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1月9日 (大隠太陽暦12月10日) 月曜日 晴れ
祭日だ!!
今ごろになって、今年は、どんな年になるか、
世間のことなどはどうしようもないが、
自分自身は、と考えてしまった。ちょうど祭日でもあり、
「一年の計」かあーーーーーー。
あれをやる、これをやるというようなことは、もうしないで、
あれをやってみるかな、これをやってみるかな、程度の柔らかな目標でもなくて、
願望というか、夢みたいなものにしようと思う。
だからやれなくても
「ゆめまぼろしのごとく消える」「夢と消えた」「夢が覚めてしまっていた」と。
願望も同じだ。
願い事だから、かなえられるかどうかは神頼みだし、まさに他力本願。
そこで考えた。
山登りは続けよう!!!!!!!!!
自分の人生でめったに見たことがない「芝居見物」に2−3回は行ってみよう。
さしあたって、レ・ミゼラブル、放浪記、そしてラマンチャの男なんてどうだろうか。
果実ワイン作りに、もっとトライ。最低でも4−5種類は。
できたら、マックXに買い替えたいな。プリンターも。古くてがたがたいうし。
1冊は本だしたいな(9冊目になる)。だが書くのは2冊分だ。
「遺伝子組み換え問題情報ネットワーク」の情報提供システムをなんとか上手く機能するようにしたい。代表が検討委員にもなったのだから。
こんなことかな・・・・・・・・・・
でもこれだけでも忙しくなりそう。
農業体験にきた人が開店したペンションにも行ってみたいし。
そろそろ暖冬に向いそうだし、田んぼの仕事がある。
1月8日 (大隠太陽暦12月9日) 日曜日 晴れ 暖かい
山川町薬草会主催の「七草がゆ」。
10時開会なのだが、ボクたち会員は朝の8時頃からその準備にとりかかる。
会場は「こうつの里」という
大阪市の保養施設(わが家から車で15分ぐらい山を登る)なのだが、
おさんどんをする厨房もどきは
会場から300メートル以上も離れている
山の中の薬草園に付属している
2メートル、5メートルぐらいしかない狭い薬草選別所。
ガス台も1台しかないから、携帯ガス台を1台持ち込む。
ここで約60人分の七草がゆ弁当を、茹でる、揚げる、煮る、のすべてをこなすのだ。
調理できたものをこうつの里の卓球台置き場へ運んで、
ポリパックを並べ、食材の詰め合わせをする。
お粥と、ソバ米汁だけはこうつの里で作ってもらうが、材料はすべて持ち込み。
七草かゆといっても、
30品目以上もだすという超豪華なもの。
ボクみたいな「お手伝い」は楽だが、
中心で活動している会長、事務局長などは高齢なのに前日からの奮闘で、
とても真似ができるような仕事ぶりではない。
会員と招待客だけでの楽しいひとときが、
こういう血のにじむような活動の上に催される。
という「山川町薬草会・06年度七草がゆ」が行われた。
「こんなもん、都会で食ったら5000円、いや8000円かな」
「これだけの素材は絶対にゼッタイに揃わないよ」
「じゃー、ゼニカネでは食えない贅沢品てことか」
なんて会話も飛び交っていた。
また薬草の宝庫という徳島県でも7草が集められるところは山川だけ。
殆どは5草。ホトケノザと母子草がないのだ。
こうつの里には温泉もあり、入館者は無料で入れるので、
ボクは薬草酒とカユで満足した身体を、さらに、贅沢にも温泉にも浸かってしまった。
至福の一日。
酔っていて、なんにもできない。
なお会場になったこおつの里はわが家からいくらも離れていないのに、
真っ白な雪景色、道路は凍結してツルツル。もうぶったまげ。
1月7日 (大隠太陽暦12月8日) 土曜日 晴れ 夕がた雪
夕べは霰が降ったようだ。
また畑の野菜たちが、まっ白になっていた。
野菜を採って子どもたちに送る荷造りをしたが、
病気のために1999年を最後に野菜の出荷を止めているという空白期間があるからか、
「こんなに冷たくてしんどいことを、これから毎日やるなんて、もうこれからはできないだろうな」と感慨が胸をよぎる。
また、よく十数年間も続けられたものだと驚く。
もし、99年で止めてなければ、現在も、このようなことを考えずに、
ごく当たり前のようにやっていただろうに、
たった5年間のブランクで、
「こんなしんどいことができるのだろうか」などと思ってしまうようになった自分の気持ちが恐ろしい。
別の体質もずいぶん変わって、
冷たいと手と足の指先が、かみそりで切られるように痛むのだ。
だから、部屋に入ってくると、
ストーブであたるなどいう悠長なことはやっておれず、
50度近い瞬間湯沸かし器の湯に指をしばし突っ込む。
2−3分で回復する。
1時間以上戸外での仕事をするときには、
身体に貼り付けるホッカイロで足の指を包み込み、
もう一枚でかかとを包む。
だから足サイズよりも2センチ大きい靴を冬は使っている。
だが、身体は以前書いたことがあるが、
寒がりではなくなり、薄着派になった。
こうなると自分の身体が「不可思議」そのものになる。
最近は寒い日が多いから、部屋にいても手袋をしているときがある。
徳島で見れない映画を見る会の例会で、
「亀も空を飛ぶ」という
イラン、イラク国境に住むクルド人の親を戦争で失いつつもたくましく生きる子どもたちの映画を見る。
自分の「ボクはいじめられっ子」時代を思い浮かべつつ、
ものすごい感動を覚える。
帰りにかみさんは
「子どもたちの悲しいという自覚、戦争を憎むという意識」があると言っていたが、
ボクはこれに反対し、
「子どもたちは、今をたくましく生きることしか考えてない。悲しんでいたり、戦争を呪っていたりしていたら、つらくて生きられない」と主張。
どこまでも平行線。
ボクは戦後体験が今でも鮮烈に残っていて、
すごく悲惨な暮らしをしてきている。
これは「ボクはいじめられっ子」で語り尽くした。
そのどこにも、食べ物に困ったなどという表現はない。
むしろ食いものがない、野生の生き物を捕って食う楽しさ、を
堪能しているような書き方をしている。
第三者や評論家だけが、
悲しさ、つらさ、戦争への憎悪を考えるし、
また「子どもたちはそのように思っている」というが、
これはウソ。
それはあくまでも大人、しかもインテリの大人の発想以外のなにものでもない。
1月6日 (大隠太陽暦12月7日) 金曜日 曇り
西、北、のあたりは、猛烈な寒波の襲来で、未曾有の大雪だという。
そのあおりで、われらの南や東も急に寒くなってきた。
だが、戸外でごちゃごちゃ力仕事をしていると、そんなに寒さは感じない。
ニワトリのエサの自家混合。
古くなった小麦を粗びきして、クズ米、米ヌカ、そして市販のトウモロコシを混ぜる。
60キロ作る。
NPO法人元気やまかわネットワークの新聞を作る時期になった。
年4回なんだが、作っている当事者からみると、スパンが相当に狭く感じる。
「あれ!!こないだ作ったばかりなのに!!」とか。
今回は原稿のすべてはいろいろなヒトに頼み、
みんなが快く引き受けてくれたので、ボクはぜんぜん書かずに済む。
ありがたい。こんなこと初めてだ。
昼過ぎに、ボクの本をほとんど読んで、
「会ってみたい」と考えていたという40歳台後半のヒトがやってきた。
農業資材の会社に今は勤めているというが、一時、
脱サラして農業をやろうと考えたこともあるという。
こういうファンのヒトがいてくれるだけで、うれしくなる。
2時間ちかく雑談していってくれた。
今日で、年賀ハガキをもらうのが最後みたいだ。
本野さん、山田さん,森さん,の3人が、昨年、本の出版をしたとの文面。
山田さんは英語が堪能なので、英文の難しそうな本の翻訳だが。
嬉しくなって、3冊とも注文してしまった!!
本野さん(農協職員)のものは
「阪神大震災にかかわる救援活動との関連で、農業の役割」というような内容らしいし、
山田さん(ボクと同じ脱サラ百姓)のは
アメリカの健康関係の評論家の本の翻訳、
森さん(元四国放送アナウンサー)は
子育てに関するものなどだ。
1月4日 (大隠太陽暦12月5日) 水曜日 曇り
12月中旬から我慢していた歯痛にとうとう耐えきれず、
朝一番で歯医者へ。
左奥の上の歯1本抜かれた。ほとんど歯が浮いていたという。下の歯は一時的に痛みを止めてくれた。これから数日おきに通院だ。
たぶん左の奥上下あわせて6本はだめだろうと思う。
14日に遺伝子組み換え問題について、
座談会で話して欲しいとの要請。
秋にPowerPointを入れて、プロジェクターの、なんていうのだろうか、
スクリーンに写す、もとのヤツ。
遺伝子組み換えとはなにか、など約50枚の映像を作ってあって、
2回しか使っていなかったが、
3回目の日の目を見ることに。
自分で作ったのに、どうも満足がいかないが、できるだけ、
分かりやすく見てもらえるように修正を加えてみた。
ところで、これを主催する宮崎さんはたいしたもんだ。
都会から脱サラして農村の市場町に引っ越して2−3年だというのに、
地元の人たちとこんな会をもてるなんて、
ボクから見たらまさに驚天動地だ。
ボクなどは「自分が提唱した地元の会」ではなくて
「地元の山川町生活改善グループ」とか
「地元の薬草会」
「地元の消費者協会」というような
既成の組織でしか講演はしたことがないのだから。
遺伝子組み換えについて復習していたら、
県内の農業に関するデータがでてきた。最新のものだ。
販売農家年間総所得479万円。
このうち農業で稼いだ分は103万円だという。
農業所得=農業粗収入−農業経営費で
103万円=335万円−232万円
つまり三分の二が経費。
479万円−103万円が農業外収入ということで、給与、地代、年金など。
なお販売農家年間総所得の全国平均は508万円だというから、
徳島県は2割ほど少ないことになる。
103万円しか農業収入はないの!!!!なんて驚くかもしれないが、
販売農家の定義は兼業農家も含まれているからだ。
だが、ボクの知っている有機農業の仲間はこれに若干毛が生えた程度で、
専業農家をしてるヒトが少なくない。
そろそろ田んぼに鶏糞、米ヌカなどを撒く時期になった。
毎年、いもち病にだいぶやられてしまうので、小野さんに相談したら、
窒素が足りないのでは?と。
だから今年は初めて、鶏糞(窒素分が多い)を反当たり150キロぐらいを投入してみようと思う。
米ヌカ(窒素分が少ない)は従来通り200キロだが。
今年はまた作付けが減る。
3畝の田んぼが返還になり、土木屋の資材置き場になるから。
大豆の作付けも、米も、野菜の作付けも、自分の歯も、
体力に合わせてだんだんに減らしてきていると、
なんだか、イノチも縮まっていくような気分になって、精神衛生上良くないのだが、
・・・・・・・・・・。
1月3日 (大隠太陽暦12月4日) 火曜日 晴れ 強風
足の違和感もとれて、疲労感もなし。
8時から午後2時までズーッとテレビ漬け。
大学駅伝を見て。
ボクは相撲は武蔵丸、野球は西武、
漫画はクレヨンしんちゃん、
ドラマは時代劇、
そして大学駅伝は中央大学、のファン。
なお、これは関東地方の大学だけのレースみたいだ。
今回の駅伝ではすごいことを見てしまった。
リレーのたすきは地球より重い命よりも重いということを。
8区順天堂大学の選手が倒れそうになりながら、
個人競技ならばとっくにリタイヤしてるような
極限でのアクシデントに耐え抜き、
完走して次の走者にたすきを渡して倒れ込んだ情景だ。
右にふらふら、左にふらふら、腰はよたよた、
それでも夢遊病者のようにして走ったのだから。
もしかしたら、彼は倒れて死ぬかもしれない、そんな予感さえ感じた。
命を犠牲にしても前に走った選手からの贈り物を、
次の選手に届けるためには死んでもいい、
彼はそんな気持ちで走り抜いたのではないだろうか。
10区では駒沢大学のアンカーが一時ふらふらになったが、
彼はそれほどのこともなく立ち直った。
中央大学はなんと8位、けしからん。
そしていつものように自転車で強風の中、40分間のサイクリング。
昔はウオーキングだったが、
「ためしてガッテン」の影響で、
夏の終り頃からはもっぱらサイクリング。
これだと腸腰筋が鍛えられて、腰痛予防になるから。
「男の隠れ家」という得体のしれないタイトルの雑誌を買ってきた。
「ボクはいじめられっ子・ともちゃんちの太平洋戦争」のことが出ているというので。
カラーでの紹介と数行の紹介文。でもカラー写真だから、いい。
昨年は多分いまごろフキノトウを食べたと思う。
サイクリングの時にある場所を覗いてみたが、なかった。
明日、別の場所を探してみようと思う。
フキノトウを春の訪れなどと書く作家さんがいるが、
ボクも以前はそう思っていたが、
農村に15年も住んでみて、そうではない、と思うようになった。
太陽暦の1月は大隠太陽暦の12月。
12月は真冬なのだ。
大隠太陽暦の冬は10,11,12月だ。
だから冬。
もし太陽暦の1月末だったら、まさに春の訪れ、だが。
初旬ではまだまだ。
だが大気汚染で、暖冬傾向でもある昨今、
大隠太陽暦の11月にフキノトウが最盛期を迎えるようなことがあるかもしれない。
だからより、フキノトウを春と結びつけないほうがいい。
真冬の味とでも。
1月2日 (大隠太陽暦12月3日) 月曜日 曇り 雨
大晦日にいつもの山登りメンバーとともに剣山へ。
11時過ぎに雪道道路をチェーンで走り抜け「見の越し」へ。
積雪2メートルとの情報だったが、
それほどでもなく、安心。
11時45分に出発し、
先行者の足跡をたよりに登山開始。
もぐる、滑る。3時間ぐらいで頂上へ。
ボクと樫原さんが980円の長靴スタイル。
天気予報では曇り、雨、雪だったが、
晴れ、それほど寒くない、風も弱い、と絶好の登山日和。
山小屋には60人もの宿泊客だとのこと。
休憩で寄った人も含めてごったかえすような人人人。
たまたま、NPO法人げんき山川ネットワークで
天橋立へ同行してくれた徳島新聞の尾野記者が来ていた。
翌朝、7時7分初日の出を拝もうとテラスへ。
だが地平線のあたりに黒い帯状の雲。
天井の空は深く青く雲ひとつないというのに。
だが太陽が昇り始めると、
かすかな放射線状の光が、
拡げた扇子の織り目のように輝く・・・・・・・・・
ほんの数秒だけ雲の合間から弱い曙光を放った日輪を狙って、やっと一枚だけの写真。
眼下に見下ろす山々は分厚い雲に覆われて、コトバどおりの雲海。
ゆったりと動く様は、たとえようもなく幻想的。
太陽の光をあびる東側面はまばゆく山がかがやく、
尾根でくぎられた西面は黒々とただずむ。
光の対称も雪山の美しさか。
標高1955は360度見渡せる。
太陽が昇るにしたがって、
反対側の薄い雲は光を戴き、うす朱色に輝く、そして赤くそまり。
尖った白い山々、黒い山々、切り取って額に納めてもちかえりたい衝動に駆られる。
自然のすばらしい象景物だ。
自然は最高の芸術家!!
現地で逢った徳島新聞のカメラマン吉本さんの写真集を見せてもらったが、
さすがプロの写真家!
彼らの手にかかると、なんと美しさが倍増すしているではないか。
夕方、6人と記者とカメラマンも含めてわが家で大宴会。
郷司さん一家もきたし、
恵子さんが牡蠣の大量差入れ。
そして今日、2日。
やはり登山と宴会で疲れが。大学駅伝で炬燵の中。
午後はブログ原稿を書く。
元日に来ていたばく大な量の新聞に目を通す。それで一日終り。
夕方から大雨。
ずーっと我慢していた歯痛がひどくなってしまった。
水、お湯でも沁みて痛い、口を開けて冷たい空気を吸い込んだも痛い。奥歯上下3本づつ、全部痛む。
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