくするために使った昆布のみじん切り。
たまに水ギョウザを使う。具は1−2種類。
そしてダシといえるかどうかわからないが
「麹とうがらし」を小サジ1杯をお椀にいれる。
トウガラシだから辛いがそれほどでもなく
麹のせいかむしろ甘味というかダシになるみたいだ。
あとはすりゴマをたっぷり放り込む。
こんなこと書いていると、
「おまえがいつも食事作っているのか」といわれそうだが、
ボクは料理が好きで、
先手必勝という気持ちで、先に台所を占領して、
やるようにしている。だが食後のあらいものは苦手。
腕時計が農作業中にはずれてどこかへ吹っ飛んでしまい、不自由していた。
今回は「電波/ソーラーを10000円以下で買おう」と決め手いたが、
なかなかない。
インターネットオークションでも1万円をこえてしまう。
やむなくつなぎで「安物を買おう」として近くのホームセンターで探したら
なんと880円のものがあった。しかも、
リストにはめると数万円にも見えそうな!!!!!!!
それを買ってきた。
こんなに安いなんて、いったい人件費はどうなっているのだろうか???????
1月19日 (大隠太陽暦12月20日) 木曜日 曇
昨日は、22日印刷の
NPO法人げんき山川ネットワーク機関紙の原稿を
大量に補修しなければならず、
日記を書くにいたらなかった。
ひまわり農産市の当番。
野菜の端境期なのか、出品が少なく、
そのうえ午後の当番のためか客も少なくヒマな当番仕事。
ヒマだと本当にくたびれる。
午前中の超忙しいほうが身体は楽だ。
やはり、当番は忙しい午前中がいい。
明けて今日。高松で趣味の絵書きをしながら、
不動産業を営んでいる人がきて、雑談。
この人、アマチュアながらすばらしい風景画を油で描いている。
写真を見せてもらっただけだが。
昨日書いていた原稿の補足修正。
釣ってきた魚はハラワタを取ってから、
一晩ぐらい干してから(水分を切る)冷凍したほうが美味しくなると
岡本さんから聞いたので、
そのための道具作り。
巾の狭い(4センチ)板3枚に3センチ間隔で28本のステンレスクギを打ち、
それを3列に組みあわせた。
これだと、即席調理した魚の頭をホイホイ差し込んで干すことができる。
1回で80匹は可能だ。
これを作ると、サヨリを釣りたくなってしまう。
とにかくサヨリの天ぷらはめちゃくちゃ旨いのだ。
こういう小道具は作りは、
われながら「うまくなった」とつくづく思う。よく出来た。
上手く出来るということは、ねじれない、ぶれない、正四面体にきちんとできるということ。
夕方、美郷から2月に引っ越してくる純子さんが来た。
1月17日 (大隠太陽暦12月18日) 火曜日 晴れ
今年に入ってから、まったく手付かずだった、原稿書きを始めた。
午後はNPO法人げんき山川ネットワーク新聞野編集打ち合わせで事務局へ。
みどりさんと、恵子さん、それに恵美さん参加。
依頼していた原稿がそのまま並べられてだされたが、
新聞原稿としては長いものが多く、
それらの短縮などにてまどり、結局終わらず。
それぞれが持ち帰って文章点検するという宿題になってしまった。
ボクは4点もひきうけるはめになり、ここ2-3日は大変だ。
田んぼに鶏糞などを撒こうとおもうのだが、
雨で土がじめじめ状態で、なかなかやれない。
ゆうべも少し降ったらしく、あと1週間は最低晴れてくれないと、だめだ。
定期購読している農協の雑誌「地上」1月号に座談会形式で
「食料自給率は上げられるか」という記事があった。
世界の人口増加、日本の食料輸入増加、現状40%の自給率などに憂えたり、・・・・・・・・。
だが結論は政治家やお役所は無責任に達成目標数字を、
45%とか50%とか数時遊びみたいに並べているが、
極めて達成は困難、いや不可能との感じ。という記事。
ボクは達成困難どころか、もっと下ると考えているのだが。
コメの消費拡大を農水省は湯水のごとく予算を使って
豪華なパンフレットやチラシを作ったり
、御用学者を動員して高いギャラを払って講演会をやったりしているが、
まったくその効果はなし。
逆に下る一方。(こんなことで自給率が上ると考えているのが極めて浅はか)
こんな印刷物などは末端の普及センターや役場のカウンターに
1ヶ月ぐらいお義理でおかれ、
すぐに焼却場へ99%直行なんだし。
まあ、自給率アップは印刷やに儲けさすにすぎないのだし。
ボクは「それでも百姓になりたい」の後半部分で、
まったく違う観点から自給率の向上策を書いたが、
騙されたつもりで少しは取り上げて欲しいもの。
国が「予算でやる食料自給率の引き上げ策」というのは
小麦、大豆など特定の穀物に補助金をくれてやるというもの。
馬人参政策だ。
だから1年、2年目、3年目と補助金が少しづつ削減されてくるに従って、
生産量も下るという、まさに補助金に正比例の有り様。
こんなことでは食料の自給率の引き上げなどは絶対にありえない。
補助金でやるなら、
永久補助金をださないと決して穀物の自給率はあがらないのだから。
こういう単純なことも霞が関の役人さんは分かってないようだ。
農業政策のことを書くと、必ず興奮する。よくない、よくない。
1月16日 (大隠太陽暦12月17日) 月曜日 曇 雨
もう、味噌の出荷販売はやめたのだが、
大豆が余りそうなので、60キロぐらいを仕込む。
かみさんが昨日から下仕込みをしてくれていたので、
機械を通してこなすだけなので、午前中で終わる。
遺伝子組み換え問題の講演で借りていたプロジェクターをさくら診療所へ返しにいったら、
新型を買ったからと借りてきた。説明書を読んだら、
「マックはOS10,2以上」なんて書いてあり、
ボクのは9,3なので、せっかく借りたのだが、
使えない。あーあ。
午後、年末から故郷の大阪の実家へ帰っていた赤星さんが、
徳島に戻ってきましたと、挨拶にきてくれた。3時間ほど雑談。
夜は久しぶりで英会話クラブ。
1月15日 (大隠太陽暦12月16日) 日曜日 曇
夕べの日開谷幼稚園での遺伝子組み換え問題の座談会には驚いた。
このような感じの勉強会というかサークルというか、
地元の人たちの自主的な集まりがあるというだけで、すごい!!と思った。
また、この種の会に宮崎さんのような脱サラで百姓のよそ者参加が認められ、
しかも、ボクみたいな者を呼んで講演できるということも。
ボクなどは地元ではこういうことは絶対にありえないし。
いままでの経験だと、英会話、薬草などのサークルの仲間などが中心でのことばかりだったし。
地元住民の集まりと、
地元のサークルの集まりというのは、
性格がまったく違うし。
久しぶりに畑やハウスに入る。
露地物は雪で押しつぶされてしまったせいか、
葉っぱはすべてゲンナリ。
ターサイなどは見た目はかっこいいのだが、
もうずいぶん長いあいだ放置されていたので、堅そう。
ほうれん草はグシャグシャになってもう食べられない。
今、食べられるのはダイコン(赤と青)、カブ(赤と青)、人参、ハクサイ、チンゲンサイ、サトイモ、ネギぐらいになってしまった。
13日の日記の続きで、
今回は11日のできこと。
前日の夕方、居酒屋「松」でさんざん飲んで、すばらしい東京の夜を過ごしたが、
11日はかしこまった日程。
11時頃に、秋葉原の電気屋街へ行き、アップルの専門店へ。
ボクがまだ東京にいたころとは全く様相が一変。
iBookのXを買おうかななんて考えて行ったのだが、
「2月にインテルマックが発売されるから、今は買わないほうがいい」
なんて店員からいわれたり。
だが、ボクのパソコン操作能力ではXは不要ではないかとも考えているので、
カタログだけもらい、
メモリーの増設とかをいろいろ聞くだけで帰ってきた。
そして、代々木上原にお住まいの羽仁進さんのお宅へ。
「ボクはいじめられっ子」の編集をしてくれた大泉さんと駅で落合い、一緒に。
80分も時間を割いてくれて、
ワインの話し、戦争を描く観点についての話しで華がさく。
戦争で親や地雷で手足を失った子どもたちはイランイラク、
その他数々の戦場でみられるが、
そんなことに悲しんでいないで、
生きるために明るく、勇敢に暮らしや戦争にかかわっていく姿、
つまり戦場の兵隊ではなく、
いわゆる戦場でない場所、銃後の女、子供たちの戦争を描いたものが日本にはほとんどない、
それがこの本(「ボクはいじめられっ子」)には
きちんと子供の視点で書かれている、
ということが彼が解説を書いてくれた動機だったとか。
ここをきちんと伝えていかないと、
現在問題になってきている憲法9条などの問題も
戦争、兵士、戦場ということにわい小化することなく、
銃後、戦争に行かなくても戦争被害者になるということをもっと知らせていかないと
一般国民は
「おれたちゃ関係ない」と考えてしまうのだと。
だから憲法改正勢力がどんどん増えてきてしまっているのだ、と。
またイラクやアフガンでも軍隊どうしの戦争よりも、
戦争に関係のない人のほうが多数死ぬのだ、
ということの理解を日本人はほとんどしていない。
これを彼は嘆いていた。
薔薇戦争などの記述ではそのへんのこともきちんと記録されているというのだが・・・・・
長い時間、彼の熱弁を聞いた。
年齢は77歳というが、すごく若々しく、
「あのー、そのー、なんだっけ、などの言葉もなく、名詞、固有名詞がぽんぽん出てきた。
まあ、目の前で、具体的に実例をあげながら、
また、文章がすごく上手だともいわれ、
こんなに褒められると、穴があったら入りたい心境。
それにしても、現役は員引退しているのに、
代々木上原駅前の豪華マンションの最上階を2部屋も借りて、
住まい、事務所にしてるなんて!!!
まさに老いたりといえども現役!!!!!!
これからは、手づくり酒友だち(さけとも)になれそうです。
玉村豊雄さんなどとも酒で親交があるとか(山梨に農場、ワイン工場を最近つくっているエッセイスト)
夕方は、キリンの「酵母」とかいう小瓶で250円の美味しいビールを5本、はんぺん1枚、イワシの一夜干しを5匹、シシャモを7匹、一番高いウインナーを一袋、好物ばかりを買って帰り、長男の家で真面目に食事。
12日は在京最終日。
9時に彼の家を出て、寅さんの柴又へ一直線。
日暮里で京成に乗り換え、高砂、そして柴又へ。柴又へは何回もきているので、
今回は「寅さん会館」へ。
昼食はいつものように「鯉定食」にしたが、
これを扱っている店が1軒しかない。
やむなくその店に入るも、
不味くて、貧相で、高くて、最悪。
今は鯉などという川魚を食べる人がいなくなってしまったのだろうか。
もう絶対に柴又では「鯉定食」は食わない!!と決定。
フライトの時間に余裕があったので、
「ゆりかもめ」でお台場遊覧。
新橋から乗って、フジテレビの前を通って、昔の有明まで。
そして同じコースを帰ってくるという、ばかばかしい遊覧だが
、電車は運転手もいないという最先端電車、
しかも海の上をグルグル回るなんて、すごいのだ。
7時に高松空港に到着したが、駐車場に入って、車のドアにキー・・・・・・・・・ない。
そう、長男に不要になった荷物を宅急便で送ってもらうために渡したカバンの中に車のキーが。
岡本さんに電話して、助けてもらってやっと帰れたというドジなおまけ付き。
1月14日 (大隠太陽暦12月15日) 土曜日 曇 雨
遺伝子組み換え問題で、すこし話しをしなければいけなくなり
、午前中は、昨日借りてきたプロジェクターの試運転。
ずいぶん長いあいだ使ってないので、
使用法をすっかり忘れてしまっていた。
また、画像も一部修正。修正していると、全部書き直したくなる。
午後は「やまかわ元気市」の全員集会。
出店する人が8名前後と少なくなり、その結果商品点数がすくなくなり、
比例して客も減りじり貧状態。
解散してしまうかどうかを考える集まりだ。
ボクはすでにハガキで「抜けます」と会長に連絡してあったが、
会議通知がきたので参加。
20人も集まった。脱けたい人、脱けないで続けたい人の無記名投票をすることになり、
15対5で、大部分が、もう続けられないと。
ボクも続けられないに投票した。
最終的には、
場所を提供してくれているさくら診療所の吉田医師、
後継でやってくれるかもしれない「あおぎ作業所」と話しあうことになった。
いづれにしても解散して「あおぎ作業所」が引き継いくれれば、
そちらに合流させてもらうことになるかも。
会計ではお金が123万円ぐらい残っているので、
TICOへの寄付とテントの撤去費用、その他になりそう。
夜は市場町の日開谷幼稚園の場所を借りて行われる
「めだかの学校・遺伝子組み換えって、何?」というテーマの講演会へ参加するために出かけた。
先日来県してくれた
安田節子先生とか「遺伝子組み換え問題情報ネットワーク」などで話題になるのは、
「最近の遺伝子組み換え作物をめぐる諸情勢」などばかりだが、
講演会ともなると、初めての人ばかりなので
「遺伝子組み換え食品とはなにか」からが問題になるため
、改めて記録やメモを見直さないと・・・・・・・・・・
夕方はその予習。7時に出発。結果は明日に。
1月13日 (大隠太陽暦12月14日) 金曜日 曇 夕方雨
ボクの兄弟たちはみんな離れて暮らしているので、
なにか事が起きないとまず、逢うことはない。
兄の家族は茨城県北相馬郡、
弟(故人)の未亡人は茨城県藤代、
妹の家族は埼玉県ふじみ野市。
関東ばかりで、ボクだけが関西圏に。
今回のボクたちの上京では、母が入所しているケアセンターに
兄のところの娘、
弟の未亡人、
妹夫妻とみんな集まってくれた。感謝感謝。
母は兄と同居していたので、
ボクからみたら姪にあたる兄の娘が90%母の面倒をみてくれている。
ボクは子供の一人として、姪にはものすごく申し訳なく思っている。
本当に献身的だからだ。
夜はボクの長男の家に泊めてもらった。
ここには3人も子供がいて(孫がいて)、すごくにぎやか。
ボクとは無関係に美男美女ばかりの孫達だ。
遅くまで息子と語りあかし、
翌日は今回の旅の第2の目的でもあった
「浅草演芸場」見学。
大阪の吉本興業NGKには毎年のように高速バスのツアーで行っているが、
東京の笑いと関西の笑いはどこか違う。
関西は漫才中心、関東は落語中心という見た目の違いもあるが、
落語も、漫才も話しの内容というかか、笑いのネタというか、どこかが違うのだ。
うまく言葉で言い表せないが。
微妙な違いどころではない、
国の違いほどのものを感じる。
笑いの研究とかいう本を探して読んでみようと思う。
正月興行の千秋楽日だというので、
朝から入れ替えなしの12時間興業。
だからお客さんは途中から入場して、疲れたら途中で退散、ということになる。
常時満席。
関東でメシを食っている落語家は400人もいるというので、
有名人以外は3−5分だけしかしゃべれないから可哀想。
木久蔵(ラーメンのキクちゃん)、正蔵、円丈、円鏡(今は橘家エンゾウかな)などはたっぷりの時間。
ボクは江戸落語が好きで、東京へ行くたびにここへ寄る。
といってもNGKへは近いせいか、
ついでに行くのではなくて、わざわざ行く。
まあ、笑いが好きということだろうか。
夕食は、毎度のことだが、居酒屋「松」。
ここの煮込みは世界一。もつ焼きは天下一品。
それにホッピー。
ここのママさんは開店以来の知りあい。
ボクの娘とママさんのセガレは朝霞高校で同じクラスだったから。
ボクは娘がまだ高校生のころ、
娘を連れてここで、よく酒を飲んでいたから・・・・・
ところで、徳島では「やきどり」といって、
この種のものはトリ肉だが、
関東、特に東京では豚のモツだ。
肉はカシラ、心臓はハツ、ナンコツ、肝臓はレバー、などで、
鶏が食べたかったら、「つくね」しかない。
これが東京の居酒屋のつまみ。
これほど関東と関西は違う。
ボクは徳島ではこれらは絶対に食べられないから、
東京へ行ったら、食いだめしてくるのだ。
特に煮込みはおいしいし。おでんなどはまるっきり違うし。
関東だき、として徳島でも食べられるが、
見かけが少し似てるだけで、味がぜんぜん違うし。
関東だきなどと言わないで、
徳島だきとかただのおでんと言ったほうがいいかもしれない。
1月12日 (大隠太陽暦12月13日) 木曜日 晴れ
久しぶりに温かい日。コートを脱がないと町を歩けないほど。
実は9,10,11,12日と東京へ行っていた。
そして8時半ごろ帰ってきた。
ケアセンターに入っている101歳の母の見舞いに。
あとはついでということで、浅草の演芸ホール、
上野のアメ横、寅さんの柴又、
ライブドアで有名になったフジテレビやお台場があるユリカモメ電車。
そして母の見舞いの次のメインイベントが
羽仁進氏との面会。
泊まったところは孫がいる長男の住まい。
だからすばらしく充実した4日間だった。
詳しくは明日以後のH`Pで。今日は疲れた。
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